第1話 これで晴れて自由の身!
「グレイブさん、おめでとうございます! アーリー・リタイア制度、採用が見事決定となりました!」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
俺はあまりの嬉しさに、跳び上がって喜んだ。
普段はこんなこと、絶対やらないんだが、これで冒険者家業とおさらばできると思うと、感動もひとしおだ。
ランク維持のために惰性で魔物を狩り続ける不毛な日々から、ようやく解放される。
そう、ここは何を隠そう、冒険者ギルドだ。
「「「おおおおお!!!! さすがグレイブさんだ!!!」」」
「おいおい、あれって確かほとんど採用されないんじゃなかったか?」
「そうだぜ! さすがグレイブさんだよな! やっぱあの人は俺らとは全然ちげえ!」
「俺も申し込んだんだけど、一次審査でダメだった! グレイブさんは俺たちおっさん冒険者の希望の星だよな」
「……いや、それはお前がダメダメだからなんじゃないか……」
話が聞こえていたのか、周囲の冒険者たちからも賞賛の声が上がる。一部哀愁漂う会話も聞こえたような気もしたが……。
俺のことで騒がれるのは結構恥ずかしいんだが、悪い気はしない。
なぜなら、俺はとうとう、冒険者を引退することが決まったからだ!
長年の労働という枷から解き放たれるのだ。
これで晴れて自由の身だ!
「申請の際にも説明しましたが、念のためにもう一度アーリー・リタイア制度について補説させていただきますね」
「ああ、よろしく頼む!」
今後に関わることだ。ちゃんと聞いておかないとな。
顔馴染みの冒険者ギルド職員でまだ若い女性のハシリーさんは、俺でもわかるように丁寧に解説してくれる。
「魔王が討伐されてから、冒険者の需要は徐々に減っていきました。しかし冒険者の数は年々増え続け、我々冒険者ギルドは困っていました」
「そこで導入されたのが、冒険者引退制度だったよな?」
「その通りです! 五十歳を超えると、冒険者を引退していただくという仕組みです。これまでの活躍に応じて、様々な特典が配布されます。五十歳以上になると、魔物と戦うのが困難になってきますからね」
この冒険者引退制度が正式に導入されたのは、たしか五年前だ。俺にはまだ関係ないと思っていたので、いつから実施されたのか、正確にはよく覚えていない。
導入された当初は色々と揉め事もあったようだが、割合に充実したサービスが提供されるということで、非難する人は次第に減っていった。
なんでも引退するときのランクや実績に応じてサービスの待遇が変わってくるとか。
そういうわけでここ何年か、俺は自分のランクを維持するためだけに、魔物を狩っていた。
ハシリーさんが説明を続ける。
「冒険者引退制度の導入はそこそこ成功したのですが、それにしてもまだ冒険者の数が多いという実態がありました。そこで、三十五歳以上の冒険者で、引退を希望する方のための制度、通称アーリー・リタイア制度という仕組みが本部の方で考案されました」
そして俺はちょうど三十五歳。「これはまさしく俺のための制度だ!」と思って、募集を知ってからすぐに申し込んだ。
「でも確か、まだ正式なものではなくて、仮なんだよな?」
「その通りです。さすがグレイブさん、よく勉強なさっていますね」
俺は後頭部を掻いた。
「いやいや、そんなことないぜ。前にハシリーさんがわかりやすく説明してくれたから、覚えてるだけだ」
「またまた、御謙遜を。この街の者なら、みんなグレイブさんのすごさを知ってるんですからね! そうですよね、皆さん!?」
ハシリーさんが呼びかけると、周囲の冒険者が俺のことを褒めそやしてくる。
「そうだ、そうだ!」
「グレイブさんはすごいんだからな!」
「この間だって、到底一人じゃ倒せないような魔物を狩ってたしな!」
「わかったわかった、恥ずかしいから、みんなやめてくれ。ハシリーさん、続きを頼む」
いたずらに成功した子どものような笑顔を、ハシリーさんは浮かべていた。
「では、説明を続けます。アーリー・リタイア制度は考え出されたものの、実際に運用するとなると、どの程度効果があるのか、本部でも測りかねていました。そこで、物は試しということで、希望者を募り、こちらの方で選別させていただき、採用された方に、アーリー・リタイア制度を試験的に利用していただく、ということになりました」
「それで俺が選ばれた、と」
「そういうことです!」
「そういや、何人くらいが採用されたんだ?」
疑問に思ったので、聞いてみる。
「ごめんなさい。グレイブさんの頼みでも、それは教えられません」
「いや、いいんだ。無理言って悪かったな」
いくら顔馴染みとは言え、仕事は仕事ときちんと線引きしているハシリーさんのことを、俺は好ましく思っている。規則を守れる人は少ないからな。
「……そうですね、私が伝えられる情報としては、この街でアーリー・リタイア制度に採用されたのはグレイブさんだけということでしょうか。これ以上のことは、すみませんが、私の口からは……」
「そうだったんだな。ありがとよ」
申し訳ないという表情のハシリーさんに、気にするなと手を振った。
それにしても、この街で何人が応募したのかは知らないが、採用されたのが俺だけとは驚きだ。どういう基準で選考したのか気になるところだが、質問したらハシリーさんを困らせるだけだしな。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます!