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IROES ~勇者を受け継ぎし者達~  作者: 飯綱 華火
一章 ~はじまりの地~
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第十六話 氷の騎士

 それは野に咲いた、真っ白な氷の華だった。

 突如飛来した氷の槍は今にも暴発しそうだった触手塊を貫いた。そしてあっという間に凍りつく。

 突き立った氷柱はそのまま氷の花弁を華開き、それから脆く儚く散っていく。

 共に凍りついた触手塊であるイェスティオの身体諸共に。

 まるで初めから存在しなかったかのように、氷の塵となって輝き消える。

 儚く散りゆく氷雪花の残滓(ダイヤモンドダスト)

 それはまさに幻想。瞬きの間に現れた刹那の芸術。

 ほんの一瞬の出来事はけれど、心を奪うには十分すぎるほど。

 そう、奪われた。

 一瞬の、けれども確かな時間を、マコトは確かに奪われたのだ。

 そうして、



「――――まったく、人の悪足掻きほど醜悪なものはないよ。まさに筆舌に尽くしがたいほどの醜さだ。でも、最後に華と散ればまだその命にも価値を見出せるというもの、かな」



 飄々とした声音はどこかくぐもって反響する。言葉で振り返ったマコトの視線の先にそれはいた。


 目元のみスリットの入った藍色の面覆い。その右頬には白き氷の花弁が刻まれる。全身を覆うのは同じく藍色の全身鎧(フルメタルプレート)。所々を白色で意匠され、全身鎧でありながら機動性に優れている事を窺わさせるそれは特注品(オーダーメイド)。そして腰に()くのは斬る為でなく突き刺す事に特化した細剣(レイピア)


 そして、零れ出る魔力の残滓がまるで立ち昇る焔のように鎧の男を包み込む。それは意図せず零れ落ちた力の断片。ただそれだけで、この男が混沌獣などと比較にならないほどの強敵である事を思い知る。


「ディン、少しでも動ける連中を連れて全力で逃げろ! その時間は――俺が稼ぐ」


 相対し、まだ互いに構えていないにもかかわらずマコトは全身から噴き出る汗を止める事ができない。

 反対に鎧の男はただ泰然とその場に佇み見据えるのみ。けれど、スリットの奥から見据える瞳は確実にマコト達を捉えて離さない。視線を逸らせば確実にやられるという確信があった。


「バカ! なに言ってんのマコト。あいつがただ者じゃないってことくらいあたしだってわかってる! だからここは二人で一緒に――」

「バカはお前だディン! 二人でもかなわねぇから逃げろって言ってんだろうが!」


 怒鳴ったディンに怒鳴り返す。余裕なんて欠片もなく、口論している時間すらも惜しい。だというのに、


「あっははは! ねぇ二人とも、敵の前で口論なんてしてちゃさ、考えてる事筒抜けのバレバレだよ? それに、本当に逃げれるとでも思ってる?」

「「――――ッ!!」」


 咄嗟に二人は武器を構える。マコトは剣を、ディンは弓を向け、同時に二人は魔法を行使する。

 中に浮かぶ光玉(スターマイン)(やじり)に灯る炎。刹那の動作に、鎧の男が楽しげに微笑んだように二人は感じた。


「うん、そうこなくっちゃ。ああ、それと安心してくれ。何も別に取って食べようなんて考えていない。ただ僕は、キミたち二人と戦ってみたいだけなんだ。教団の失敗作(アポティヒア)とはいえあの混沌獣(ハーオス)は危険極まりない魔法生物(キメラ)さ。それを倒した張本人、特に――その剣を持っているキミとは事更に、ね」


 ぞわり、と全身が総毛立つ。まるで死神の鎌にでも撫でられたかのように悪寒が全身を走り抜けた。

 竦み、固まる二人を前にゆっくりと、円を描くように男が歩む。


「僕は流れの剣士。趣味は放浪旅と、強い者との対決。今回は依頼されたあまり気の進まない旅路だったんだけれど、こんな出会いがあるなら僥倖だ。ああ――これだから旅は止められないよ」


 ひたすらに悦に入った様な言葉が流れる。滑らかに紡がれた言の葉は、冷たい氷となって耳朶に届く。


「さぁお願いだ、どうか僕を――楽しませておくれ」


まるでその面覆いの奥が透けて見えるかのようだ。戦闘の高揚に笑むその貌が見える様な気がした。

 スラリ、と細剣を抜く。ゆっくりと持ち上げたその切っ先が、ピタリとマコトの心臓へと向けられて。


「さて、まずは名乗り上げ。

 僕の名は《雪月花(フリージア)》シュート。氷の絶剣士。

 じゃあ――いくよ?」



 シュート、と名乗った剣士の声音はまるで少年のようにどこまでも無邪気だった。

 大仰に、優雅に、そして大胆に構えられた細剣の切っ先がピタリとマコトの喉元へ向けられる。


「じゃあ――いくよ?」


 その言葉に、面覆いの下で隠れた表情が、酷薄な笑みを浮かべたかのような悪寒に襲われた。


「――――ッ!?」


 咄嗟に構えていた大剣を顔の前に掲げる。

 直後、キンッ、という音と共にマコトは衝撃で背後へとよろめいた。


「なっ……」

「――凍える刺突(グラセ・ファンデブ)


 刺突の為に伸ばした腕を素早く引いて、半身の状態で細剣を身体と平行に構える。

 氷の騎士は涼やかに技名を口にした。


「――――っ!?」


 空気が悲鳴を上げた。微かな叫び声はすぐに現象となって拡大する。

 マコトの大剣――大地神剣クロノスが突き刺された個所を起点に急速に凍りついていく。


「――マコト、剣をあたしに! ――熱よ猛ろ(セルモクラスィア)!」


 ディンが振るった手から炎が迸りあっという間に氷を溶かす。

 間髪入れずに矢を同時に三本番え、魔力を練る。

「燃え焚けよ、煌めく一条は女神の眼差し――炎の矢(ヴェロス・フローガ)!!」


 言葉は言霊となり、魔力は魔法と化して具現する。一瞬の早技で絞られた弓は焔を纏った矢を放つ。


「ははっ、いいよ! でも、まだまだ!」


 ヒュンッヒュンッヒュンッ、と三度細剣が軌跡を刻む。焔を纏った矢はその芯を切られ撃ち落とされる。

 けれど、その僅かな間こそが、二人が狙った隙。


「――流星弾(メテオラ)!」


 一気に練り上げた光玉(スターマイン)は上空へ。魔力+慣性の速度を乗算させた流星が氷の剣士を襲う!


「――――蒼の静寂(バニッシュ)


 直撃、と二人がが確信した刹那、その思考すらも、凍りついた。

 着弾寸前の流星弾(メテオラ)が凍てつく。天に手を翳し不敵に佇む騎士が静かに手を振るうと、氷と化した魔弾は粉々に砕け散った。


「なっ……」

「まさか、青の反魔法!?」


 自身の魔法が氷塵化し呆然となるマコトに、ディンが目を見開いて告げる。


「へぇ、知ってるんだ。てっきりキミは赤色の使い手だとばかり思ってたんだけどな」

「ハッ、それで当たりだよ青色使い! あたしは博識なのさ、家庭の事情って奴でね」

「はははっ、それはますますおもしろいなぁ。なんだ、興味深いのは彼だけじゃないんだね」

「むしろあたしをあいつの二番煎じと扱った事を後悔させてやる」


 轟、と弓が焔を上げる。炎の刃(クシフォス・フローガ)を発動させディンが鎧の騎士――シュートを睨む。


「……わるいディン、そのままあいつの事任せていいか?」


 ショック状態から立ち直ったマコトがそっとディンに耳打ちする。それにいぶかしむ様な視線を返す。


「いきなりで驚いたけど、青色の魔法は魔法を打ち消せるって母さんがいっていたのを思いだした。さっき俺がやられたのはそれだろ?」

「ええ、おそらくね。でもそれがわかったところでどうするの?」

「奥の手を使う。だが発動までに時間がかかる」

「なるほど。オッケーよ。でも正直、こんな弱音言いたくないけど、あいつ相手にあたし一人じゃ長く持たないわよ?」

「ヤバすぎるやつだってのはわかってる。それでもなんとか時間を稼いでくれ」

「わかったわ」


 ぐっと覚悟を決めたように頷いて構えを改める。それに待ってましたと言わんばかりにシュートが細剣(レイピア)を構えた。


「おっと、作戦会議は終わりかな? なら続きといこうか!」


 身体を右半身に、身体の正面に立てるように細剣(レイピア)を掲げる。そこからスッと、切っ先をディンの喉元へ向ける。それは最も代表的な基本の構え(オンガード)


「あたしが相手だ!」

「おっと――彼は逃げたのかな?」


 炎刃が唸りを上げる。けれどそれを軽くかわしながら楽しげにそんな言葉を零す。


「余裕、じゃないの!」

「ハハッ、そうでもないよっ。――それ!」


 涼やかな言葉と共に構えの状態からの後ろへと飛ぶ(パッサリエール)

そして間合いを開けたその刹那、踏み込んでの突き(ファンデブ)が放たれる


「くっ――、ハァッ!」


 炎刃が渦を巻く。辛うじて受け止めた突きをはじき返し、その反動を使ってディンは弓ごと身体を回転させて斬りつける。それを、


氷嵐(グラス・タンペット)


 掲げた細剣が青色に妖しく光り青く輝く魔法陣が現れる。仮面の騎士を中心に嵐が吹き荒れた。


「なぁ――っ!? 熱よ猛ろ(セルモクラスィア)!!」


 風と共に氷片が舞い散りディンの肌を傷つけていく。それに対し咄嗟に炎の壁を張って対抗する。

 たまらず後方へと跳躍し距離を取り、すかさず矢を連続で射かけ追撃を阻む。


「へぇ、なかなかどうして隙がないね。やるじゃないか」

「そりゃあどうも。あたしの方こそ驚きだ、まさここまで張り合わされるなんて――ね!」


 開いた間合いを詰めさせないよう、さらに追撃で矢を射かける。

 タイミング、狙いをずらした連続射撃はけれど、その悉くを撃ち落とされる。


真紅の烈兵(ヴァーミリオン)の矢をこうも容易く叩き落としてくれるとか、かなり腹立つ男ねあんた」

真紅の烈兵(ヴァーミリオン)? アッハハハ! そうか、キミが噂に名高い赤き戦女神(ヴァルキリー)か!」

「なにそれ? あたしはまだ何一つとして噂に上る様な事はやっちゃいないけど?」


 番えた矢をピタリと向けたまま訝しげな視線を送る。


「ん? ああ、そうか。戦女神(ヴァルキリー)影の国(スキア)の方だったか。ああでもその発祥はキミらだろ? なら、僕にとっては十分過ぎる」

影の国(スキア)、ねぇ。そういや親父が言ってたっけ、あたしら一族と袂を分かって国を作った連中がいるって。あんたのご希望はそっちだったってわけっ?」

「いいや、キミは十分に強者だ! なら、それだけで僕は満足さ!」


 ぐんっ、と唐突に踏み込んで来たシュートに矢を放ちながら間合いを保つ様に飛び退く。


「それは効かないってもうわかってるだろ? そら、今度は僕の番だ!」


 切っ先が向けられる。その剣先から青色の魔法陣が生まれ氷の魔力を瞬時に編み上げる。。


「――氷の矢(フレッシュドグラス)


 六本の氷の矢が生みだされ、ディン目掛けて放たれた。


熱よ猛ろ(セルモクラスィア)!」


 右手で炎の壁を生み出し氷の矢を受け止める。猛る炎熱によって即座に矢は解け消える。けれど、捉えのがした一本の矢が、ディンの脚へと突き刺さる。


「く――っ」


 突き刺さった氷の矢はその部分から即座に凍り付き、ディンの脚を地面に縫い止める。痛みと驚きで、ディンの動きが文字通り凍らされる。


「そら、チェックメイトだ!」

「しまっ――」


 ぞわり、と全身が総毛立つ。

 致命的なまでの隙、それを逃さず接近するシュートの殺気が一段と高くなる。そしてそれに当てられたかのように森で息をひそめていた動植物が一斉に逃げ出していく。

 そして、二人を中心に星空が覆った。




 マコトは焦っていた。

 突如現れた自らを氷の絶剣士と呼ぶ騎士のただならぬ圧力に。

 身体全体を覆い隠す全身鎧。そこから洩れる魔力は尋常ではない。

 例えるならばそう、《赤の武王》を前にした時の様な恐怖感。

 対峙した瞬間に負けを突き付けられたかのような絶望感が背筋を駆ける。

 けれど、だからと言って此処で退く訳にはいかない。

 なぜならば、退いた先には村がある。そこには、メグミがいる。

 突如現れた騎士の目的がわからない。

 わからない以上、これを捨て置くことなどできはしない。

 退けば、メグミに危険が及ぶかもしれないからだ。

 だからこそ、マコトは今己に出せる全力を以って立ち向かう。


「――――天を仰ぎ 空へと祈る」


 天高く右手を掲げ、言霊を紡ぎ出す。


「我、此処へ求めるは大いなる母の慈悲

 我、此処へ願うるは柔らかな母の抱擁――」


 言霊と共に魔力が紡がれ、それが天高く陣を描く。

 通常魔術師が描く魔法陣は自らの四肢、あるいは発動媒体を起点とする。

 マコトであればそれは掌であり、氷の騎士であれば細剣である。

 それが天高く空に描かれる異様。

 起点を必要としない異常。

 けれど、これこそが冠位魔術の始まりにして到達点。


「故にこそ掲げん

 見よ、是こそは母が授けし聖なる刻印――」


 自らの魔力だけでなく、自然の魔力その物を利用する為の起点魔法陣。

 それこそは基礎たる上級のその全てを修め、魔導へと至るための出発点。


「――――天空魔法陣(オ・ガラクスィアス)


 蒼穹たる空に、真白き魔法陣が刻まれた。


天の杯(パンセリノス)!」


 叫びと共にマコトが掲げた右手に天空魔法陣から膨大な量の自然の魔力が注がれる。

 天空魔法陣自体はそれ単体では何も意味を成さない魔法である。

 この魔法はただ自然の魔力を集める事のみに特化した起点魔法陣。

 けれど、本来自らの魔力量のみで補う筈の魔力運用を自然の魔力という膨大なエネルギーで賄えるということは、例えばその術師が高位であればあるほどに、強力な手札が増えるという事に他ならない。

 そう、それは今のマコトの様に。


「我が道先を照らせ 疎が示すは星の導き

 漆黒の大海原に灯る瞬きは 母が指し示す天の星道」


 氷の騎士に魔法は届かない。

 彼の反魔法は全てを凍りつかせ打ち消すだろう。

 それは、今のマコトの力ではどうしようもないほどの力量の差。

 だからこそ、マコトはその差を埋めるべく天の魔力をかき集める。

 そうして編み出されるのは、薄らと空間に刻まれた半球型の魔法陣。

 それは驚くべき事に、戦闘を続けるディンと騎士を囲うドームの様に描かれる。

 ディンの攻撃に騎士はその事実に気づけず、マコトは冷静に迅速にそれを編み上げる。


「――――星海天球図(プラネタリウム)


 完成を告げる言霊。突如現れた球状の魔法陣にディンだけでなく氷の騎士――シュートも動きを止めた。

 まるで信じられない現象を見る様に己が頭上を仰ぎ見る様は先程とは真逆。理解を越えたマコトの魔法に、今度は彼がその行動を凍りつかせていた。

 そして、マコトの魔法はさらに続く。


「導きに従い星よ奔れ その軌跡は吉兆の前触れ」


 玲瓏と紡がれる魔法詠唱。

 その道引きの名の元に、魔法陣の中にさらに極小の魔法陣がいくつも生まれる。

 それは、マコトが光の矢(ヴェロス・フォス)を放つ時に描く魔法陣。

 通常であれば描く事ができない、身体や発動体という起点を必要としない特殊魔法陣。

 それこそがマコトの独自魔法(オリジナル)。母シャロンすら成しえない、超常魔法。


「――――ッ!?」


 その異様にシュートは即座に反応した。

 細剣を目の前に掲げ青色の魔法陣を起動する。面覆いに隠され籠る言葉は小さく詠唱を紡いでいく。

 危険に対し編み上げられる魔力は迅速であり収束する魔力は強大だ。

 そこへ、


「――――流星導雨(スターボウ)!」


 無数に輝く魔法陣から光の雨が降り注ぐ。

 頭上だけでなく左右からも、それはディンを守るかのように氷の騎士ただ一人を目掛けて放たれる全方位型の一斉射撃。

 常識では有り得ない大魔法。けれど、氷の騎士は静かに魔法を紡ぐ。


「――――蒼き薔薇(バニッシュメント)()静寂結界(コキュートス)!」


 有り得ないというのなら、この魔法こそ有り得ないだろう。

 全方位から襲った光の矢が、その全てを凍りつかせ固まっていた。

 シュートを囲う魔法は氷の薔薇となり咲き誇る。

 無数に伸びる茨は彼を覆い包み、煌びやかに咲く氷の花弁はマコトの魔法全てを凍てつかせた。

 無数に輝く白き矢を内に抱えて花開く氷の薔薇。

 それは幻想的なまでに美しい光景であり、

 絶望的なまでに示された力の差。



 ――――バリンッ



 氷の薔薇はその一瞬を煌めかせ砕け散る。白き光を無数に散らすその光景は、

 この場が戦場でなかれば誰もが目を奪われたであろう光景だった。

 散りゆく氷塵の静寂世界。そこに、真紅の焔が灯る。


「え――」


 マコトの奇襲、奇策である魔法を打ち破ったシュートはそんな間抜けた声を発した。

 ディンが時間を稼ぎ、マコトが仕留める。

 その作戦通りに放たれたマコトの魔法は強力で、しかしそれすらも彼は上回って見せた。だからこそここで彼らの策は潰えたと、そう思い込んでいた。

 それはまさにそんな思考の間隙を突くかのような一撃だった。


「――――戦女神の雷炎弓(アリス・アストゥラピ)!!」


 弓その物を轟炎で包み込んだ魔法は、矢を放った瞬間にその全てのエネルギーを鏃へと凝縮させた。

 弾ける魔力がまるで炎の稲妻の様に帯電しながら襲いかかる。

 その一撃こそはディンの必殺。彼女が有する最強の魔法にして奥の手。

 全魔力を注ぎ込んだ、渾身の一撃。


蒼き薔薇(バニッシュメント)!!」


 けれど、その一撃すらも容易く凍りついた。

 蒼き剣線を引きながら振るわれた細剣は見事にその一撃を捕え、たちまち空に縫い付けるかのように氷結していく。そして全力の一撃は儚い残滓となって砕け散る。


「――――」


 目の前の出来事が信じられないとばかりに目を見開くディン。

 その様を面覆い越しに見たシュートは、今度こそ言葉を失った。

 ディンに、ではない。

 ディンの後ろにいるマコトに、である。


「――――」


 驚き振るえるディンはけれど、そんなシュートに強く笑みを浮かべた。


星の集約点(フェガロフォス)――」


 祝詞が聞こえる。

 一連の攻防が一瞬にしてシュートの脳裏を過ぎる。

 息つく暇も無く、一瞬の油断もあり得なかった展開。


 奇襲に次ぐ奇襲はけれど、その全てが今ここに至るまでの罠。

 その事実に、言葉すらも失った。


 天空魔法陣は空を覆うほどの真白き輝きを放つ。

 その下で剣を抱えるマコトは僅か、左の瞳を白銀に輝かせていた。

 集約する天の魔力は掲げ持つ剣へと一点に集いゆく。その光景はまるで魔力の嵐。

 一点に凝縮された魔力が渦を巻き周囲を歪める。

 その、凄まじいまでの力を一身に集め、マコトは凄絶な瞳でシュートを睨む。


疑似展開(ギリーヒックス)()蒼氷魔法陣(フェガロペトラ)全鎧(アルミューク)()防盾化(ブークリエ)!!」


 マコトの視線に応えるかのようにシュートが叫ぶ。

 突き刺す様に掲げた細剣の前に氷で描かれた魔法陣が現れる。

 それに呼応するかのようにシュートを覆っていた全身鎧が意志を持ったかのようにバラけ、それが氷の魔法陣の前に集っていく。


「――――」


 マコトは大地神剣に集めた魔力を制御しながらも、その光景に目を見開く。

 面覆いすらも外れ始めて晒される氷の騎士の素顔。

 まるで優男とも言っていいほど涼やかな相貌は女性とも思えるほど中世的で、その中で強い意志の輝きを放つ瞳は夜色。二人が放つ魔力にたなびく髪は黒曜石の様な漆黒。


「まさかここまで晒す羽目になるとは思わなかった! さぁ――最後の勝負と行こうじゃないか!」


 感極まったかのようなシュートの声。戦闘による高揚と思いがけない苦戦を前にその声音は子供の様に無邪気にはしゃぐ。


「ハッ、言われなくともくれてやらぁ――これが俺の、全力ッ」


 掲げた剣を、突きを放つかのように水平に構える。

 ぐっと腰を落とし、真白き輝きを放つ大地神剣を支える。


「ハハハッ、ならその全力を、僕の全力で受け止める!!」


 シュートのが突き出す細剣の切っ先に展開された氷の魔法陣は、彼を覆っていた鎧で氷の大花弁を造り上げる。それは鎧そのものを媒介にした氷の結界魔法。

 臨界まで到達した二人の魔力が、同時に弾けた。

 突き放つ様に剣を放つマコトと、迎え撃つ様に盾を構えるシュート。


「――――天空竜の咆哮(セラス・フルトゥーナ)!!」


「――――氷結結界・蒼銀氷盾華(アブソリュート・ゼロ)!!」


 瞬間、世界は白と蒼の光に包まれた。



 ● ● ●



 それにいち早く気がついたのはヒスイだった。


「キュア!」


 甲高い声を警告音のように上げ、小さな腕で上空を指す。メグミの気を引くように、ぺしぺし、と頭を叩くがすでにメグミの意識はそれどころではなくなっていた。


「グラッドさん、あれ!」

「…………ああ、こりゃあおったまげたぜ。まさかありゃあ……天空魔法陣(オ・ガラクスィアス)、か。あの野郎、本気で姫さんの魔法、冠位魔法師にまで至っていやがったってわけか!」


 顎に手を当て、感嘆の表情で目を見開く赤の武王。

 今まさにマコトが戦っているであろう場所から離れた村にまで魔力の波動を感じさせ、その異様をハッキリと示すそれは天空魔法陣(オ・ガラクスィアス)。白の姫巫女と呼ばれたシャロン良く使用した象徴的魔法。


「魔法陣が一つってことは実力不足か時間切れか。……両方だろうがまぁ、大きいのは後者ってところか。となると、ディンがピンチか……?」

「ねぇグラッドさん! マコトちゃんは!? マコトちゃんは大丈夫なの!?」


 思案するように天を眺めるグラッドの腕にまるで縋りつくようにディンがしがみつく。その瞳に映るのは恐怖。今まで魔力を使った事がないメグミでさえ感じ取ったほどの膨大な魔力がマコト達のいる方角から流れてきている。その事実に、最悪の未来が脳裏を過ぎって離れない。


「さて――天空魔法陣(オ・ガラクスィアス)を起動したって事はあいつらがピンチである事には変わりはねぇが――っておい!」


 言葉の途中で、歴戦の戦士が反応に出遅れた。

 それほどまでの無意識で、衝動的に、メグミは駆けだしていた。

 想定外、いや、今までの二人の挙動からして十分に予想の範囲内。にもかかわらず不意を突かれた自分の愚かさに舌打ちが洩れる。

 けれど幸いにしてメグミ程度の走りで英雄は振りきれない。彼女には悪いが今さら駆けつけたところでどうにかなるものでない事は経験上痛いほどわかっている。だからこそ静観を決め込む腹積もりであり、その為に連れ戻そうと足を動かす。


「――――っ!?」


 マコトに拮抗する魔力の波動を感じ取った。魔力のさざ波がちりちりと肌を刺激する。

グラッドだけでなく、つい先ほど運び込まれた息子を看病していたリーアも怪訝そうな顔でやってきた。


「グラッド、いったい何が起こってるっていうんだい?」

「さて、な。ただまぁ、想像以上にヤバい事態になってるってことだけは確かだろうよ」


 思わず足を止めたメグミの身体が、ひょい、と浮かぶ。


「舌噛まねぇようにしっかりと捕まってるんだぜ」


 普段の飄々とした様子を僅かに引き締めたグラッドがメグミを抱えていた。驚いたメグミは慌てる様に宙に手を伸ばす。そこへと飛び込むようにして治まったヒスイをしっかりと抱き抱えた。


「リーア、しばらく村を頼む」

「ああ、請け負ったよ。その代わり、しっかりディンとマコトを連れて帰らないと承知しないからね!」

「もちろんだ」


 頷くグラッドの顔をぼんやりと眺めるメグミ。するとその視界が一変、急に高速で動きだす。


「おめぇさんの彼氏は俺の想像以上を平気でやらかしやがるぜ、まったくよぉ」


 グラッドが超速で駆けだしたのだ、と気づいた時に既に村は後方に過ぎていた。

 英雄ですら慌てるほどの自体に、メグミの心がぎゅっと締めつけられる。

 全力で掛ける英雄から振り落とされないようしがみついて、メグミはマコトの無事を祈った。


 

 ● ● ●



 白と青の閃光が破裂し、強大な魔力波がわき上がった。

 マコトとシュートを中心に生じた波動によって周囲で倒れていた戦士たちは吹き飛ばされ、ディンは辛うじて魔力を張る事で踏みとどまる。

 強烈な閃光と粉塵、かき消される視界。

 立ち込める塵をどうにか払いディンが捉えた光景は、クレーター状に広がった爆心地。

 そう、まさに爆弾が投下されたかのように円形に抉られた地形と、その魔力波の直撃を受けて吹き飛び大木に当たって倒れ込む二人の戦士の姿だった。


「――――マコト!!」


 木にもたれかかる様にして項垂れるマコトへと駆け寄る。呼びかける様に肩に触れると、すぐに反応が帰ってきた。


「だ……、大丈夫、だ」


 か細い声で、けれどしっかりとした反応が返る。吹っ飛んでなお握り締めたまま離さなかった大地神剣。それを杖代わりによろよろと立ち上がる。


「ちょ、無理するなって」

「ばか、言ってんじゃねぇよ……。まだ、終わっちゃいねぇ、だろうが」

「え……」


 制止の声を遮る様に絞り出された声。睨むように向けられた視線の先に、同じようにゆっくりと、けれど確かな足取りで立ち上がる氷の騎士の姿があった。


「バケモノめ……」

「おいおいおい、よしてくれ。むしろ僕に言わせれば化け物はキミの方だ。この鎧がなかったら間違いなく僕はやられてる。今回の度にこんな装備は必要ないと突っぱねなくて良かったまったく。レオの心配性もたまには役に立つってことだね」


 衝撃の余波で吹き飛んでいた鎧。それがシュートが魔法陣を起動するとまるで吸い寄せられるかのように集まってくる。

 カシャン、カシャンと音を立て組み上がっていく鎧。明らかに魔法の施されたそれはけれど、見るからにボロボロになっていた。


「まぁこの様子じゃあしばらくは使い物にはならないかな。戻ったらさっそく修理に出さないと」


 そう告げながら、ボロボロになった鎧を身に纏っていく。

 全身に鎧を身に付けると、細剣を腰に戻し、白き花弁の描かれた面覆いを手に持つ。


「こんなに命がけの戦いは本当の久しぶりだったよ。良かったら、名前を教えてくれないかな?」


 マコトとどこか似た顔立ちが向けられる。

 先程まで命のやりとりをしていたとは思えない透き通った瞳に、マコトは自然と口を開いていた。


「――――マコト。武藤誠だ」

「ムトウ・マコト……? あぁやっぱりそうか、キミはあいつの息子なのか」


 浸み込ませるように名を呟き、そうして嬉しそうな笑みを浮かべる。

 その笑みに、言葉に、二人の背にこれまでで一番の戦慄が走る。


「ははっ、そう構えないでくれよ二人とも。鎧があったとはいえ僕もボロボロだ。これ以上戦う気はないよ」


 言葉を態度で示す様に空になった両手を上げて見せる。手に収まるのは面覆いのみ。それにマコトは大地神剣を向けた。


「お前、親父を知ってるのか?」

「さぁね、それはどうだろう?」

「しらばっくれるってわけか」

「そいつはご想像にお任せするよ。あ、でももう戦う気はないっていうのは本当さ」

「今はまだ、ってやつだろ?」

「ああ――そうさ、今はまだ、だよ。その通りだ。だってさ、きっと君と僕はこの先でまた出会い、戦う。そういう運命なんだよ。きっとね」


 そう、本当に嬉しそうな笑顔を見せて、くるり、と背を向ける。不吉な言葉を残して。


「それじゃあ二人とも、またね。楽しい時間だったよ」


 止める間もなく、そんな言葉だけを残してシュートは森へと去っていった。

 それはまるで溶けるように。現れた時と同様に氷の騎士は森へと消える。

 現れた時同様にその去り際も唐突に。


 姿が見えなくなって、振り上げた大剣をどっと降ろす。


 自らを氷の絶剣士と名乗った青年の、その魔力の残滓が消え去って漸く、張り詰めていた空気を払う様に息を突く。その拍子にぐらりと揺れる身体。


「マコト!?」

「だ、大丈夫だ……」


 慌てて支えようとしたディンを片手で制し、なんとか踏みとどまる。ピンと張った緊張が切れかける、けれどそれを意地でも繋ぎとめるマコト。でないと、今にでも気絶してしまいそうで、


「――――マコトちゃんっ!!」


 抱きつく様にして、そんな彼の胸の中に、少女が飛び込んだ。


「めぐ、み……?」

「マコトちゃんが大丈夫じゃない! ヒスイ、お願い!」


 唐突に現れたメグミはぐっと下から支えるかのように抱きしめる。息を切らし、全開で魔法を行使した反動で卒倒寸前のマコトの様子を見てとって、すぐにそう声をかける。


「キュア!」


 了解、とばかりに一声吼えてヒスイがマコトの頭上を旋回する。

 突然の乱入に、どうしてという思考すらもう浮かばない。


「メグミ」


 張り詰めていた糸が切れる様に、力の抜けたマコトがメグミにもたれ掛かる。


「うん、おつかれさま、マコトちゃん」


 しっかりと抱きとめたメグミをも包み込む柔らかな風が吹く。

 白きの清風が二人を囲い傷を癒す。


「ったく、いきなり飛び降りて走り出したと思ったらこの有様か。何年ぶりかもわからねぇ程の全力全開だったが悪くねぇ。しかしまぁほんっとに異世界人って奴はおもしれぇ奴らばかりだな」

「……親父」

「おうディン、その様子じゃ一応は無事ってところか。とりあえずあの二人が一段落着いたら残りの連中纏めて引き上げだ。あまりにバカげた魔力波だったから駆けつけたがな、後でしっかりと事情を聞かせてくれや」

「はいはい。というかさ、状況を整理したいのはこのあたしだよ、ほんと……」


 色々あり過ぎた、とディンは天を仰ぐ。


「でも、生き延びた」

「ああ、なら上出来だ。死んじまったらお終いだ。命あっての物種だ」


 ポンとねぎらう様に、グラッドは愛娘の頭を撫でた。

 その向こう、全力を使い果たしたマコトはメグミにもたれる様にしてくず折れる。けれどそれをしっかりと受け止めたメグミは背に回した腕にぎゅっと力を籠める。

 マコトが自らの元にいる。それを噛みしめるように、ぎゅっと。



書きあげてみたら中二病全開なルビのオンパレード……


良ければ明日もお読みください。



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