第十三話 宴、そして
村の中央に大きく開かれた広場。そこに煌々と篝火が焚かれている。
普段は夜の帳が落ち切り黒で塗りつぶされているそこは、まるで昼間のように明るく、人々のざわめきで満たされていた。
篝火の中央には綺麗に剥ぎ取られた緑大熊の毛皮が掲げられている。
大々的に置かれたそれにはたくさんの人だかりができ、その超が付くほどの大物に感心しきりだ。
その隣では大鍋が湯気を立てている。さらに隣には炊事場から運ばれてくる料理も並べられている。これらは全て緑大熊の肉をメインに調理された物だ。
思い思いに舌鼓を打ち酒を仰ぎ談笑する、中には踊りや力比べなどを披露する者まで様々で、その光景はさながら祭りのようだった。
そして、今回の功労者にして宴の主役である緑大熊を仕留めたマコトは、そんな光景を遠く見つめるように、木の根もとに腰かけぼんやりと眺めていた。
「もう、こんなところにいるならそう言ってよねマコトちゃん」
「…………メグミ?」
「はいこれ、マコトちゃんの分。あのお肉で一番おいしい食べ方はお鍋だから、それを持ってきたよ」
白い湯気と共に食欲をそそる香りを漂わせる木の椀をメグミは差し出した。それをされるがままに受け取ったマコトに満足そうに頷くとメグミは隣に腰を降ろす。
「キュアー」
パタパタと羽をはためかせたヒスイがメグミの隣に着地する。その口にはこれまた良い香りを醸し出す肉の塊を加えており、小さな前足で掴むと旨そうに食べ出した。
「ヒスイが食べてるのはブロック肉のステーキでね、おっきなお肉の塊に香辛料をたっぷりとまぶして回しながら表面をじっくりと焼き上げるの。この村の伝統料理なんだって、こっちはリーアが作ったんだよ。お腹が温まったら食べに行こう」
ガツガツと旺盛に肉に齧り付いているヒスイの頭を撫でながら、メグミはぼんやりと木の椀に視線を落とすマコトを見つめる。
「俺は――」
「食べなきゃだめだよ」
「……え?」
「マコトちゃんが食べなきゃだめ。だってマコトちゃんが奪った命なんだもん、なら、ちゃんとマコトちゃんが食べてあげなきゃだめだよ」
真っ直ぐに向けられた瞳を見つめ返す。逸らす事はできないその瞳は、ただひたすらに真っ直ぐであるが故に残酷で、どこまでも正しかった。
「そう、だな……」
何かを呑み込むように目を閉じて、それからゆっくりと瞼を開けた。
木の椀の中には緑大熊の肉が旨そうに使っており、それを様々な野菜が彩っている。ゆっくりと口を付け、汁を一口すする。
「――――ッ!」
最初に襲ってきたのはとてつもなく強い獣の風味だ。これが緑大熊そのものの味、けれど野生動物特有の臭みは無く、むしろ後からやってくる野菜の甘みや出汁と相まって口いっぱいにとてつもない旨味が広がる。肉を口に運べば刃を入れた瞬間に広がる力強い味わい。緑大熊そのものがぶつかってきたようなどっしりとした味わいは一口で身体全体に沁み渡るかのようだ。何かの香辛料がまぶされてる様で、それが旨味を引き締めかつ際立たせていた。
たった二口。それだけで十分だった。あとはもう夢中で椀をかきこむように平らげる。
普段の、これまでの食事とは違う、まさに命を喰らう行為。
始めて自分で仕留めた命を食べるというその行いに、マコトはひたすらに没頭した。
そんな様子をメグミは寄添うように見守りながら、自らの分をゆっくりと噛みしめるように食べていた。
「あ、いたいた。ったく、今日の主役がなんでこんな隅っこにいるのさ」
夜でも目立つ紅い髪が近づいてきた。隣には恰幅の良い身体を揺らす炊事頭が並ぶ。
「ディン! それにリーアさんも」
「こんな端っこの方じゃあ取りに行く前に無くなっちまうからね、確保してきてやったよ」
手にした大皿いっぱいに緑大熊の料理を並べリーアが豪快に笑う。二人の目の前に大皿を置くと、そのままどかりと腰を降ろした。
「どうだいマコト、自分で獲ってきた命の味は?」
「――――沁みる、な。ところでさ、これ作ったの、あんたじゃないんだろ?」
「ふふん、わかってるじゃないか。ああ、業腹だけどその通りさ。その鍋料理はメグミお手製、ったくたった一晩で炊事頭を取られちまったよ、見てみなあの行列、あたしの伝統料理よりメグミの鍋の方が人気のありさまさ!」
「うわ、始めての料理だったからもしかしてとは思ってたけど、やっぱすごいねメグミ。ていうかあんた、よく緑大熊を料理できたね。リーアが任せたって事は解体からってことでしょ? うちの連中だって嫌がる奴いるくらいなのに」
料理とメグミとの間で視線を行ったり来たりさせるディンに、メグミは淡く微笑んで何も言わない。代わりとばかりにリーアが口を開く。
「全てはメグミの覚悟の成せる技ってやつなんだろうね。ものすごく真剣で、それでいて真摯に向き合っていたよこの娘は。あそこまでされちゃあ緑大熊だって食われる甲斐があるってもんだろうさ!」
どんどん食べな! と皿を置かれる。伝統料理だという肉の塊はじっくりと表面が焼かれており、それを切ると中は意外な事にレアだった。綺麗な赤色が炎の光を浴びて輝き、じゅわっと溢れた肉汁と香辛料の香りが食欲を誘う。
「キュアー」
マコトが食べている脇から、もっとよこせとばかりにヒスイが首を突っ込んでくる。
「あ、ダメだよヒスイ。それはマコトちゃんのでヒスイのもちゃんとこっちにあるから」
両脇に手を入れ掬い上げるように抱き上げる。それが不満だとばかりに羽をパタパタと暴れさせるヒスイを止める用意メグミはぎゅっと抱きしめた。
「もう、お行儀よく食べなきゃだめ。ほら、あーんしてヒスイ」
「キュー」
抱きかかえられそのまま食べさせてもらうヒスイの姿はまるで赤ん坊だ。
「まったく、あんたたちはつくづく不思議な連中だねぇ」
ヒスイとじゃれあうメグミと、それを眺めるマコトを見てリーアはしみじみとそう呟いた。
「あたしらの常識じゃ竜ってのは五大神が己の眷族としてそれぞれに生みだした五大龍の事で、あとは全てその亜種。本物の竜種になんてお目に掛かる事がまずないほどの存在ないんだけどね」
「えぇっ、そうだったの? じゃあもしかしてヒスイってとっても珍しいの?」
「珍しいなんてもんじゃないさね。そもそも亜種である亜竜種でさえ人前にはめったにその姿を現さない上に人間に懐く事なんてまずないってのが常識さ。極稀に亜竜種の卵を手に入れてそいつを孵化するところから育て上げる竜騎士ってのが大国にはいるって話しだけどね、それですら非常に貴重な存在さ。それがこうもまるでペットの様に懐いているところを目にしちまうとねぇ、ほんと目の前の現実なのに信じられないくらいさ」
「たしか、五大龍ってのは五大神に代わってこの世界の守護をしているって話しだったよな? そいつらも御伽噺じゃなく本当にいるってのか?」
「ああ、もちろんさ! いるもなにもほら、目の前を見てごらんよ!」
リーアが指差す先、まるで村を見守るように佇む大きな霊峰。闇夜であって尚堂々と、それでいてどこか慈しむように佇む山影。
「あれはこの世界でいっちばん高いお山、霊峰イフェスティオさ。炎神アリス様の誕生と共に火を噴いたと言われるお山でね、その遥か下の地下世界にはアリス様の眷族竜である炎竜王クラティラス様がいるのさ。つまり、あたしらがいるこの村はまさに炎竜王のお膝元ってわけさ」
「つまり、今も本当に存在していると?」
「そうさ。まぁその御姿を目に出来た者なんていないけれど、その恩恵には日々預かっている。この森が豊かなのはクラティラス様の加護のお陰ってね」
「俺は何も感じないけどな」
「そりゃあそうさね。この世界を知らないあんたにはまだわからないことだらけだろうさ。こうして腹いっぱいに毎日食事ができるのもこの森がクラティラス様の加護で守られている特別な森だからさ。外へ出れば、まともな食事ができない場所はたくさんあるんだよ」
最後の言葉に思わずマコトもメグミも目の前の食事に視線を落とした。当たり前のように食事が提供され、それを享受していた。今まで暮らしていた世界では一日三食食べられる事が当たり前すぎて、それを当然の事のように受け入れていたけれど、そうではないのだと突き付けられる。
実感がわかない。けれどこの世界が自分たちの知る世界とは違う異世界なのだと改めて突き付けられた気がした。
「――――っと、いけないねぇ。話したい事と話している事がまるで違っちまったよ。おしゃべりで話しが脱線しちまうのは悪い癖だよ、まったく!」
もっと食べな、とリーアはマコトのさらにどんどんと肉をのせていく。それは山のように、皿からはみ出るほどに積み重ねた。
「おい、なんだよいったい」
「なに、一番の功労者はあんただからね。本来ならこの宴は獲物をしとめた戦士を讃える為のもんさ。なのに主役がこうして引っ込んでるんじゃあ、せめてこうして食わせてやるしかないだろ?」
「本当だったらあんた、あの篝火の中央にいなきゃいけないんだよ?」
途端に嫌そうに眉をしかめたマコトを面白そうにディンがニヤニヤと見つめる。
「そんなに嫌なんだ、注目されるの」
「当たり前だろ。それに別に俺は何もしちゃいない、たまたま俺があの熊を止めて、お前がトドメをささせた、ただそれだけの話しだろ。なのに誉めたたえられたって嬉しくとも何ともねぇよ」
「ほんと変なやつ。戦士なら普通は大物を仕留めた武功第一っての最大の栄誉なのに」
「そもそも俺は戦士じゃないからな」
ぶっちょうづらで肉に齧りつく様に食べていく。肩を竦めるディンに、リーアはマコトをまじまじと見つめた。
「あんたが戦士にせよそうじゃないにせよ、栄誉は栄誉なのさ。それ以上に大事な事はあんたのその行動によって助けられた命があるってことが一番じゃないかい? あたしの息子みたいにさ」
「ん? 息子?」
「そうだよ、あんたがたまたま助けてくれたひねくれ者は――キールはあたしの息子さ」
「はぁ? あいつがお前の息子!?」
「えぇっ、リーアさんって子供いたの!?」
「なんだいなんだい二人そろって失礼な奴らだねぇ。どうみたらあたしが独り身に見えるってんだい! 村一番の美人戦士リーア様だよ!」
「ぷっ――あっはっはっはっはっは!」
二人の反応に激怒するリーアに、堪え切れないとばかりにディンは腹を抱えて笑い転げた。
「ちょいとディン! あんたもなに笑ってんだいっ、ほんっとうに近頃の若い衆は失礼なのが多く嫌になるねぇ!」
「あっはははっ! ねぇリーア、それ自分が若くないって言ってるようなもんだからね」
「ほう、いい度胸じゃあないかディン。そもそもあんたが仕留めてれば良かっただけの話しだよ。戦士団の団長ともあろうくせに余所から来た者に大手柄取られるなんてよっぽど腕が鈍ってる証拠さ、めっためたにシゴキ直してやるよ!」
「いーっ、そりゃ勘弁! あっ、ほらメグミ、もっとご飯取りに行こう!」
「ふぇ!? ちょ、ちょっとディン――」
撤退、とばかりにメグミの腕を掴んで駆けていく。手を取られたメグミはなすがままで、その後ろをヒスイがゆっくりと追いかける。
「まったく、あのじゃじゃ馬娘ときたら!」
楽しげに駆けていく二人を眺め、言葉とは裏腹にスッキリとした面持ちになるリーアに、マコトは目を細めた。
「おまえ、追い払ったな?」
「そりゃあそうさ。身内の恥を話すんだからね、いられちゃあ困るってものさ」
どっかりと降ろした腰をマコトとの対面に向ける。皿に追加の肉を盛り視線を村の端へと投げた。
「ほら、うちの息子があんなところでいじけてる」
マコトとは反対の端で一人、篝火に照らされた緑大熊の毛皮を眺めるようにして肉を喰らっているキールの姿があった。
「物欲しそうな目でみちゃってさぁ、情けないったらありゃしないよ。でもま、それもこれもあんたが助けてくれなかったら有り得なかった光景だ。まずはねマコト、遅くなっちまったけどう、ちのバカ息子を助けてくれてありがとう」
「……いいさ、さっきもいったけど偶然みたいなもんだし」
「それでも親としちゃあ嬉しいもんさ。ま、あいつは心中複雑ってところなんだろうけどね」
「どういうことだよ?」
まるでわかっていないマコトに、リーアは苦笑を浮かべる。
「あんたとキールは出会い頭から色々とあっただろ? うちの息子はあの通り、意地っ張りのひねくれ屋だからね、なかなかあんたを認められないのさ」
「認めるって、別にそんな事必要か?」
「相手の強さを呑み込んで自分の弱さの糧にするってのは、戦士としては必要な素質さ。特にあんただけじゃない、ディンの強さすら呑み込めてないキールには尚の事ね」
「そういややたらとディンにも突っかかってたなあいつ」
「そりゃそうさ。あいつは戦士団の中じゃディンに次ぐ実力者。でもその差はあまりにもかけ離れていてね、ナンバー2っていうよりかは二番煎じってところ。今まではなんとかディンが英雄の娘だから特別なんだって呑み込もうとしてたのに、ここにきてあんたの登場。戦いの経験すら碌に無くてディンにボッコボコにされてる異世界人に負け、助けられて。あいつのハリボテのプライドはもうポッキポッキってところだろうさ」
「自分の息子なのに随分と辛辣なんだな」
「そりゃあ辛辣にもなるさ」
キールを見つめる眼差しが遠くに揺らぐ篝火に優しく照らされる。すっと視線が横へと泳ぎ、メグミとじゃれつく様に騒ぐディンを捕えた。
「ディンはあたしの教え子みたいなもんでね。少なくとも弓の腕はあたし仕込みだ。だからま、一戦士として見るのならキールもディンもあたしにとっちゃあ同等。だからこそ余計に抱く想いって奴も強くなっちまう」
「だから厳しくなるってか?」
「そうだねぇ。なんていうか今までディンが特出して強くてね、それをキールたち周りの連中がひがんでいる様な所があってね。英雄の娘だからとか、女のくせにって具合にね」
「ディンもそんなこと言ってたな。――あぁ、だからそういうのが嫌だって言ってたわけか」
「そりゃそうさ! あたしだって経験があるからわかるけどね、努力して勝ち得た強さを勝手に付属品のお陰にされても困るってもんさ。女のくせに、なんて台詞は反吐が出るほど嫌いだよ。若い頃はいっそ影の国にでも行ってやろうかって何度思った事か!」
「影の国?」
「ああ、あたしら真紅の烈兵の同胞がその昔に袂を分かって興した国さ。あそこは女王が治める国だからねぇ――って、話しが逸れちまったよ」
「そもそも、なんの話しがしたいんだよ?」
なかば愚痴に付き合わされている感覚になってきたマコトはいい加減うんざりだとばかりに睨む。けれどそれをどこ吹く風とばかりにリーアは受け止め、逆に真っ直ぐに見返してきた。
「余計な話しについ脱線しちまうねぇ。肝心要の話しはすーぐどこかへ行っちまう。ま、要するにさ、あたしゃあんたに感謝してるって話しなんだよ」
「はぁ?」
意味がわからない、と顔いっぱいに書いてマコトはまじまじとリーアを見る。それに何故かリーアはにこやかに微笑んだ。
「本当に遠慮がない奴だよあんたは。グラッドだけでなくこのリーア様にだってその態度だ。ただの礼儀知らずのガキなのか、器がデカイのか。ま、とりあえず今は失礼なガキってことで認識しといてやるよ」
「おい、最終的には貶したいだけかあんたは?」
「いやいやまさか。これでも誉めてるんだよ、あたしは。だってねぇ、あんたがそうやって誰に対しても変わらないからこそディンが楽しそうにしてるんだ。キールを救ってくれた以上に、あたしにとっちゃあそっちも嬉しいのさ」
リーアが見つめる先で、メグミとディンが談笑しながら食事に興じている。何やら緑大熊の毛皮を眺めつつ、またヒスイに食事を与えたりとその様子は仲の良い友人同士の様である。
「メグミはきっとあんたとは別の意味でわけ隔てないんだろうね、ああしてディンが普通の女の子の様にしゃべっている」
「意味がわからねぇこといってんじゃねぇよ。あいつだって普通の女の子ってやつだろうが」
「そうじゃあなかったのさ、少なくともあんた達が来るまではね。見なかったかい、ディンが戦士団を前にした時の態度を。言葉使いも眼差しもあんたといる時とはまるで違っただろ?」
「ああ、それは俺も気になったけど。舐められない為だって言ってたぞ」
「そうさ。でもそれが、周りの連中みんなに対してでね、あたしやグラッドくらいのもんだったのさ、あの娘が素の表情を覗かせるのはね。幼馴染のキールにだって、いつの間にか頑なになっていたほどにね」
「冗談だろ?」
「事実さ。今はそうは見えなくても、そうだった。そうだんたんだよ。だからこそねマコト、あんたがディンを一人の戦士として対等に見てくれて、メグミが一人の友人として対等に在ってくれて、それを感謝してるのさ」
柔らかな笑みを浮かべ、けれどそれをやや陰りのある失望に落とす。
「本当は、うちのバカ息子の役割だったんだけどね」
視線の先には相変わらず独り外れに佇むキールの姿。それはまるでいじけている子供の様でもあって。
「まぁその事を今一番悔んでるのがあいつなんだろうさ」
最後の言葉は心からの母の台詞だった。
● ● ●
賑やかな喧騒を遠くに、独り外れて悪態を付く姿があった。
「けっ、とうとうお袋まであいつ側かよ。ま、もともと俺の親なのが不思議なくらいの英雄様だしな、しょせん俺みたいなやつとは世界が違うってか?」
気持ちをぶつけるかのように肉に齧りつき、それを思い切りよく嚙み千切る。母が手を振るった伝統の味もまるで旨そうに見えない食べっぷりは食事と言うよりも栄養接種に近い。
「なんなんだよ本当によぉ、ちょっと魔法が使えるからって良い気になりやがって……」
出てくる言葉は恨み節。たまりにたまった感情が、マコトを対象に黒い泥のようになって溢れ出る。
「俺だって、俺だって本当は――」
ギリッと、拳を震わせながら噛みしめた歯は砕けそうなほどに強い。
何をやっても上手く行かない、何をやっても追いつけない。
ただひたすらに引き離され、突き付けられる現実にキールは叫び出したいほどの鬱屈を抱え込む。
――――と。
「………………なんだ?」
森の奥で、ぐるりと村を囲う木の柵の隙間から僅かに火の灯りが見えた気がした。
「――――」
思考は一瞬。選択肢は二つ。
知らせるか。知らせないか。
「――――」
迷いは極々わずか。だから、その決断に躊躇はあまりなかった。
「俺だって、やれるんだ」
呟いた言葉は夜に溶け、ひっそりと隠れるように村を出る。
身に付けるのは小ぶりのナイフと、小さな意地。
そうして――
――――翌朝。
グラッドの号令のもと、戦士団に緊急招集が言い渡された。
明日も更新します