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IROES ~勇者を受け継ぎし者達~  作者: 飯綱 華火
一章 ~はじまりの地~
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第十七話 旅路


 ――――身体に掛かった微かな重さで目が覚めた。


 目覚めた時、視界はぼやけ、目の前の光景がよくわからなかった。

 霞がかった様な世界。けれど徐々に霧が晴れハッキリとしてくるとそれが天井である事を理解する。そうしてから漸く、身体を起こそうとして、まるで鈍りでも入ったようにひどく重い事に気がついた。


「――――うっ」


 筋肉痛よりもなおひどい、もっと身体の奥から響く様な鈍痛。それに顔をしかめる。それでも強引に身体を起こそうとして、


「…………ん、ぅん……」


 すやすやと、心地よさそうに寝入る顔に吸い込まれた。

 丁度胸元に顔を預ける様にして安らかな寝顔が向いている。その、あまりにも幸せそうな表情に、しばしの間、すべての事柄が頭から吹っ飛んだ。

 だから、どれくらい眺めていたのだろうか。


「………………ん。……、……まことちゃん?」


 ぱちぱちと、ゆっくりと瞼が震え彼を捉えた。

 始めはのんびりと、それが徐々にはっきりと、瞳が彼を映しだす。

 そうして、


「――――マコトちゃん!!」


 ぎゅっと、まるで飛び突く様にして抱きついた。


「…………おはよ、メグミ」

「もう、寝坊助すぎるよ。……マコトちゃんのばか」


 首元に齧りつく様にしてきつくきつく抱きついたメグミを、柔らかく、包むようにして抱きしめる。

 目が、覚めた。



 ● ● ●



「まぁざっと丸一日ってところだね」


 看病と称し現れたディンは顔一面にニヤニヤとした笑みを張り付けながら漸く目覚めたマコトに告げる。


「おい、なんだよその顔は」

「別にぃ。ま、目覚めて良かったよ。これで後一日遅れでもしたらきっとメグミが狂乱してたんじゃない?」


 上半身を起こしたマコトの隣に椅子を置き、まるで寄添う様に傍につく少女を眺めながら告げる。一方話題の彼女は嬉しそうにリンゴをむいているところだ。


「もういい。お前はこれ以上口を開くな」

「おいおい随分冷たい言い草じゃないか。共に死線をくぐり抜けた仲だろ?」

「うるせぇ」


 不機嫌そうにしながらも、あえてメグミをどけようとしないマコトにさらにディンの笑みが強くなる。逃れるように視線を外し、向けた先に鼻歌交じりにナイフを動かす少女の姿を捉えより一層顔をしかめる。


「親父が言ってたけどさ、ほんとあんたたちって面白いよ。変すぎて最高。あ、もちろん良い意味でよ?」

「知るかそんなの。つーかまるでフォローになってねぇばか」


 くつくつと笑いを堪えるディン。そろそろ顔じゅうが皺だけになりそうなマコト。


「はい、むけたよマコトちゃん!」


 呑気なメグミは綺麗に切りそろえられたリンゴの出来栄えに一人、嬉しそうに声を上げた。


「へぇ、すごい綺麗じゃんメグミ。あ、でもあれだけ美味しい料理できるなら当然なのかな。ねぇ、向こうの世界で料理人だったとか?」

「え、ううん、そうじゃないよ。もともとお料理はけっこうやってたんだ、お母さんやマコトちゃんのお母さんに教わってね。そうそう、マコトちゃんのお母さんってすっごくお料理が上手なの! 煮物とかほんと美味しいんだよ!」


 リンゴに刺さった楊枝をつまみ、齧る。シャクリ、という快音と果汁が口に溢れ出す。シャリシャリと旨そうに頬張りながら意外そうに目を丸めた。


「マコトのお母さんって言ったらあの《白の姫巫女》様でしょ? 王族のお姫様が料理上手とか全然イメージ出来ないんだけど」

「ふん、俺からしたらただの母親だからな。王族(そっち)の方がイメージねぇよ」


 豪華絢爛な住まいに世話は全て侍女が行う何一つ不自由ない暮らしと、家賃を抑えた県営住宅の安団地での細々とした生活。

 何一つとして重なることのない、真反対な現実。贅沢、という言葉からはかけ離れた生活が脳裏を過ぎる。


「なんかね、マコトちゃんのお母さんは温かい保母さんって感じなの。いっつもニコニコしてて綺麗で優しいんだ」


 まるで自らの自慢話でもする様に誇らしげ。

 御世辞にも裕福とは言い難い暮らし。それでも、確かな幸せがあった。


「マコトちゃんの家に遊びに行ってね、よくいっしょにお料理作ったりもしてたんだよ。たまにうちのお母さんも混ざったりして、いっしょにお料理するのってすっごく楽しいんだよ!」


 メグミの言葉に、ささくれ立ちそうだったマコトの気持ちが凪いでいく。


「へぇ、ほんっとイメージ湧かないなぁ。でもさ、なんていうかそういう事を言えるメグミが羨ましいよ、あたしなんてどっちかというと戦闘の方が得意な性質だからさ」

「まぁあの父親じゃあそれも仕方ないだろ」

「ほんとそれ。でもさ、今まではこと戦闘に関しちゃかなりの自信があったんだけど、それも今はかなりへし折れてるよ」

「…………」


 その一言で、マコトの目つきが変わった。


「ディン」

「ああ、わかってる。あたしとマコトで確かにあの氷の騎士――シュートって奴は退けた。でも、正しくは退いて頂いた、だ。あいつにはまだまだ余力があった」


 悔しそうに歯がみする。自らの力で打ち負かしたのではなく、相手の慈悲によって命を拾った。その事実が戦士として許容しがたい屈辱となってのしかかる。

 それはマコトも同じなのか、ただ黙し、けれど瞳は険しく睨みを効かせる。


「――――それだけわかりゃあ上出来だ」


 どん、と腹の底に響く様な声。ゆったりとした和装の袖口に両腕を突っ込みグラッドが現れた。


「戦場で命を拾えるだけめっけもの。その場で出来る最大を尽くして拾った命なら御の字だ。その後で相手との力量差を痛感したってんなら、あとは己を鍛えりゃ済むだけのこったろ」

「簡単に言ってくれるね親父」

「そりゃあそうさ。おめえたちはまだ伸びしろの塊だ。これからいくらでも叩きゃあ鍛えられる原石なんだぜ? もはやどうしようもねぇクズ鉄ならお手上げだがその真逆。悲観する理由がねぇだろ」


 にやり、と不敵な笑みを浮かべる豪傑。真紅の烈兵(ヴァーミリオン)きっての英雄にそう断言されれば、不思議な事に悲観的な気持ちが薄れていく。


「俺だって、このままでいるつもりはねぇさ」

「ほう、ならどうするつもりだ」


 ぽつりとつぶやいたマコトの言葉をしっかりと掬い上げ、まるで試すような笑みを浮かべる。

 その表情を、マコトは正面から受け止めた。


「俺の目的はメグミと一緒に元の世界へと帰る事だ。もともと望んで来た世界じゃないし、例えここが母さんの故郷であっても、俺の世界は此処じゃない。だからメグミと二人で必ず元の世界へと帰って見せる」


 明確に、はっきりと。

 この世界へとやってきてから掲げていたその指針を、今改めて告げる。そしてその意志を瞳に宿し、グラッドを見つめる。


「でも今俺じゃあ帰るどころかメグミを守りとおすのさえ難しいんだと実感した。この世界で生き抜くためには力がいる。だから――俺に、戦い方を教えて欲しい」


 そうして、ベッドから身体を起こせない身体を無理矢理に動かして、マコトは頭を下げた。


「ふふん。目的は違えども、やっぱりその瞳は同じだなぁマコト。おめえさんは嫌がるだろうが、やっぱりヤマトの息子だよ、お前は」


 守るべき者の為に、全てをかなぐり捨てて自分に頭を下げるマコトに、かつての情景を重ね見る。

 かつて一人の青年が同じように彼に頭を下げたのだ。

 力が欲しいと。

 望んでやってきた訳でない世界で、それでもただ一人自分に願いを託す少女の為に、そうできるだけの力を与えて欲しいと、後に勇者と呼ばれる事になる彼もまた、同じように頭を下げた。

それは英雄譚の始まりの記憶。グラッドは懐かしさに頬を緩めた。


「まずは今日一日身体を休めなマコト。そこの天空竜(セラス)様の仔の力とおめえさんの魔力量ならあと一日もあれば回復するだろう。全てはそっからだ。万全にした後で、俺がみっちりとしごいてやる」


 ポンとマコトの肩に手を置いてグラッドは出ていった。それを合図にする様にディンも部屋を出る。


「じゃあマコト、あたしもそろそろ行くわ。何かあればいつでも呼んで。とにかく、まずは身体を休めないとね」

「ああ、ありがとなディン」

「いいのよ。というかさ、あたしとあんたは互いの命を掛けあって戦場を生き抜いた。ならもう遠慮はいらないさ」

「そうかよ」


 伸ばした拳がコツンと重なる。ニッと笑ってディンは部屋を出ていった。


「…………なんか、うらやましいかも」

「ん?」


 ディンがいなくなった後でぽつりとつぶやかれた言葉。メグミは小さくリンゴを齧る。


「なんか今のディンとマコトちゃん、わたしが入れる感じじゃなかった」


 シャリ、シャリ、と小さく小さくリンゴが無くなっていく。


「だからね、なんか、いいなぁって」


 しゃり、と最後の一口が消え去って。


「あのなぁ――」


 ボン、と乱暴に、マコトはメグミの頭に手をやった。


「――ふあっ!?」

「ディンも言ってただろ、俺とディンは互いの命を掛け合ったって。知り合って間もないけどさ、あんな戦いを共にくぐり抜ければそりゃ特別にもなる。当たり前だろ」

「うー、だからそれがなんか、うらやましいなって」


 拗ねるように顔を俯かせるメグミに、マコトは頭に乗せた手をめちゃくちゃに撫でる。


「ちょ――、何するのマコトちゃん!」

「うっさいばか。つーかいちいちくだらねぇこと考えてんじゃねぇよ」

「く、くだらなくなんか――っ!?」


 最後まで言葉を紡がせず、ぐっと強引に頭を自分の胸元へと引き寄せる。そのまま包み込むようにして抱きしめる。


「ディンと俺との絆はあの戦場で確かに結ばれて、そこにメグミはいないかもしれない。でもさ、お前が俺といままで一緒に過ごしてきた時間にディンは入れない。メグミ以上に俺の事知ってる奴なんかこの世界には一人たりともいねぇんだよ」


 ぐっと抱きしめられた腕の力が強すぎて、メグミはマコトの顔を見たくても見られない。でも見なくてもその顔が真っ赤に染まっているであろうことはわかった。

 だから代わりにぎゅっと、同じくらいの力で彼の胸に顔を押し付ける。


「――うん。わたしの事も、マコトちゃんが一番良く知ってくれてるもんね」

「当たり前だろ」

「うん」


 漸く安心できたという様に、メグミはマコトの腕に手を置いて嬉しそうに微笑んだ。



 ● ● ●



 シュートとの戦いから早くも一週間が経過した。

 マコトの怪我はヒスイの魔法の効果により驚きの回復を見せ次の日には問題なく身体を動かせるまでになっていた。


 混沌獣からの氷の騎士との連戦は、確実にマコトにダメージを与えていたが、一先ず表面上の怪我はすっかりと治り、また魔力の使いすぎによる魔力疲労もすっかり元通りだ。代わりに宣言通りに起きた次の日から始まったグラッドとの直接訓練による筋肉疲労や生傷は増えたが、それも自らの魔法でその日に回復するレベル。代わりと言う様に、マコトは日に日に自分の成長を実感していた。


 それは今まで己に足りていなかった圧倒的なまでの戦闘機経験のなさの解消。

 ただひたすらに己を鍛え続けるだけでは決して得られない、戦闘時における間合い、呼吸、己の型。

 一朝一夕でとても身に付くものではないけれど、まったく知り得なかった経験が確実にマコトの中で蓄積されていく。

 それと同時に、ディンがその訓練に加わる事で互いが競う様にその力量を高め始めていた。

 そんな一週間は、まさに戦闘漬けの日々で。とても充足した毎日。


 そこに、漸く怪我から復帰したキールがふらりと現れた。


「よ、よう……」


 マコトが一人の時を狙ったのだろう、訓練を終え汗を拭いている所にやってきたキールはそんなたどたどしい態度で言葉を発した。


「もう怪我はいいのか?」


 キールの態度に気にした風も無く、マコトは汗を拭き終えると今度はグラッドに教わった通りに大地神剣の手入れをし始める。

 大剣に分類されるその剣は神の名を冠するだけはあり本来手入れは必要ない。むしろどれだけ使いこんでも打ち立ての様な艶を放っている。けれど自分の武器の手入れくらい戦士として当たり前だと、一通りの防具の手入れも兼ねて戦闘とは別に叩き込まれたマコトは自らの訓練も兼ねて毎日欠かさずにやる事にしていた。

 そんな、ある種無関心の様なマコトの態度にキールはやや眉をしかめ、けれど何かを思い出したかのように慌てて首を振り、そんな表情を払った。

 くるくると表情を変える一人芝居を横目で見ながら、マコトは黙々と作業を続ける。

 それは、奇妙な間。


「あ、あのよ……!」


 だから、キールは意を決するように言葉を振り絞った。


「ん?」

「お、お前に礼を言っておかないとって……」

「礼?」

「あ、ああ。お前には命を救ってもらった訳だし、さ……」

「なら俺じゃなくてお前の為に命を張った戦士達に言うべきだろ? 俺は頼まれただけで、でもあいつらは本当にお前を助けるために命を賭けてたぜ?」

「あいつらになら、目覚めてすぐに言ったさ! 村長にも頭を下げたし、ディンにだって、謝った……」


 当時の事を思い出しているのかだんだんと言葉が尻すぼみにしぼんで行く。

 無理もないな、とマコトは思う。

 あんな目に会う前のキールは色々と突っかかってやらかしていた。その上でのあの出来事だ、特にマコトに対しては罰が悪いに違いないと当然思う。


「ならもういいんじゃねぇか。全員に言って、俺の所にまで来たんだ、なら一応の筋は通っただろ?」

「い、いや! 筋が通るとか、通らねェとかそんなんじゃなくて!」

「あん?」


 いぶかしむように眉をひそめるマコト。その、本当に訳がわからないという表情を見て、キールは黙りこむ。ただ、マコトの表情をまじまじと見て、


「なぁ、お前……、なんで俺を助けに来てくれたんだ?」


 そんな言葉を問いかけた。


「だから頼まれたからだって言ったろ。こんな言い方をするのはお前には悪いとは思うけど、俺にとってはお前の探索は二の次だったんだよ」

「え……」

「お前がいなくなった時に村の連中は騒いでいたけどな、俺は別にそうじゃなかった。まぁわかっていなかった手のもあるけど、正直どうでもよかったんだよ。だから俺がいっしょに言ったのは別の理由。お前の様な戦士を簡単に攫える奴が森にいて、そんな奴を野放しにしておいたらメグミに危険が及ぶかもしれないから。だから、俺はお前の捜索に加わったんだ」


 真顔で、真面目にそんな言葉を告げられキールは返す言葉を失った。

 だから気にするな、とマコトは再び作業に没頭して行く。

 そんな変わらない姿に、そんな事を平然と告げるマコトに。


「なんで、お前はそう強くいられるんだ……?」

「はぁ?」


「だってそうだろ! 普通今みたいな事を思ってても言うやつなんかいないぞ!? 誰だってそんな本音を隠すし、わざわざ自分を貶める事を云う必要なんて無いじゃねぇか。そんなこと言わなきゃ俺はただお前に感謝しただけだ、でも話しを聞いた今じゃあどうしていいかわかんなくなっちまうだろうが!」


「ならそれこそお前が決めればいいだけだろ。つーか、お前俺の事嫌いなんじゃなかったのか?」

「うっ……」


 図星をさされたじろぐキール。マコトの元に来るのが一番最後に、こんなに日が開いたのは偏にキールが踏み切れなかったからだ。それを見事に指摘され、けれど今度は怯まない。


「そりゃあお前なんか嫌いだよ、嫌いに決まってるじゃねぇか! どこのお人好しが好き好んで自分を蹴り飛ばしてボコボコにした野郎を好きになるってんだ! お前が来てから俺はずっと惨めなままなんだからな!」


「ハッ、ならそのままでいいじゃねぇか。無理して俺に礼なんて言おうとするからそんな風になるんじゃねぇの?」

「うるせぇよ。そんな事は俺だってわかってる。でも、それでも、命を救われたのにその相手に感謝も示せねぇんじゃ俺は今度こそ本当にクズで終わっちまうだろうが……」


 ぐっと拳を握りしめ、振るえる口元は奥歯を強く噛みしめる。

 ここに来るまでに、来ると決意するまでにあったであろう葛藤が垣間見えた気がした。


「なら、今のお前はクズじゃねぇだろ。それに本当にお前がそんな奴だったら誰もテメェの為に命張ったりなんかしねぇよ」

「――――」

「俺は別に強くなんて無い。むしろ、まざまざと自分の弱さを突き付けられたばかりだ」

「なら、お前にすら勝てない俺はどうすりゃいいんだよいったい……」


「んなこと俺が知るか。そもそもな、俺に他を見てる余裕なんてねぇんだ。

 俺には守りたい者があって、でも今のままじゃとても守りきることなんてできやしない。でも、それでも守りたいんだよ。

 だから俺には下を向いている余裕なんて無い。ただそれだけだ」


「だから、俺の事も二の次だったって事かよ」

「ああ、悪いな」

「はっ、お前悪いなんてちっとも思ってないだろうそれ」


 どこか吹っ切れたように、キールは小さく笑みを浮かべた。

 何もかも敵わないと、どこかそんな風に諦めていた。

 けれどそんな相手が実は余裕がないくらいに足掻いている。

 なら、自分も足掻いてみるべきなんじゃないだろうか。

 同じように、下ばかり見て腐っている前に。

 不意に、そんな考えが過ぎった。


「おい、次はお前に負けないからら、マコト!」

「ハッ、また蹴り飛ばして返り討ちにしてやるよ」


 どこか晴れやかな笑みを浮かべキールが告げる。

 それにマコトは同じように笑みを返す。

 どちらともなく継ぎ出した拳。それがコツンとぶつかりあった。



 ● ● ●



 キールと話しをした次の日、マコトとメグミは旅支度をしていた。

 ついにというべきか、漸くというべきか。

 戦闘による傷も癒え、また村での生活によってある程度この世界へ慣れ始めたところ。だから、旅立つには丁度良い頃合いだった。


「なにからなにまでありがとうございます、グラッドさん」


 戦士たちも使うこの村特製の背嚢には旅での必需品が詰められている。体力と筋力を考慮してマコトが背負うそれは一際大きく、メグミが持つそれはやや小ぶり。そしてもう一つ。


「なぁに、いいってことよ。嬢ちゃんには旨い飯をたらふく食わせてもらったし、マコトには戦士全員が命を救われた。ならこれくらいはむしろ当然ってやつだな。それに――」

「気にしない気にしない、娘の旅立ちなんだもの。親ならこれくらい当然だって」


 赤い瞳でウィンクを投げる。自らの荷物の最終チェックを行うディンの姿がそこに在った。


「でも本当にいいのディン? わたし達の度にいっしょに着いて来てもらって」

「それは勘違いだってメグミ、むしろあたしがいっしょに行きたいのよ。だっていつかは村を出て旅立つつもりでいたんだし、なら気心の知れたあんた達と一緒の方がきっと楽しいでしょ?」

「うん、わたしはすっごく嬉しいよ!」

「あははっ、それはあたしも。ま、そういうわけだからさ、よろしくね、マコト」


 ディンの参加は唐突だった。

 元々今日旅立つ予定である事は予め決めておいた事柄だ。けれどそれはマコトとメグミの二人旅。それがふたを開けてみれば今朝、荷物は三人分に増えており、ちゃっかりとそこにディンが加わっていたのだ。


「ああ、俺の方こそよろしく頼む。お前がいると心強いのは俺も同じだしな」

「あら、なんかやけに素直じゃないの。ちょっと調子狂うんですけど」

「知るか。つかそろそろ出るんだぞ、確認は済ませたのか?」

「あのねぇ、あんたにだけは言われる筋合いないっつーの。大がかりな旅は経験なくても数日程度の者ならあたしは訓練で何回もしているんだから大丈夫に決まってるでしょ」

「そうかよ」


 飾らない会話に自然と言葉が零れていく。そんなディンを、グラッドは親として静かに見守る。

 ディンの旅立ちを一番喜んでいるのは間違いなく彼であろう。


「おうお前ら、荷物のチェックができたんなら丁度いい。渡す物がある」

「渡す物?」

「なによ親父、まだ何かあるわけ?」

「おうよ、旅の必需品ってやつだな」


 ニヤリ、と悪戯っ子の様な笑みを浮かべる英雄。それに合わせるかのように扉が開き、そこから現れたのはリーア。そして、


「ディンだけでなく、メグミとマコトにも。これはあたしら真紅の烈兵(ヴァーミリオン)からのあんたたたちへの餞別だよ」


 それはマントと皮鎧だった。


 三人お揃いで緑大熊の毛皮から造られたマントは美しく毛並みが整えられており、ただの外套としてでなく、攻撃を防ぐ強靭な鎧となりえる。全身をしっかりと覆うそれは温かく夜には寝具にもなりえるだろう。

 マコトとディンには皮鎧も造られている。あの凶暴で凶悪な緑大熊を素材にしたそれは並の魔獣であれば傷一つつかないであろう程に強力な防具たりえる。胸元から腹、肘まで覆う手甲と膝まである足甲。


 旅で一番すり減らす靴も緑大熊の皮から造られた特別せいだ。丈夫で耐水性も抜群だろう。

 さらにマコトには、大地神剣を収める鞘まで用意されていた。


「こいつは全てお前たちが仕留めたあの緑大熊から造り上げたもんだ。だから遠慮しないで持っていけ」

「ハハッ、最高の餞別だよ親父」


 さっそく身に付け始める三人。

 メグミはマントを羽織りその温かさにご満悦と言った様子。ヒスイを抱きしめて嬉しそうにくるくると回る。

 ディンとマコトは皮鎧を身に纏い、その感触を確かめた。


「鎧の方はまだ馴染まねぇだろうがな、それでも旅をしているうちにしっくりくるようになるだろう。あとはお前らが使いこなしていけばいい」

「わかった」


 身体を動かし感触を確かめる。腰元には鞘が加わった大地神剣を佩き、その具合を確かめる。わるくない、とマコトは思った。

 そうして、


「じゃあ、行ってくる」


 マコトの言葉を合図に、二人はそれぞれの荷物を背負い家を出る。

 見送る様にグラッドとリーアが後に続き村の入り口、門の前へと至る。

 そこには旅立ちを見送る村人の姿。戦士たちの中にはキールの姿も見受けられる。


「おい、大袈裟すぎやしねぇか」

「いいんだよ、戦士の旅立ちだ。本来ならもっと盛大にやるべきなんだがな」


 嫌そうに顔をしかめるマコトを見てグラッドはカラカラと楽しそうに笑った。結局村にいる間にマコトはグラッドはボロボロにしごかれからかわれた記憶しかない。

 すっとリーアが前に出た。


「メグミ、これはあたしからあんたに。リーア特性、香辛料の詰め合わせさ! 旅の食事ってのはとにかく味気なくてつまらないからね、まぁおれでもメグミならなんとかしちまいそうな気がするけど、それでも限度ってのがあるだろうさ。だから、こいつであんたが旅の食事を色づかせてやんな」


「うん! リーアさん、本当にお世話になりました。すっごく勉強になったよ!」

「キュア!」


 メグミに合わせ、胸に抱かれたヒスイも嬉しそうに鳴く。それに笑みを浮かべ、今度はディンへと顔を向けた。


「ディン、あんたは戦士だ。それもあたしが鍛えた、ね。だから本当は言うべき事はないんだけども、あえて言わせてもらうよ」

「ええ、リーア」


真紅の烈兵(ヴァーミリオン)の戦士は旅立つものだ、そしてその旅で一回りも大きくなって帰ってくる。それが戦士の旅立ちってやつさ。でもねディン、あんたは一回りじゃ承知しないよ? せっかくかなら何かを成し遂げて帰っておいで」


「言われなくとも。そこのバカ親父を超えて帰ってくるわ」


 赤い瞳を煌めかせ、強く笑みを浮かべるディン。それにリーアは、そしてグラッドも大きく頷いた。

 最後に、マコトへと向く。


「あんたはしっかりメグミを守るんだよ」

「当たり前だ」

「ったく、本当にあんたは最後まで不遜な奴だよ」


 変わらないその態度に、けれど嬉しそうに目を細めた。そしてリーアはすっと後ろへと下がる。


「こいつに色々言われちまったからなぁ。というか、こういうのはガラじゃねぇんだが」


 相変わらず浴衣の様なゆったりとした衣服に身を包み、両袖に腕を通しながらグラッドは言う。そして旅立つ三人の顔をしっかりと見渡す。


「ふん、案外なんとかなりそうなパーティじゃねぇの」


 腕を組み、右手を顎に当てた仕草でニヤリと笑う。十数年前にはこれとは逆の立ち位置にいた自身を懐かしむように。


 あの時、異世界より召喚されたあまりにも未熟な青年と世間知らずのお姫さまと共に旅立った自分を見送った仲間たちはこんな気持ちを抱いていたのかと、今さらになって実感を得る。


「出立の門出に多くはいらねぇ。でもな、これだけは贈っておこう」


 それはかつて贈られた言葉であり、その後を支え続けてくれた物。


「これから先、幾度の困難がお前たちの前に立ちはだかる。けれどそれはけっして打ち砕けない壁じゃない。登りきれない崖じゃない。その過程でどれだけ挫け折られ傷つこうとも、それは最後にお前たちの血肉に変わる。だから、立ち向かえ。困難の先にこそ光がある」


 真っ直ぐに見詰めてくる三者三様の瞳を前に、グラッドは滔々と言葉を贈る。

 一瞬の間。そして、それはしっかと引き継がれる。


「なーに似合わないこと言っちゃってんのさ親父」

「ほんと、らしくねぇ真似はよくねぇぞ」

「でもね、なんだかすっごく嬉しいよ!」


 照れ隠しの憎まれ口が二つ。最後の一つは純粋な感謝を以って。

 向けられたその相貌に頼もしさを覚える。


 一度目の勇者は世界の命運に立ち向かった。

 ならば、その平定されたはずの世界で、二度目の勇者に何が待ち受けるのか。


 世界の趨勢を憂い、情勢を知る英雄たるグラッドですら先の見通せない未来。

 けれど、例え何があろうとも彼らならば切り開くだろうと、そんな楽観にも似た確信が生まれた。


「そうかいそうかい。俺から言わせりゃおめぇら二人こそ嬢ちゃんの素直さを見習えってんだ。まぁいい、ばか娘にクソガキが。風邪、引くんじゃねぇぞ」


 ニッ、と大きな笑みを浮かべいつも通りに振舞って見せる。それに返る不敵な笑みに、信頼と一抹の寂しさを抱きつつ、元・英雄は一歩、歩を下げる。


「じゃあ親父、行ってくる」

「ああ、行って来い」


 最後に愛娘と言葉を交わし、愛弟子には言葉はいらない。

 片手を上げたその背中を見守りながら、彼もまた手を上げる。


「――――ヤマト、ついにお前の息子が旅立つぞ」


 零した言葉は虚空に消えて、英雄は新たなる勇者の門出を見送った。



 第一章 ~始まりの地~/真紅の烈兵編 了

 /To be continued

 Next / the first chapter to third -curse-


ここまでお読み頂きありがとうございます。

一章の2の終了です。


一週間程更新をお休みします。

次は一章の3、来週23日(月)に更新します

よければその時にまたお読みください。

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