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IROES ~勇者を受け継ぎし者達~  作者: 飯綱 華火
一章 ~はじまりの地~
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第七話 女神の贈り物

 珍道中の水先案内人は白銀に煌めくドラゴンだった。

 目覚めてから岩穴で寝た影響に因る身体の強張りを解し、残しておいた果実で腹を満たして再び二人は人里を目指しての旅を再開した。


 昨日と異なるのは共に発つ仲間が増えた事と、なぜかが先導されているという点だ。

 ことの発端は、昨日同様にマコトが魔法で方位を確認しようとしたところをヒスイが遮ったところから始まる。まるで自分に任せておけとでも言わんばかりのその行動をいぶかしむマコトではあったが、メグミがヒスイに任せようと提案し現在に至る。


 もちろん提案した彼女に根拠など在る筈もないのだが、こういう時のメグミの素直な直観は信頼に値する事を幼馴染としての経験の中でマコトは知っていた。


 問題は、ヒスイが二人をどこへ導こうとしているのか、という事だ。


 どうにも昨日出会ったばかりのこの小竜とメグミの間には何か奇妙な繋がりが結ばれた様にマコトには感じる。

 それが単純にお互いがお互いに好意を寄せて懐き合っている、というのならまだいい。


 けれどそう単純ではなさそうだから気に掛かるのだ。


 ヒスイがマコトの魔力を回復させた際、確かにマコトは「キュアー!」と鳴くヒスイの声を聞いた。それはメグミも同様であるというが、彼女はさらにその最中でその言葉の意味を感じ取っていたらしい。


 メグミ曰く、頭に直接響いてきた、というその『声』は何らかの繋がりを以ってヒスイからメグミへと直接もたらされたものではないかとマコトは考えている。それがどういったものであるのかも、他にどんな意味があるのかも定かではないが、だからこそ余計に気に掛かるというものだ。


 幸いというのなら、ヒスイにはまったくメグミに害を与えるつもりがないだろうという事か。

 それどころか率先してメグミを守ろうとしているきらいがある。現に旅立ってからずっとヒスイはメグミの正面を飛行している。昨日のマコトがそうしていたように、だ。それは偏にメグミの盾となり不測の事態の即応できるからに他ならなかった。


「ねぇマコトちゃん、どこに向かってるのかな?」

「さぁな。俺に聞かれたところで知るわけねぇだろ、なにせ異世界そのものが初めてなんだぜ?」

「うーん、まぁそうだよね」


 道なき道を行く旅も二日目だ。昨日と違うのは若干にせよ不安が薄れたというところか。

 突然二人の身を襲った異世界召喚という怪異による不安は一日を過ごすことでだいぶ薄れ、今二人の内にあるのはこの次訪れる出来事に対する期待だ。


 それは不安も同時に内包するが、だからと言って悪いわけでもない。

 未知の出来事は期待と興奮をも呼び起こす。


 ここから先、二人の歩む道のりは確実に未知なるもので、未体験の連続だ。それは想像ではなく確信である。故にこそ、道への期待が熱を生み、興奮が燃料ともなる。

 行く先の見通せない不安はかくもあるが、それでも昨日に比べれば軽口を叩ける分だけだいぶましといったところ。


 本来であればもっとパニックになるなり混乱に陥るなりといった状態に陥っても不思議でもないし、そのような症状が起こる方がむしろ普通の反応であろう。けれど幸か不幸か、マコトは己が異世界の血を引く人間である事を知り、またメグミもそんなマコトと長年を共に過ごしてきている。耐性があったと言えば、この二人ほど異世界召喚という出来事に対する耐性を持っている者はいないだろう。


「ねぇヒスイ、キミはいったいわたし達をどこに連れて行こうとしているのかな?」

「キュアー」


 メグミの問い掛けに、明確な答えを以って小竜は示す。

 すなわち前へ進めと。

 メグミへと振り向き、幼い手を前方へと差し伸べて。


「この先に、何かがあるんだね?」

「キュア!」


 そうだよ、とばかりに元気よく答える声に促され、二人はさらに歩みを進める。

 ふわり、ふわりと漂う様に宙空を進む小竜に先導されて。

 どこか牧歌的な、平穏な光景の、その最中に、

 それは、突如突風と共に現れた。


「――――ッ!?」

「なに!?」


 轟、という音はまさに津波のように二人と一匹を襲う。斜め上空からもたらされたそれに咄嗟にマコトはメグミを頭から包むように抱きかかえる。

 魔法を展開するよりも早く、巨大な影が覆いかぶさった。


「マジ、かよ……」


 まるで唐突に夜が訪れたかのようだった。包み込むように現れた影はゆったりと泳ぐ雲のように上空を通過する。


 呆然と見上げる視線の先、巨大な怪鳥が空を飛んでいた。


 その大きさは全長で10メートルにも及ぶだろうか。もはや魔法を張ることすらも忘れ、その雄大な姿を呆然と見送る。

 まるで空の支配者と言わんばかりに我が物顔で飛翔する巨鳥はマコトに気づくことすらなく、あるいは歯牙にもかけずに飛び去っていく。


「これが、異世界、ってことか……」


 メグミを抱きしめたまま、呆然と呟いた。


「あ、マコトちゃん! あれ見て、あれ!」


 抱きしめられたままメグミが驚きの声を上げる。呆然と真上を見上げていた視線をメグミの指差す方へと向ける。

 木々がひしめく森の先に、何か異質な物を見た。


「あれは……」

「なんかさ、建物っぽくないかな」


 木々の隙間から覗くようにちらりと見えるシルエットは大きな柱の様である。それは一本でなくさらに奥にもう何本か見てとれる。まだ近づいてもいないうちに目についたそれらは立ち並ぶ木々と同様か、あるいはそれ以上の大きさだろう。


「ヒスイ、目的地はあそこか?」

「キュアっ」


 こっくりと頷いたヒスイはせかす様に羽をパタパタと鳴らす。まるで早く行こうとでも言っているかのようだ。


「行こう、メグミ」

「うん!」



 ● ● ●



 近づくにつれてそれは徐々に姿を現していった。

 最初はぼんやりと曖昧に、けれど進むほどにそれはむしろ堂々とその佇まいを露わにする。


「うっわー」


 最後はやや小走りに、木々の間を抜け辿り着いた二人は大きく目を見開いてその威容に息を呑む。


「――――」

「――――」


 見上げるほどに巨大な円筒の柱がずらりと並ぶ。挟まれるようにして中央に伸びるは一枚一枚が人の大きさ程もある石畳。その終着に佇むは守り神の様なニ対の竜の像。それらに守られる様にして鎮座するのは石で組み上げられた神殿だ。


 ――その立ち姿はまさに威風堂々。


 燦と照り付ける陽射しを浴びて悠然と二人を見下ろす。

 苔や蔦を巻き付け所々に朽ち欠けた傷跡を残す様は歴戦の古老の様に積み重ねた年月をその身に刻む。

 黙して立つその神殿の威容に、ただただ二人は魅入る様に見つめていた。


「…………ヤバい、メグミ。俺、今すげぇ興奮してる」

「うんうん、わたしもすっごく興奮してる! すっごいね、大きいね!」


 うわーと歓声を上げてきょろきょろと見回すメグミとは裏腹に、マコトは感極まったかのように立ちつくし、じっくりとその神殿を眺めている。


「昔からマコトちゃん、神話とか大好きだもんね。これってマコトちゃんのお母さんのお話しに出てくる遺跡なのかな?」

「わからねぇ。でも、そうかもしれない。とりあえず、見て回りたい」

「うん、見よう見よう! あ、ねぇヒスイ。キミが連れてきたかったのはここで良いのかな?」

「キュア! キュイっ、キュイー」


 頷くとメグミを案内するかのように小さな三本爪で彼女の人差し指を握り引っ張っていく。成すがままについていくメグミに、マコトも辺りを見回しながら続く。


「これは、すごいな! ものすごく精巧な竜の彫像……。ヒスイとはまた違い印象だけど、こっちの方が荒々しい」


 入口を守護するように鎮座する銅像はうろこの一枚一枚に至るまで丁寧に彫りあげられていた。今にも唸りを上げそうなその姿は長い時の流れの果てに所々朽ちているにも関わらずまるで生きているかの様である。燃え上がる炎の様な印象の竜であった。


「ほらほらマコトちゃん、こっちだって。中に入る見たいだよ」


 食い入る様に眺めていたマコトの手を引いてメグミが先へと促す。既に中に入りかけているヒスイはふわりと浮かびながらそんな二人を待っていた。


「ああ、わりぃ。すぐ行くよ」

「もっとはしゃいでも良いんだよ?」


 くすくすと可笑しそうにマコトを眺めながらメグミは隣をゆっくりと歩く。先に待つヒスイに追いつき中へと足を踏み入れると、大きく開けた空間が二人を出迎えた。


「うわっ、すっごく大きな像……。女神様かな」


 一目でこの神殿の主とわかるその像は祭壇に堂々と佇み二人を出迎えた。

 剣と楯を携えた雄々しき女神像。定期的に誰かが訪れているのか祭壇には花や食べ物といった物が供えられ、像を囲う様に四方に配置された篝火には火が灯されたいた。


「これは……、もしかして人がこの近くに住んでいるのか?」

「そうかも。お花も食べ物もみんな新しいし、まるで今朝供えられたみたいな感じだよ。ねぇ、マコトちゃんはこの女神さまが誰だかわかる?」

「ああ。――おそらくこれは炎神アリスの像だ。赤の魔法色を司る、五大神の一人。別名を戦女神アリス」


 焔の煌めきを受け佇むその姿は震えるほどに美しかった。揺らめく炎の光を一身に浴びて、まるで自身も燃え上がっているかのようである。


「じゃあここはそのアリス様の神殿なんだね」

「たぶんな。周りの様子からしてここはその祭壇、人々がアリスに祈りを捧げる場所ってところか」

「そんな感じだね。でもマコトちゃん、ヒスイはもっと奥って言ってるみたいだよ」


 ふわふわと浮かぶ小竜はまるで女神像に意を介す事も無く興味がないとでも云わんばかりに二人を先に進めと誘う。


「お前が敬意を払うとしたら天空神ウラノスなんだろうな」

「キュア」


 まるで、もちろんとでも言わんばかりに頷いてヒスイは奥へと飛んでいく。ちょうどアリス像の背中側に位置する壁に、先へと続く入口があった。


「この先ってわけだな」

「行ってみよう、マコトちゃん」


 入口程ではないにせよ、大きな通路に入る。同じように石で組まれたそこは所々がボロボロで崩れているが、立派に役目を果たしていた。

 入り口とは違いどこにも光を取り入れる個所がないそこは暗く、マコトは魔法で光の玉を生み出し先へと浮かばせた。


「なんだか急に怖くなってきたね」

「大丈夫だ、俺の傍にいろ」

「うん」


 ぴったりと寄り添ってくるメグミと自然に手を絡ませて、マコトは先を進むヒスイに続く。

 高く広い造りの通路は光が届かず、黒く伸びた影が不気味だ。けれどここが神殿だからだろうか、マコトはあまり恐いとは感じなかった。


 先程の祭壇がこの神殿で一番重要な場所だったのだろうか、その後に続く通路にはいくつか別の部屋もあったがどれもそれほどの驚きも無いまま通過した。ただ通路から部屋の至るところに刻まれた絵や文字といったレリーフは薄れ、消えかかっていてもその品位を損なう事はなかった。


 まるで興奮する子供の様に瞳を輝かせ見て回るマコトに合わせるようにゆっくりと隣を歩くメグミも次第にその表情を和らげていく。


 そうして、ヒスイが立ち止まったのはなんの変哲もない部屋の一つだった。

 位置取り的には祭壇から真っ直ぐ直線状に位置するその部屋は古い棚や燭台があるだけの簡素な小部屋だった。その部屋の奥、ただの石壁であるそこで、ふわりとヒスイは動きを止めた。


「キュイー」


 唐突にヒスイが鳴いた。

 全身から白銀の光が放たれ、それは振動となって部屋を揺らす。

 魔力波とも思わしきそれは浸透するように周囲へと拡散し、やがてシンと静まり返る。

 まるで役目を果たしとでも言う様に、ふわりふわりと飛んでいたヒスイはグミの胸の中にやってくる。突然の事に首をかしげつつもメグミが受け止めると、途端にその身体を丸め込んだ。


「ヒスイ……?」


 奇妙な行動に首を傾げるメグミに、マコトは訝しげに周囲を見回した。ヒスイは子供とはいえ竜だ、いきなりこんな行動を取るとは思えない。

 いつ何が起きても良い様にとマコトは己の身に魔力を纏う。まさに、その刹那だった。 


 石壁が揺れ、誇りが舞う。

 重苦しい重低音が部屋に木霊し、石壁はゆっくりと沈んでいく。


 そうしてぽっかりと開かれたのは人一人が通れるだけの小さな入口。

 その先はこれまでの石で組み上げられた通路とは違い、まるで岩をくりぬいたようなゴツゴツとした洞穴だった。


 まさに秘密の隠し扉。ヒスイの嘶きによって姿を現したそれはひんやりとした空気を吐きだしながら二人の前に表れた。


「……なんつーか、ゲームでありそうな展開だな、こりゃ」

「隠しダンジョンとかそんな感じ? ヒスイってすごいところ知ってるんだね」


 相変わらずどこかずれた感想を述べるメグミに、マコトも結局のところゲームをたとえにもってきている辺りが現代人らしいと言えるだろうか。ゲームの展開としては有り得る様な現象に、二人は驚きつつもどこか自然と受け止めていた。


「で、この先へ進めって事か、ヒスイ?」

「キュア」


 その通りだ、と言わんばかりにコックリと頷く。そしてヒスイはおまえが先に行けと言わんばかりにマコトの背を押した。


「ほう、先に入って生贄になれと?」

「キュイー」

「違うよマコトちゃん、ヒスイはマコトちゃんが先に行くべきだって言ってるんだよ?」

「キュアー」

「おいメスドラゴン、頷いてんじゃねぇよ。つかメグミも何でそこまでこいつの言葉がわかるんだ?」

「んー、わかるっていうか伝わってくるっていうか。とにかくそんな感じ。あとメスドラゴンはひどい!」

「キュア!」

「はいはい、わかったよったく」


 なかば自棄になりながらマコトは先陣を切って中へと入っていく。

 元々メグミに危険を冒させるつもりのない彼であるから、結局最初に入るのは誰であったかは言うまでもない事なのだ。それをヒスイに行けと言われて突っかかっただけである。先程と同様に魔法で編み出した光の玉を先行させるように奥へゆっくりと滑らせた。


 通路は奥深くへと続いており、その道は斜面の様で二人はゆっくりと呑み込まれるように進んでいく。


 (ほの)(しろ)く照らされた洞窟は冷え冷えとした空気に覆われていた。

 先へと続く傾斜の効いた道のりは暗闇に覆われ続く先を見通す事はできない。

 ゴツゴツとした岩肌が様々に影を作り見る者の不安を掻きたてる。


 ぴったりと寄り添う様に付いてきたメグミの手がマコトの手に触れ、ついでギュッと握ってくる。それに力を籠めて握り返してやれば、背後から安堵の吐息が零れる音を聞く。


 前方に光の玉を先行させ前へと進んでいく。

 歩くたびに岩肌の地面のどこかしらを蹴り飛ばし、また擦る。その度に反響する音が響いてきて不気味だ。

 先程の神殿のどこか荘厳とした空気感とは違い、圧迫するような重苦しい雰囲気だ。暗闇と相まって、まるで奈落の底へと向かっているかのような幻想を抱かせる。

 暗く、狭く、そして先が見通せない。これだけ条件がそろっていれば恐がるなという方が無理だろう。


 いつの間にかメグミはマコトの腕を抱きつくのように胸に抱いていた。微かに震えるその仕草を感じているためマコトは振り向かず、ただただ繋いだ手に安心を与えるかのように力を籠めてやる。


「マコトちゃん……」

「ばーか、俺がいるんだからビビってんじゃねぇよ」


 震える声を、あえて軽口でたしなめてやる。

 同時にギュッと手に力を籠めて、お互いの熱を確かめる。


「大丈夫だ。知ってるだろ?」

「うん」


 何を知っているかなど問うまでもない。

 多くを語らずとも通じ合う。

 大切に言葉を抱くように頷かれ、気持ちを引き締め直す。

 そうして、進み始めてどれくらいなのか、時間の感覚が曖昧になった頃。

 微かに、道の先に光が見えた。


「マコトちゃん、あれ」

「ああ、何かはわからねぇが、目的地は近いかもしれない」


 握られた手をぎゅっと握り返し、マコトは光球を先行させる。本来ならば有り得ない地下道から射し込む光。けれど二人はまるでそれに引きつけられる様に歩みを進める。

 そうして、


「うわぁ――」


 先程までの恐怖を忘れ、メグミが息を飲む。

 そこは広く空けた空間だった。


 いかなる現象か、天頂には湖の水面があり、空から射し込む光がその湖面に揺らされまるで波打つオーロラの様に泉に注がれていた。

 その湖の天頂をゆるりと囲う様に円を描き鍾乳石が垂下がる。大地にも同様にびっしりと敷き詰められたそれは降り注ぐ光りを反射していた。

 中央には碧く透き通る泉。ぐるりと周囲を囲う鍾乳石群から、まるで泉の中央へと誘うかのように一本の道が伸びている。


 そして道の果て、泉の中央には一体の像が立っていた。


「マコトちゃん、あれって……」


 隠れていた背中から驚きのあまり顔を覗かせて、そうして問われた問い掛けにマコトはゆっくりと頷く。


「ああ。ヒスイ、あれが俺たちを連れて来たがってた理由なんだな」

「キュア」


 尋ねれば是と答える確かな声音。先行させていた光球を戻し、メグミの背後へと回す。

 危険はない、と何故か思わせられるだけの何かが此処にはあった。それでもマコトは警戒を解かない。


 ゆっくりと、光のカーテンに照らされて二人と一匹は泉の中心へと向かう。


 天頂から射し込む光はまるで後光の様に中央に安置された像を照らし出していた。


「なんだかさっきの女神さまみたいだね」


 地下空間に在ってなお威風堂々と佇むそれを見上げ、ぽつりとメグミが零した。

 それはまるで祠だ。二段に重なった台座にまるで炎を思わせる覆い。その中央に君臨する女性像は精緻に象られ、精悍なその表情は今にも語りかけてきそうであった。

 先程のアリス像とその雰囲気は似ているが、けれど武装の類は一切なく、まるで炎の様なドレスを身に纏っている。


「これも何かの遺跡なのか……?」


 女神像を見上げる。深い年月を感じさせる趣と濃密な魔力の気配が女神像から感じられる。

 けれど経過した年月に比べ、その姿はまるで今彫りあげられたばかりの様に瑞々しい。

 何かに惹かれるようにして、マコトは女神像に手を伸ばす。

 ひんやりとした岩肌の感触は滑らかで、まるで吸いつくようだ。

 それは共鳴するように、触れた掌から自然に、マコトの魔力が女神像に注がれる。


 突如、女神の瞳に焔が灯った。


「――――ッ!?」


 咄嗟にメグミを庇い飛び退くマコトに、けれど女神像はただ泰然とその姿を見据える。

 瞳に宿った焔から光が放たれ、その宙空に魔法陣が浮かび上がる。

 轟と赤き火炎を纏うその魔法陣は火柱を立ち昇らせ、一瞬にして天頂にまで達すると湖の天蓋を舐めるように走り抜けた。

 硬直するマコトを余所にその火柱はすぐに静まり、火の粉と共に霧散する。


 そうして――


 火柱の消えた其処に、台座に突き立つ一振りの(つるぎ)が現れた。


「――――」

「――――」


 それは既に何度目か、呆然と息を飲む二人。

 目の前にはまるで聖剣のように台座に鎮座する古びた剣。

 まるで封印でもされていたかのようなそれはどれほどの間此処に在ったのか。天蓋の光を浴びて輝きを魅せるそれは古代の風格を纏わせていた。


「えっと……、どうする?」


 まるでマコトが来るのを待ちわびていたかのように表れた剣を指差し、メグミが訪ねた。


「どうするもなにも、明らかにヤバい代物だろうな。ゲームで言うところの伝説の武器って雰囲気だろ」

「じゃあ、持ってく?」

「いや、やめとく」


 あっさりと、マコトはそう言って剣に背を向けた。


「え? マコトちゃん!? えっ!?」

「戻るぞ、メグミ。どういう意図でヒスイが連れて来たのかはしらねぇけど、あんな仕掛けを施した上にこんな場所に置いてあるんだ。俺たちが簡単に触れていいもんじゃねぇだろ」

「え、いや、うん……。それはそう、だけどさ……」

「それに、剣はあんまし好きじゃねぇんだ。武器がないわけじゃない、魔法があればなんとかなるだろ」


 どこかその言葉には頑なさがあって、メグミはそれ以上を言う事を止める。

 案内をしたヒスイはそんなマコトの決断に対してなにを言うでもなく黙ったまま見つめている。

 言葉がわかるのはここまでの付き合いで明らかだ。にもかかわらず黙ったままというのが気に掛かるが、それでもマコトはこの場を離れることにした。


(炎を連想させる女神像に、秘された剣、ね……。)


 ぽつりと、胸の内だけで言葉を零す。同時に母の言葉が脳裏に浮かぶ。



『――ヤマトさんはね、聖剣の勇者だったのよ――』



 剣を見た瞬間に咄嗟に過ぎったその言葉は、マコトの心を頑なにさせるには十分だった。


「マコトちゃん……」


 彼の表情が普段にまして強張っている事にメグミは気がついた。

 だから、それ以上の言葉を噤み、どこか避けるように道を戻るその背中を見つめた。


 彼がこの表情になる時は決まって行方知れずの父親絡みである事を知っているから。


 マコトの父は異世界に召喚された元・勇者であって、母はその世界の元・姫君である。

 そんな現実(ファンタジー)を聞かされたのはいつのころだっただろうか。


 メグミしか知らない、メグミだけが知る、マコトの真実。


 メグミが遊びに行けば未だに彼の母は嬉しそうに当時の事を語ってくれるし、常に美味しい手料理をふるまってくれる。彼女にとってもマコトの母シャロンは第二の母の様な存在で、彼女の作る母息子二人の明るい家庭が大好きだった。


 けれどそんな明るい家庭とは裏腹の、切り詰めて生きる苦しい家庭事情も知っていて、だからこそマコトがその要因となった父親を憎み、その話題になると頑なな感情を表す事も知っている。


 それはメグミでさえも癒す事の出来ない、マコト心の中に巣食う闇。


 だからそんな表情を見せられると決まって抱くのが無力感だ。

 苦しんでいる彼を見て、それを知りながら何もできない歯がゆさ、悔しさ。


「キュアー?」


 沈んでしまったメグミを心配するようにヒスイが頬を寄せてくる。

 肩に止まってすりすりと頭をこすりつけるその様子はまるで猫の様。


「大丈夫、だよ。――うん、わたしは大丈夫だから。ありがとね、ヒスイ」


 まだ知り合って建った二日目の、それでもどこか通じ合える仲間を撫でて、メグミは自分を鼓舞する。


(落ち込んでる場合じゃないんだ、わたしより、もっともっとマコトちゃんは苦しんでるんだから)


 突然見知らぬ世界に放り出されて混乱しないはずがない。

 それをメグミは『マコトが一緒にいる』というただそれだけを理由に割り切った。それだけが強く、彼女に希望を抱かせた。


 けれどマコトは違うだろうとメグミは思っている。


 もちろん自分が居る事で少しでも彼の支えになっているのなら彼女にとってこれ以上嬉しい事は無い。

 けれど、置かれた状況が違う。


 メグミにとっての異世界とは知らない世界。ただそれだけ。

 けれどマコトにとっての異世界は、故郷でもあるのだ。


 母に端を発する自らの半分を占める世界であり、内に秘める超常の力の起源。

 だから渦巻く感情はメグミよりも複雑で、その苦悩は計り知れない。


 彼がその内に不調を秘めている事にも気づいていた。


 でもそれら押し隠してでも彼がメグミを守る決意をしてくれた事もわかるから。

 ならば、自分一人がこんなところでくよくよ落ち込んでなんかいられない。


「――――」


 前を向く。顔を上げる。

 暗い顔なんか見せれない。下を向いてなんかいられない。

 せめて、彼が少しでも安心できるようにと、笑って隣に立つことこそが今一番できる事。

 だから力強く、気持ちを切り替えて、気合いを入れて。


「メグミ――」


 名前を呼ぶマコトに追いつこうと駆け寄った、その矢先。


「――――逃げろ!」


 祠の入り口。天蓋の光が途絶えるその狭間で、

 必死の形相を浮かべる彼の顔を見た。



お読み頂きありがとうございます。

また明日も投稿します。

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