第六話 星空の下で
泉の近くには風雨を凌ぐにはおあつらえ向きの岩穴があった。
岩穴はどこかへと続いているわけではない。少し奥へと行けばもう行き止まりだ。けれどもここで火を熾せば暖も取れる。また行き止まりであるという事は侵入経路が片一方しかないという事とも同義だ。四方全てを警戒する必要がないというのはそれだけでストレスが大幅に削られる。
二人と一匹は、今その中にいた。
「マコトちゃんマコトちゃん、この子の名前どうしよっか?」
「おまえ、名前付ける気なのか?」
「当たり前だよ! だって竜なんて呼びたくないし、名前を付けてあげなきゃ可哀相だよ!」
「おまえってさ、時々論点すっげぇずれるよな」
「うん?」
「キュイー?」
メグミに抱かれた小竜が同じ様に首を傾げる。
どういう訳かあの一件で懐いてしまったらしい小竜はメグミから離れようともしない。傾げる仕草までもが似通っていてなぜか腹立たしかった。
「可愛い名前が良いと思うんだけどなー」
「そもそもそいつ、オスなのかメスなのかもわからなくねぇか?」
「んー、ねぇキミ。キミは男の子なの?」
「キュイー」
赤ん坊を抱き上げる様にして見つめるメグミに、小竜はふるふると首を振る。
「じゃあ女の子?」
「キュアー」
こくこくと頷く小竜。
「女の子だって!」
「いや、なんで言葉がわかってんだよ」
「そりゃあ頭が良いからだよねー」
「キュア!」
「おい、それで頷いてんじゃねぇよ」
「えー」
「キュー」
一人と一匹がそろって不満げだ。勘弁してくれ、とマコトは投げ捨てることにした。
「シロガネ、なんてどうだ?」
「しろがね?」
「そう、そいつの身体の色。男っぽくていいじゃねぇか」
「キュッ、キュイーっ」
猛反発するように小竜は首を横に振りまくった。どうやら本当に言葉がわかるようだ。明らかにマコトが嫌みで言った「男っぽい」という台詞に反応しているのがわかる。
「ねぇキミ、じゃあヒスイちゃんなんていうのはどうかな? キミの瞳の色だよ。すっごく綺麗だもんね。ピッタリだと思うんだけどなー」
「キュア!」
それがいい! とばかりに今度はコックリと首を縦に振る小竜。
「いや、俺が言うのもなんだけどよ、案直すぎだろそれ」
「そんなことないもんっ。ねー」
「キュアー」
その通りだ、と言わんばかりに頷かれる。もはやこの竜は完全にメグミに懐いていると確信するマコト。なにが悲しくて異世界に来て初の生物に虚仮にされなければいけないのか。
「よーし! これからキミの名前はヒスイだよ! よろしくねー、ヒスイー」
「キュア!」
もう勝手にしてくれと思うマコトであった。
「とりあえずもう今日はここで一晩明かすしかないだろうな」
話題を切りかえるため、主に付き合いきれなくなったため、マコトはそう言葉を投げかける。
「そうだね。ヒスイのお陰で本当にここが異世界だってわかったし、それに正直わたしたち丸一日以上動きっぱなしだもんね」
「ほんとだな」
正確な時間はわからないが、二人の体感では間違いなく元の世界の夜の帰り道から異世界の昼間に飛ばされたというのが実感だ。
飛ばされた直後に気を失っていたとはいえ睡眠をとったわけでもないしまともに休憩を挟んだわけでもない。最低限の水分摂取をしているとはいえ食事すら採っていないこの状況では肉体的は限界に近かった。
「とりあえず、疲労だけでも解消しないとな」
まるで人形を抱きしめるかのようにギュッとヒスイを抱きしめていたメグミへと視線を投げる。言葉にせずともそれだけで意を察したとばかりにメグミは小竜――ヒスイを離した。
「ちょっと離れていてね、ヒスイ」
「キュア?」
当然意図のわからないヒスイは可愛らしく首を捻る。まるで「どうして?」とでも言わんばかりのその仕草に答えるのはやはりメグミだった。
「マコトちゃんってね、魔法で何でもできちゃうんだよー。これからね、わたしを回復させてくれるの」
「言っとくけど、なんでもはできねぇぞ。つか、そうできたら苦労しねぇよ」
「でも魔法の使えないわたしからしてみればすっごいことだと思うよ」
「ま、便利である事に違いねぇやな」
背を向けたメグミの真後ろに立ち、その華奢な背中に触れるか触れないかの距離に手をかざす。
「光よ――、治癒魔法」
ぽう、と掌から広がる様に淡く白い魔法陣が瞬く間にメグミの身体を光で包み込み癒していく。
まるで浄化の灯火の様なその光景はどこか神聖な趣を宿している。
『――――本当はそんな機会がないのが一番なんだけどね、お父さんみたいに人生何が起きるかわかったもんじゃないから教えておくわね。』
それは初めて魔法を教わった際に、母が述べた言葉だった。
今となっては呼び出した張本人がなにを言っているのやらと言いたくもなるが、その当時は魔法というゲームやアニメの世界だけの物だと思っていたものを実際に自分も使える事が嬉しくてたまらなかった事を覚えている。
曰く、この世には五種類の魔法が存在するのだという。
基本となる三原色とも呼ばれる『赤』『青』『緑』にわかれる三魔法。
対となる大極色とも呼ばれる『白』『黒』の上位二魔法。
これらを合わせて五色の魔法が存在するとされ、人は誰しもこのどれかの色を持ち合わせているのだという。
もっとも母が言うにはこのどれにも属さない『無色』と呼ばれる特別な魔法も存在するというのだが、それは伝説で謳われるのがせいぜいだという。英雄と呼ばれた父ですら使う事はできなかったのだと。
つまるところはこの五色の魔法。
その中でマコトが宿す色は大極色である『白』だった。
彼にとっては大変遺憾ながら歴史上に英雄や勇者と呼ばれる者たちが最も宿していた色ともされており、それには大いに不満をもらしたいのだが、この色を備えていたのは母であるシャロンであった。
父であり英雄と呼ばれたヤマトは赤を宿していたというからほんとにおまえは英雄か、なんて父親に問いただしてみたいと常々思っていたりする。
だから魔法に関しては完全に母親譲りの力であり、それは同時に彼の誇りでもあった。
そして、そんな白魔法が宿す力の一端が回復魔法だ。緑の系統色も類似する回復の力を宿すがその効力は魔力に向けられている。芽吹きの魔法と言われる緑に対し、天空より見守る母の魔法と称される白魔法の特徴だった。
その力を使い、マコトはメグミの疲労をきれいさっぱりと消し去った。
「ふぅ~。なーんか生き返ったような気分だよー」
「なんつーか、その感想年寄りみてぇだぞ」
「えー、マコトちゃんのいじわる」
「素直な感想だよ、素直な」
ぷっくりと頬を膨らませて抗議してくるメグミをしり目に今度は自分にも回復魔法を掛ける。
今まで重かった身体が嘘のように軽くなり、倦怠感が吹き飛んでいく。身体に負った傷すらも癒すこの魔法は非常に有用だ。もっとも魔力は多く消費する。その為別の疲労が蓄積するのは否めないのは確かだったが、それをメグミに伝える事も気づかせる事もしないのがマコトだった。
(つっても、言わなくっても気づいていそうで恐いけどな)
幼馴染故の勘の良さか、メグミはマコトの事に対して敏感だ。だからこそ今抱える秘密を知られてはいけないとマコトは改めて思う。
先程のように、魔力を行使する際にその魔力を通す回路に痛みが走った。
どの程度の量で痛みが起きるのかはまだ不明だ。本来ならば憂慮すべき事態だが、少量で今まで通りの効力を発揮するという事も変わらない。
自分の身体が不調である事は確かだが、同時に好調でもあるという矛盾がマコトを悩ませる。
「マコトちゃん? どうかした?」
「いや、なんでもねぇ――」
鋭くマコトの様子に反応したメグミの言葉に、心配ないと言葉を告げて、しかし。
「キューイー」
ふわり、と。今まで成り行きを見守っていたヒスイが唐突にマコトの頭に着地することで遮った。
「え? ヒスイ?」
「おいヒスイ、おまえなんのつもりだ?」
突然の行動にメグミは驚き、頭に乗られたマコトは険呑を露わにする。けれどそれに構わずヒスイはバサッと翼を開いた。
「キュアー!」
常よりも高く鳴り響く声。
瞬間、マコトの身体を一陣の風が吹き抜けた。
「え――?」
それは清風とでも呼ぶべきものだろうか。
薄緑色を宿したその風はまるでマコトの周囲を包む様に吹き抜けていく。
ヒスイの起こした光景は先程のマコトの回復魔法と酷似しており、風が過ぎ去ったあと、マコトの身体を覆っていた魔力消費の倦怠感がなくなっていた。
「癒しの、風……?」
「なに?」
「えっと、良くわかんないんだけど、なんだかヒスイがそう言った様に聞こえたの。なんていうか、直接頭にその言葉が響いてきたっていうか、そんな感じ」
「なんだと?」
すでに用件は終わったとばかりに空中に浮かんでいるヒスイを見やる。その表情はどこか得意げだ。
「どうしたのマコトちゃん?」
「いや、なんつーかさ、消費したはずの魔力が今ので戻ったように感じるんだよ」
「え? ってことはもしかしてヒスイ、マコトちゃんと同じように回復魔法が使えるの?」
「キュアー」
そうだよ、とでも言わんばかりに頷く小竜。
母――シャロンの講義を思い出す。そう言えば確か、緑の魔法は白と同じように回復魔法を得意とし、その力は魔力を回復させる効果を持つと言っていた。
「なるほど、な。どうやらヒスイ、おまえはその瞳が宿す色――緑の魔法色を扱えるってことなんだな」
「キュア!」
今度は「もちろん!」だろうか。憎たらしいほど得意満面に頷かれてはそう思うほかない。
「すっごいよヒスイ! すごいすごい!」
メグミはヒスイを抱き上げると無邪気に大喜びだ。まるで子供の良い点を発見した時の母親のようだとマコトは思った。
もはやこの世界が彼の知る世界とはまったく異なる世界である事は確実だ。これからあとどれほど驚く羽目になるのか知れたもんじゃない。
「てっきりその身体の色からして俺と同じ白魔法だと思ってたんだけどな。まぁ体色と魔法色が同じってわけでもないか。……ヒスイの能力もわかったところで、次は腹ごしらえをするか」
「おー」
「キュアー」
気持ちを切り替え、能天気に頷く一人と一匹を伴ってマコトは岩穴の外に出る。
「意外と時間が経ってたんだな」
既に陽はだいぶ傾き、茜色に染まる太陽が柔らかく水面を濡らしていた。
黄昏色に染まりゆく森は郷愁を抱かせる。
その光景に、思わず二人は立ち止まる。
言葉を交わすでもなくただじっと、暮れゆく夕日を眺め見る。
炎の残照のように燃え広がる光に照らされる森。
柔らかな茜色が照らし出す光沢は湖の水面に清らかに照り返り、薄く立ち込める水蒸気に移りこむ。
粛々と広がる灯火はやがて訪れる宵闇を迎えるかがり火だ。
残滓に輝く森は一際儚く、故にこそ美しい。
二人は寄添う様に並び立ち、ヒスイはそっとメグミの肩に止まる。
異世界に引きずり込まれてからの一日が暮れようとしていた。
「さて、飯を取らないとな」
一体どれほど眺めていただろうか。
我に返ったように呟いた言葉でようやくメグミとヒスイも起動を再開する。
「ご飯って言ってもどうするの? 森に入って木の実を探すとか?」
「いや、正直食べれる物かどうかの区別も俺たちじゃつかないからな。だから手っ取り早く食べれるもので行こうと思う」
そういって指差す先には泉。それを見てポンとメグミは手を叩いた。
「そっか、魚を捕まえるんだね!」
「そういうこと。まあそうは言っても今から釣りをするんじゃ道具を作るのに時間がかかるし釣れるかどうかもわからないからな。ここは俺の力と、ヒスイ、おまえにも働いてもらうぞ」
「キュアー?」
どうやるの? と首を傾げるヒスイ。メグミはわくわくしてるといいたげに瞳を輝かせている。
「まず俺が魔法で魚がいる辺りの水面を攻撃して一時的に大量の飛沫を上げるから、そこで一緒に浮かび上げられた魚をおまえが捕まえる。簡単だろ?」
「キュア!」
わかった、とばかりに翼を盛大に広げやる気を見せる。今さらながら言葉のわかるドラゴンは便利だな、なんて俗物的な事をマコトは思った。
「んじゃさっそく行くぞ、ヒスイ。いい加減腹が減ったからな、さっさと捕まえて飯にしよう」
湖面へと右手をかざし、魔力を編み上げる。
「光よ――、光玉」
掌に吸い寄せられるように光が集まる。
魔法陣は現れず、代わりの様に光の玉が浮かびあがる。
魔力消費と魔力操作の高い魔法陣でなく、魔力を集めるだけの単純であるが基本的な魔法。――いや、一般的な魔力運用法。
「準備はいいか?」
「キュア!」
任せろ、とばかりに自信たっぷりに頷くヒスイを見てマコトはさらに言葉を紡ぐ。
「――――行け」
一直線に光弾が走り水面を穿つ。まるで爆撃でもされたかのようなそれによって湖面が爆ぜ、水柱が上がる。もはや間欠泉の如く吹きあがったその水飛沫に釣り上げられる様に泳いでいた魚の姿が露わになる。
「ヒスイ、今だよ!」
「キューアー!
メグミの言葉に呼応しヒスイが空を駆ける。
幼いとはいえどもさすがはドラゴンといったところだろうか。飛翔するその姿は堂々としていて力強い。高速で宙を駆け、突如水の守りを剥ぎ取られ露わにされた魚へと素早く近寄りその口で、手で、足で捕まえていく。
「キュアー」
得意満面といった様子で戻ってきたヒスイは口に両手足と計五匹、大ぶりで身がギュッと締まっていそうな魚を捕まえていた。
「おまえ、意外と欲張りだな」
「キュアー?」
何のこと、と言わんばかりに首をかしげて見せる。それに肩を竦めて、思う。
(魔法陣を使わない、単純な魔力操作だけなら痛みはない、か……?)
今の現象をそう分析し、一度では結論付けられないと頭を振る。
(いや、今決めつけるのは早すぎる。けど、早々に検証しないとこの先やばいかもな)
考えて、マコトはもう一度手をかざす。今はまだ不安を抱える時ではない。
「もう一回行くぞヒスイ。今みたいにやれば次で十分すぎるほど手に入るだろ」
「ヒスイ、頑張ってね」
ぐっと拳を作ってメグミがエールを送る。
水面が凪いでから、二回目の水飛沫が上がる。メグミの声援に応えるようにして今度も五匹、見事にヒスイは魚を捕えてくるのだった。
「きっと異世界に飛ばされて初日でこれだけ充実したサバイバル生活してるのって俺たちくらいなもんだろうな」
ゴツゴツとした岩穴の地面で魚が傷つかないように敷かれた大ぶりの葉の上には計十匹の身がたっぷり詰まった魚が横たわっている。
さらにもう一枚敷いた葉の上には色取り取りの果実がある。
焚火を熾す為の薪を取りに森に入ったところでヒスイが何処からともなく見つけて来たのだ。もはやドラゴンとしても尊厳は欠片もなく、その貢献度合いは狩猟時代の猟犬を彷彿とさせるヒスイである。よしよしとメグミに誉められ嬉しそうに頭を撫でられている今の姿は愛玩動物そのものだ。
「さて、後は火を熾すだけなんだけど、さすがにヒスイは火までは吹けないだろうしな」
「え? ドラゴンだからそれぐらいできるんじゃないの?」
どこか期待するような眼差しでヒスイへと目を向けるメグミ。それをマコトは母親から教わった知識で以って否定する。
「いや、母さんから教わった限りじゃヒスイは『緑』の系統色を宿してる。魔法色は原則一人一色で、稀に二色宿す事もあるらしいけど実際に出会った事はないらしい。竜と言えば火炎のブレスだけど炎とか火に関連がある色は『赤』色になるから『緑』のヒスイじゃ無理なはずだ」
「そうなんだ。でもそうだよね、ヒスイってどっちかっていうと風とか起こしそうだし」
「確かにそうだな」
残念がる風でもなく、それならそれで仕方がないと割り切るメグミはさっぱりしていた。マコトも初めから其処までヒスイに要求するつもりもない。むしろ食料確保がこれほどまで短時間でかつ充実して行えただけ奇跡なのだ。当初は食事すらできないものと覚悟していたくらいだ、これ以上は贅沢というものだろう。
「とりあえず原始的な方法で火でも起こしてみるかね」
マコトの魔法は『白』であり光を司る。故に火を起こせるはずもなく、予め薪を集めた際に石なども複数拾っておいたのだ。できるできないは置いておいて、それで火種を熾すなり木を擦り合わせて摩擦熱を熾すなり、とにかくやってみるしかない。
と、
「キュイー」
マコトの行動を妨げるようにして、ヒスイが既に焚火の準備だけされた薪の前に降り立った。
「ヒスイ?」
「おまえ、もしかして……」
ニヤリ、と不敵に笑んだ気がした。
ヒスイは組み上がった薪を前に、何故か両手を掲げる。
そして、
カチッカチッカチッ!
勢い良く自らの爪と爪を擦り合わせて火花を散らした。
「はぁ!?」
「うっそ……」
まさかの展開に二人は目を見開いた。
ドラゴンが火を吹くでもなく、自らの爪を使って火種を打ち起こしたのだ。その光景は石と石を打ち合わせることで熾すまさに原始の方法そのもの。
そしてあっという間に火は熾り、薪へとうつる。
「キュア!」
コォッ! っという可愛らしい呼気と共にヒスイが銀の息吹きを出す。ブレスだ。
薪へと着火した火種がブレスに寄り点火され一気に燃え広がる。あっという間に焚火が熾った。
「ヒスイすっごーい!」
「いや、すごいけど爪で火を熾す竜ってどうなんだよ……」
きっと後にも先にもこれ以上の珍種には出会わないだろうな、と確信を抱くマコトであった。
● ● ●
すやすやとした寝息が静寂に満ちた洞窟に微かに響く。
ヒスイによって熾された焚火に薪を一本放り投げ、火力を調整する。
魚と果実によって腹を満たし、メグミは穏やかに寝入っている。
ベッドなどもちろんあるわけでもなく、地べたどころか岩肌に身を預けての就寝にもかかわらずその眠りは深そうだ。そうとうに疲労が溜まっていたに違いない。
自らのブレザーを枕にし、ヒスイを抱いて寝ているその姿は安らかでほっと胸を撫で下ろす。寒くないようにと自分のブレザーをメグミに掛けてからマコトは外へと出た。
とっぷりと暮れた宵闇時。
相変わらず流れ続ける滝の音だけが響いて、後はシンと静まりかえる森の中。
夜空は満点の星々が瞬き、煌々と輝く月が湖を照らす。
静寂に満ちたその光景はきっと元の世界で見る事は叶わない、異世界ならではの景色だった。
長い長い一日を振り返る。
光の世界に始まり、大空へ放り出され、森へと落下した。
たったこれだけでもとんでもない出来事だというのに、どこまでも続くとも知れない森を歩いたあげくにこの湖へと抜けだし竜と遭遇した。
なんともまあ非日常的な出来事である事か!
母親が異世界で生まれた人間であり、父親はその異世界で英雄となった勇者。そして自らはそのサラブレッドとも言える子供であり魔法を使う。そうであるならばこんなことが起こっても不思議ではない。むしろそれも当然かもしれないとさえ思ってしまう。
そんな非現実に、メグミを巻き込んだ。
自分が今この異世界に召喚されたのは半ば因果論的な運命を感じてはいるし、仕方がないと諦めているところもある。なにせ自らの出自が出自なのだからしょうがない。
けれど、メグミがそうなる理由はどこにもない。
あるとすれば、それはマコト自身にあるのだ。
つまり、召喚された夜に共にいたから。
そう考えれば今メグミが共にこの場にいるのも頷けるし納得がいく。要は巻き込んでしまったのだ。自分のふざけた運命とやらに。
それが許せず、そんな理不尽に今、マコトは怒りを覚えていた。
どうしてこうなったのか。
どうしてこうなってしまったのか。
メグミがいることでマコトの心が救われているのは事実だ。彼女がいてくれたおかげでこんな世界で、こんな状況に置かれて、まだ正気を保ていられるのだと素直にそう思える。
そうでなければ発狂していたっておかしくは無いのだ。
だから感謝はすれども、それでも巻き込みたくなかったという思いは拭えない。
だからこそ、強く強く思うのだ。
そして確かに誓うのだ。
メグミを守り抜こうと。
無事に元の世界に帰そうと。
その為にこそ、自分の持ちうる限りの力を使って、全力を尽くすのだと。
そして、
「俺が異世界に召喚された。なら、もしかしてアンタもこの世界にいたりするのかよ、親父」
呟いた言葉は夜の闇にそっと溶けて消えていった。
異世界サバイバル一日目、終了です。
少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。
明日もまた更新します