第2話 改めて決意を固める
さて、用事は済んでしまったわけだが、今からどうしようか。
そろそろ昼時だし、一旦宿に戻ろうかな。
露店で何かお土産を買って帰ってもいいんだけど、どうせなら二人に好きなものを選ばせてあげたい。
俺は宿を目指して歩いていった。
宿に到着して階段を上がり、三階に到達する。
二人の部屋の前で立ち止まり、扉を手の甲で二回叩いた。
室内から、人が動く気配を感じた。
「俺だ、開けてくれないか?」
トテトテと扉に駆け寄ってくる足音がした。
「はーい、今開けますねっ!」
アリシアが扉を開けて、笑みを見せてくれた。
「もう散歩は終わったんですか?」
「……ああ、おかげで色々と見て回れたよ。次はみんなで行ってみるか?」
「はい、ぜひっ! やったねリゼッタちゃん!」
アリシアは無邪気に喜んでくれるから、見ていてほんわかする。
実は俺は散歩してくると二人に告げて冒険者ギルドに行っていた。とはいえ露店を見たりもしたので、嘘は言ってないぞ。
「あら、案外早かったのね。てっきり娼館にでも行ったのかと思ってたわ」
「お前は俺を何だと思ってるんだ……」
言いながらリゼッタの方を見たら、俺のことをからかっているのがわかった。きっと俺の反応が彼女にとっては面白いのだろう。
「? ショウカンってなんですか?」
アリシアが純真な瞳を俺に向けてきた。
……答えられるわけがない。
そんな俺を見て、リゼッタがくすくすと笑っていた。
「あー、リゼッタに教えてもらったらどうだ?」
「あら、私に答えさせるなんて、もしかしてあなた、そういう性癖の持ち主なのかしら?」
「……どういうことだ?」
本当に彼女が何を言っているのかわからない。俺がおかしいのか……? それとも彼女が変なのか……?
「違ったかしら? いたいけな少女が可愛い女の子にそういった知識を教えるのを見て喜ぶ人なのかと思ったのだけれど」
「なっ、んなわけないだろッ!」
考えの埒外のことを言われた。リゼッタの想像力は逞しすぎる。
やっぱり変わっているのは俺じゃなくて、リゼッタの方だった。そう確信できた。
「……? わたし、よくわからないです……」
アリシアがしょんぼりとしている。
一人だけ話についていけてないのだ。寂しい思いをして当然だろう。
「いや、別に気にしなくていいんだ。な? それよりほら、昼飯でも食べに行かないか?」
俺は焦って話を逸らそうと試みる。
リゼッタは俺が慌てる様を見て喜んでいるようだ。
「お昼ごはん……っ! いいですね! ね、リゼッタちゃん?」
アリシアが輝くような笑みを浮かべた。
なんとかはぐらかすことに成功して、俺はほっとする。
「……そうね、今朝はずっと緊張しっぱしだったから、いつもよりお腹が空いてるわ」
リゼッタはどこか恥ずかしそうだ。
「それなら今からどこかに食べに行くか? ここの宿でも食べられるみたいだが、どうする? 露店に行っても良いぞ」
俺が問いかけると、二人は思案顔になった。
「露店は行ってみたいです! けど……」
アリシアがしょんぼりとする。
「ん? どうした?」
「実は私たち、最近まであまり動かない生活をしていたのよ。全く外に出られないわけじゃなかったけど、ほとんど軟禁されていたようなものだったの。だから私もアリシアも、疲れ切っていてもう動けないわ」
リゼッタが答えてくれた。
「そうだったのか……」
彼女たちは、やはり恵まれない環境で育ってきたようだ。
無理に詮索するつもりはないが、いつか話してくれるときが来れば嬉しいな。
「なら、今日は宿でのんびり過ごすとしよう。露店はいつでも行けるからな。二人の疲労が回復したら、遊びに行こう」
魔法で無理に回復させるよりも、自然に体力をつけていった方が、今後の二人のためになる。
この子たちに、少しでも楽しいものを見せてやりたい。
俺はそんなふうに思っていた。
「はいっ!」
「ええ」
二人が笑みを見せてくれた。リゼッタが笑うのは珍しいから、彼女の笑顔が見られて良かった。
一階に下りて宿の女性に昼食を摂りたい旨を告げた。
昼時だから、さほど待たなくても準備ができるとのことだった。
一度俺は三階に戻り、二人を連れて一階にある食堂へやってきた。
歓談して待っていると、料理が運ばれてきたので、食事を楽しんだ。
料理の味はかなり良くて、旨かった。二人も満足そうだった。
食事を終えて、部屋に戻ってきた。
二人は自分たちの部屋に帰ったので、俺は自室で一人きりだ。
一人になると、なんだか急に寂しくなったような気がした。今朝会ったばかりだというのに、二人の賑やかさに馴染んでしまったのだろうか。
このままでは駄目だと、俺は両頬を叩いて気合いを入れた。
和んでばかりでは、いられない。
問題は山積みだ。差し当たって、変態貴族と戦う準備をしなければならない。
自慢するわけではないが、正直戦闘力的な観点から言えば、俺一人で潜入するならばどうとでもなるだろう。さほど準備せずとも、何なら今から行ったって、難なく変態貴族を打ち倒すことはできるはずだ。
だが、事はそう単純にはいかない。
変態貴族が捕らえている少女たちを解放しないといけない。そのためには少女たちがどこにいるのかを調べる必要がある。
それから、アリシアとリゼッタを放ってはおけないので、二人を守りながら闘わないといけない。
それに、変態貴族を倒した後の処理のことなど、考え出したらキリがない。
俺には荷が重すぎるだろうか?
一介の元冒険者風情には、やっぱり不可能なのだろうか?
そんなふうに弱気になりそうになったとき、脳裏にアリシアとリゼッタの顔が浮かんだ。
これまでのことについて語ったときの切なくて苦しくて、辛そうな表情。
魔物に襲われて恐怖し、絶望したときの顔色。
串焼きを食べたときの笑顔。
まだ出会って間もないけれど、二人は俺に、いろんな表情を見せてくれた。
そんな二人を、俺は守ってあげたいと思っている。
偽善かもしれない。利己心を満たす行為なのかもしれない。もしかしたら憐れみや同情から、お節介を焼きたくなっただけなのかも。
でも、だけど――。
たとえそうだとしても、二人の力になりたいと思うこの気持ちに、嘘偽りはない。本当の、本物の、俺の心からの思いだ。
だったら、どんなに大変だろうと、どんなに辛かろうと、どんなに困難であろうと――、
「やってやろうじゃねえか」
俺は決意を固めたのだった。