12.魔族を放っておけなかった俺、ハイリスクな選択をする
次話投稿は2月ぐらい
ーーー異変は突然やってきた。
日は完全に上り、麗らかな日差しを浴びながら、ぼんやりと馬車の御者台に乗っていると、ミルフィンが鋭い声を上げた。
「フィル様!」
「ーーーうぉっ!?」
ちょうどうたた寝をし始めていた俺は、ミルフィンの掛け声にびっくりして変な声を上げる。
しかし、ミルフィンはそんな俺の様子には御構い無しに俺の体を抱きかかえると、馬車から離脱した。
「ちょっ、何してーーーっ!?」
ちょっと何しているんだ?
ミルフィンの突然の行動に、俺が尋ねようとするよりも速くに、盛大な音を立てて俺たちが乗っていた馬車が破壊された。
何だ何だ!?何が起きたんだ?
俺の低いステータスでは何が起きたのかがほとんど掴めておらず、目を白黒させて周りを見渡すことしかできない。
一方、そんなダメな主人とは違い、何かを察知しているらしいミルフィンは、油断なく馬車の方を見つめている。
馬車は木っ端微塵に粉砕しており、先ほどの衝撃と共に土煙が舞い、あまり見通すことができない状態になっていた。
「これは、何が起きているんだ……?」
「先ほど、目の端の方で捉えることができただけなのですが……。どうも、どこぞの賊が突っ込んで来たみたいです」
「賊って……」
ん?賊が突っ込んで来た?
それって、つまり俺が視認できない勢いで人間が吹っ飛んで来たってことか!?
おいおい、それが本当なら、俺とか話にならねぇぐらいにヤバイ奴じゃん!
と、俺が事の重大さに気付き、戦々恐々としていると、粉塵の向こう側から人影がゆらりと立ち上がった。
推定百七十センチ。
人影が揺らめいているためか、あまり体型は断定することができないけど、多分ほっそりとしている。
ガリガリな男性か、スタイルがスレンダーな女性と言ったところか?
俺は、相手が攻撃をしてくる前に、力量をはかるために叡智の書の検索欄に手をつける。
ーーーーーー
【名前】ディザライア(『重傷』及び『狂化』弱)
【性別】女【年齢】262歳【種族】魔族〈黒夜叉〉
【称号】伝説の一族 反逆の魔人 超越者
【生命力】96/2750
【魔力】35/750
【性能】S−
【魔法】黒雷属性
【スキル】飛脚Lv.4
拳撃Lv.7
脚撃Lv.3
物理耐性Lv.5
奮撃Lv.4
狂化Lv.2
歩法Lv.5
【加護】悪神の加護Lv.5
ーーーーーー
あわわわっ!!?
と、とんでもない奴が来なすった!!!
そんな俺の驚愕が伝わったのか、ミルフィンから声がかかる。
「何かわかったんですか!?フィル様!」
「ん、ああ実はーーー」
「ーーーグオアアアあああっ!!!」
うるせぇー!
煩くて自分が何言ってるかもわかんねぇじゃねぇか!
ミルフィンと一緒に耳をふさいでいると、ディザライアがまたしてもこちらに向かって突撃してきた。
「グオアアアッ!!!」
「チッ!ミルフィン!!!」
「はい!」
ミルフィンの力を借りてギリギリで回避する。
「グオアアア!」
ディザライアは回避されたことにイラついているのか、叫び声を上げるがあまり元気がない。
走ってる時が特に顕著だが、ただ立っている状態でも重心がフラついているのが分かる。
ミルフィンもそのことに気付いたのか、できるだけディザライアの足下を狙ってナイフを投擲。
「グオア!?」
最早ただの鳴き声になってきているが、彼女は全身全霊の雄叫びをあげて転ぶ。
その隙にミルフィンは俺を脇に抱えて遠くへ避難。
マリーもある程度の妨害を行って俺たちの跡をついてくる。
「この辺りまでくれば大丈夫だと思います……」
「そう、か。助かった、ありがとう」
「い、いえいえ!従者として当然のことをしたまでです!」
ある程度身の安全が確保され、落ち着いた所でミルフィンは俺を地面に下ろした。
俺はガキにしては偉そうな対応で礼を言ったにも関わらず、ミルフィンは嬉しそうにはにかみながら手をブンブンと横に振る。
一体何が嬉しかったのだろうか?
俺は、構って構って、と犬が尻尾を振ってじゃれているような勢いで俺の腹にグリグリとしてくるマリーを精一杯撫でながら考えていた。
「所で、フィル様……」
「ああ、わかってる。あいつ、大分弱ってるな」
俺が指差したのは、ボロボロの身体で辺りを駆け回るディザライアの姿である。
性能がS−。
通常ならば俺たちなんかは話にならないぐらい強いのにも関わらず、彼女は森に隠れた俺たちを補足することすら出来ていない。
いや、そもそもアレは何らかの思考を持っての行動なのだろうか?
スーパーで駄々をこねる子供のように、ただ純粋に暴れまわっているようにしか見えない。
だとすれば、今俺たちが為すべきことはこのままディザライアに遭遇しないように迂回し、そのままやり過ごす事ではなかろうか?
ミルフィンも同じ結論に至ったのか、静かに詠唱を紡ぐ。
「……『微風の探査』これで、奴が私たちに近づいて来ても気配を察知出来ます。行きましょう、フィル様」
「ん、ああそうだな……」
確かにそれが最善。
このまま逃げれば俺たちはほぼ無傷で『双竜の霊山』に向かえる。
そして、そこで『無関心な秘薬』の素となる薬草を手に入れられれば、俺は魅了状態から解放される。
ローリスク、ハイリターン。
正しく理想的な選択、なのだが……。
「グオアアアッ!」
何だろうか……?
何故か、こいつを見捨ててはいけない気がする。
というよりも、ここで捨て置くには惜しい気がする、とでも言えば良いのか。
ここで彼女が狂い死ぬという事実を看過できない自分がどこかにいるのを、俺は感じ取っていた。
何故かはわからないけど……。
そうやって俺が足踏みをしていると、不意に足首がひんやりとしたもので包まれる。
……マリーだ。
「マリー……どうした?」
俺が尋ねると、マリーはフルフルとその緑色の身体を震わせる。
マリーが何を言いたいのかは、実際のところは理解できない。
しかし……。
『大丈夫、ついていくから……あるじの、好きにしていいよ』
確かにそう言われた気がした。
俺はその瞬間、叡智の書を開いたーーー