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IROES ~勇者を受け継ぎし者達~  作者: 飯綱 華火
一章 ~はじまりの地~
18/35

第十八話 方針

 村を出発した三人の旅路は生い茂る木々を抜けて行くものだった。

 鬱葱というよりは、乱雑、というべきだろうか。

 そこかしこに生える木々は背が高いとはいえ直射日光を遮るものではない。進んで行くにつれだんだんと高くなっていく陽射しが二人を照らし出し、そが丁度頂点に達する頃、三人は森を脱した。


「メグミ、マコト。ほら、振り返ってごらんよ」


 森を熟知するため先陣を切っていたディンが笑顔で振り返る。それに釣られる様にして辿ってきた道に背を向ければ、そこには堂々とした姿があった。


「うっわぁ、おっきい……」


 ぽつりと感嘆の言葉が零れる。

 まるで三人の旅路を見守るかのようなしの威容、どっしりと構えたその雄姿。


 霊峰イフェスティオ。


 この世界最大の御山にして炎神アリスの誕生と共に生まれたとされる霊山。その地下には炎竜王クラティラスが眠るとされている活火山。


「あたしら真紅の烈兵(ヴァーミリオン)が守護神、炎神アリス様の霊山さ。アリス様と同じくらいにあたしらにとっては信仰と崇拝の対象。アリス様も炎竜王クラティス様もその姿は見えないからね、代わりにあたしらはあの御山に祈るんだ、旅の無事を。道行の幸運を」

「じゃあじゃあわたしたちも今ここで御祈りしておけばいいんだね!」


 心得た、とばかりに唐突に柏手をニ回。そのまま祈りだすメグミ。日本式のやり方に呆気に取られたディンはけれど、くすりと笑みを零す。


「ねぇ、あんたはやらないのかい?」

「あいにくと俺は無神論者なんでな」

「へぇ、でも一番アリス様の恩恵を受けているっていうのに?」


 ニヤリと向けられる視線の先は腰元に佩いた大地神剣。

 剣との出会いこそ気にくわなかったが、それでも数々の場面で助けられた事は事実であり、いつの間にか彼の武器として普通に使っていたという現実。

 それに、むっとマコトは顔をしかめた。


「――――」


 そうして無言で一礼。ゆっくりと頭を下げ、マコトはしばし目を閉じた。

 筋を通すのなら、これくらいはするべきだと思ったのだ。

 メグミを守るために力を貸してくれた事、そしてできるのならば、これからも彼女を見守ってほしいという願いを籠めて。


「それはアリス様へのお礼? それとも御祈り?」

「さぁな」


 頭を上げたマコトはそれだけ言って踵を返す。もう用は無いとばかりに進んで行くその態度に、ディンは僅かばかりの苦笑を浮かべる。


「――――」


 そうして、真っ直ぐに霊峰イフェスティオを見上げ右手で胸を叩く。今までずっと見守ってくれた御山に感謝を示す様に。


「ディン、行こう」


 律儀に待っていたメグミが笑顔を向けた。その彼女が手を空へと放つと、今まで抱かれていたヒスイが大きく飛び上がる。


「キュア!」


 気持ちよさそうにその白銀色の羽をはばたかせ、二人の頭上をゆっくりと旋回する。


「ええ、あのバカを追いかけないと」


 既に先へと歩いていくマコトの背を、二人と一匹はのんびりと追いかけた。




「さっきまであたしたちが歩いていた森は【熾火の森】って言ってさ、炎神アリス様の誕生に合わせ生まれた霊峰イフェスティオ、その吐きだす溶岩で一度火の海になったこの場所を再び豊かにするために、アリス様の兄神である樹神ズィアス様がその御技で創り上げた森なんだって」


 道中の気晴らしに、ディンはそんな事を語り出す。


「ズィアス様って始めて聞いたよ。そのアリス様のお兄さんなんだね。っていうか、神様にも兄弟とかいるんだ」

「もちろんよ。全ての神々の父である大地神クロノス様。その妻である天空神ウラノス様。その二番目の子供が樹神ズィアス様。緑の魔法色を持つ人や森で暮らす人々にとっては守護神的な神様ってわけ」

「この世界の神ってのはギリシア神話や北欧神話と一緒で多神教だ。六大神を中心にその眷族神がいて、その神々が様々な権能を司っているってわけだ」


 少しでもイメージしやすい様にと、元の世界の神話に当てはめてマコトが細くする。


「へぇ、じゃあさっきディンが言っていたみたいに人によって信仰する神様が違うんだね」


「ええ、そうね。まぁ基本的には自分の魔法色の神が主神にはなってくるんだけど。でも人によっては例えば自らの職業だとか、ズィアス様みたいに住む場所によって信仰する神を代える人もいるわ。信仰の対象はその人の自由だもの。それでも皆、何かしらの神々を信仰しているわ」


「じゃあディンはその、アリス様なんだ」

「ええ、そう。もっともあたしたち真紅の烈兵(ヴァーミリオン)は全員がアリス様なんだけどね」

「え、なんで? 他の神様を信仰している人はいないの?」


 きょとんと、不思議そうに首を傾げた。


「並行して信仰しているって人なら結構いるわ。特に戦士の間では戦の神ケラヴィノス様が人気ね。あとは豊穣の神アフロディティ様とか。でも必ず信仰の主神は炎神アリス様よ」

「へぇ、そんな神様もいるんだね。でも、それなら尚更どうしてなの?」

「それはあたしたち真紅の烈兵(ヴァーミリオン)が神話大戦に於いて炎神アリス様の先兵として戦った一族の末裔だからよ」

「ずっと気にはなってたんだけどな、自分たちの事を真紅の烈兵(ヴァーミリオン)と呼んでいたのはそういう理由か?」


 今まで黙って話しを聞いていたマコトが興味深げに問いかける。その通り、とディンは頷いた。


「元々真紅の烈兵(ヴァーミリオン)っていうのは当時のアリス様の戦士団の事を意味する名だって話しよ。それが神話大戦の末路である神々の終焉(ラグナロク)によって神々がこの世界から姿を消した際にその神殿の守りを任され、そのままこの土地に根付き気がつけば戦士団が戦士の一族に変わっていったってわけ」


「なるほどな。だからあれだけ真紅の烈兵(ヴァーミリオン)って名に誇りを持っていたと」

「そういうことよ。あたしたちは炎神アリス様直属の戦士団、その末裔。驚いた?」


 煌びやかな紅き瞳が向けれられ、メグミはコクコクと首を縦に大きく振った。


「神様と一緒に戦っていたとかすごいよ! 女神像や神殿を見ただけですっごく驚いてたのに、その末裔がディンだとか本当にびっくり」

「あたしら以外にもそういう一族ってのはいるんだけどね。メグミたちの世界にはそういうのはないの?」

「俺たちの世界にもいろんな神々はいるし、宗教も無数にあるけどさ、それでも本当に神がいたとか一緒に戦った戦士の末裔だなんて話しは法螺話でしかないからな」

「へぇ、じゃあ神様自体がいないって事?

「ああ、そうなるな」


「うわ、なんかあたしからしたらそれ驚き。でもま、あんたの場合いても信じなさそうだけどね」

「当たり前だ。神に祈ったとたところで何かが起きるわけでもないだろ。この世界ですらその昔に神は居たとしても、もうすでにいなくなっているんだ。本当に困った時、最後に信じられるのは自分の力だけだろ」


「ま、あえて否定はしないけどね」

「うーん、でもどこかで見守ってくれているのなら、お祈りするのはいいかもしれないよね!」


 ドライな回答のマコトに、けれどメグミは明るくそう答えた。それ以上マコトは何も言わない。

 メグミは頭上を気持ちよさそうに飛ぶヒスイへと手を伸ばす。するとすぐにヒスイはその意図に気づいたのか甘えるように胸の中に飛び込んで行く。


「少なくともさ、こうしてヒスイと合わせてもらえたし、ディンともお友達になれたし、そういう意味では神様に感謝しないといけないようね」

「キューアー」


 頭を撫でられて嬉しそうにヒスイが鳴く。

 それはどこまでものどかな光景だった。



 ● ● ●



 熾火の森を抜け、しばらくはなだらかな草原地帯を歩く。

 天気が良く、見晴らしも良いその場所は風が心地よく、旅に出ているというよりかはピクニックにでも来ている様な気分にさせた。


 特にメグミは見るもの全てが初めての光景だあるため大いにはしゃぎ、ヒスイと共に一人テンションが上がりっぱなしであった。

 そんな彼女を後ろから見守りながら歩くマコトも興味津々と言った心情を隠し切れていない。警戒の意味もあるがそれ以上にきょろきょろとあたりを見回していた。

 そんな中一人、ディンだけは戦士団の活動の一環としてこの辺りにもきた事があるため冷静に進む。時たまメグミが道を外れそうになるのをたしなめたり、メグミの矢継ぎ早な質問に答えていた。


 そうして一行は草原地帯から再び森林地帯へと入っていく。


 霊峰イフェスティオが炎神アリスの産声と共に誕生し、その際に溢れた膨大な溶岩でこの辺り一帯は一度焦土と化している。それを見た樹神ズィアスが己の権能を用いて森林地帯にした、とされる場所だ。


 熾火の森を抜けた後も続く森林地帯は広大で【大森林】とそのままな呼び方をされている。


 そしてその中にはいくつかの村や集落が点在しており、人々の営みが存在する。尤もその村も興っては衰退しを繰り返す小規模な物。その為マコト達一行が目指す最初の村も順調に進んで一週間というほどの距離だ。場合によっては既に放棄されている、という可能性すら有り得るのが森での生活である。


 森に入ってやや進んだところで陽が傾きだした。

 天高く聳えていた太陽が傾いでいくにつれ森はその明るさを失っていき、鬱葱と茂る木々がその影を濃くしていく。

 薄暗く成り始める少し手前あたりで、ディンが今日の旅はここまでだと終わりを告げた。


「え、もうちょっと進まないの? まだ明るいから先に行けると思うよ」

「ええ、でも今日はここでキャンプを張りましょう。ちょうどよく開けた場所に出れたし、これから寝床の準備と食料の確保を始めたら暗くなるのなんてあっという間だもの。夜の森っていうのはとにかく危険でいっぱいだから、明るいうちに全てを整えておくのが旅の基本よ」

「そうなんだね。あ、じゃあここはヒスイの出番だね!」

「キュア!」


 メグミの言葉に、任せろ! とばかりに頷く小竜。それにディンが首を傾げた。


「ヒスイの出番って?」

「ヒスイってば食べ物を探すの得意なんだよ。始めてこの世界に来た時だってヒスイがいーっぱい果物見つけてきたんだから!」


 メグミの言葉に、本当なわけ? とマコトへ視線を投げるディン。それにマコトは肩を竦めながら頷いた。


「この世界での竜種が伝説的存在ってのは知ってる。亜竜種でさえ珍しいのにヒスイは本物。でもお前らの常識は取っ払ったほうが今後の為だぞ。こいつは悉く俺たちの予想の斜め上を行くからな」

「確かにその方が賢明なのかも。ええ、なら食材確保はヒスイに任せましょうか。その間にあたしはここでテントの準備をするから。マコト、あんたも手伝ってちょうだい」

「わかった。――メグミ、遠くに行きすぎるなよ。ヒスイ、メグミを頼む」

「うん、わかったよマコトちゃん」

「キュア!」


 それぞれ背負っていた背嚢を降ろし準備を始める。ディンとマコトはマコトが背負っていた背嚢についているテントを解き始め設営の準備から。そんな二人に手を振ってメグミとヒスイは仲良く森の中へと分け入っていく。


「ねぇ、あんたがあっさりとメグミを行かせた理由が気になるんだけど」


 メグミの姿が見えなくなると、ディンはさっそくとばかりにそう切り出した。


「村でのあんたの様子からしてどれだけヒスイの事を信頼していても危険のある森の中にメグミを送りこむとか考えられない。あんたが得意としている星海図(プルース)でも発動しているのなら別だけどそんな気配もない。どうしたわけ?」


 設営の手を止める事は無く、けれど視線はまっすぐにマコトへと向けて放たれた問い掛け。それをマコトは真正面から受け止めた。


「俺の事でお前に話しておく事がある」

「それはメグミには聞かせたくない話ってこと?」

「ああ、俺の今の状態についてだ」


 その言葉に、ディンは作業する手を止めた。


「俺の魔法はこの世界に来てからずっと本調子じゃない。元々の状態を十とするのなら村にいた時の状態はおおよそ四と言ったところ。でも今は、それより悪くなっている」

「正直あの実力で四割しかないってのが信じられないくらいなんだけどさ、ぶっちゃけ今はどれくらいなわけ?」

「ニ割ってところだ。今じゃ星海図(プルース)すら発動がきつい」

「現にはあの氷の騎士――シュートとの一戦ね?」


「ああ。正直そこに至るまでの戦いも相当消耗してたんだけどな、あいつとの戦いはその比じゃない。消耗どころじゃなく、それこそ俺は魔力回路を無理矢理動かして戦ったからな。それで元々傷ついていた回路がさらにイカレタってわけだ」


 己の手をじっと見つめる。その手が微かに震えている様にディンには見えた。


「ねぇ、あんたの状態を詳しく聞いても良い?」


「ああ。もともと魔法ってのは自らの体内に在る魔力を集め、それを外へと放出し形を成す事で発動する事象だ。魔力の放出。魔力の固定。魔力の変化。これが基本の三段階。これができて初めて魔力は魔法へと変わる。その際に重要なのが魔力の放出。基本の第一段階。それを行うための器官が魔力回路に成るわけだが、俺はその器官のほとんどが傷だらけの状態で一向に回復しないんだよ」


「それじゃあなに、ほとんど魔力を放出する事も出来ないってこと?」


「そうなる。でも幸いなことに俺は少しでも魔力を放出できればそれを固定、変化させ魔法へと形成させる事ができる。おそらくは元の世界の元々魔力量が少ない環境で魔法を使う練習をしていた事で僅かな魔力でも魔法を編みあげられる様に成ったってわけだ」


「じゃあ今まではその技術を使って少ない魔力量でも何とか成っていたけど、その少ない魔力量の確保すら難しいってことね?」


 ディンの言葉にマコトは頷いた。開いた掌から光玉(スターマイン)が生み出される。それはディンが見てきた物と何ら変わらない大きさと質量を持っていた。


「すぐに発動できるのはもう光玉(これ)くらいだな。ある程度は時間をかければ発動できるが、今俺が無理せずに発動できるのは精々が中級魔法どまりだと思う。この間の天空魔法陣見たいに詠唱や一定の時間をかければ上級までは発動できる」


「ちなみにそれ以上の、冠位魔法の発動はもう無理ってこと?」

「無理じゃない。ただ、使えば今以上の弊害は覚悟しなきゃならない。場合によってはしばらく魔法が使えなくなるくらいの」

「なるほどね。ならマコト、使わないで。つーか使うな。使わなきゃ死ぬってくらいの命がけの状況でもない限り禁止よ禁止。いいわね!」


 即断で禁止を告げたディンにマコトは僅かに目を見開く。こういう性格だというのはわかってきてはいたが、それでも即断されるのは予想外だった。


「わるいな……」


「いいのよ別に。ってかね、あんたは自分やあのシュートを基準にこの世界の魔法レベルを考えているみたいだから言っておくけど。というかこの際だからずっと言いたかった事を言わせてもらうけどね、あんたの魔法レベルはハッキリ言って異常よ異常。さっき何気なくあたしも冠位魔法なんて言ったけどね、この世界の人間の魔法レベルは初級止まり。初級魔法さえ納めれば日常生活どころか魔獣相手でも戦えるの。まぁ緑大熊レベルは無理だけどさ、でもそんなものなの。国お抱えの騎士団レベルじゃ中級の取得は必須みたいだけど、それ以上は任意って親父が言ってたわ。それは良くも悪くも魔法よりも剣や弓の力が重要視されているから。そもそも魔法は習得するにも時間がかかるし、専門の知識が必要だしって言うんであまり広まっていないのよ。その証拠にあたしだって赤魔法は中級までなのよ? 英雄と呼ばれた親父ですら魔法は王位止まり。つまり、あんたは既に魔法だけでいえば親父と同等以上ってことなの。これがどれだけすごいことかわかってる?」


 一気にまくし立てられたディンの言葉にしばし呆気にとれるマコトはただ首を横に振るのみ。それにディンは盛大に溜息をついた。


「上級を修めた魔術師がさらなる高みを目指す領域。それが魔導の到達点である冠位魔法。上級魔法を使いこなせるだけで一国の魔術顧問に永久雇用されるくらいすごい事なの。一人の上級魔術師で戦士十人分の働きはできるって言われているくらいよ。そんな術師でさえ到達できる者が限られる領域が冠位魔法ってわけ。しかも冠位魔法の最終地点である神位魔法は同じ冠位魔術師に認められてただ一人だけが名乗る事を許される魔道の究極地。だからそんな神位を無視すれば龍位が到達できる最高点で、王位はその二番目。それほどの使い手がごろごろ転がっているわけがないのよ」


「でもさ、あの氷の騎士――シュートは間違いなく王位レベルの魔術を使っていたぜ?」


「ええ、だからそれも異常なのよ。正直あの時の顛末を親父に話したらしばらく絶句してたわ。その後でよく生きてたな、なんて言われたくらいよ。でもあたしだってほんとそう思う。それほどまでにあの戦いはおかしかったの。だからねマコト、魔法が全然使えないならともかく、中級レベルまでは使えるってんならそれで十分過ぎるくらいよ。つーかそうじゃなきゃあたしの立場がないっての」


「あー、悪い……」

「だから謝るなっての」


 止めていた作業を再開する。けれどその手つきはやや乱暴で、まるで八つ当たりの様でもあった。


「で、あんたのその魔力回路の怪我、治る目処はあるわけ?」


「正直いってわからない。村にいる間も治癒魔法をかけてみたりしたんだけどな、一向に治る気配がないんだ」

「なるほど、ならしばらくは魔法に頼りっぱなしは危険ってわけね」

「ああ。だからディン、お前に頼みがある」

「ええ、いいわよ。言わなくったって言いたい事くらいわかるわ。つまり、魔法が使えないなら剣で戦えるようになりたいってことでしょ?」


 赤い瞳が向けられる。それにマコトは大きく頷いた。


「要するに村にいた時同様の戦闘訓練ね。別にそれはあたしだって望むところよ。でも一つ、条件がある」

「条件?」

「ええ、実はあたしの魔術レベルって中級どまりなの。だからあんたはあたしに魔法を教えてちょうだい。代わりにあんたには戦闘を教えるわ」

「教えるって、俺が使えるのは白魔法だぞ? ディンは赤魔法だろ」


「んなことは知ってるわよバカ。別に白魔法を教えろっていうんじゃないわ。例え系統色が違っていようとその術理は同じでしょ? だからあたしに上級魔法以上の魔法のその術理を教えて欲しいのよ。親父やリーアは使えたけど、教わる前に村を出ちゃったし」


「……そういうことか」

「ええ、そういう事。どう、なかなかいい交換条件だと思うけど?」

 にやりと笑みを浮かべたディンを見て息を付く。それから頷いた。

「ああ、どの道俺もこの世界での魔法の発動にはもっと慣れていく必要があったしな、もちろんかまわねぇよ」

「よし、なら商談成立ね」


 嬉しそうにそう告げると、ディンはテキパキと作業を進めていく。話し合いで止まっていた分を取り戻すかのようなその勢いは心なしか弾んでいた。


「あ、そうだディン、俺の魔法の事メグミには」

「わかってるわよ。黙っておいてあげる。じゃなきゃ何のためにあんたが今この場を設けたのかって話しになるし。でもさ、これは勘だけど、あの子絶対に気づいていると思うわよ?」

「…………」


 ディンの指摘に思わず手が止まる。

 その意見は尤もだ。むしろ、気づいていないはずがないとすら思ってしまう。

 それでも、


「頼む、黙っていてくれ」

「はいはい。それが男の意地って奴なんでしょ」


 わけわかんない、とごちてそれでもディンは頷いた。


「悪いな」

「いいわよ別に。でもさ、あんたも相当めんどくさい性格してるよね」

「うるせぇよ」

「へぇ、自覚はあるんだ。ならま、それはそれでいいのかな。――さて、とりあえずメグミが戻ってくる前にちゃっちゃか終わらせちゃいましょうか」


 その言葉に、二人は残りの作業を黙々とこなしていくのだった。



 ● ● ●



 暗く静まり返った森の中、パチパチっと爆ぜる焚き火の音が木霊する。

 明かりなど何も無い森の中は本当に真っ暗だ。僅か数メートル先さえ見えない、本当の闇。

 焚き火を囲んで座るメグミは膝の上にヒスイを乗せ、すり寄る様に僅かにマコトへと身体を寄せた。


「夜の闇ってのは本当に何もかもを真っ暗に閉ざしてしまうでしょ、それは普段は地底の奥深くに閉じ込められている暗黒神プルトナスの力が増すからなんだってさ。でもね」


 焚き火を囲いメグミの手料理に舌鼓を打ちながら、昼間の続きとばかりにディンが語る。

 すっと細く長い指が(ソラ)を指す。


「プルトナスに悪さをさせない為の監視として天空神ウラノス様が月を創ったんだってさ。そうしてプルトナスを監視すると共に、人々に灯りを齎す為に星々を散らしたって言われてる」


 (ソラ)に輝く満天の星。そこに黄金に輝く瞳が覗く。

 元の世界では見る事ができなかった満天の夜空をしばしマコトとメグミは眺め見る。


「なぁディン、プルトナスって言えばさ、あの教団ってのはいったい何なんだ?」

「正直あたしもよくわかんない。なにせあの時に始めて聞いたくらいだし」

 焚き火を挟んでマコトの正面に座るディンは肩をすくめた。さっぱりね、と両手を広げる。

「…………」

「キュー?」


 わずかばかりの不安を覚えたメグミは思わずヒスイを抱きしめる。そうすれば、大丈夫? と心配するかのように白き竜はその緑の瞳をメグミに向ける。


「うん、心配してくれてありがとねヒスイ」

「キュアー」


 まるで安心させるかのようにヒスイは頭をメグミの手に擦り付ける。


「マコト、親父が言っていた話し、覚えてる?」


 そんなメグミとヒスイのやりとりを見ながらそうディンは切り出した。

 それはシュートとの戦いの後、マコトが目覚めた夜に交わしたグラッドとの会話。



「お前はあのイェスティオ何者なのか知ってるのか?」

「ああ、知ってるぜ。よぉくな。あいつは、いや、あいつらは『夜を望む者』」

「夜を、望む……?」

「ああ、そうだ。夜を望み暗黒神を崇拝する、異端なる邪教集団」

「邪教、ね。公には認められていないイカレタ連中ってわけだ」

「そうだ。そして――二十年前の魔王戦争を陰で操った者たち、それが奴ら【教団】だ」


 魔王戦争。

 それはニ十年前、マコトの父であるヤマトが《白の姫巫女》シャロンによって召喚され戦った戦争の名前。《魔王》ガルガンドゥによる世界征服の為とされる戦乱はけれど、その裏にある一つの目的を秘めていたという。


「【教団】ってのは大昔から存在する暗黒神プルトナスを心棒する集団でな、神々の終焉(ラグナロク)にて大地神クロノス様によって【大断裂】の奥深くに封印されたというプルトナスの復活を目論む信仰だ。魔獣は暗黒神の眷族獣なんていう話しもあってな、その為魔獣崇拝だの人身御供による生贄信仰だの色々ときなくせぇことばかりやり続ける狂気集団だ」


「そんなあぶねぇ奴らがその戦争の背後にいたってわけか?」


「ああ、それまではずっと歴史の裏に潜んでいた連中なんだがな、魔王が戦争を起こすと同時期に活動を活発化させてな、一時期は奴の勢いもあって信者も相当数に上ったって話しだ。中でも連中を一躍有名にしたのが【黒化病(マブロ・アロスティア)】だ。当時の人口の実に五分の一を殺し尽くしたとされる狂気の病を撒き散らし、文字通り世界中に闇を広めまくったのさ」


「そんな連中をあんたは放置していたってのか?」


「まさか。俺たち勇者一行は魔王討伐の傍ら教団の動向を探りつつその殲滅も目論んださ。ただいかんせん魔王と違ってこいつはいわゆる宗教だからな。その全てを潰し根絶やしにするにはいたら中立ってのは事実だ。それでも、トップあるいはそれに近しい位置にいたであろう魔王の討伐でだいぶ弱体化させる事はできたんだが……」


「復活してきてるってわけね」


「そういう訳だ。奴らが大地神剣を狙った理由は大よそだが推察できる。おそらくはニ十年前にヤマトにって魔王が討たれた時の様に、テメェらの目的の邪魔をされたくねぇってところだろうな。だから予めそうなりそうな要因を潰しに来たってところだろう」


「つまり、何かをやらかす気でいるってことか?」


「間違いなく、な。じゃなきゃ弟子(マズティボメノス)とはいえわざわざこんな辺境にまで送ってくる事はしないはずだ。その目的は不明だがな、今後お前さんの道行の障害になるかもしれない、十分に注意するんだな」



 爆ぜ飛ぶ火の粉が舞う焚き火を見つめながら真剣な瞳で注意を促したグラッドの表情を思い出した。


「イェスティオとかいった骸骨野郎、グラッドは《狂信者(ファナティコス)》と言っていたな?」


「ええ、【教団】の中でも特にその思想に狂った者たち、通称《狂信者(ファナティコス)》。彼らは【教団】の中でもさらに独自の思想を持ち、それこそが暗黒神復活の鍵となると信じて止まない文字通りの信仰に狂った者」


「代々その思想を受け継いだ《師匠(ダスカロス)》から《弟子(マズティボメノス)》に継承することで狂気の願望をより強くしていく連中か……。あの野郎一人であれだけの事をしでかして見せたんだ、それが組織だって動く、なんて事は想像したくもねぇな」


「同感ね。それで、どうするわけマコト。もしまた連中が現れたら」


 紅い瞳が試すようにマコトを見据える。


「もちろん、邪魔をするようなら叩き潰す。でも、そうでないなら知ったことじゃない」

「もしかしたらあんたが召喚された理由が【教団】に関係するかもしれないのに?」

「それこそ知った事か。そもそもテメェらの問題くらいテメェらでなんとかしろってんだ。一々余所の人間の力を当てにしてんじゃねぇ。勝手な都合で迷惑押しつけんな」

「ま、そういうと思ったわよ」


 視線鋭く言い放つマコトに、ディンはやや呆れ顔で肩を竦める。隣に座るメグミはヒスイを抱きしめたまま何も言わない。


「でもまぁ、あんたの言い分はわかる。確かにさ、もし本当にそうならちょっと身勝手すぎるもんね。


 なら、当面の目標は【王国(ヴァスィリオ)】への到達と、王城にある魔法陣を起動させての帰還ってことでいいわけ?」

「当面じゃなくてそれが目的だ。それ以上の目的なんかねぇよ」

「はいはい。なら少なくともそこまでは道のりいっしょね」

「あれ、じゃあその後はディンはどうするの?」


 話しの流れが変わったのを察知したメグミが会話に混ざる。きょとんとした瞳が向けられた


「正直なにも考えてない。今だってあんた達のお守が目的の半分で、もう半分は自分の経験の為だもの。だからまぁ、その時になって考えるわ。メグミたちと違ってあたしはほら、この世界で暮らしが全てだから」

「そっか……。なんかごめんね、わたしたちの目的の為に付き合わせちゃって」

「何言ってんのよ。どの道いつかは村を出る予定でもあったんだし、正直あたしにとっても丁度いいタイミングだったのよ。それに、せっかく旅に出るならこうして気心の知れた仲間同士の方が楽しいでしょ?」


 ちゃめっけたっぷりに投げられたウィンクに、メグミは嬉しそうに微笑んだ。




 森が寝静まった夜半過ぎ。

 暖を絶やさないように放り込んだ枝に火が燃え移るパキパキッという音がやけに高く響き渡る。メグミとディンはそれぞれのマントを毛布に小さく丸くなって寝ている。メグミに抱かれて眠りに付くヒスイは時折ピクピクと耳を動かしており、小さな竜は寝ながらも警戒心を解くことなくメグミを守っている様子がうかがえた。


 そんな中、マコトは細心の注意を払って立ち上がる。

 手には大地神剣を携え、こっそりと足音を忍ばせてゆっくりと遠ざかる。


 今の見張りはマコトが当番だ。本当はディンとの二交代制をとるつもりであったがメグミが頑としてそれを聞き入れず、しかたなくヒスイと共に起きている事を条件にメグミも含めた三交代制での夜の番をする事にしていた。


 今はその最終ローテーション。このまま朝まではマコトが見張りだ。

 だから、この時間を生かして出来る事をやっておこうと思ったのだ。


 ある程度の距離を開いてから持ってきた大地神剣を構える。

 ゆっくりと振り上げ振り下ろす。そのまま動きを止めることなく横に薙ぎ、なぞる様にさらに払う。さらに逆袈裟に斬り上げ、斬り下ろす。

 そうした一連の動作を身体の動くままに任せ黙々とこなしていく。


 型稽古ではなく、剣を振るうという動作そのものを身体に沁み込ませる為の運動。ゆっくり、けれど動きは止めずに延々と。


 人とりこなした後、ゆっくりと息を吐きながら剣を構える。


 そうして目の前に立ちはだかる人をイメージする。

 瞼の裏に浮かぶのはディン。今最も多く戦い、同時に最も多く叩きのめされてきた相手。


 その動きを脳内で再現し、それに対応するように動いていく。

 やはりゆっくりと、けれど動きはなるべく止めずに。

 やがてマコトの身体が大量の汗で濡れだす頃、空が白澄み始めた。


 ――――朝だ。


 旅立ってから初めての朝が空けようとしていた。



1章の3、スタートです。


今日は投稿が普段の時間からだいぶ遅くなりましたが、明日は12時に投稿します。

よろしければ、この先もお付き合いください。

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