第3話 ダンジョンに向かったら4人組の冒険者に声をかけられる
俺はふと、自分の強みに気づいた。
それは、社会的な責任がない、ということだ。
もう冒険者は引退したんだから、冒険者ギルドにだって、迷惑をかけないで済む。
誰にも迷惑をかけることがないなら、好き勝手やったっていいはずだ。もちろん限度はあるし、倫理から外れないように心がけた上での話だが。
それに、仮に『アーリー・リタイア制度』の支援が受けられなくなったとしても、実際のところ、生きていくことは可能だ。今までは目標がなくて惰性で行動していたから、冒険者にとどまり続けていたという側面もあるしな。
ずっと考え事をしていたら、息が詰まりそうだ。
体を動かしたくなってきた。
せっかくだし、ちょっと腕試しでもしてくるか。
「そういや剣は、ブライトにあげちまったんだったな……」
別に後悔しているわけじゃない。現在のような状態になるのは想定外だったからな。
けど、わざわざアルケーの街に戻るのも面倒くさい。
それに、今朝渡したばかりなのにもう取りに行くなんて、屈辱的だしな。ブライトにからかわれるのが目に見えている。
……よし、武器なしでもある程度戦えるように調整しておこう。
なんなら新しく剣を調達したって構わないんだしな。
とりあえず試してみるか。
「ちょっともう一回出かけてくるぞ」
アリシアとリゼッタの部屋に入って、二人に呼びかけた。
「はーい、いってらっしゃい!」
「またどこか行くの……? ほんとに落ち着きがないわね……」
アリシアは優しく見送ってくれたが、リゼッタはどこか呆れた表情だった。
宿を出て、近くのダンジョンに向かう。
ダンジョンというのは、簡単に言えば魔物が潜んでいる迷宮だ。
危険なところだが、その分お宝が眠っていたりすることもあって、冒険者の主要な稼ぎ場所となっている。
形態は様々で、地下に造られているものもあれば、洞窟がダンジョンだったりもする。
通常は冒険者しか入ることが許されていないのだが、俺は先ほどダンジョンに自由に出入りできる権利を『アーリー・リタイア制度』の特典としてもらった。
テュラーの冒険者ギルドマスターに申請したら、驚くほどあっさりと認可されたのだった。
ダンジョンの入り口に到着した。
今回行く場所は、洞窟のダンジョンだ。
最初は一本道だが、途中から道は枝分かれしていて、進めば進むほど強い魔物が出てくる。
入り口の方なら中級冒険者でも大丈夫だろうが、枝分かれしてから先は結構危険だ。
だから上級冒険者がいないとあまり先には進めないし、一人でこのダンジョンに挑戦するなんて無謀も良いところだ。
「おいあんた、もしかして一人で行くのか? ここは結構危ないぞ。良かったら俺たちと一緒に潜るか?」
男女四人組の冒険者が声をかけてきてくれた。親切そうな人たちだ。装備もそこそこ整っているように見える。
俺だって、仮に一人でこのダンジョンに挑もうとしている人がいたら止めるだろう。
「いや、誘いは嬉しいんだが、大丈夫だ。ありがとう」
俺は丁重に断わった。
一人じゃないと、色々と試せなくなるしな。連携を考えたら、好き勝手動くことができなくなる。
「あんた、本当に大丈夫かい? 見たところ、大した装備もしてないじゃないか? そんなんで戦えるのかい?」
最初に声をかけてきてくれた男とは別の女性冒険者が聞いてくる。
他の三人も、どことなく心配そうに俺を見ている。
確かに俺は防具だってつけていないし、武器も持っていない。こんな状態で一人でダンジョンに行くなんて、周囲からすれば自殺行為みたいなもんだ。
元Aランク冒険者だと告げたらこの人たちも納得するだろうが、それはそれで別の問題を呼ぶことになりそうだしな。主に騒ぎになるという意味で。
「ああ、問題ない。自分の実力なら見極めているからな。無茶はしないさ。冒険者にとって、自分の力を知ることは何よりも大事だろ?」
「そりゃそうだけどさ、あたいにはあんたが自分の実力を過信しているように見えるよ」
困ったことになった。
善意から言ってくれているのがわかっているので、無下にするのは忍びないしな。どうしたものか。
「途中まで一緒に行くというのはどうでしょうか?」
俺が思案に暮れていると、治癒師っぽい若者が声をかけてきた。
「……そうだな。なら、一本道のところまで同行させてくれるか? 枝分かれしたところからは、別々に行動するということで」
話が長くなるのも面倒なので、ここらで妥協しておくか。
「ならそういうことで、よろしくお願いします。僕はカラムスと言います」
「あたいはエーラよ」
俺に話しかけてくれた治癒師と女性冒険者が名乗ってくれた。
「おいおい、良いのかよ? 見ず知らずの人とダンジョンなんて、危ないんじゃねえか?」
ずっと黙ってやりとりを見ていた大柄な男が訴えた。
この男の言うことは尤もだ。連携の取れている仲間たちの中へ異分子が紛れ込むと、うまく協力できない可能性は高い。それゆえに、普段は大したことのない魔物相手に苦戦を強いられたり、場合によっては怪我を負ったりすることもある。
「一本道のとこまでなら問題ないだろ。……ああ、俺はエッセだ。このパーティーのリーダーをやっている」
エッセは最初に話しかけてきてくれた男だ。
「俺はグレイブだ。一通り何でもやれる。この構成だと、攻撃魔法を使えば良さそうだな」
「一通りできちゃうんですか!?」
「……あんた、見かけによらず、結構すごいんだね」
カラムスとエーラが尊敬の眼差しを向けてくる。
「……けっ、そんなのこいつが勝手に言ってることだろ? 嘘かもしれねえんだし、真に受けるこたねえよ。それに、すごいってんなら、うちの隊長の方がすごいだろ。なんたってエッセさんはBランク冒険者なんだからな!」
大柄な男は、さも自分のことのようにエッセのことを誇る。
ほう、エッセはBランクなのか。そこそこの装備をしているから強いのだろうなと思っていたが、Bランクだったのか。
Bランク冒険者というのは、一流の冒険者みたいなもんだからな。充分に実力があると、周囲から認められるレベルだ。
「おいヴォート、そんなふうに言うのはやめろっていつも言ってるだろ! 悪いなグレイブさん。こいつはちょっと抜けてるところがあってな……」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「……けっ、いけすかねえ野郎だ。俺はヴォート。せいぜい足を引っ張らないようにしてくれよ」
俺が元Aランク冒険者だと告げたら、ヴォートはどんな反応をするのだろうか。ちょっと想像してみただけで、とても楽しめた。もちろん実際にはやらないがな。
こうして俺は、エッセたち四人と共に、ダンジョンの途中まで行くことになった。