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IROES ~勇者を受け継ぎし者達~  作者: 飯綱 華火
一章 ~はじまりの地~
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第十五話 真紅の列兵

前回話数を数え間違えました、すみません。

訂正してます。

 洞穴内はシンと静まり返っている。

 フードの男は斑に包まれた緑大熊(メガロス)に飛び乗ると即座にこの狭い洞窟内を後にした。その後ろを緑豹が追いかけていき今この洞窟内にはマコト達しかいない。言葉通り、退散したのだ。


「マコト、キールは?」


 フードを外したディンが尋ねる。赤い瞳は未だに鋭いままだが、その奥に不安の色が陰る。


「大丈夫だ。まだ意識は戻らねぇけど、命に別条はない。一通りの傷は癒せたはずだ」

「そう、なら良かった」


 ほっと胸を撫で下ろす。けれどそれで終わるディンではない。息を付き、すぐさま顔を引き締める。


「では一人はキールを村へと運び、残りはあたしとマコトに続け。奴を追う」


 戦士の風貌で告げたディンにマコト含め戦士たちが頷く。

 呆気に取られて敵を逃がした、で済む話ではないのだ。外には獣たちと戦っている戦士がたくさん残っている。奴に待っている未来はその戦士との鉢合わせだ。なら、あとは追いかけて叩くのみ。


「行くぞ!」


 気合いを入れるかのように、強く言葉を響かせた。




 洞穴を駆け抜ける。ゆっくりと警戒しながらの侵入とは違う全速力の脱出はあっという間だった。暗がりの先に光の出口が見える。

 クルリと弓を回転させ構えるディン。戦士は剣を握り締め、マコトは一番後ろで光玉(スターマイン)を浮き上がらせる。


「…………!」


 勢い切って駆け抜けた先、真昼の太陽に照らされた森の中、そこは惨劇の場であった。


「赤の防人だからと警戒していましたがァ、どォやらそれも杞憂のようですねェ」


 戦士たちが倒れていた。

 弓を折られ、剣を砕かれ。

 ある者は地べたに投げ出され、ある者は木にもたれ掛かり。

 いたるところに戦士が無造作に転がされていた。


「ハッ、ハハハッ! 赤の防人、恐れずに足らずですねェ。……いやァ、むしろ私が強すぎましたかァ」


 耳障りな程甲高い声が森に木霊する。

 動けず、微かな呻き声を上げるのがやっとの戦士たちを、フードの男が嘲笑っている。


「――――」


 ディンが無言で、その赤き双眸を燃え上がらせ弓を構える。続く様に残りの戦士二人も剣を握り締める。ギリッと、柄を強く握った音が響く。

 見据える先はフードの男、ではない。

 高笑いを上げるフードの男の傍に立つ黒き巨躯。

 禍々しい黒い斑を脈動させる緑大熊(メガロス)魔獣(クティノス・マギア)とも呼べない、邪獣の様な姿のそれを真紅の烈兵(ヴァーミリオン)は烈火のごとく睨み視る。


「おやおやおやァ、追いつかれましたかァ」


 楽しそうに、男はそう告げた。


「野郎……っ」

「テメェッ!」


 剣を握り締めた男たちが怒りを籠めて飛び出そうとする、その動作をディンは手を横へ出し押し止める。けれどディンの瞳もまた怒りで真っ赤に燃えたまま。


「あなた達など眼中にないんですがねェ、どォしてそこの連中の様に大人しくしてようと思わないんですかねェ。そォすれば、少なくとも死ぬような目には合わないんですがねェ」


 フード越しに顔が向けられる。様子はすっぽりと隠れたフードの奥でわからない、けれどその中の瞳が侮蔑に笑っているであろうことは容易に想像がついた。


「まずは質問だ、なぜお前は勇者の剣を狙う?」

「さてェ、それを答えて私になァんの得があるというんでしょうねェ。――答えは、ノーコメント、ですよォ」


 ディンの問い掛けに小馬鹿にするような笑いを零し男は背を向ける。無言で一歩踏み出したディンに対し緑豹と緑大熊(メガロス)が牙を剥く。緑大熊の唸り声だけでも委縮しそうなほどの迫力に、数を揃えた緑豹の無数の瞳が向けられた。


「さァて、もうこの場にも用は無くなった訳ですしィ、さァっさと村へと行くとしましょうかねェ。情報なら、そこでたァんまり取れる事ですしィ」

「その情報ってのは、勇者の剣に付いてって事か?」


 ディンたちの背後、一番冷静に状況を観察していたはずのマコトが、怒気を孕んだ声音で声を投げた。


「えェ、もちろん。というかあなた、先程の魔法使いですか。一体全体その眼つきはなんですかァ?」

「フードなんかを被ってやがるからその腐った節穴が余計に見えなくなってるんだろ? そいつを剥ぎとってよく見てみろよ」


 問い掛けに答えず、マコトは自らの腰に佩いた剣を抜き放つ。

 真昼の森に抜かれた剣はマコトの魔力を受けて真白に輝きを放つ。


「まさか……、それは……」

「大地神剣クロノス。お前のお目当てはこれだろ?」


 挑発するようにマコトは視線を鋭く、笑みを浮かべた。


「…………赤き英雄が守っているはずでは?」

「さぁな、そんな事知るかよ。今ある事実は、お前の探していた剣が此処に在る、という事だけだぜ?」

「…………」


 フードの奥からねっとりとした視線が注がれているのを感じた。

 執拗なほどに絡みつく視線はマコトの持つ大地神剣へと一心に注がれる。その熱量は、男が異常なほどに剣に執着している事を窺わせた。


「改めて問おう。お前は、何者だ?」

「何者、ですとォ? そこな女も言っていましたがァ私が何者かもわからない者に聞く資格なしィッ! 赤き英雄であれば一目で看過したであろうになんッと情けなしッ! だァが、だが敢えて名乗りあげましょう! 私は、貴様の敵ですよォ――異世界人!」

「――――ッ!?」


 最後の言葉、異世界人という台詞にマコトとディンは目を剥いた。思ってもみなかった台詞に瞬間的に思考が止まる。


失敗作(アポティヒア)っ!」


 フードの男が叫んだ。瞬間、今まで動きを止めていた魔獣たちが一斉に牙を剥き襲いかかる。


真紅の烈兵(ヴァーミリオン)――ッ!!」


 掛け声一閃。

 反射的に我を取り戻したディンの号令に、三人の戦士たちが弾かれた様に飛び出した。

バネのようにしなやかな肢体を弾ませ駆ける緑豹へ戦士たちが駆けていく。数の振りなどものともしない雄叫びを上げ剣を掲げた。そしてディンは一人、遅れて動き出した黒き斑を纏う緑大熊へと視線を向け、


「――――光鎖(ランヴォ・アルスィダ)


 白き光を纏った鎖が緑大熊の巨体を拘束した。

 ディンの遅れて思考を取り戻したマコトが手から魔法陣を放ちながら緑大熊を睨んでいた。


「こいつは俺が抑えていく。だからその間にお前は緑豹を殲滅しろディン」

「ハッ、あたしに命令だなんて生意気だよマコト!」


 心底愉快そうに笑うディン。鋭く尖った赤い瞳は嬉しそうに火を灯す。


「その方陣魔法、まさか上級魔術師ですかァ……?」


 先程とは打って変わり口調を戻したフードの男は訝しげにつぶやいた。


「ああ、お前たちの世界ではそう呼ぶんだろ?」


 異世界人。そう突き付けられた言葉にあえてマコトはそう返事を返す。


「えぇ、えぇ! そォですとも! 王国(ヴァスィリオ)の傀儡風情が、剣を手にし調子にのりますかァ!?」

「あぁ? いきなり激昂してるところ悪いが何を言ってるかさっぱりわからねぇよ。だが、お前は色々知っているみたいだがらな、ここで洗いざらい吐いていって貰うぜ」

「ほざきなさい、我らが仇敵ィ。やはり師匠(ダスカロス)の御言葉は正しかった。剣は、我々が手にしなければならなかったァッ!」


 もはや自分の世界に浸りきっていしまったかのように言葉が噛み合わない。けれど元々話しが合うとも思っていないマコトにとっては都合がよかった。何故いきなり異世界人であると分かったのかが不気味だが、知られたのなら隠さなければいいだけの事。


「よくわかんねぇけどな獣使い、とりあえず今は大人しくしておいてもらう――」



「GUOOOOOOOOUUUUIU――――ッ!」



 突如咆哮が鳴り響いた。

 光鎖(ランヴォ・アルスィダ)によって雁字搦めに抑え込まれていたはずの緑大熊が雄叫びを上げ、自らの身体を縛り上げていたマコトの魔法の鎖を力まかせに引きちぎった。


「なっ……」

「過信はよくありませんねェ。この緑大熊(メガロス)失敗作(アポティヒア)といえどもォ、潜在する力を引き出された云わば狂魔獣。普通の失敗作(アポティヒア)と同じだと思っているとォ、寝首を掻かれますよォ」


 力づくで破られた事に寄る反動で顔を歪めるマコト。男は効きとした声音で声を荒げる。反論するかのようにマコトは右手を横に振り、目の前に光玉をいくつも出現させる。


「たかが上級魔術師ごときが、この失敗作(アポティヒア)を相手取れると思わない事ですねェ! こいつは失敗作(アポティヒア)の中でも上等な素材を用いた傑作、名づけて混沌獣(ハーオス)ですよォ!」


 興奮によるものか、男の身体から黒い魔力が溢れ出し、それが失敗作(アポティヒア)と呼ばれる魔獣たちへと伝播していく。

 その力は明らかにマコトの白魔法と対を成す黒魔法。三原色の上位に位置する大極色。

 魔力を浴びた失敗作(アポティヒア)達は身体に纏う斑模様を鼓動の様にドクンッと脈動させると、その文様を一段と太くさせた。


「我が目的の剣を持つというのならちょォど良い。さァ行きなさい混沌獣(ハーオス)よ、そこな傀儡から憎き聖剣を奪うのですよォ!」

「GUUOOOOOOOOU!」


 真っ赤な相貌を爛と血走らせ獣はマコト目掛けて駆けだした。

 蹲る様な四つん這いの姿勢から、筋肉を破裂させるかのような突進。

 魔法による効果により三メートルを優に超す黒き大熊が涎を撒き散らせながら襲いかかる光景は恐怖の一言だ。


「――――ッ!!」

 咄嗟に展開していた光玉全てをぶつけたマコトは、まるで飛礫が当たったかのようにモノともせずに突き迫る混沌獣(ハーオス)の直撃をもろに浴びて吹っ飛んだ。大木へと激突したマコトはそのまま土煙りを巻き上げながら昏倒する。


「マコト――っ!?」


 悲鳴の様なディンの声。けれどそれをかき消すかのように緑豹がディンに噛みつき、振り返る隙すら満足に与えない。

 一人に辺り三匹以上の緑豹が囲むこの場では真紅の烈兵(ヴァーミリオン)たちは圧倒的に不利だった。既にその身体からはあちこちに血が滲む。それでも数匹は倒しているのだからさすがと言えるか。

 ディンたち戦士は互いが互いをフォローするように背中を合わせて輪の様な陣形を作っていた。


「――――ッ!?」


 マコトを突き飛ばした体勢で一時停止していた混沌獣(ハーオス)に、土煙りの中から光玉(スターマイン)の散弾が大量に放たれた。それを獣特有の敏捷さで飛び退けて避ける。

 右手を突き出し、左手を額へと当てたマコトがゆらりと立ち上がる所だった。


「ディン、まだ粘れるか?」

「ハッ、あんたが無事なら当たり前だろう!」


 咽返りながら尋ねた問い掛けに、ディンが威勢よく答えつつ炎を纏わせた弓を切り払う。先端に付けられた刃が飛び掛かってきた緑豹を焔と共に切り払った。


「なら、任せたぞ――ッ」


 言うやいなやマコトは混沌獣(ハーオス)を外側から大きく囲う様に走り出す。次いでとばかりに放たれる光玉(スターマイン)は牽制するかのように次々と混沌獣(ハーオス)へと当たっていく。けれど蠢く黒斑が打ち消すのか混沌獣(ハーオス)の表情は涼しげだ。ただ群がる蠅が鬱陶しいとでもいう様に低く唸りを上げると再びマコト目掛けて駆けだした。


「ただの突進をそう何度も食らうと思うなよ!」


 ダンプカーの突撃を思わせる混沌獣(ハーオス)突進(チャージ)、それをマコトは飛び退く様に避ける。勢いで地面を全店するように転がるも今度はきっちりと回避に成功、混沌獣(ハーオス)はマコトではなく大木に頭から激突し、盛大に圧し折っていた。


「うへぇ、あれをまともに食らってたら一撃だったな……。だがまぁ、光玉(スターマイン)程度であの衝撃は緩和できる訳だ」


 めきめきと音を立てて倒れていく大木を眺めながら顔をしかめる。けれどその視線は冷静に混沌獣(ハーオス)とその周囲の様子を観察している。



『――いいマコト、魔術師が戦場で戦う時はよく周囲を観察する事が大切よ。前戦で無く後方で魔法を放つ遠距離型だからこその冷静沈着さ、それを常に心がける事。それが魔術戦の第一歩なんだから』



 不意に母シャロンの教えが脳裏をかすめた。

 あれは初級魔法を覚え終わった後の事だっただろうか、喜ぶマコトの頭を優しく撫でながら確かそんな事を言っていた。

 当時は戦場だなんて大袈裟な言葉を使うと思いながらも幼心に戦う自分の姿を夢想したものだ。

 幼い空想が現実となった今、あの時の言葉が実利を以って甦る。


「ハッ、さすがは姫巫女様ってわけか。母さんの言う通りだ!」


 ぐっと駆ける足に力を籠める。突進した手で動きの鈍った今がチャンスだ。


「――――治癒魔法(セラピア)


 倒れている真紅の烈兵(ヴァーミリオン)へ治癒を施す。

 本調子じゃない、そう告げるマコトの魔法はしかし本人以外から見れば真逆になる。

 即座に掌に展開された魔法陣が齎す温かな白い真昼の光が混沌獣(ハーオス)の攻撃で動く事ができなくなった戦士を立ちどころに癒していく。


「――――うっ」


 小さく呻きを上げながら、けれど力を籠めて立ち上がり始める戦士。

 マコトが魔法を与えたのは僅か数秒の時間だ。言葉をかけることなくマコトは即座に駆けていく。次なる戦士の元へ向かって。


「GUURROOOUUUU……」

「おい、こっちだデカブツ!」


 低い嘶き、混沌獣(ハーオス)が狙いを立ち上がりかけた戦士へと向けるのが分かり、すかさず光玉(スターマイン)による牽制を仕掛ける。即座に意識(ヘイト)を集め自らに向かうよう誘導し、引き離したところで次の戦士を回復させる。

 復活した戦士たちは即座に本分を思い出したかのように咆哮を上げて戦場へと舞い戻る。


「相手が数で勝るなら、こっちも同じ土俵に上がればいいだけだ!」


 吼え、ひたすらに森を走り回る。

 始めはいぶかしんでいたフードの男がマコトの行動に気づいた時にはもう何人もの戦士が復活し戦場に舞い戻っていた。


「こォそこそとォ! ふざけた魔法で雑魚を蘇らせたところで同じだという事がわからないよォですねェ!」

「ハッ、わかってねぇのはテメェの方だよハァちゃんが。ただ闇雲に獣をけし掛けるだけのお前と戦士をいっしょにするんじゃねぇよ。――――ディン!」

「ああ、その通りさマコト! ――真紅の烈兵(ヴァーミリオン)、ここが赤き真名(まな)の見せどころ、血潮を滾らせろ!!」


 舞い戻った戦士たちがディンを中心に隊列を整えていく。

 戦士長の号令に、返礼の雄叫びが森に轟く。


「掛かれ!」


 手には折れた弓、折れた剣を握る戦士たち。けれどその意気は揚々。単体ではなく編隊で向かう様はまさに狩りだ。

 ただ闇雲に襲いかかるだけの獣を前に、指揮官を要する戦士たちは先程までの苦戦が嘘の様に圧倒し、駆逐していく。


「GUOORRUUUUUU!!」


 けれどただ倒される仲間を見守るほど甘い展開は起こらない。

 森を振るわせんばかりに吠えた混沌獣(ハーオス)が再び戦士たちを倒そうと腕を振り上げる。


「だから、お前の相手は俺だろうが!」


 連続して放たれる光玉(スターマイン)の弾丸が突き刺さる。出鼻をくじかれた様な混沌獣(ハーオス)は鬱陶しそうに低い唸りを零しマコトへと振り向いた。


「ハッ、今度はさっきの様にはいかねぇぞ」

「GGAAAARRRAAAAAッ!!」


 応じる様な咆哮。黒い斑で大木の様に太くなった腕を、混沌獣(ハーオス)は叩きつけるように振り下ろした。


「――――ッ!?」


 振り下ろした腕が、伸びる。

 否、それは腕に巻きついた斑だ。まるで意志を持つかのように腕の振り下ろしに合わせマコト目掛けて伸びてきた。


「くっ――――っらぁあ!!」


 咄嗟に引き抜いた大地神剣を逆手に持ち斬り上げる。仄かに白亜の光を纏った剣線がまるで触手の様に伸びた黒斑を真っ二つに切り裂く。じゅっと音を立てながら斑は黒い蒸気を撒き散らし消えていく。


「さっきまでと違うのはお互い様――ってか!」


 左手で光玉(スターマイン)を放ちながら駆ける。牽制の様な光玉(スターマイン)混沌獣(ハーオス)の顔付近に集中させての目くらまし、その隙に剣の間合いへと入っていく。


「ハッ――」


 間合いに到達した瞬間、さらにそこから一歩奥へと踏み込んでの斬り下ろし。

 白い斬撃は黒斑を縦線上に塗りつぶす様に走り、


「GGAAAAAAAAA!」

「くっ――」


 膨張した黒斑が合い撃つ様に斬撃を阻む。

 振り抜いた剣線は斑のみを切り裂き、混沌獣(ハーオス)の身体までは届かない。


「GARUUUUッ」


 膨れ上がった斑はさらに、斬られていない部分がマコトへ追撃するかのように伸び暴れ回る。その際に周囲で戦っていた緑豹と戦士を何人か巻き込んで弾き飛ばしていた。


「あの熊野郎、マジで化け物じみてきてるな……」


 もはやその名の通り、混沌獣(ハーオス)緑大熊(メガロス)の形をとった別のナニカであった。

 触手の様に自在に伸びてくる黒斑を用いた攻撃に防御、どんな攻防が飛び出してくるか予想もつかない。

 そこへ、


「マコト、待たせた」


 緑豹を掃討し終えたディンが、戦士の口調で合流した。


「いや、タイミング的には最高だ。正直俺一人じゃキツかったからな」

「美味しい時に戻って来れた訳か。なら後は、倒すのみね」

「ああ、だがそう甘くねぇぞ。普通の魔獣じゃ――、いや、生物と思わねぇ方が良いかもしれない」


 一息つく様に言葉を交わし、斑触手蠢く混沌獣を見やる。

 身体に巻きついた触手群はいっそう膨れ上がり、その体長は四メートルになるだろうか。奇怪な姿は辛うじて原型が分かる程度、神話の挿絵で見る様な、悪魔の様相を呈していた。


「鬱陶しィ蠅どもがわらわらとォ、性懲りもなく集まってきましたかァ」


 混沌獣(ハーオス)に守られながらフードの男が口を開く。微かに覗くフードの影からその口元が忌々しげに歪むのが窺える。


「どうするフード野郎、ここで退いておくか?」

「なァにをバァカなことォ。同じ失敗作(アポティヒア)といえどもしょせん緑豹ごときはただの雑魚。そォれを倒し切ったと調子にのられても困りますねェ」

「ああそうかよ」


 言葉とは裏腹にフードの男は混沌獣(ハーオス)の背後に隠れる様にして出てこない。もはや原形すらわからない黒斑の塊と化した緑大熊(メガロス)は漆黒の触手群の中から赤き双眸をぎらつかせる。

 男の言葉通りだ、緑豹を駆逐したとはいえこの混沌獣(ハーオス)が残っている以上はまだ終わらない。いや、形勢はあっという間にひっくり返ってもおかしくはなない。


「なぁフード野郎、これで本当に最後だ。お前の持ち駒はその化け物のみだろ? ならこれで決着。だからあえてもう一度聞くぞ。―――――お前は、何者だ?」


 今度はマコトが、手にした剣を突き刺す様にその切っ先を向け問いかける。

 それに、くくくっ、と微かに肩を震わせて、男はフードを乱暴に剥ぎ取った。


「いィでしょうォ! そこまで言うのなら名乗りましょうとも。 

 我が名はイェスティオ! 漆黒の夜を望みし【教団】が一人、《黒獣》ルーデリウスの弟子(マズィテボメノス)なり!」


 フードの下はまるで骸骨の様な素顔だった。

 つるりと剃り上がった禿頭にこけた頬、くっきりと隈が刻まれた眼窩は窪み、肌は不自然なほどに青白い。それはまるで骨にそのまま皮膚を張り付けた様な形相。

 フードの男――イェスティオは血走った瞳をギョロつかせ、唾を撒き散らす様にそう叫んだ。


「教団、ね……。まったく何を言ってるのかわからないが、つまり――」

「そう、お前の敵だ! 王国(ヴァスィリオ)の傀儡!!」

「さっきも言ってたが、その傀儡ってのはなんだよ? 王国(ヴァスィリオ)には覚えはあるが、今の俺は関係ないはずだぜ?」

「白々しい台詞ですねェ、だァれがそんな言葉を信じるもんですかァ。いいえ、その剣を手にしている時点ですでに敵なのは明確なのですよォ!」


 イェスティオの身体から黒い魔力が迸る。

 立ち昇る煙の様に湧き出た魔力はそのまま混沌獣(ハーオス)へと注がれていき、その漆黒の斑触手をさらに肥大化させていく。


「問答はもう終いですよォ、行きなさい、混沌獣(ハーオス)!」

「――――散開!」


 イェスティオの指示で飛び出した混沌獣(ハーオス)に対し、ディンは右手を振って指示を飛ばす。

 即座に指示通りにまるで半円を描く様に展開する戦士たち。中央、真正面から迎え撃つのはディンとマコトだ。


「マコト、援護は任せた」


 言うやいなや弓を構えディンが突撃を敢行。即座に黒触手が迎撃で飛び出すも、マコトが光玉(スターマイン)によってそれを弾き落とす。


「燃えろ、戦女神の血潮。我が刃は業火と共に――炎の刃(クシフォス・フローガ)!」


 弓の両端に供えられた刃に焔を纏う。

 炎熱を上げる双弓刃が唸りを上げて混沌獣混沌獣(ハーオス)を切り裂いた。


「く――っ、固っ」


 斬り上げた姿勢のまま後ろに飛び退くディン。立っていた空間に叩きつけるかのように斑を纏った腕が叩きつけられ、まるでスコップの様に地面を抉っていく。

 切り裂いた個所は鎧を剥ぐように黒斑の一部を混沌獣(ハーオス)から剥ぎ取るも、肝心の身体にまでは届いていない。一瞬だけ見えた緑大熊(メガロス)の地肌はけれど、すぐに他の黒斑によって覆われてしまった。


「そう簡単に剥ぎ取らせてはくれないってわけね。でも――」


 サッと手を振るディンの指揮に散開していた戦士たちが一斉に従う。

 二人一組(ツーマンセル)で囲う様に混沌獣(ハーオス)へと斬りかかる戦士たちは、一人がディンと同じように焔を纏った剣撃を、もう一人がそれにピタリと続く様に追撃で黒斑を剥ぎ取った緑大熊(メガロス)の身体部分へと斬り込んで行く。

 優秀な指揮官による的確な指示により、暴威を振るった混沌獣(ハーオス)のあちこちから鮮血が吹き出した。


「GGGUUOOOOOOO」


 呻きが上がり、でたらめに腕が振り回される。

 あっという間に切り刻まれた身体はしかし、暴れ回る挙動に合わせるように蠢く斑が覆い隠していく。

 戦士たちはそれを冷静に見極めつつ、背後へと飛び退いて距離を置いた。


光の矢(ヴェロス・フォス)!」


 戦士が退くと同時に、マコトが発動した魔法が放たれる。

 右手に展開した魔法陣から魔力の弓が構成され、それが連続で射出される。

 魔力を任意の形状へと変化させそれを複数発射させる中級魔法。けれどマコトのそれは詠唱を必要としない魔法陣を用いた上級魔法。

 かつて洞窟で向けられた白魔法が、今度は戦士たちの味方となって混沌獣(ハーオス)へと放たれる。


「GGGGUUUUAAAAAA――――ッッ!」


 苦痛の様な悲鳴が上がる。

 ただただ魔力の塊を放出するだけの光玉(スターマイン)ではない方陣魔法。

 黒と相克する白魔法は斑の防御を掻い潜り、直接その肉体へとダメージを与えていた。


「よし!」


 魔法が通じた事への喜びにぐっと拳を握る。戦士であるディンは歓声こそ上げないものの、その線化に鋭く尖った視線が僅かに緩む。

 戦士たちの雰囲気もにわかに活気を帯びた。一度は一方的に蹂躙された相手だが、けっして敵わない訳ではないと実感が生まれた。


「調子に、乗るんじゃねェですよォ――ッ!」


 感情のままに放たれる黒魔法。津波の様な黒の波動が混沌獣(ハーオス)へと注がれ、白魔法によって削られた黒斑が回復する。


「GRRUUUU……」


 低い嘶き。斑模様を蠢かせ、血の様に赤い瞳がマコトを睨む。その視線はこの場において誰が最も危険かを示す様に鋭く、そして憎々しげだ。


「――――」


 怒りの矛先がマコトへと向いた、その今こそを好機とばかりに視線と手信号による指示のみで戦士たちがディンの指揮で秘かに動く。

 フードを目深に、腰は低くかがめ、息を殺して。

 緑の集団は密やかに牙を剥く。


光鎖(ランヴォ・アルスィダ)!」


 先手はマコト。

 右手に展開された魔法陣から伸びる一条の鎖は緑大熊(メガロス)を捕えて見せた光の鎖。

 これ見よがしに真正面から放たれたそれはあっという間に混沌獣(ハーオス)へぐるりと巻きつくと斑ごと縛り付ける。


「「うおおおおおおお――――っ!!」」


 魔法の発動とほぼ同時に、戦士たちが一斉に雄叫びを上げながら踊りかかる。

 マコトの攻撃に意識を取られた混沌獣(ハーオス)はその反応を僅かに遅らせ、慌てた様に飛び出す黒斑は赤き炎刃によって阻まれる。

 それは先程と同じ展開。剥き出しになった己が皮膚、緑大熊(メガロス)である魔力を帯びた緑の毛皮が露わになり、そこへ赤魔法を纏った刃が無数に迫る。



 ――――獲った!



 そう、誰もが確信したまさにその瞬間であった。


「GYYYRROOOOOUUUUUUUU――――ッ!!!」


 緑の暴風が吹き放たれた。

 それはまさに突然巻き起こった竜巻。禍々しい黒い輝きを帯びた緑の風はまるで爆風の様に混沌獣(ハーオス)を中心に吹きあがり、斬りかかっていた戦士全員を容赦なく吹き飛ばす。それは自らを縛り上げた鎖も同様だ、黒き暴風は光の鎖を強引に引き千切るかのように打ち消した。


「――――っっっ!?」


 引き千切られ打ち消された魔法の反動が返ってくる。掲げていた右手の魔術回路に猛烈な痛みが走り、思わず手を抑えて呻き声を上げる。

 だから、対応が遅れた。


「GYYUUAAARRRUUUUUUUUUU!!!」


 緑の暴風によって弾き飛ばされた戦士達に、追撃の黒き触手が振るわれる。まるで鞭の様なしなりをみせ叩きつけられるそれは無防備に身体を晒した彼らには雅に留めの一撃だった。


「――――ッ!?」


 僅かな息が零れるだけだった。

 腹を、胸を、頭を強烈な殴打が襲い戦士たちは今度こそ昏倒し地面へと吸い込まれる様にして倒れていく。マコトの治癒魔法(セラピア)によって一時は復活を果たした彼らはしかし、今度はピクリとも動かない。

 同じく暴風と触手の一撃を浴びたディンは辛うじて防いだのか、マコトの隣まで吹き飛ばされて痛みに耐えるように顔をしかめる。

 けれどその赤き瞳は、一層怒りの焔を燃え上がらせて混沌獣(ハーオス)を睨みつけていた。


「ディン、動くなよ」

「マコト?」

治癒魔法(セラピア)


 肩に触れた手から温かな光が注ぎ込まれる。瞬時に展開した魔法陣がディンの傷をたちどころに癒していく。


「あんたのその力、やっぱりすごいよ」

「でも今はもうあいつらを治癒できる余裕は残ってない」

「ああ、それはしょうがないさ。今あたしらがこうして立てているだけ僥倖ってもの。なら、仕留め切るのが手向けってものよ。だから、サポートをお願い」


 ぎゅっと弓を握り締めたその手に魔力が宿る。

 今にも焔として溢れ出しそうなそれはまさに今のディンの感情その物。


「あのデカブツは、真紅の烈兵(ヴァーミリオン)の誇りに掛けてあたしが仕留める!」


 戦意を胸に、殺意を瞳に宿しディンが立ち上がる。


「わかった。ならディン、俺があいつの斑鎧を剥ぎ取る。そこを仕留めろ」

「……あんた、そんな事で切るの?」

「保証はない。できても一瞬だろう。でも、やって見せる」

「わかったわ。ならあたしはあんたの溜めまでの時間を稼げばいいってことね?」

「ああ。でも少しだけ奴の注意を惹きつけてくれれば良い」

「了解よ」


 僅かなやりと、即興での作戦決定。

 その間に、混沌獣(ハーオス)はイェスティオによってより強固な黒斑を纏う。それは一層厚い斑の壁。

 互いが互いに、決着が近い事を意識していた。


「――――ッ!」


 力強く地面を蹴る。弓を構えディンが駆ける。


「燃え焚けよ、煌めく一条は女神の眼差し――炎の矢(ヴェロス・フローガ)!」


 弓に番えた矢に焔が灯る。それを駆け様に三矢、同時に放つ。


「GRRAAAAAA!」


 斑の触手が伸び、叩き落とす様に矢に当たる。けれどその狙いは敵わず、逆に貫かれた触手は黒いしぶきを上げ弾け散り、炎の矢はやや勢いを減速させつつ混沌獣(ハーオス)へと突き刺さる。

 けれどディンの勢いはそれで止まらず、気を引く様にジグザグに走りつつ続けてさらに矢をニ矢、三矢と放っていく。

 その後ろではマコトが右手を突き出し、左手で肘を抑える様に支えながら魔法陣を編み上げていた。


「ディン――!」


 準備完了の合図にディンが大きく横へと飛び退いた。

 ちらりと向けた視線の先、マコトの掌にはまるで砲塔の様な魔法陣が白い輝きを放っている。


 それは円の外側に文字を散りばめた六茫星。中心にはさらに小さな六茫星を描き、二つの星が逆回転に周り唸りを上げる。


 一目でわかる、それは今までマコトが放った中でも最大級の威力を誇るのだと。


「GGGAAAAAAAAAAAAA!!」


 目の前で展開するその光に、混沌獣(ハーオス)は即座に己の鎧たる黒斑を前面に集中させる。蠢く触手が何層にも重なりあって編みあげられるそれはまさに斑の壁。

 そこに、


「――――光の奔流(アフティーダ)!!」


 空気を焼き切る様に、白き閃光が放たれた。

 音すらも消し去り撃ち出された光はまさに光線。一条の光は真っ直ぐに混沌獣(ハーオス)へと直撃し、立ちふさがる触手壁と激突する。


 接触の瞬間に弾ける白と黒。

 それぞれの魔法色による衝撃は色の波となって周囲へと拡散する。


 それはまるで朝と夜が同時に訪れた様な瞬間だった。


 けれどその様はまさに刹那の間。黒き斑を呑み込んだ光の奔流が押し流す様に黒魔法を打ち消していく。

 衝突はそれこそ瞬きの間の出来事であった。

 後には斑の鎧を剥ぎ取られ、これまで戦士に寄って付けられた傷跡を無数に晒す緑大熊(メガロス)がよろめく様に立ちつくすのみ。

 黒き斑を失った獣は真っ赤な瞳だけが不気味に輝かせ、けれど戦士達による傷を無数に刻むその四肢にもはや力は無く。


「これで――終わりよ」


 弓を振りかぶり飛び上がるディン。

 両端に付けられた刃に焔を纏い、その一撃は真っ直ぐに緑大熊(メガロス)の首へと放たれる。



 ――――斬!



 焼き斬った音を後に残し、赤き瞳の輝きがくるくると放物線を描きながら、大きな首が跳ね飛ばされる。

 巨体が地面に倒れ伏すドッと言う音が、戦いの幕引きを告げた。


「そ、そんなバカな……」


 首を落とされ力なく横たわる緑大熊(メガロス)を前に、イェスティオは落ちくぼんだ眼窩をいっぱいに広げ呆然と呟いた。


「は、はははっ、はははははっ! あ、ありえないィッ!」


 金切り声が森に木霊する。むなしいその叫びはもはや哀れだ。

 骸骨の様な骨と皮だけの青白い顔が、今はより一層の悲壮感を露わしている。


「さて、ここまでだ。これからお前を拘束し、しかる後に尋問に移る。抵抗は無意味だ」


 矢を番えた弓を向け、赤き双眸を冷たく燃やすディン。

 戦士としての冷徹な言葉は隣で聞いていたマコトすらゾッとするほどのものだった。


「拘束……? 尋問……?」


 ぼそぼそと、まるで理解できないとばかりに眼窩の奥で瞳をギョロつかせイェスティオは呟く。

 もはや現実を拒絶した虚ろな眼差しはある種不気味だ。

 けれどディンは容赦しない。お構いなしと言わんばかりに一歩前へと踏み出し。


「ちっ、近寄るなァ――ッ!!!」


 発狂したかのような言葉。大きく右手を振り回し拒絶する。その拍子に顔同様に骨と皮だけの手が僅かに見えた。


「なら大人しく投降しろ」


 イェスティオの行動にもディンは一切動揺を示す事は無かった。ただ冷然と瞳を細め、より一層その声音を落とす。


「と、投降? 投降……、そ、そんなもの――するわけ無いじゃないでェすかァッッッ!」


 くぼんだ眼窩をいっぱいに見開く。奥に潜む瞳は血管が張り裂けんばかりに血走り、狂気の輝きを放つ。

 そして、カタカタと振るえる手で懐から一本の瓶を取り出した。


黒化呪詛(マヴロ・カターナ)……」


 ぼそりと呟かれた言葉は先程までの高音が嘘の様に低い。

 まるで絶望し全てを諦めたかのような暗い音。

 取り出した瓶はまるで試験管の様に細長く、中にはまるで闇そのものを押し込めたような黒いナニかが蠢いていた。


「「――――ッ!」」


 見た瞬間、マコトとディンはほぼ同時に動いた。


「シッ――」

光鎖(ランヴォ・アルスィダ)!」


 引き絞った矢が放たれ、光鎖が飛ぶ。

 けれど、イェスティオの方が一手、早かった。


「あはァ……」


 それは絶望の虜となったような恍惚としたかの表情。

 掲げた試験管を逆さにし、一切の躊躇なくその(なかみ)を呑み込んだ。


「ぅお――――おおおおおごあああああああああああああああああああッッッ」


 悲鳴が上がる。

 まるで体内からグチャグチャにされていくかのように身体全体を蠢かせ、喉をかきむしる様に苦痛の叫びが上がる。

 けれど、それはほんの一瞬の出来事だった。



「「――――っっっ!?」」



 瞬間、闇が弾けた。

 突き刺さる寸前の矢は衝撃で消し飛び、拘束しようとした光鎖はバラバラに引き千切られた。

 イェスティオは、いや、イェスティオだった者は黒き斑に覆われた触手塊の様な姿を晒す。

 まるでそれは触手の肉塊だ。太いミミズを何十匹と丸め固めたかのような不気味な姿。

 イェスティオ自身が、自らのが操った混沌獣(ハーオス)に成ってしまったかのような有様。

 闇を呑み込んだイェスティオは一瞬にしてそんな不気味な何かに変容していた。


「…………」

「…………」


 呆然と、その異様な光景を見守った。

 魔法が通じなかったことなどもはや思考から消えている。

 ただただ、目の前で起こった異常な出来事に、二人は息をする事も忘れ目を見開いているばかり。


「な、なによ、これ……」


 零れた言葉が、二人の今の感情を明確に語る。

 人が変容する。それも人の形その一切を失った醜い化け物に。

 目の前の光景が到底信じられない。けれど、非情な現実が眼前(そこ)に在る。


『ぁ――、あ、ああァァあああああああああァぁああああああアアッ!』


 触手塊の内側から言葉が溢れた。

 悲鳴の様な、雄叫びの様なそれはただただ不気味だ。不快と恐怖を煽る。

 その触手塊がビクッと蠢いた時、漸く二人は我に返った。


「――――ッ、マコトっ!」

光の矢(ヴェロス・フォス)――ッ!」


 瞬時に展開された白き魔法陣。

 片手で六発、左右で十二もの光の矢が唸りを上げて襲いかかる。

 ごろりと転がった触手塊はその悉くを身体に浴びる。光の矢十二発全てが突き刺さり、針団子の様になりながら、けれどその触手塊はゆっくりと光の矢全てを呑み込んだ。


「なっ……」


 まるで何でも無かったかのように己の魔法を取り込まれたマコトはパクパクと口を開く。目の前の光景が理解できない。けれど異常事態だという事は嫌でも痛感させられた。


「ディン――」

「マコト――」


 視線が絡まり合う。互いの表情は引きつり、眼差しも僅かに揺れる。

 けれど、二人は一瞬でその弱気を消した。


「「――――ッ!」」


 意を決したようにお互いに魔力を高め合う。

 イェスティオが変容したこの触手塊は異常だ。

 そしてこの化け物をこのまま放置しておく事は危険。いや、してはいけない。

 なら、なんとしてでも此処で止めなくてはいけない。

 悲壮な使命感が二人を奮い立たせ、覚悟を決め眼差しは強く輝かす。

 そこに、



「――――氷の華(フルール・ド・グラス)



 それは涼やかな声音。

 まるで世界の全て音が凍りつくかのように、森全体に声が沁み渡る。

 それが合図でもあったかのように、世界が停止する。

 黒々と不気味に蠢く触手塊は動きを固め、空気が凍る。

 まるで触手塊そのものを苗床にするかのように、氷の華が狂い咲く。

 世界が、白で塗りつぶされた――




明日もまた投稿します。

良ければお読みください。

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