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IROES ~勇者を受け継ぎし者達~  作者: 飯綱 華火
一章 ~はじまりの地~
19/35

第十九話 寂れた町

 ディンの村を旅立ってから一週間が経過した。

 特にトラブルが熾ることなく順調に進んだ旅路の中で、マコトとメグミはこれまで培ってきた常識がボロボロと削り落ちていくのを感じていた。

 衣食住全てが整っていた現代日本に於いて絶対に経験できないであろう体験。

 獣を狩り肉を喰らう。水源を基め小川を探す。夜には熾した火以外の光源が無くなり、本当の暗闇に沈む森。空に瞬く満天の星々の明るさ。


 そして、ただ一日一日を乗り越え、生き残る。


 大袈裟でも何でもなく、マコトの中では旅そのものが盛大なサバイバルであった。

 故に、たった一週間。されど濃密な一週間。

 マコトと、メグミと、ディン。この三人の中にこれまでにない絆が結ばれるのには十分過ぎる時間であった。




 鬱葱と茂る森を抜ける。

 当然整備された街道など存在しない。登山道でさえ綺麗に整地された『道』なのだとこの一週間で嫌というほど思い知った。それでも僅かに開けていれば歩きやすさも段違い。

 ある程度慣れてきたマコト達が森を抜けると、開けた『道』へとぶつかった。


「あ、なんか久々にまともな道だね!」

「木々を掻き分けないで済むだけでありがたいな。ほんと、森の中はいい加減うんざりだ」

「おや、これはこれで乙なもんだ、なんて言っていたのはどこの誰だっけ? 自分で吐いた言葉には責任もちなよマコト」

「物事には限度があるって話しだよ。ってかなんでお前たちの村周辺にはこうも道がないんだよ」


 森を超え燦と射し込む陽射しにメグミが気持ちよさそうに伸びをする。そんな彼女とは反対の表情で肩についた枝葉を払いながらマコトはけろっとしているディンに目を向けた。


「もう何度目かの説明になるけどさ、あたしらの村ってのは隠れ里みたいなものなのよ。特別な御役目を授かってアリス様の神殿を守護している、ね。だから基本外部との接触がないの。まぁ引籠ってるってわけ。だから道がないのも当然。だって自給自足もできるしね」


「だから道ごと途絶させたってか。徹底してるな」

「まぁね。なにせ勇者さまの聖剣を守っていたんだからさ」

 向けられた視線の先。マコトの腰に吊るされる大地神剣クロノス。勇者ヤマトが振るった【絶対なる一(ガロ・クレロ)

「まったく、迷惑な代物だな」

「あんたにしか言えない台詞ね」


 はぁ、と溜息が零れる。マコトのこういった反応にもだいぶ慣れた様子だ。


「ねぇねぇねぇ! じゃあこうして道に出たって事はさ、もしかして人がいる場所も近いってことなの!?」


 ぱっと瞳を輝かせメグミがディンに訪ねた。その腕の中ではヒスイが丸まっており、可愛らしく首を傾げていた。


「ええそうよ。メグミの言う通り、あたしの記憶が正しければこの道を辿っていけば村に出るわ。ちょうどいいし、今日はそこで宿を借りましょう」

「やった! さんせーいっ! おっふろ~!!」


 一週間の野宿生活。最低限の清潔を保っていはいたがそれも濡らしたタオルで体を拭くだけといった簡素なもの。現代生活に慣れ切ったメグミとしては、そろそろどころでなく風呂への欲求が抑えられなくなっていたところだ。


「あ、でもメグミ。村に在った様な浴場なんて期待しないでよ? こういうところは普通、大きな湯桶で垢を落とす様な物なんだから」

「全然いいよ! もうとにかく頭からお湯を被りたい気分なの!」


 念の為の忠告もどこ吹く風。まったく意に介していないと笑顔が返ってくる。そんなメグミに呆れた様な笑みを浮かべ、


「じゃあさっそく向かうとしましょうか」

「おーっ!」


 元気よく拳を振り上げたメグミを先頭に、一行は旅路を再開するのだった。



 ● ● ●



 しばらく歩くとあばら家が目についた。

 木で組まれたそれは簡素で、生活する為の最低限の空間を形作っている。けれどそこに人の気配はなく、打ち捨てられて既に時が経つようだった。


「あれ、だれもいないね……」


 ぽつりぽつりと歯が抜けたように点在する家々はどれも人気がない。ディンの村を出て以降始めての人里にテンションの上がっていたメグミは、すぐにその元気を失わせた。


「キュー」


 両腕に抱かれるヒスイもつられるように小さく鳴く。

 どういうことだ、と視線だけでマコトはディンに訪ねた。


「別に不思議じゃないよ。ある程度離れたとはいえまだここは霊峰イフェスティオのお膝元の大森林。野獣も多いし、当然魔獣だって出る云わば辺境。私たち真紅の烈兵(ヴァーミリオン)の様に特別な御役目でもない限り人はそうそう寄りつかない」


「え、じゃあもしかして誰もいないってこと?」

「もともとは村人がいたんだろうけどね。ま、今はもう放置されているってところでしょうね」

「え、じゃあ……」


 途端にメグミの顔が残念そうに曇る。それにディンが首を振った。


「この場所はってことよ。ほらメグミ、あれを見て」


 ディンが指差す方向。この廃墟のさらに奥、前方から白い煙が立ち上るのが目についた。


「火事か?」

「いや、あれは火事じゃないよマコト。あの白い煙は食事の支度さ。つまり」

「人がいるってこと!」


 今度こそメグミの表情が晴れる。感情の高ぶりに、つい足が走りだし駆けだし始める。その拍子に抱かれた状態から離れたヒスイが追随するようにメグミの後ろを飛んでいく。


「あらま、一目散に駆けて行っちゃった。ねぇ、追いかけなくていいの?」

「ヒスイが付いてるから大丈夫だろ。さすがにあのテンションで行動はしたくねぇ」


 言葉とは裏腹に、じっと見据えるその瞳は駆けだした彼女の背中をしっかりと捕えて離さない。そんなマコトにディンは苦笑を浮かべた。


「ま、あんたがいいならいいけどさ」

「あ? ぼさっとしてないで俺たちもいくぞ」

「はいはい」


 やや足早に歩いてすぐ、ディンの言葉が証明された。

 通り過ぎた廃墟群とは明らかに異なる人間の気配。入り口と思しき門が立つその手前で先に到着していたメグミが嬉しそうに飛び跳ねながら二人を待っていた。


「もう、遅いよ二人とも」

「お前が駆けだしたんだろうが」

「だって、お風呂入りたいしお腹すいたし」

「あー、確かにそうだよね。じゃあ先にご飯にする?」

「うん!」


 元気よく頷いたメグミの頭にヒスイが腹ばいで乗り掛かる。まるで張りつくようにぺたりとダレた姿はまるで日向に寝そべる猫のようだ。


「あ、もしかしてヒスイもお腹すいたの?」

「キュア~」


 まるで、そうだよ~、とでもいうかのように鳴く。陽射しを浴びて真白に輝く姿とは裏腹に、凛々しさはまったく感じられない。


「よーし、じゃあさっそくお店に入ろうか! ほらほらマコトちゃん、きっとあそこがお店だよ」


 ぎゅっとマコトの手を握り、引っ張る様にして誘ってくるメグミ。それにされるがままにマコトは足を動かしついて行く。ふっと巡らせた視線が周囲を眺める。


「店、ね……」


 ぽつりとつぶやいた言葉は風に消えた。

 人の気配は確かにあれど、それでもここを村、あるいは町と呼べるかどうか。

 ひゅうっ、とまるで木枯らしが吹くかのように空っ風が砂煙を舞上げる。

 あえて様子を言葉にするのなら、廃れた町、が相応しいように思える場所だった。




 軋み声を上げながら、古くなった木製の扉はゆっくりとその戸を開く。

 訪れた其処はたしかに店であり、雰囲気としては酒屋(BAR)が近いだろう。薄暗い店内にはすでに数名の先客が思い思いに陣取っていた。


「いらっしゃい――って、ん? なんだい、めずらしいね、お客さんかい」


 どこか覇気に掛けた声が掛かる。ぼろぼろのエプロンドレスを着た小太りの女性がカウンターに腰かけたまま胡乱な瞳を微かに驚きで開いている。


「おいおい何言ってんだよ――って、本当に客じゃねぇか。ケケッ、こんな場末の辺鄙な酒場に俺たち以外が来るなんてなぁ!」

「その言葉には同感さ。でもね酔っ払い、ちょっとはその酒臭い口を閉じてな!」

「そりゃあねぇだろぉ。俺は客だぜ客」

「はん、ただの酔っ払いった極潰しの間違いだろう」


 威勢の良い啖呵に酔いで顔を真っ赤に染めた男は、違いねぇ、と楽しそうにグラスを掲げそのまま机に突っ伏した。

 唐突な一連のやりとりにしばし呆然と成り行きを見守ってしまった一同は、バタンッと男が自らの頭を机にぶつける音ではっと我に返った。


「ごめんなさいねぇ、いきなり変なとこ見せちまって。でもそこの酔っ払いの言う通り、ここ何カ月も近所の住人以外の顔を見ていなかったものだからついね。ささっ、とにかくお客さまは大歓迎だ! こっちのいっとう日当たりの良い場所に座っておくれよ」


 促されるままに三人はテーブル席についた。窓際にはメグミとディンが、対面に位置するように腰かけ、メグミの隣にはマコトが座る。ずっとメグミの頭でダレていたヒスイはいそいそとメグミの膝の上に降りると気持ちよさそうに丸くなった。


「さて、注文は何にするんだい? といってもあまり種類はなくてね、そうたいした物は出せないんだけどね」


 給仕の言葉にマコトがディンに目配せをする。この世界でのルールには不慣れなため、任せる、と無言で視線だけで示した。


「えっと、じゃあこれで三人分お願い。内容は任せるわ」

「はいはい、畏まりましたよ」


 すっと机を滑らせた数枚の硬貨を手早く受け取ると、給仕は足早に立ち去った。


「なぁディン、その額でどんな感じになるんだ?」

「さぁ? 正直あたしにもわかんない。相場なんて場所それぞれだし、この店の様子じゃきっと渡した硬貨の額以下になる事は間違いないでしょうね」

「え、それって……」

「どこもそんなもんよ、というかあの女の人が自分から言ってたけどこの状況でまともな食べ物が出てくるとは思えないでしょ、ほら」


 不意に視線を外したディンにつられ、二人も窓の外へ目を向ける。何人かの人間が町の外へと出ており、その格好はぼろぼろで薄汚れている。よくよく見れば店にいる客の様子もあまり清潔には見えない。町と言うには活気があまりにも掛けていた。

 たしかに、まともな食事を期待する方が間違っているかもれない、そう思わせる光景だ。


「なぁ、この世界じゃどこもこんな感じなのか?」

「さぁ? 実はあたしもそんなに詳しい訳じゃないのよ、なにせ村を出る事もあまりなかったし。でもあたしらの村はこんな感じじゃなかったでしょ?」

「うん! すっごく明るかったよ」

「でしょ。だからここが特殊なのか、それとも他に理由があるのか……」

「理由?」

「ええ、まぁそれも大凡見当はつくけどね」


 すっと消える様にディンの言葉が小さくなる。代わりにバケットを持った給仕の女性がやってきた。


「おまちどおさま。パンはこのバケットの中のなら好きなだけ食べとくれ。それにシチューにサラダのセットだよ」


 言葉と共にテーブルに並ぶ皿。中央にパンを乗せたバケットが置かれ、それぞれの前に皿が二枚づつ。中身は言葉通りのシチューにサラダ、と思わしき料理だ。

 並べ終えると女性はさっさと奥へと引っ込んでいく。

 ディンの村を出てから始めて目に『料理』。それに多少なりとも胸躍らせたマコトとメグミは、けれどすぐさまその表情を気まずそうに固めた。


「……どうりで出てくるのが早いはずだ」

「うん……」


 うなずくメグミはどこか哀しそうだ。

 皿に盛られたのはサラダ、と言えばそう見えるかもしれないというほどの野菜盛り。サニーレタスの様な葉物に申し訳程度にプチトマトの様なものが添えられている。当然、ドレッシングなどない。

 シチューと称されたそれは濁った水の様なもの。僅かに肉と思わしき固まりとニンジンやジャガイモに似た物が浮いている。


「ほらほら二人とも、そんな顔しないで。あ、このパンはきっとこのシチューに付けて食べた方が食べやすいよ」


 まったく動じずにディンはバケットに手を伸ばす。好きなだけ食べていいと言われたその中身は一人二つ程度の黒パンだ。けれどどう考えてもそのままかぶり付いてもまともに噛み切れそうに見えない。


「マコトちゃん、お夕飯、わたしが作るね」

「ああ、狩りなら任せろ。全力で獲物を仕留めてくる」


 異世界トリッパーたちが何やら哀しげな決意を固めるのであった。




 ただ咀嚼し流しこむだけの、作業の様な食事がしばらく続いた頃、それは起こった。

 始めは馬の嘶き、それに伴い荷台が止まる音。荷車を引いた馬が現れたのだという事はすぐにわかった。ただあまりにもその現実がマコト達の今までとは違いすぎて、興味本位で二人は視線を窓の外へと向けた。


 御者台から降りたのは襤褸(ぼろ)を纏った男だった。


 襤褸、とは言ってもおそらくは馬が蹴りあげる砂塵避けのマントだろう。ただそれが一際汚れていたというだけで。

 ひどくくたびれた様子で男は腰を叩いている。荷馬車もボロボロで、御者台にいてもその振動はかなりのものなのだろう。ひどく億劫そうな調子で荷台へと周ると積荷を確かめている。汚れない様にという配慮からだろうか、布切れを被せられたそれは何かが詰められた瓶の様でもあった。


「――――ん?」


 ふとマコトが違和感に気づく。

 外には当然男の他にも何人かの人間の往来があった。けれど極少数であったそれが、僅かにその数を増やし、不自然な足取りで皆一様に男へと向かっている。

 ありていに言えば、襤褸を纏った男を取り囲むように近づいていた。


「ねぇ、マコトちゃん……」


 不安げにメグミが視線をマコトに向けてくる。どう考えても様子がおかしい光景。取り囲む男たちの様子はどこか狂気を孕んでいる様にも見えた。


「お嬢ちゃんたち、あれはいつもの事だから気にしないでいいんだよ」


 不意に、思っても見なかった方向から声が飛んだ。視線を窓から外し逆へと向ければ給仕の女がやや困り顔で立っていた。


「あの襤褸を着た男はこの村の薬師さ。昔は一番頼りにされていた男でね、でも今じゃ一番の厄介者扱いさ」

「厄介者?」

「ああ、そうさね。あんたたちも厄介な場所に立ち寄っちまったもんだと同情するけどね、ああなりたくなかったら従順にしてさっさと出ていく事だね」

「マコトちゃん!!」


 悲鳴が上がる。ぎゅっと腕を引かれ視線を窓に戻すと取り囲まれた襤褸の男がそのまま袋叩きに合っている光景が飛び込んで来た。


「――――」

「いくらか路銀は持ってるんだろ? その立派なマントや武器、路銀なんか全部取られるだろうけど、命を無くすよりましさ。いいかい、この村を出る時は、門番の言う事には素直に従うんだよ」

「……それは忠告か?」


「ああ、そうさね。見たとこ世間を知らない子供だろあんたら。なんでこんなとこに来ちまったのか本当に不思議だけどね、これが現実って奴さ。あの男はこの村を仕切る奴に逆らった。だからこうして姿を現す度に皆に痛い目に合わされる」


 頭を抱え蹲る男に方々から蹴りが浴びせられる。中には角材を持ち出して叩く者までいる。

 突然始まった凶行はまさに狂気に満ちていた。取り囲む男たちの誰もが皆一様にその目を血走らせ、まるで八つ当たりでもするかのように暴力を振るっている。


「あんた、これがいつもの事だって言ったな?」


「ああ、そうさ。この寂れ果てた村じゃこれが日常。安心しなよ、なにもみんな寄ってたかってあの男が憎いからやってるんじゃない、殺すつもりだってありゃしない。あいつもそれがわかってるから逆らわずにああして丸まって耐えているんだよ」


「要するに、捌け口ってやつかよ」


 まるで汚い物でも視るかのようなマコトの視線に、それでも給仕はその表情を崩さない。

 仕方がない、と全てを諦めきった諦観。自分に火の粉が及ばない限りは無視を決め込むひどく虚ろな瞳で惨状を見つめていた。


「――ディン、予定変更だ。野宿でも何でもいい、こんなとこさっさと出るぞ」

「ええ、了解よ。じゃああたしは帰り支度をしとくから」

「ああ、メグミを任せた」


 今まで黙っていたディンがさっと立ちあがりメグミの傍に行く。一足先に席を立ったマコトは給仕の女へと真っ直ぐに視線を向けた。


「命を失うよりはまし、だったな? でもよ、人としての誇りを捨ててそんな()をしてるんならもうとっくに死んでるのと同じだろ」

「――――っ」


 言葉に歪めた表情は怒りか、それとも羞恥か。マコトは確かめる事もなく店を出た。




 やや乱暴に閉じられた戸の音で、今まで狂気に走っていた男たちはその暴行をピタリと止めた。

 訝しげに向けられた視線の先に、彼らにとっては見慣れない格好をした少年が立っていた。


「なんだぁ、坊主」

「見世物じゃねぇぞガキっ!」


 唾を撒き散らしなが叫ぶ大人たちをざっと一瞥し、迷うことなくマコトはその中心へと向かって行く。そこには蹲ったままピクリとも動かない襤褸の男。

 怒りに眉を吊り上げたマコトに、男たちは動かなくなった男と彼を見比べる。そうして狂気に歪んだ相貌をニンマリと崩す。それは新たな鬱憤の捌け口の到来を歓迎する下卑た笑みだった。


「おら!」


 問答無用とばかりに角材が背後から頭上目掛けて振り下ろされる。忠告もない突然の暴力行為にしかし、まるで後ろに目が付いているかのような反応速度を見せたマコトはさっと回避するのと同時、その弛んだ腹目掛けて肘鉄を喰らわせた。


「――――ぐふっ!?」


 鳩尾を性格に貫かれた男は呻きを上げてそのまま前のめりに崩れ落ちる。

 背後からの一撃で倒れたところを袋叩きにしようと目論んだ男たちの表情が一瞬だけ素に戻る。

 けれどそれはまさに刹那の出来事で、すぐさま彼らは怒りで顔を真っ赤に染め上げた。

 まるで飛び掛からんばかりの勢いで拳を足を角材を振り上げる男たち。

 まさに四方八方から襲い来る凶行を、けれどマコトは躱し、いなし、一切をその身に当てることなく強烈なカウンターを浴びせていく。

 男たちの凶行が暴力の嵐なら、マコトはその中心でヒラリと舞う舞踏のようで。

 狂気に満ちた惨劇は僅かの時間で終わりを迎えた。後には苦痛に蹲り呻きを上げる男たちの情けない姿が転がるばかり。


「…………」


 一仕事を終えたマコトはゴミでも見るかのように一瞬だけ男たちへと視線を向けその戦闘不能を確認すると未だに蹲ったまま動かない襤褸の男の元へと急いだ。


「おい、意識はあるか? 俺の声が聞こえるか?」

「……っ、…………ぅっ」


 小さな呻き声が上がる。苦しそうなその声に、けれどマコトはほっと安堵の息をつく。死んでいないのなら、意識があるのなら救いようはあるからだ。


「無理はしないでいい。いいか、ゆっくりと呼吸をして身体の力を抜け。俺が今、治してやる」


 蹲ったままの男を横向きにし、手足を伸ばした状態にさせる。なるべく身体をリラックスさせ、マコトはその背中に手を当てた。


光よ(ルクス)――治癒魔法(セラピア)


 言霊とともに柔らかな光が男を包み込んでいく。光はまるで沁み入る様に男へと浸透して行き、赤黒く腫れ上がった顔や手足が徐々に癒されていく。


「うっ……、……? キミは……?」


 頬に血の気が戻り始め男は意識を取り戻した。咄嗟に起きあがろうとした彼をマコトは支えながら立ち上がらせる。


「えっと……、そうか、私はいつものようにやられたんだったな……。でも痛みがないのはどういう訳だ?」

「一つムカつく台詞が聞こえたが、今は置いておく。それよりもまずはここから移動しないか? 正直こんなイラつく場所からは一秒でも早く出ていきたいんだが」

「あ、ああ。それには私も賛成だよ。だがしかし……」

「賛成だってんならいくぞ。とりあえずはあんたの家か何かに案内してもらえると助かるんだが」


 混乱する男を余所にマコトは強引に話しを進めていく。ざっと馬車の様子を確認し、こちらには特に被害が加えられてない事に安堵する。


「ディン、これ、動かせるか?」

「ええ、もちろん。馬の扱いくらい一通り教わってるからまかせといて」


 いつの間にかメグミを連れてやってきていたディンが快諾する。さっと御者台に飛び乗った彼女を見て、マコトは男を荷台へと誘導した。


「とりあえずあんたはまだこっちで横になってろ。傷は癒したがそれだけだ。俺とメグミも此処に乗るから、あとは道案内だけしてくれればいい」

「あ、ああ。わかった」


 まだ理解の追いついていない男を余所に、手際良く荷台に乗せたマコトは自らも乗りメグミの手を取り引き上げる。

 あっという間に準備の整えると、他砂を握り締めたディンに頷いて合図する。


「ちょ、ちょっと待ちなよあんたたち!」


 あまりの出来事に店から飛び出した給仕が声を荒げる。けれど返って来たのは冷たく尖ったマコトの視線。それを受け、女はそれ以上の言葉を呑み込んだ。


「あ、そうだ」


 鞭の音が響き渡り馬が嘶きを上げ掛け始める。そんななか、呆然と見送る給仕の女に向かって、


「お昼ごはん、ごちそうさまでした!」


 そんな無情な言葉が残されるのだった。


明日も更新します。

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