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IROES ~勇者を受け継ぎし者達~  作者: 飯綱 華火
一章 ~はじまりの地~
4/35

第四話 大空に抱かれて

異世界冒険編スタートです、よろしくお願いします。



 ――――言語認証、開始。



 突如、音が直接頭に流れ込んで来た。



 ――――言語習得、開始。



 光だ。

 ここは光の奔流の、その只中だ。



 ――――聴取感覚、正常。



 一体全体どうなったのか。なにが起こったのかまるでわからない。

 先程から響いてくるこの音は何なのか。

 自分はいったいどうしてしまったのかわからない。

 けれど、そんなものはどうでもよかった。



 ――――発声感覚、正常。



 ――――メグミだ。

 メグミは、どこにいる?


 虚ろな頭で、それだけを考える。

 俺と共に得体のしれない光に巻き込まれたところまでは認識していたし、今も理解している。

 あいつは傍にいたんだ。ついさっきまで、目と鼻の先、少しでも手を伸ばせば抱きしめられる距離にまでいた。


 そのメグミは、今どこにいる?



 ――――言語理解、正常。



 ――――いた。


 見つけた。

 俺からだいぶ離されてしまっている。


 むしろ同じ“場所”にいるのかさえわからない。


 でも、いた。

 間違いなく、いる。

 なら、やるべき事は一つだ。



 ――――■■■■、開始。



 ――知るか!


 そんなこと知ったこっちゃない。

 いい加減頭の中で喚き散らす言葉にはうんざりしていた。

 もういい加減頭にきた。

 言語? 発声?

 そんなもの俺にとっちゃどうだっていい瑣末事だ。


 メグミだ。

 そう、メグミだ。


 あいつの元に、あいつの傍にいかないといけない。

 傍にいるって、そう約束したんだから。


 それに、さっき手を伸ばして、指が触れる距離にまでいって。

 届きかけた。

 なのに、届かなかった。

 なら、今度はきっと、

 いや、必ず。


 メグミ――――ッ!



 ● ● ●



 ヒュ――――ォォォォオオオオゥゥウウウウッッッ!!!



 大気を(つんざ)く音が耳朶を激しく叩いた。

 次いで空気が強烈な拳で何度も頬を、身体を、痛烈に殴打し続ける。

 視界は右、左に、反転、そして急転、天地が入れ換わり一回転して吹き飛ばされる。



 ――なんだ!?


 ――――なんだ!?


 ――――――なんだ!?



 一向に定まらない視界は真っ白だ。まったく何も見えない。

 強烈な刺激が視覚を刺激し、その結果として情報を認識してくれない。

 それが、



 ――――――轟っ!



 一際鮮烈な一撃に打ちのめされる。


 蒼。


 一気に視界が開けた。


 蒼だ。


 青色。

 一面に広がる、蒼穹だ。

 青空が視界いっぱいに広がっている。



 ――――俺は、空にいる!?



 未だに定まらない視界に、振り回され続ける身体。思考は一向に追い付かず、状況はまるで理解できない。

 けれど一つだけ、明確に理解できるものがあった。

 否、それが視界に止まった瞬間、マコトの思考はそれ一色で染まった。


「――――メグミっ!?」


 揺れ動く視界をその一点に固定する。マコトと同じように、いや、意識を失った状態の彼女は大空の下で無防備に落下していた。


「メグミッ!!」


 今度はハッキリと、意識して彼女の名を呼ぶ。

 開かれた距離は未だ遠い。

 大気にもみくちゃにされるその姿は無防備だ。


 意識を失いまったく抗っていないからか、マコトからだいぶ離された場所にいるメグミは彼のさらに下を急加速でもって落下していく。

 眼下に広がるのは一面の大森林。このまま何もせずに落下すれば待ち構える木々に串刺されるか、大地の染みと化すか、運命はこの二つに一つ。


 ――――そんなもの、どっちもごめんだ。


 猛スピードで落下を続ける自分の身体に活を入れる。出来うる範囲で体制を整え、マコトはただ一心にメグミだけを見つめた。


光よ(ルクス)――」


 持ちうる力の全てを解放、集中させる。

 魔法陣を起動させ――


「――――っ!!??」


 まるで自分の全てが空になった気がした。


 魔法陣が肥大化し、今までの二回り以上も巨大化する。

 これまで一度もやったことがなかった全開放。その恩寵か、はたまた代償か。


 武藤誠という人間が一回りも二回りも、いやそれ以上に巨大に膨れ上がった様な感覚。

 力が溢れ、世界から集める力は酌めども酌めども尽きる事は無く、また自分はそれを受け入れつつも壊れることがない。

 器そのものが広がった様な全能、溢れ出る力に対してのそれは万能。


 あまりの力の巨大さに、自分の存在(おおきさ)を忘れかけた。


 だから、


 ――――行ける!

 そうとしか思わなかった。


 今ならどんな無茶無貌を行おうともメグミの元に辿り着ける。

 今ならどんな無理難題からでもメグミを守りきることができる。

 それさえわかったのなら、後はもうどうでもよかった。


 ドクン、と一際多く心臓が高鳴った。


 同時に展開される魔法陣は一挙に五つ。そのどれもが規格外の大きさ、異なる色を発していた。

 そしてその輝きは混ざり合い、凄絶な光を放つ。


 きっと第三者が見たのなら、今のマコトはまるで極光の輝きを放っている様に見えただろう。

 虹色の輝きを放つそれを全身に纏い、ぐっと、彼は力を籠めた。


「メグミ――――ッ!!!」


 瞬きの間に視界はブレ、景色は彼方へと飛んでいく。

 今まで散々にめちゃくちゃにかき回していた大気さえも吹き飛ばし、マコトは音を置き去りに加速した。


 まるで瞬間移動の様な超加速。

 空気を割ったその飛翔は空を切り裂き駆け抜ける。


 刹那の内に辿り着く其処。

 己が全開により生じた力の波動を寸前の所で押し殺し、マコトはしっかとその腕にメグミを抱きしめた。


 それはまさに一瞬の出来事だ。


 こんなときであってさえ、いや、極限の状態だからこそマコトはメグミを抱きとめる力加減を間違うことなく彼女を(いだ)く。腕の中で気を失っているメグミの横顔は心なしか穏やかだ。

 そんな少女の表情に安堵を浮かべ、すぐにマコトは表情を引き締めた。


 メグミは取り戻した。けれど本番はここからだ。


 加速したおかげでもはや数十秒先にまで迫った未来は大森林に激突する二人の絵図だ。

 だからこれからそれを覆さなければならない。


光よ(ルクス)――」


 先程よりもより強く光を身に纏う。

 どれだけ力を籠めようとも足りないかもしれない。

 けれど、それでもやり遂げるしかない。

 このままでは二人とも大地へと叩きつけられて御陀仏なのだ。

 そんな無様だけは御免だ。

 たとえそうなるにしても、メグミだけは守りきる。

 ならば、やるべき事は一つきり。

 先程までを己が最大とするならば、次はそれを超えてみせればいいだけのこと。


 ――――なんということは無い。


 其処を己が限界と云うのなら、呵々大笑(かかたいしょう)と踏み越えろ!


「ぉぉぉぉおおおおおおおおっ!」


 大空に覚悟の声が木霊した。

 メグミを抱きかかえ、大地をその背にする形でマコトは空を見上げる。


 天高く広がる蒼穹は、彼自身が発する極光によって既に掻き消えて視界からは失せている。


 その最中、

 遥か先に、



 それは塗りつぶされた視界を強引にこじ開ける様な光景だった。


 天高く(そび)えるのは光の御柱。

 地上から頂きへと登りゆくその姿は語るまでもなく雄大。

 まさに魔力の(きょ)(かい)


 それは一瞬の幻か。


 一秒にも満たない静寂に時間だけが加速した。

 そんな時空で魅せられたそれは、まるで蜃気楼のように揺らめき掻き消える。



 迫りくる瞬間まであと数秒。さらに力を籠めてより一層の輝きを放つ。

 そして、森の先端が彼の背に触れて――



 ――――――――ドンッ!!!



 視界が暗転するその間際。

 温かく緩やかに動く鼓動を胸に感じ、無邪気な寝姿を晒すその横顔を刻み込む。

 微かに耳朶を震わすその音色は確かな吐息。

 安堵と満足を共に抱き、そこで意識は深く沈んだ。



 ● ● ●



『――今でもね、はっきりと覚えてるわよ。ううん、きっとね、一生忘れないと思うの――』


 そう言って幸せそうに微笑む母の姿はまるで恋する乙女のようだった。

 まったくいい年をして、とは思わないでもない。なにせ自分自身がもう17になるのだ。その母親ともあればどんなに若くても40に近い。名誉のために正確な年齢は考えないでおくが、それでも母が未だに糞ったれ親父の事を語る時に瞳をキラキラと輝かせるのは止めて欲しいものだった。


『本当にカッコよかったんだから! きっとヤマトさんにとっては初めての召喚だったに違いないのに、彼ったらまったく動じることなくしっかりと立ち構えてね、真っ直ぐに私の()を見つめるのよ。もうそれだけで痺れちゃったんだから!』


 きっともなにも、絶対にはじめてに決まっている。そもそも異世界召喚なぞどこのファンタジーだと言ってやりたい。


 それはもう何度聞いたかわからない、母と父の出会いの物語。


 初めは寝物語に。途中からは、幼い自分がねだって聞いていたようにも思う。

 それだって本当に小さくまだガキだった頃の話だ。


 それ以降は、母が思い出したように語るのを聞いていた。


 決まってそういう時は上機嫌だったから、無邪気にはしゃぎながら語る母の言葉を邪魔したくなかった。

 だってどんなに辛い現実だって、母はいつでも優しく微笑んでくれていたから。


 そんな母が嬉しそうに語る言葉を邪魔する事なんてできなかった。


 けれど、それ以上に。


「世界を救いに表れてくれた勇者様。あの時はこうして恋に落ちるだなんて夢にも思ってなかったなぁ」


 それは自分と同じ世界から、突如異世界へと呼び出された父と、救世の勇者を召喚した姫君である母との物語で。


 行方知れずとなった父親の事を知ることができる唯一の機会だったんだから――



 ● ● ●



「――ん!、


 ――――ちゃんっ。


 ――――マコトちゃん!」



 遠く聞こえるその声に、

 まるで水底から引き上げられる様にマコトは意識を取り戻した。


「………………メグミ?」


 強烈な光が視界を襲った。うっすらと開きかけた瞼はそれにより視覚情報を閉ざされる。代わりに、


「マコトちゃんっ!!」


 感極まった様な涙声と、ドン、という衝撃。ついで温かさが身体全体に徐々に広がっていく。

 きつくきつく背に回された腕。全身を預けるかのように身体全体に感じる人一人分の重力と、じんわりと広がる温かく湿った感触。


「もう、大丈夫、だ……」


 無意識に手を伸ばし、胸に(うず)める様にしてあった頭を撫でる。さらさらとした心地の良い感触を味わいながら安心させる為になるべく優しくするよう心がけて髪を()いてやる。


「わかってるよ。だって、マコトちゃんが守ってくれたもん」


 すする様な鼻声で、それでも嬉しそうなその声音を聞いて、ほっと一息安堵を零す。

 ようやく、思考と意識が追いついた。


「怪我、してないか?」

「うん。ぜんぜんへっちゃら。むしろ、マコトちゃんの方がボロボロかも」


 ようやく戻った視界がメグミの姿を映し出す。

 抱きついた姿勢のままで見上げてくる彼女の瞳は潤んでいるが、見た限りで異常はなさそうだ。代わりに彼女の言う様に自分の身体はまるで力が入る気配がない。


「なぁ……。俺、どれくらい寝てた?」

「うーん、ちょっとわかんないかも。実はね、さっきまでわたしも気を失ってて気がついたばかりなの。慌ててマコトちゃんを起こしたとこ。正直、状況とかまったくわかんないや」


 困ったようなその表情は愛らしく見ているだけで癒される。

 身体はまるで言う事を聞いてくれそうにないし、メグミの言う通り状況もさっぱりだ。そもそも、今いるこの場所が何処だかもわからない。


「……見たところ森の中だよな、完全に。なぁメグミ、どこまで覚えてる?」


 樹海とでもいえそうな所にいるらしかった。少なくともマコトが暮らしていた街では見た事もなければ見かける事も出来ない様な大きく太い樹の幹に寄りかかっているらしい。目の前には遠くから何かを引きずったかのような跡が伸びている。


 周囲は見渡す限りが立派な大木の群れに覆われ、燦々(さんさん)とまでは言えないものの葉の隙間から注がれる陽の明るさと温かさから時間が昼間である事が窺えた。


「マコトちゃんと家まで一緒に歩いてたとこまでは覚えてるよ。いきなり足元に丸い光が表れたとこまではハッキリと。でも、そこから先は覚えてない……」

「安心しろ。俺だって似たようなもんだ」


 しゅんと項垂れたメグミの頭をもう一度撫でてやる。

 言った通りマコトの記憶も同じようなもの。違うのは、そこから先を覚えていたというだけのこと。光に呑み込まれ、大空に投げ出されてメグミを抱きとめたとこまでは記憶にあった。

 きっと目の前にある跡の先から、マコトはここまで突っ込んで来たのだろう。


「…………よく、生きてたよな」


 空を見上げて思わず零す。

 記憶通りなら、はるか上空からマコトとメグミはこの森に叩きつけられた事になる。

 今さらながら良く無事であったと思う出来事だ。

 おそらくは今力が入らないのも魔法をフル回転させた結果によるものだろうと推察できた。


「マコトちゃん?」


 不思議そうに小首を傾げるメグミ。どこまでも小動物然としているその姿は愛くるしかった。

 本音を言えば不安や恐怖、混乱が脳内を散々に駆け巡っている。

 いや、そうなっていてもおかしくは無い筈だった。


 けれど、この胸の中に彼女がいる。


 それだけでマコトはそんな(しがらみ)の一切から解き放たれるように思えるのだ。


「なんでもねぇよ。ま、なんつーかさ、傍にいてくれてありがとな」

「どうしたの急に? なんか珍しいよ。それにね、嬉しいけれどそれはわたしの台詞だからマコトちゃんは言っちゃダメなんだよ」

「なんだよ、それ」

「だって本当の事だもん。わたしの方こそね、傍にいてくれてありがとう」


 告げて、まるで体温を確かめるようにギュッと抱きついてきて顔を(うず)める。

 出来うる限りの力でそれに応え、マコトは一つ、腹を決める。


「――メグミ」

「うん?」


 記憶が確かであるのなら、ここはまるで知らない世界だ。

 少なくとも見渡す限り一面が森だなんて光景を、マコトは知らない。


 そして遥か先でさえその威容を堂々と誇った見せた天高く立ち昇る光の柱。


 きっと、目覚める前に見た夢は、この現実を予め伝えてくれていたのだろう。


「俺の母さんが異世界人だってことは言ったよな」

「うん。別の世界のお姫さまだったんでしょ? マコトちゃんのお父さんがお母さんの住む異世界に召喚されて出会ったって教えてくれたもんね」

「ああ、そうだ」


 メグミにだけは話した、マコト出生の真実。そして、


「きっと、今俺たちがいる此処がその異世界――コズモスだ。俺たちはたぶん、母さんの故郷の世界に飛ばされたんだと思う」


 到底受け入れがたい出来事を、マコトは現実として口にした。



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