8.魅了状態だった俺、三日目にして少し正気に戻る
シャリルちゃんから変な薬を飲まされてから早三日。
今日も今日もとて、昨日や一昨日のようにシャリルちゃんを甘やかす日々が続く、と思っていた俺だったが……。
「頭が、スッキリしている……?」
何故だか、今日の俺は違った。
いつもなら起きると同時に感じるあの痺れるようなアツイ何かの感覚が、俺の頭を鈍らせ、一心不乱にシャリルちゃんへと尽くしているはずなのだが、今日はなんだか様子がおかしい。
頭はスッキリして、冷静に物事を考えることができるし、あの体全身でシャリルちゃんを求めていたあの感覚がない。
しかも、今までならシャリルちゃんを求めていたことに違和感を感じていなかった俺が、今になってそのことに違和感を持てるようになっている。
……なにが起こったんだ?
まぁ、でもあの状態が長く続くのは良いとは思えないし……。
結果オーライということか?
そんなことを考えながら、俺の体にしがみ付いていたシャリルちゃんをゆっくりと引き剥がすと、部屋から出ようとして扉の前で何かがプルプル震えているのが見えた。
「ーーーって、マリーじゃないか!?一体、どうしたんだ!?」
ドア付近にいたのは俺の使い魔、プライマリーだった。
プライマリーは緑色のボディをフルフルと震わせると、俺たちの間に流れている魔力のパスを通じて、意思を伝えてきた。
“体の具合を確かめて”
何も話せないプライマリーだが、確かにそういった意思を感じさせた。
俺の体……?
マリーは基本的に意味がないことはしない。
ということは、俺の体に何か問題が……?
俺はマリーを二度ほど撫でると、叡智の書を使って俺の体を調べる。
すると、やはりというべきか?
俺の体には異常が発見された。
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【名前】フィルウェルト・S・アークウォイト(『魅了』弱)
【性別】男【年齢】5歳【種族】人間
【称号】子爵家次男 転移者 シスコン
【生命力】50/50
【性能】DD
【魔法】無属性(貸借)
【スキル】叡智の書
真眼
【加護】愚者神の加護Lv.1
ーーーーーー
『魅了』……?
俺の状態に魅了が付いていた。
魅了がどういった状態なのかがわからなかったので、魅了の状態を調べてみる。
『魅了』
魔物、魔族、精神魔法、薬などによって得られるバッドステータスの一つ。対象の相手に対して無償の愛情を注ぐようになり、相手の言うことをなんでも聞くようになる。
魔物、魔族、精神魔法、そして……。
「薬……か」
確か三日前のあの日、シャリルちゃんはピンク色の妙な液体を俺に飲ませていた。
あれが原因か……?
俺は原因の特定をするために、叡智の書の検索欄に、魅了状態を引き起こす薬、と打ち込んでみた。
そして、出たのがコレだ。
『惚れ薬』
サキュバスの愛液と、強力な精神魔法『魅了』の付与によって出来上がる魔法薬の一種。惚れさせる対象に設定するためには、使う人の唾液を含ませることで使用することができ、その唾液と惚れ薬を混ぜ合わせた物を相手に飲ませることで、魅了がステータスに付与される。見た目はピンク色の液体。
解除方法は、魔法薬の一種である『無関心な秘薬』を服用することや、治癒魔法『状態異常回復』をかけてもらうことによって解除される。また、治癒魔法であれば状態異常には一定の効果が見られ、効果の軽減が見られる。
「惚れ薬……ねぇ」
なるほど……。
異世界と言うことを踏まえれば、ありきたりな物ではある。
しかし、本当にこんな物が存在していたとは……。
この感じだと他にもヤバい薬がたくさんあるんだろうなぁ、と憂鬱に思うと同時にふと、一つ疑問に思うことができた。
それは、なぜ今になってその魅了という状態異常が軽減されたのか?である。
叡智の書の説明文を見ている限り、効果に賞味期限みたいなものはないようだし、だからといって俺は昨日や一昨日あたりに、無関心な秘薬なんてものを飲んだ覚えはない。
とすると……?
そこで、俺の足下でピョンピョン跳ねているマリーの姿が目に入る。
「そうか!マリーが俺に魔法をかけてくれたんだな?」
俺がそう問いかけると、大正解!とばかりに激しく跳ねるマリー。
ジャイアントベアーと戦っていた頃のマリーは、知力のステータスが足りず、ロクに魔法を扱うことが出来なかったマリーだったが、あれから俺たちは特訓を重ね、二つの魔法をマリー自身の力だけで扱えるようになっていた。
そのうちの一つが、水属性下級下位魔法、『水の癒し』である。
下級魔法の中でも下位に位置するため、回復能力と言っても、精々擦り傷を治癒させるのが限界、といったところなのだが……。
叡智の書を見る限り、魅了に限らずある一定の状態異常に対して軽減の効果があるみたいなので、多分あっているだろう。
加えてマリーのこの疲労状態を見るに、 いくら軽減すると言われても下位の魔法なのだ、俺の魅了状態はすぐには改善されなかったのだろう。
そのため、俺がおかしくなったあの夜からずっと水の癒しをかけ続けていたのだろう。
俺はよくやったという気持ちを込めてマリーを抱きしめた後、今後の方針について叡智の書を使いながら考えた。
叡智の書の検索結果では、以上の三つが挙げられた。
1.貴族の権力を使い、治癒魔法を使える人間もしくは魅了状態を治すための薬、無関心な秘薬を持ってきてもらう。
2.魅了状態の軽減には成功したので、このまま自分で貸借魔法を使って自身に強力な治癒魔法をかける。
3.子爵家領地にある霊山の麓に生えている薬草を取りに行く。
この三つだった。
まず、一つ目は却下だ。
もともとこの惚れ薬を仕込んだ下手人は、シャリルちゃんを唆したファーンであると叡智の書で調べて知っている。
もし、俺が治癒魔法師や無関心な秘薬を探しているなんてことが露見され、俺の魅了状態が軽減されていることがバレでもしたら、今度はもっと念入りに魅了を仕掛けてくるだろう。
そうなったら困るのは俺だ。
しかも、ファーンはジャイアントベアーの一件でこの屋敷でも相当位が高いところに就いている。
ファーンがしろ、と言えばこの屋敷のメイドと執事はほとんどの場合、従う他ないだろう。
そうなると、何らかのきっかけでまた、惚れ薬を飲まされる可能性が高い。
なので、一つ目は却下。
そして、二つ目も却下だ。
確かに二つ目ならばある程度の軽減は見込めるだろうし、俺ならば解除まで出来るかもしれない。
しかし、それは絶対ではないし、また一つ目の理由と被ってくることになるが、俺が妙な動きを見せれば、メイド長が黙ってはいないだろう、ということだ。
だから、二つ目も却下。
そうなると必然的に三つ目の自らが霊山に赴いて、魅了状態を解除するための薬草を手に入れるしかないのだが……。
「難易度がベリーハード級だ……」
子爵家領地にある霊山、と言えば俺が知っている(正確には叡智の書に載っている)限りでは一つしか知らない。
それは、『双竜の霊山』と呼ばれる霊山だ。
標高は五千メートルと地球では高い方だが、ここ異世界では標高一万メートルとかざらにあるので、そこまで高い方ではない。
それに俺は麓を目指せばいいので、この際標高は関係ない。
問題なのは、この霊山の特徴である。
名前に双竜とあるように、二つの首が一つの胴体についている竜の魔物がその霊山の首領をしている。
まぁ、基本的に双竜は頂上の方にしかいないので、それほど問題はないのだが……。
この霊山にはなぜか竜の魔物が数多く生息している。
『竜』
翼竜という竜の魔物の中で最下級の魔物でも、ランクBを超える超級危険種。竜を倒した者は例外なくAランクの冒険者に上がれる、と冒険者ギルドでのAランク条件に記載されるほど危険な魔物。
性格は穏やかなものから獰猛なものまで千差万別だが、大抵の竜は襲いかかる他の生物に容赦がない。特に子供を大事にしており、一昔前にSランクの竜の卵を盗んだ人間を追いかけて、その人間の町を壊滅させるほどだ。
触らぬ竜に祟りなし、という格言ができるほど恐れられている。竜と遭遇した場合は、即座に地面に這い蹲り、抵抗の意思を見せないようにすれば、大抵は何もせずに去っていく場合が多い。
しかし、それほど恐ろしい生物でも、その竜の体はどれも素材としては一級品であり、肉も美味しいことから、竜狩りを行う者も一定数存在している。
といった感じで、この説明文だけでも竜の恐ろしさが容易に想像できる。
できるなら、一生関わり合いになりたくない魔物だ。
しかし、霊山に向かう以外では現状俺の状態異常を治す術はない。
なので、悩んでいても結局この霊山に向かうしかないのだ。
「うぅ……お願いだから、竜と出くわしませんように……」
俺は静かに祈りを捧げた。