第八話 洞穴の死闘
自分の気持ちが強張っている事に自覚はあった。
剣を見た瞬間に母の言葉が過ぎり、そして父の姿が浮かんだ。
すでに顔は霞がかった様にぼやけて虚ろ。それでもなんとなく覚えている、そんな程度。
けれども、そんな記憶以上にマコトの身体に沁み込んでいる技術があった。
それは幼い頃に叩きこまれた強力な基礎であり、もう一つの力。
だからこそ、心が咄嗟にそれを拒絶した。
――――親父からの力なんて、反吐が出る。
そうして、メグミすらも気に掛ける余裕なく祠を後にする。
だから、そこに油断があったと言われれば返す言葉もない。
どこか沈んだ様子のメグミを、来る時とは違って置き去りにするように歩く。
湖の天蓋の光が途絶え、暗闇の通路が再び迎える。
その闇の中に、不気味に輝く、赤い双眸を見た。
「――――ッ!」
闇の中、篝火の様な赤に彩られた体毛は硬質な針の様に逆立ち、その体毛を黒い斑を異質に纏う。
四肢をつく姿でもわかるほど異様に大きなその体長は二メートルはあるだろうか。
稜線を浮かべる背中を鎧う背筋はきっと鞭のように柔軟でバネがある。
スラリとした手足の先から伸びる爪はまるで鋭利な刃物。
口元から獰猛に覗く牙は太い杭の様で。
爛と赤く輝く瞳は狂気を湛える。
途中で目にした巨鳥とはまったく違う。
あれを自然の脅威と位置付けるのなら、この獣は不自然の怪異そのもの。
まるで巨大化した黒い狼のようなその生物は、明確な殺意を抱いてマコトを見つめていた。
「メグミ――」
咄嗟に振り返り、声を荒げる。
ちょうど顔を上げた彼女と視線が交錯し、やるべき事を自ずと悟る。
「――――逃げろ!」
叫ぶのと同時だった。
音もなく獣が飛び掛かり、マコトは咄嗟に魔法を展開させる。
勢い任せで放ったそれはとても魔法とは呼べない、力任せの魔力の放出。
即興で発せられた光の魔力はその白銀色の輝きを洞窟に響かせるように輝き、獣を阻む壁となる。
背後へと飛んだマコトは、今の輝きによって奥に潜む獣が一匹で済まない事を見てとった。
「光よ――」
着地と同時に光玉を六つ展開。突き付けるように右腕を出し、同時に魔法を撃ち出す。
轟、と唸りを上げる光玉はまさに弾丸。さらに闇の奥から飛び出してきた二匹の獣を撃墜する。
「マコトちゃん!?」
悲鳴に似た叫びが上がる。大慌てで振り返れば不安を顔いっぱいに張り付けて駆け寄ってくるメグミの姿があった。
「――――来るなメグミ!!」
手で制し、声を荒げる。とてもメグミに顔を向けてる余裕などなかった。
魔力を展開しメグミの周囲を最大限の警戒で固め、撃墜した獣を睨みつける。
確かに撃ち当てたはずの二匹の獣はしかし、すでにゆっくりとその身体を持ち上げ始めていた。
(――くそったれっ。あの体毛に這う斑模様、まさか黒の魔法色か)
舌打ちと共に毒づく。確かな手ごたえがあったにもかかわらず行動不能に陥らせる事ができないという事は、ただ魔力を当てるだけでは不十分だという事。もしも想像通りに黒の魔法を宿しているのなら、半端な力では倒せない。
「あの女神像の後ろに隠れてろ! 俺が良いって言うまで絶対に出てくるんじゃねぇぞ!」
意を決し魔法を展開。突き出した右手に魔法陣が現れ、同時に刺すような痛みが走る。
「ヒスイ、お前がメグミを守れ!」
「そんなっ、マコトちゃん!」
「キュアッ!」
背を向けたままのマコトにメグミは頭を振って声を上げる。けれどそれをヒスイが遮った。
ぐずる様にマコトの元へと以降とするメグミの襟を噛み、女神像の元へと引っ張ろうとする。
「ちょ、ヒスイっ。離して!」
「キュイュイッ!」
駄々を捏ねる様なメグミに、それでもヒスイはふるふると首を振って連れて行こうと引き続ける。
そんなやりとりの最中に獣は起きあがり、四肢に力を籠め始める。
同時に、マコトの魔法陣が完成した。
「光の矢――ッ!!」
無数の光矢が生みだされ、今度こそマコトの魔法は飛び掛かる獣を貫いた。
矢が放たれる度に魔力回路に走る痛みに顔をしかめる。
それは明確な隙であった。貫かれる二匹の獣を囮に、最初の獣が暗闇から襲いかかった。
「――――ッ!?」
横っ面を殴られる様に、振り抜かれた獣の前椀がマコトを右後方へと殴り飛ばす。
咄嗟に放った魔力波は爪による斬撃こそ防いだもののその威力を殺し切れず、マコトはほぼ無防備の状態で数メートル先の鍾乳石群へと吹っ飛んだ。
「マコトちゃん――ッ!?」
悲鳴を上げて、ヒスイの制止を振り切ってメグミが駆け寄る。
バウンドするボールの様に鍾乳石をへし折って転がったマコトの服はあちこちが裂け、所々血が滲む。頭を打ちつけたのか、起きあがろうとする身体がぐらりとよろけた。
「くっ――」
ふらつく視界。額を抑える手に血が張り付いた。
「動いちゃダメだよ!」
再びよろけそうになる身体をメグミが抱きとめる様に支えた。涙ぐむ顔が目に入り、飛び掛かった意識が呼び戻される。
(こんなところで、倒れてる場合かよ……っ)
再び魔力を回そうと力を籠める。けれど、獣はそんな暇を与えない。
顔を上げた先、すでに獣がその凶悪な爪を振り上げ飛び掛かっていた。
「――――ッ!」
咄嗟にメグミを抱きしめ包み込むように庇う。魔法の展開は間に合わず、振り上がった爪に己の背中を晒し――
「キュア――ッ!」
――白銀の風が吹き荒れた。
「え――」
覚悟した痛みはしかし、訪れる事はなかった。かわりに銀の風が二人を撫でる様に過ぎ去っていく。
目の前、翼をいっぱいに広げ凶爪に立ち向かうヒスイ。その小竜を中心にまるで二人を守る防護膜の様に白銀の風が渦巻いていた。
「キューッ」
唸る様にヒスイが鳴く。拮抗し、鬩ぎ合う爪の刃と風の楯。その様はまるで鍔迫り合い。
「キュッキュアーッ!!」
咆哮と共に翼をめいっぱいに広げる。白銀の身体が一際大きく輝き、その波動が獣を弾き飛ばす。
「キュアーッ!!」
トドメとばかりに小さな口から轟っと白銀のブレスが放たれる。
銀を纏った風の渦は獣に直撃し、もみくちゃにされる様に飛ばされた獣は鍾乳石の群れに突っ込むとそのまま動かなくなった。
「メグミ、こっちだ」
ヒスイが獣を仕留めた。けれどそれに喜んでいる余裕はマコトにはなかった。
メグミの手を引き、ふらつく身体に喝を入れて女神像へと向かう。
まるで、その逃げる様に進む背を縫いとめる様に
「グルルルルルゥ――」
低い唸りが響いた。
振り返るまでもなくわかる。先程の獣だ。倒した数は三匹。けれど後二匹、狡猾に奥に潜んでいたのを知っていた。
「マコトちゃ――」
「いいか、ここから絶対に動くんじゃねぇぞ!」
女神像の元へと辿り着き、その背後にメグミを押し込む。有無を言わさぬ迫力は、必死さの現れ。
額から血を流し、痛みを無視した魔法行使によって痙攣する右腕。身体中はぼろぼろで、服のあちこちが破れて血が滲んでいる。
それでもマコトはメグミの両肩を掴み、必死に、懇願するように、そう告げた。
そんなマコトに、メグミは嫌だと言える筈もなく。
「――――」
くるりと背を向けるマコトに、行かないで、と言葉にできず伸ばした手だけが空をつかむ。
「ヒスイ」
「キュアッ」
もはや言葉はいらなかった。
心得たとばかりにヒスイは頷き、メグミの元へと向かう。
「グルルルゥ――」
冷静に、値踏みでもする様に。
唸る獣はゆっくりとした動作で近寄ってくる。常に後ろ脚に力の籠った体勢はいつでも飛び掛かれる様にだろう。仲間がすでに半分以上倒された事をみてのその行動は相対するマコトに取って厄介極まりない。ただ愚直に飛び掛かってこられるだけの方がどれほどマシだった事か。
「…………」
魔法を使えば間違いなく獣にも勝てるという確信があった。
けれど問題は、発動までの時間。
この世界に来てから明らかにマコトの魔法は不調だった。普段であれば何でも無く、それこそ呼吸をするように行使できた力が使えない。使う度に走る痛みは集中を欠き、発動するまでの時間が明らかに増えていた。
そんな中で、あの警戒しきった獣二匹が魔法を発動させるまでの時間を許してくれるとは到底思えない。
なら――、
「――――」
無意識に手が伸びた。
それは未だ在り続ける、封印されし太古の剣。
女神像より齎された、聖なる剣。
「いいぜ、来るなら来い。でもな――」
剣の柄に手を掛ける。ぐっと握り締めた瞬間、白銀の光が瞬き空間全体を揺るがせた。
ためらうことなく、一息に抜き放つ。
銀の剣線を描いたそれは驚くほど手に馴染み、まるで身体の一部でもあるかのようで。
「メグミには、指一本触れさせない」
剣を構え、覚悟を以ってマコトは獣を睨みつけた。
「グルゥゥ」
獣が低く唸る。四肢がピタリと止まり、より深く、その姿勢を沈ませる。
奇しくもそこは一本道。真っ直ぐにマコトへと延びる道は、獣二匹では進めない。
ニ対一でありながらも、状況はまさに一対一。
中段に構えられた剣の剣先が、ゆっくりと下へ、下段に落とされる――
「――――グルゥッ!」
咆哮とともに、先陣を切るように右側の獣が大地を蹴った。
わずかにテンポをずらす様にもう一匹がその背後に続く。
「――――」
すっと滑る様に前に出たマコト。しかしその剣先は下段に構えたままでピクリとも動かず。
土ぼこりを上げ襲い来る獣の姿を、真っ直ぐに睨み見る。
そして、先手を打ったのは獣。
突進の速度そのままに、後ろで地面を蹴った獣が飛び掛かる。
牙を剥き出し、獰猛な爪を振りかぶる。
狙いは、無防備に晒されたマコトの頭。
「――――ッ!」
下段に下げられた剣先が跳ね上がる。
向かい撃つ様に掲げられた剣は大上段。大きく振りかぶった剣が飛び掛かる獣と対峙する。
追撃に迫る獣を一度意識から外し、目の前の獣に全神経を集中させる。
ぐっと柄を握り締め、牙を剥く獣に剣を振りかぶる、
その刹那、
煌と剣が瞬いた。
「オオオォ――」
剣から迸る光は洞穴全てを照らし出す。
まばゆいばかりの銀光は剣を煌めかせ、その刀身を何倍にも膨らませる。
「――――ォォォオオオオオオオッッッ!!」
それを、マコトは渾身の力で振り降ろした。
――――斬!
白銀の剣線が延びる。
振り下ろされた剣は、飛び掛かる獣を、その背後に潜んだもう一匹ごと真っ向正面、真っ二つに斬り裂いた。
その剣撃はまさに白銀の津波。
ただ斬り裂くだけに留まらない光の斬撃は一直線にその軌跡を刻み、洞穴の壁までを斬り裂いてようやく止まる。
獣にもはや言葉はなく、ただ一瞬で事切れる。
後にはただ、全力を果たしたマコトの荒い息使いだけが場に木霊した。
● ● ●
荒く息を吐き、剣を振り下ろした姿勢のままどれくらいが立っただろう。
真っ二つに両断された獣はその死体を地に晒し、どろりと流れる血潮が、むっとした死の匂いを醸し出す。
気がつけば黒い獣は倒れ、あたりは濃密な鉄の匂いと獣臭がごちゃ混ぜになって満ちている。
思わず口を覆いたくなるはずのそれも、興奮した心には届かない。
――命を斬り獲った。
その事実に理解が追い付くことは、ない。
ただ茫然と、戦闘後の脱力感と今更ながらに感じる命を懸けたことへの高揚。
そんなかみ合わない感情が複雑に絡まりあって、マコトは独り、佇む。
握りしめた剣は、固く、まるで張り付いたかのように離れない。
それに、そっと、
「ありがとう、マコトちゃん」
暖かな手が、優しく添えられた。
「ありがとう、わたしのこと、守ってくれて。
ありがとう、わたしのために、戦ってくれて」
囁くような声音は、すぅっと、マコトの心に沁みてくる。
ゆっくりと剣の切っ先が地面へと落ち、するりと手を離れて転がった。
鈍い音と共に地面へと落下したそれは、まるで打ち捨てられた死体のよう。
「もう、終わったんだね」
空っぽになった右手にするりと、まるでそこが定位置とでもいうように当たり前に、メグミの左手が収まって。
「ありがとう」
最後にもう一度。
つないだ手を握りしめ、触れる腕を抱きしめて。
「………………それは、俺の台詞だ、ばか」
マコトの意識が、ハッキリと、覚醒をする。
「……助かった。なんつーか、うまくいえないけど、ダメになるところだった」
「うん。ならよかった」
その言葉はまるで祈りのようだった。
トンと胸に当てれた頭。華奢な身体がそっと寄せられる。
きゅっと繋いだ右手はそのままで、空いている左手で抱き寄せる。
じんわりと押し寄せる体温が、浸み込むように生の実感を与えてくれた。
しっかりと温かさを味わってから手を離す。ふと視線を下げればメグミが微笑む。
遅れてパタパタと羽ばたきながらヒスイがマコトの頭に着地して、一鳴き。暖かな微風が二人を包み、マコトの魔力が癒されていく。
無理矢理の魔法行使で傷ついた回路が癒され、魔力が回復して行くのを実感する。それでも魔力回路の不調は変わらない。それでも回復したことが重要だった。これで動く分には支障はない。ならば一刻も早くこの危険地帯から脱出を図ることこそが肝要だ。
ようやく意識が正常に働きだしてきた。こんな血生臭いところにいつまでもメグミをいさせたくないという気持ちが強くなる。
「メグミ――」
「キュアーッ!」
移動しよう、そう言いかけた言葉を、鋭い鳴き声が遮った。
反射的に剣を拾い、メグミを背に隠す。
まるで尾を逆立てる猫のように、ヒスイは羽を大きく広げ、奥の入り口を睨みつける。愛らしい顔つきは獰猛なドラゴンそのものになり、普段からは想像もつかないほど低い声で唸りを上げていた。けれどそれだけで、またよからぬ事態になったと気づくには十分で。
「ヒスイ……? それにマコトちゃんも……」
唯一状況が分かっていないメグミだけがおろおろとうろたえる。敵は倒した、その気持ちがあるだけに不安気にぎゅっとマコトの服の袖を握る。
「――光玉」
呼び出した魔法の光はくるくると旋回しながら宙を漂う。それはメグミを守護する衛星として宙を舞う。
「少しだけ離れてろ、メグミ。ヒスイの様子が尋常じゃないけど、まだ俺もわかってない。でも、確実に何かがいる」
それは確信に満ちた言葉だった。
むしろ、ここまで警戒心をあらわにしているヒスイを見てそれを怠るという選択肢などあるわけがない。
ゆっくりと、息を吸い、吐く。
鼻から腹へと、口呼吸も使って細く、長く。
小さく漏れる呼気は息吹と呼ばれる、武道独特の呼吸法。
心身の緩和作用を持ち、同時に丹田へと力を送る事で己の気力を充実させる。
それは小さなころに、初めて剣を取らされた時に父親から教えられた、戦場での気構えの術。
「――――」
全身を脱力し緩やかに、けれど柄を握る手には力がこもり、
戦闘態勢へと移行する、それは一瞬の間隙。
「――――ッ!」
奥の暗闇から、何かが飛来した。
「キュアー!」
ヒスイのブレスが唸り、渦巻く風の息吹が瞬く間に三つ、撃ち落とす。
錐もみ、半ばからへし折れるように地面へと叩きつけられたそれは、三本の矢。
先程とは違う、明らかに人為的な攻撃。同時に、奥の暗闇から隠れる事を止めた襲撃者が走り寄る。
「――ヒスイ!」
「キュア!」
わかっている、とでも言うようにヒスイは後ろへ、マコトは前へと躍り出る。
さらに一声発し、ヒスイは黒の獣すらも防いで見せた風の結界を発動させる。
剣を背後に隠すように身体の後ろへ、左半身を前にした斜の構えでマコトは迫る影へと突進する。
獣を斬り伏せた時とは違う脇構え。そこへ、幅の広い曲刀を振りかぶった男が飛び出してくる。
「――――ハッ!」
下から切り上げるマコトに対し、男は上から下へと叩きつけるような剣閃。
ファルシオンと呼ばれるその剣は切っ先に向かう程に幅が広くなり、その刃筋は緩やかな弧を描いている。斬るというよりかは、叩きつけることを目的とした蛮刀のようなそれは、まさに今のような場面においてその真価を発揮する。
だが、
――――ガンッ、ギン!
鈍い音を響かせマコトの剣がファルシオンを斬り上げる。
どう見ても骨董品のような剣は傷一つつかず、反対に叩きつけたほうの剣の刃が欠けていた。さらにその欠けた部分からはうっすらと罅が入っているのが見て取れる。
「なっ!?」
よほど自信があったのか、男の表情が驚愕に歪む。そこを、容赦なくマコトは突く。
剣を弾かれ腕までもが持ち上がり、男の胴の部分は隙だらけ。反対にマコトは斬り上げた体勢で、さらにそこから斬り下ろすのではなく、蹴り飛ばすことを選択する。
「ふっ――!」
右から左へ。斬り上げた体勢の反動をそのまま利用する右の中段回し蹴り。
がら空きになった男の脇を捉え、そのまま男は横へと蹴り飛ばされる。
泉の端まで吹っ飛びそのままもんどりを打って動かなくなる男。
けれどそれで終わりではなかった。
鋭い風切音と共に矢が飛来する。
先程は三本。それに対し五本の矢がマコトの足元へと突き刺さる。
咄嗟に振り払った剣が運よく一本を落とすが、残りは全てマコトを囲むような形で地面を縫い付ける。
「――――ちっ、ヒスイ!」
矢に気を取られた時間は僅か一瞬。けれどそれが致命的な隙となり、暗がりに潜んでいた敵が散開する。
二人のいる泉を中心にぐるりと半円を描く様に、男と同じような枯れ草色の衣装に身を包んだ者たちが数人、弓に矢を番え狙いを定める。
そして、
「この状況で自分たちの立場が分からないほど馬鹿だとは思わないけど、一応忠告よ。抵抗は無意味、怪我したくなかったら大人しくしてなさい」
凛とした声音が、洞穴に静かに響き渡った。
ゆっくりと姿を現したのは女。まるで炎の様な少女だ、とマコトは思った。
燃えるように赤い髪は湖の光を浴びてまるで焔の様に煌めく。
褐色の肌は御伽噺で聞いたアマゾネスの様で、一切の無駄な筋肉がなく引き締まっている。
鋭い双眸は油断なくマコトを捉え、胸を張るその姿勢は威風堂々。
「アンタに聞きたいことがある。正直に話せば危害を加えないと約束するわ」
女は弓を手にし、けれどそれを構えない。けれど周囲に散る男たちはピタリとマコトに矢を向けたまま微動だにせず、その弦はピンと張られたまま。
剣は届かず、魔法よりも矢の方が早く届く、それは最悪の間合い。
運よく躱せても、背後にいるメグミとヒスイに中るよう計算された射線。
女の一声で、容赦なく矢が放たれるであろうことはもはや明白であった。
「…………何を、聞きたい?」
せめて視線だけは強く睨み返し、マコトは苦くその言葉を口にする。
「簡単よ。――――何故、その剣を持っている?」
問いかけられたその言葉には、対峙してから初めての殺意が籠っていた。
明日も更新します