10.平凡な感性を持つ俺、ヤンデレの気配に怖気づく
調子がよかったので、二話目投稿です。
次の投稿は土日のどちらかになります。
「フィル様、着きましたよ」
「う、うぅん……ここが?」
「はい、ここがハーブェルト男爵家の屋敷です」
「へぇ〜、ここが……」
俺はまだこの世界に来てから一年も経っていないため、貴族の屋敷というのが一体どういうものなのかを知っているわけではない。
しかし、これは……。
「なんか要塞みたい……ですね」
「……あぁ、そういえばフィル様は見るのは初めてでしたね。そうですよ、ここは屋敷というよりも要塞の役割を果たしているんです」
ハーブェルト男爵領。
ここは、現在フィルの母国である人間国(正式名は違う気がするのだが、覚えていないので便宜上人間国、と言っておく)と争いが激しい魔国(魔族によって作られた国。これも正式名が別にあったが、知らないので便宜上は魔国、ということにしておく)の境界線、言うなれば人間国の前線というわけだ。
そうなれば、当然屋敷が頑強となるのも道理と言えよう。
「フィル様は魔族がご存知ですか?」
「まぁ、ちょっとは……ですけど。あれですよね?確か、人間よりも身体能力と魔力が高い、っていう……」
「はい、そうです。ただ、少しだけ補足するとなれば、その上人とは思えないほど野蛮な種族、ということですかね……」
「野蛮、ですか……?」
「はい。フィル様も気をつけて下さいね?相手が綺麗な女の子だと思って不用意に近付きでもしたら……」
「したら……?」
「後ろからガブリっ、と一刺しです」
そう言ってオーバーなジェスチャーで噛み付くような仕草をしてみせるミルフィン。
その仕草がとても子供っぽくて、年相応な姿に見えた。
「まぁ、そんな恐ろしい魔族のことはさておき……どうするんですか、フィル様?」
「どうする、とは……?」
「いくら親しい間柄とはいえ、アポなしの訪問は貴族間ではご法度となっておりますので……。フィル様はきちんと親からの書状を受け取っていらっしゃるのかなー?と思いまして……」
……え!?
書状!?何ソレ!?
そんなのがいるのか?
貴族と言っても、ただ遊びに来ただけだし……精々領主に少し挨拶するだけなのかなぁ、とか思ってたんだけど……違うの!?
俺が少し顔を青白くしていると、状況を察したかのような顔で、ミルフィンが尋ねてくる。
「も、もしかして、何の書状もなしに門の前まで来ちゃったんですか!?」
「あ、あははっ、そ、そんなわけないじゃないですかっ!」
「で、ですよねー……あはは、変なこと聞いてすいません」
「……ち、ちなみに、なんですけど……」
「……なんでしょうか?」
「もし……もしですよ!その、門の前に……何の書状も持っていない人が来たとするじゃないですか?そうした場合……その……その人はどうなるのかなぁ〜、なんて……ははっ」
「何言ってるんですか、フィル様……。そんな怪しい人が居たら、捕まって牢に入れらるに決まってーーー」
「ーーーHey、you!What are you doing here!?」
俺とミルフィンが狼狽えた様子で門の前をうろちょろしていると、いかにも強そうな浅黒い肌をした男性が話しかけてきた。
俺はあまりの出来事に呆然とし、相手が異国語を話しているように感じた。
み、ミルフィンは……?
「……ブクブクブク」
彼女は泡吹いて気絶していた。
……オイ!?俺の護衛役なんだろ!?起きろよ、ミルフィン!!!
しかし、俺の声が届くはずもなく、ガタイの良い門番と一対一で会話することになってしまった。
……と、とりあえず挨拶か?
「は、ハロー……?」
「What's your name?」
「えぇと……?」
しかし、俺に異国語などわかるはずもなく……。
「It suspicious guy!!!」
と、叫ばれ、俺は牢へと連行された。
◆
「はっはっはっ!なんだ、少し僕が席を外していただけで随分と大変な目に遭っていたようだね?フィル君?」
「えぇ、まぁ……でも、とりあえず助けていただきありがとうございます」
「あれ?フィル君、少し見ない間に随分と礼儀正しくなったね?ベルとミルから何か作法でも教わったのかな?」
「まぁ、少しだけ……ですけど。しかし、私のような若輩者ではまだまだ拙い技術でございますので……。礼儀作法についてはある程度目を瞑っていただければ、と思っております」
「うわぁ……男子三日会わざれば刮目して見よ、なんて言うけど、フィル君は大分成長しているみたいだね?」
「ははは、まぁ、ちょっとだけ……ですけどね」
所変わって応接室。
牢屋に入れられた当初は、これから俺はどうなるんだ、と戦々恐々としていたが、領主が屋敷に戻ってきたら意外にもあっさりと釈放された。
どうやら、俺が書状を持っていないことに気付いたミルリラウスが、風属性中級魔法、『風の便り』を使って、俺がハーブェルト男爵領に向かっていることを知らせてくれたようだ。
そのため、簡単に釈放された、ということだ。
「でもね?一応、僕たちは貴族なんだ……。あまり腰が軽いのは感心しないよ?」
「すいません……今度からは気をつけます」
「はははっ……まぁ、別にそこまで気にしてるわけじゃないんだけどね?うちとしてはウェルもカルリアも喜ぶし……?大歓迎、みたいな?」
「そう言っていただけると助かります……(ウェルとカルリアって誰ですかね?)」
「私もできるだけフィル様のフォローをできるように精進します……(ハーブェルト男爵家長男、ウェルハルト・N・ハーブェルト様と、カルリア・N・ハーブェルト様ですね。……確か、フィル様が記憶を失う前の幼馴染といったポジションにいた方たちですね)」
「ミルフィンがそう言ってくれると、こちらとしても気が楽になります……(ありがとうございます、ミルフィン!)」
「いえいえ……」
「ふふっ、とても仲が良い主従のようだね?主従関係があまり良好じゃない僕としては羨ましいよ……っと、ここだよ?ウェルとカルリアの私室は……」
「ここですか?」
「うん……と言っても、まだ起きたばかりだから、洗面所に行ってていないかもしれないけどね?……どうする?」
「……へ?」
「いや〜、カルリアとウェルと部屋のどちらで待っているのかな〜、ってさ。フィル君が望むなら娘の部屋で待ってても良いよ?」
「……?普通でしたら同性の部屋で待っていた方が良いのでは?」
「……うーん、まぁそうなんだけどね〜」
最後の質問は少し意味がわからなかったが、目的の彼らの部屋に来ることはできた。
少し難しい顔をしているローンヘルズ(ハーブェルト男爵家領主の名前)に違和感を覚えながらも、ここまでわざわざ案内してくれたローンヘルズにお礼を言ってウェルハルトの部屋の中で彼を待った。
◆
ーーードタドタドタ〜ッバタンッ!!!
彼らを待っている間、手持ち無沙汰だった俺とミルフィンは、適当な雑談をしながらウェルハルトの部屋を覗いていると、不意に騒がしい足音と共に、扉が叩き壊されたかのような音が聞こえた。
何事か?と思った俺たちは扉の方へと目を向けるとほぼ同時に、扉の近くに立っていた女の子が叫びながら俺に突っ込んできた。
「フィ〜ル〜〜〜!!!」
「え!?何!?ちょっと待っーーー」
ーーーぶっちゅぅうううっ!!!
俺が制止の声を上げるよりも早く、その娘は俺の元へと突進し、そのままの勢いでキスをしてしまった。
……あぁ、俺のサードキスがぁ……。
なんてくだらないことを考えている間に、どうも勢い殺しきれていなかったようで、俺と彼女は仲良く二人で部屋の奥に置いてあったベッドに突っ込んでいった。
「ぐおぉおおっ」
「〜〜〜♪」
ガチんっ、という地味に痛そうな音が響き、俺はベッドの硬い部分に強かに頭を打ち付けた。
もともと、フィル少年の体は、性能こそはそこまで悪くはないものの、耐久値はほぼ最底辺のGGG+だ。
そんなに強い衝撃に耐えられるはずがない。
しかし、俺は男の子なのだ。
こんなことで簡単に泣くなど俺のプライドが許さない。
じわり、と目に涙が浮かぶも、なんとかして泣くのを堪えると、俺は改めて少女の姿を目に捉えた。
ルビーのように真っ赤な髪と目、そしてその赤さを際立たせている真っ白な肌。
おそらくシャリルちゃんの一個上程度の歳なのにも関わらず、どこか知的さを感じさせる涼やかな顔つき。
体はまだまだ発展途上なのでなんとも言えないが、それでも密着した体からは、女の子特有の柔らかさを感じさせる。
俺がそう冷静に少女の容姿を見ていると、フリーズ状態からやっと戻ってきたミルフィンが、俺の口を貪っている少女を俺から引き剥がした。
「な!何してるんですか!?カルリア様!?」
「え?何かもんだい?」
「当たり前でしょう!!!仮にも結婚もしていない人同士がき、キスをするなどと……!」
ミルフィンは怒り心頭とばかりに顔を真っ赤にしているが、それに対して、カルリアは何が悪いの?と言わんばかりの白けた表情だ。
そんなカルリアの表情に、ますます怒りが増したミルフィンは、相手が貴族だということも忘れて怒鳴りつけるが、次のカルリアの一言で押し黙ってしまう。
「なら、だいじょぶ。わたしとフィルは将来をやくそくした仲だから」
「……は?」
しょ、将来を約束した仲?
それって、つまりは婚約or結婚!?
「そ、それって……結婚のこと?」
「Yes♪けっこん!」
「な、なんだとぉ……」
な、なんだそりゃ!?
そんな話聞いたことないぞ!?
え!?なに?フィル少年には婚約者がいたのか?
おいおい、冗談じゃねぇぞ!?
……いや、確かに人の人生を奪っている身でそんな人の結婚相手に文句なんか言える立場じゃないことはわかってはいるが……。
それでも、せめて俺の好みには少しぐらい合わせてくれたって良いじゃん!?
俺は混乱した頭でもう一度カルリアを見る。
「ん♪」
「……」
ぃ、イヤだぁああ……。
こんなSっぽい女の子が俺の婚約者だなんて……絶対に嫌だ!!!
お、俺はな……もうちょっとこう優しげなお姉さんみたいな感じで、ダメな俺を甘やかしてくれるような女性が好きなんだ。
なのに……カルリアはなんだ!?
どう見ても、将来俺に向かって「跪きなさい」とか言ってくるだろ!?
そして、亭主の俺を馬車馬の如く働かせるだろ!?
嫌だよ!こんな奴が俺の婚約者なんて嫌だ!!!
俺がそうして地面でもんどり打っていると、カルリアの後ろから茶髪の少年が歩いてきた。
「やれやれ……また、そんなウソついてるの?カルリア……」
え!?ウソ!?
「むっ……ウソじゃない、ちゃんと二人でやくそくした」
「ふふっ、じゃあちゃんとカミにそのこと書いたの?たしかこんやくには『契約の書』がいるよね?」
「……」
「ね?どうなの?」
「……かいてない」
「でしょ?じゃあ、それはこんやくとはいえないよ」
……おっ!?
どうやら貴族の婚約には契約の書をする必要があるみたいで、そしてこいつらの会話を聞いている限りだと俺とカルリアは契約の書をしていない。
となると……?
俺はカルリアの正式な婚約者ではない!?ということか?
俺が改めてチラ、と少年の方へと目を向けると、彼は苦笑しながらも頷いた。
よ、よっしゃぁああ!!!
俺はまだ独身なんだ、ホントよかったぁあああっ!!!
……とはいえ、俺がカルリアに狙われていることには変わりがない。
俺の最高の嫁を捕まえるためにも、カルリアに外堀を埋められないように言動には注意しておかないとな……。
俺が頭の中で、カルリアには要注意、とメモしていると、先ほどのファインプレーな少年が俺の手を抱き起こして挨拶してくれる。
「久しぶりだね?フィル……元気にしていたかい?」
「……ぁ、うん、まぁこの通り」
「そうか、よかった……」
……なんだかローンヘルズのミニバージョンみたいだな、と思うと同時に、この少年がハーブェルト男爵家の長男、ウェルハルト・N・ハーブェルトなのだと確信する。
少し慎重に、しかしあまり表面には出さないように緊張しつつも、俺はウェルハルトへと挨拶を返す。
「本当に久し振りですね、ウェルハルト君。えぇーと、半年振り?くらいですか?」
「ん?どうしたんだい?フィル?そんな堅苦しい口調で……」
「え、ぇっと、あはは……」
し、しまった!
少し、口調が丁寧すぎたか!?
そう焦った俺だったが、すぐにウェルハルトが勘違いしてくれる。
「まぁ、アレかな?さいきん会ってないから少しきんちょうしちゃったのかな?別に、ウェルでいいよ?まえもそう呼んでたじゃん?」
「そうで……じゃなかった、そう、か。ありがとう、じゃあウェル……で」
「うんうん、あとね?正確には半年じゃなくて七ヶ月と二日……だから。待ってたよ?君がまたここにくるのを……ね?」
同性同士、ただちょっと握手しているだけだと言うのに……。
何故だか、俺はウェルを前にして冷や汗が止まらなかった。
ブクマ、ポイント、ありがとうございます!