第4話 いよいよダンジョンへ
改めて、編成を確認しておこう。
Bランク冒険者のエッセ率いる四人組は、バランスが取れたパーティーだ。
まずリーダーのエッセだが、彼は攻撃と防御のどちらもできる万能型の戦士職だ。鎧を纏い、剣を装備している。
続いて、唯一の女性であるエーラ。彼女はいわゆる盗人と分類される職に就いてる。斥候なんかに向いていて、動きが素早いから遊撃にも適任だ。速度を活かすための軽装備となっていて、得物は短刀だ。
厳つい肉体のヴォートは盾職だ。壁役と呼ばれることもある。高い防御力を活かして前線で敵の攻撃を受けることに特化している。
魔物の攻撃を一挙に引き受けることもあるから、結構危険な役目だ。そのため全身を堅い鎧で包んだ重装備となっている。背中には大きな剣を背負っている。
最後のカラムスは、白い法衣を着て、手に杖を持っている。もちろん治癒師だ。仲間が負傷したときなんかに回復魔法を使う要員だ。
攻守に回復と揃っていて、わりと良い編成だ。やや火力不足な気もするが、そこはBランクのエッセが補っているんだろう。
俺の役割は、案の定攻撃魔法を使うことになった。この構成であれば、妥当なところだ。
あまり強い魔法を使わないように加減をするのが幾ばくか面倒だが、まあこればかりは仕方ない。
「それじゃあ、準備は良いか?」
リーダーのエッセが指揮を執る。
「ええ」
「はい」
「おうともよ」
エーラ、カラムス、ヴォートがそれぞれ頷いた。
「グレイブさんも、いけるか?」
「あ、ああ。よろしく頼む」
周りを見ていたら、ついつい反応をするのを忘れてしまった。
「けっ、ほんとに大丈夫なのかよ……」
「まあまあヴォートさん、落ち着いて」
俺に対して胡乱げな視線を向けてくるヴォートを、カラムスが窘める。
「それじゃあ行くぞ」
エッセの音頭で、進軍が開始した。
ヴォートが先頭で、その後にエッセとカラムスが続く。俺は二人の後ろについていく。最後尾はエーラが務める。
盾職が先頭で、攻守どちらも可能な戦士職を二番目に配置し、治癒師と魔法使いを守るように後ろに戦える人を置くというのは、よくある一般的な配列だ。
盗人が先頭にいる隊列もよくあるが、機動力に優れているから一番後ろを任せるのも悪くない。
洞窟の中へと入った。
ここからいよいよダンジョンだ。
「カラムス、明かり魔法」
「はい。《我、火神の力を宿す者。火神よ、我にその力を与え賜え<<<ルーメン》」
エッセの指示を受けて、カラムスが明かりの魔法を使った。
拳二つ分くらいの火の玉が現われ、周囲を明るく照らす。
真っ暗だったダンジョンの内部が、よく見えるようになった。
ダンジョンの中は、横幅が広く、俺たち五人が横に並んでもまだ余裕がある。高さは立っていても圧迫感を覚えない程度だ。
俺たち五人は黙々と歩いていく。
「何か来るよ!」
しばらく歩を進めていたら、突然エーラが叫んだ。彼女はすぐに短刀を構えた。
さすが盗人だ、感知が早い。俺の方が気づくのは早かったが、俺と比べても仕方ないしな。
続いて、エッセも気配を察知したようだ。
「五、六……全部で八匹か。みんな、戦闘態勢を取れ」
抜剣しながらエッセが告げる。
「おうよ!」
ヴォートが背負っていた大剣を構える。
俺も癖でつい左腰に手をやってしまった。
「グレイブさん、攻撃魔法の準備をしてくれ。ヴォート、最初にデカいのをお見舞いしてやれ。その後俺も攻撃する。エーラは取りこぼしを頼んだ」
「わかった!」
「おうッ!」
「はいよ」
エッセの素早い指示に、皆が返答する。
ヴォートが腰を捻って大剣を構える。
前方から、飛翔体がやってくる。
「やっぱり赤蝙蝠だったね」
エーラがぼそりと呟く。
赤蝙蝠は動きが素早く、口からは火魔法を放ってくる。洞窟内で火を吐かれたら厄介だし、噛みつかれたら火傷するため、駆け出し冒険者だとすぐにやられてしまう。
「うおおおおおおおおおッ! 《我、剣神の力を宿す者。汝、我にその力を与え賜え<<<アーエール》」
ヴォートが横薙ぎに剣を振るった。
剣身から衝撃波が放たれ、八匹のうち三匹に命中する。
「良くやった!」
言いながらエッセが赤蝙蝠に向かって突っ込んでいく。
無駄のない洗練された剣捌きで、瞬く間に二匹を葬る。
そこへエーラも参戦し、一匹を斬り倒した。
「グレイブさん、やれるか?」
「ああ、任せてくれ!」
エッセのかけ声に俺は応じる。
残るは二匹だけだ。
これなら一度にやっつけても問題ないな。
「《我、炎神の力を宿す者。汝、我にその力を与え給え<<<フランマ》」
赤蝙蝠二匹が炎に包まれ、焼け死んで地面に落下した。
「わぁ、グレイブさん、すごいですね。確かその魔法って、かなり習得が難しいんですよね? 威力も申し分ないですし!」
カラムスが目を輝かせて聞いてくる。
一応手加減はしたつもりだったんだけどな。
「あー、どうだろうな? そんなに大した魔法じゃないと思うぞ」
「いやでも実際、中々の腕だと思ったぞ。これなら一人でダンジョンに入ろうとするのも納得できる」
エッセが近づいてきた。
「そうだね、あたいもあんたのこと、正直見くびってたよ。悪かったね」
エーラがきまり悪そうに謝ってくる。
「いや、いいんだ。気にしないでくれ。みんなに悪気があったわけじゃないのはわかってるつもりだ」
「そう言ってくれると助かる。最初に話しかけたのは俺だからな」
エッセは案外気さくな人なのかもな。Bランクまで上り詰めてしまうと態度がデカくなる人が結構いるんだが、どうやらエッセはそうではないようだ。
どちらかと言えば、親しみやすい方だろう。
「けっ、たった一度魔法を使っただけだろ? それくらいでおだてる必要なんかねえよ」
ヴォートが不機嫌そうな顔で毒づいてくる。
「まあまあ良いじゃないですか。ごめんなさいね、グレイブさん」
カラムスが俺のことを気遣ってくれた。優しい青年だな。言葉遣いも丁寧だし、人間ができているのだろう。
「なんだよカラムス、お前はそいつの肩を持つのかよ」
「いえ、別にそういうわけでは……」
「煮え切らねえな。はっきりしろよ」
ヴォートの厳つい物言いに、カラムスはたじろいでいる。
そこへエーラが割って入った。
「ヴォート、いい加減にしなよ。わがままばっかし言ってたんじゃ、エッセも呆れちまうよ」
途端にヴォートが大人しくなった。
尊敬しているエッセの名前を出されると、ヴォートも強くは出られないのだろう。
やけにエーラは手慣れている様子だった。
きっと、今までにもこういったやり取りは何度もあったに違いない。そのたびにエーラがこうしてヴォートのことを窘めていたはずだ。
「さて、行こうか」
気を取り直すようなエッセの号令を受け、歩みを再開する。
その後も何度か魔物と遭遇したが、特に問題なく倒すことができた。
やがて一本道が終わり、分岐点へとたどり着いた。
「よし、無事にここまで来られたな。さてグレイブさん、これからどうする? 事前の約束通りここで別れてもいいが、グレイブさんさえ良ければ一緒に行動しないか? グレイブさんがいればいつもより安全に、そして俺たちが今まで行ったことのないところまで行けそうな気がするんだ」
エッセが提案してきた。
どこぞの馬の骨とも知れぬおっさんを、Bランク冒険者が誘ってきてくれているんだ。本来であれば、これは大変名誉なことだ。
だがそれは、俺が元Aランク冒険者でなければの話だ。
それに今回ダンジョンに入った目的は、愛剣なしでも戦えるように調整することだしな。彼らがいたら、思う存分力を発揮することが叶わない。
「おいお前、せっかくエッセが誘ってるんだ。まさか断わるわけないよな?」
ヴォートが凄んでくる。
その様子を見て、カラムスとエーラが、「またか……」と、呆れた表情をしている。
どう答えるものかと俺が思案していると、
「あああああああああああ、誰か助けてくれええええッ!」
「うわあああああ、俺はまだ死にたくないんだああああああッ!」
ダンジョンの奥から、悲鳴が聞こえてきた。