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新都  作者: 戸池
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2 海

2‐1 八日目(午後)


太陽が頭上からギラギラと照りつけ、気温も汗ばむくらいに高くなってくると、わたしの腹は音を鳴らし、昼の到来を知らせてくれた。お昼ごはんにしようと、シーティーを道路の脇のアスファルトで舗装されている広場に停めると、併設されている建物でわたしは一息入れることにした。

その昔、まだ道路にたくさんの自動車が行き交っていたころ、この建物は車を運転して、疲れた人たちが休むための憩いの場として開放され、多くの人で賑わっていたそうだ。町と町を結ぶ幹線道路には、ときどき、このような施設の跡があった。きっと、広場はそこを利用する人たちのための駐車スペースなのだろう。そこには、何百台と車を並べられそうなほどの、だだっ広い敷地があった。

ただ、今では、エンジンから「キンキン」と、金属音を鳴らす小さなオート二輪車が隅の木陰にポツンと佇んでいるだけである。

建物に入ってみると中は薄暗く、太陽に照らされ、熱くなったわたしの肌に、心地の良い、ひんやりとした空気が流れていた。

広い室内を見渡すと一際大きな文字で『おみやげ』と書かれた、天井に吊り下げられた看板が目に入った。しかし、おみやげのようなものは一切置いておらず、人の気配もなかった。『お食事処』と書かれた看板もあったが、『おみやげ』と同じで、期待に沿うようなものはなに一つなかった。

しかし、こういう放り出された建物にありがちな、大きなクモの巣や大量の積もったホコリはなく、多少の人の出入りと手入れがあるように感じられた。もしかしたら、誰かこの建物に住んでいて、今はたまたま留守中なのかもしれない。

一応、念の為に大きな声で

「すいませーん、誰かいますかー?」

と、呼んではみたが、返事はなかった。

屋外は大した風も吹いておらず、シーティーに乗っているぶんにはいいのだけど、そこから降りると一気に汗が吹き出すほど暑い。お腹が減っていたわたしは、快適な室内で昼食をとることにした。

今日のお昼ごはんは朝、うみさんの家を出る前に作っておいたおにぎりを二個。少し物足りない気もするけど、もしこのあと道に迷って遭難でもしたら大変である。食料には余裕をもっておく必用があるのだ。

あっという間におにぎりを食べ終えると、早起きが祟ったのか、急に睡魔が襲ってきた。わたしは座っていたベンチに横になると、いつの間にか寝てしまっていた。


はっ、と目を覚ますとわたしは、慌てて外に出て太陽の位置を確かめた。随分と長い時間寝てしまっていた気がした。実際、空を見上げると、さっきよりもかなり、日は西に傾いていた。ただ、それでも日差しは強く、相変わらず凸凹の多いアスファルトの表面を、夏の太陽はギラギラと照らしていた。

ここで、わたしは、シーティーの他にもう一台、広場のシーティーを置いたところと反対側の端に一台のオート二輪車が停まっていることに気がついた。道中、すれ違うオート二輪車や四輪車は数台ほど見たが、止まった状態で置いてあるシーティー以外の内燃車を見たのは、シントを出てからこれで初めてだ。

その二輪車も、わたしのシーティーに負けず劣らずボロボロなのが遠目に見てもわかった。近寄ってみると、サビだらけのフレームと、チェーンと、ホイールと、大きなエンジンから伸びる二本のマフラー、さらに、あせた深緑色の燃料タンクや、溝の小さくなったタイヤ…と、とても年季の入った車両であることがわかった。だけど、わたしのシーティーの少なくとも五倍の排気量はあろう巨大なエンジンを擁する、堂々とした佇まいの老車からは、その生涯で幾多もの困難を乗り越え打ち勝ってきたかのような、まるで仙人様のような貫禄があった。

きっと、この二輪車の持ち主は、わたしが寝ている間に停めて、そのままどこかへ行ったのだろう。ちょっとだけ、「その人が来るのを、見張って待ってみようか」とも思ったけど、いつ戻ってくるかもわからないし、宿泊予定の町に着くのが遅くなっても困るので、先に行くことにした。

目線の先をシーティーに戻すと、さっき、うみさんにもらった、ザックが不恰好に後部の荷台のわたしの荷物の上にくくりつけられているのが目に入って、中身が気になった。

ザックを開けてみてみると、中には最近はあまり見かけなくなった、ペットボトル入りの水と、大量の食糧、あと一斗缶と、一番底に分厚い封筒が入っていた。

ザックがずっしりと重いわけは一斗缶だった。缶の上面にはペンで太く『ガソリン』と書いてあった。燃料切れになっても大丈夫なようにという心遣いだろうけど、やりすぎである。

それよりも封筒の中身にわたしは驚いた。現金だ。今回の旅行のために貯めた資金の数倍もの大金がその分厚い封筒に入っていた。一緒に手紙も入っており、『あなたと会えてとても楽しかった。海は目一杯楽しんできてね。じゃあ、いつかまた、会いにきてね』と、随分と簡潔な文章が書いてあった。

「私の想いが詰まってる」なんて、うみさんは言っていたけど、やっぱり、受け取らなければよかった。わたしは申し訳ないという気持ちで、なんだかとても心地の悪い気分になった。

ただ、さっき食べたおにぎり二個だけでは埋まらない食への欲求には逆らえず、食料の入った袋の中からりんごを二個だけ取り出すと、その場で食べた。


夕焼けに空が染まりきる前に、わたしは本日の宿泊予定の町に辿り着くことができた。ここは、この国の最西端に位置する、とても歴史のある宿場町だそうで、国境に隣接している唯一の町である。この国から隣国へ渡るには必ずこの町を通らなくてはならない。

町の入口には、「ようこそ国境の町サカイへ」と書かれている、赤錆の浮いた、古めかしい金属製の看板が立てられていた。

その昔、我が国と隣国のあいだに行き交う大量の物資の中継地でもあったサカイは、多くの商人や旅人が行き交い、シントほどではないにしろ、とても賑わっていたのだそうだ。うみさんによると、隣国との交易額が昔に比べ大きく落ち込んでしまった現在、この町の経済もその減少に比例するように衰退してしまったのだそうだ。しかし、昔のなごりで宿泊施設などの旅行客向けのサービスは、他の宿場町と比べても充実しているらしい。

ということで、今日はまだ明るいけれど、出国は明日にして、今晩はこの町で一泊することにする。

まずは、今晩の宿を探さなくてはならない。早速わたしは町役場に向かった。役場に行けば、大抵の場合、町内の商店や宿の情報は得ることができるのだ。あと、今回は出入国のことも調べなければならない。

幹線道路から少し離れたところに街の中心があったシントとは異なり、このサカイの町は幹線道路を中心に町が広がっているのが特徴のようで、道端にはいくらかの商店や、飲み屋のような食事処があり、多少の人通りもあった。

通りを注意しながら走っていると、サカイの町役場は簡単に見つけることができた。

役場は一~二世紀ほど前に建てられたであろう、五階建て鉄筋コンクリート造りの、現代にしては立派な高層建物で、役場前の広場には大型の四輪車でも楽々通れそうな、大きなロータリーが設置されていた。ただ、ロータリーの真ん中に飾られている噴水は長い間、止まっているらしく、錆やら、汚れやらがその表面に浮き出ていた。

わたしは道路脇のシャッターの閉まっている店の前にシーティーを停め、ヘルメットをサイドミラーに引っ掛けると、ポケットに入る分だけの貴重品を持って、役場の敷地内に足を踏み入れた。

ロータリーをくるっと半周回って役場の玄関の側に行くと、わたしの知らない地名が行先表示に書かれている一台のボンネットバスが、扉を開けたまま、物静かに停車していた。バスの中は運転手も含め、誰一人として乗ってはいなかった。

わたしは、「このバスが、もしかしたら国境を越えるバスなのではないか」と思い、停留所のすぐ近くにあった、ガラス張りの掲示板を見てみた。しかし、いくつかある掲示のうちの一つに、「五年ほど前に越境するバス路線は廃線となった」という内容の告知が貼られていた。

わたしは相変わらず運転手の戻ってこないバスに背を向け、役所の入口に向かった。ガラス製の引き戸には『自動扉』と書かかれたシールが貼りつけられていたが、近づいても扉はうんともすんともいわなかった。結局、扉は手でこじ開けた。

役場の中は、その立派な外見とは裏腹に閑散としており、寂しいほど静かだった。

壁に掛けられている役場の案内図を見ると、三階より上の階の表示は白い紙で覆われており、今では使われていないようだった。二階も『教育課』や『防災課』といった表示がペンで二重線を引かれ、その脇に『会議室』とか、『ふれあいセンター』といった名前に書きかえられていた。書き換えられていないのは、『トイレ』と、一階にある『総務課』くらいしかなかった。

玄関前広間を抜け、『総務課』と案内図の書かれた方に行くと、そこでようやく職員を見つけることができた。総務課には一般人と職員とを隔てるように長いカウンターが設置されており、そのカウンターの向こうに職員が数人、各々の机に向かって、各々の仕事をこなしていた。きっとここにいるのがこの役場の全職員なのだろう。職員以外の人は見当たらなかった。

わたしはその職員の中で一番手前に座っている女性に声をかけてみた。

「すいませーん。お伺いしたいことがあるのですが」

「はーい」

彼女はやる気の感じられない返事をよこしたが、黙々と眼前の作業をこなし続けるだけで、一切動こうとはしなかった。代わりに、彼女より奥にいた男性職員が作業をいったん切り上げ、こちらに来てくれた。

「いかがされましたか」

男性職員は言いながら、自分はカウンター越しにあるイスに座り、わたしには手振りでカウンター前のイスに座るよう勧めてくれた。相変わらず彼女を含めた他の職員は、こちらに全く興味がないようで、目の前の仕事を黙々とこなしていた。

「あの、明日、国境を渡ろうと考えているのですが、どうすればいいでしょう」

「ああ、それでしたら、役場の前の道を西に真っ直ぐ行けば国境ですよ」

さすがのわたしも、どっちが国境かくらい知っている。心のなかでつっこんだ。

「いや,そうじゃなくて。出入国の許可証を持っていないのですが…」

「ああ、許可証ですか。ちょっと待っていてください」

職員の男性は後ろを振り向くと、さっきわたしが声をかけた、さっきわたしをスルーした女性職員に小さく一声をかけた。女性は事務机の一番下の引き出しのさらに一番奥のほうからA4サイズの紙を一枚取り出すと男性職員に手渡した。手渡された職員は、こちらを振り向いてその紙をカウンター上に置いた。

「初めから女性の人が対応すれば早かったのに」

わたしは出かかった言葉を寸前で抑えた。

わたしに向けて置かれた紙には、大きな文字で『PASSPORT』とあり、その下に名前と住所、性別、生年月日を書く欄があった。

「この紙が出入国許可証になるので、必要事項を書いて持っておいてください。まあ、必要になる機会なんて、まずないですけど」

男性職員は「ハッハッハ」と、まるで面白いジョークを言ったかのように、一人で笑ってみせた。わたしも仕方なく、

「ははは…」

と、ひきつった笑いを返した。

出入国許可証の発行手続きはわたしの予想とはかなり違ってはいたけど、ともかくこれで関門はクリアしたようだ。あとは、今日の宿を探すだけである。

「あの、あと、今晩泊まる宿を探しているのですが」

「わかりました。担当者に問い合わせますので、少々お待ちください」

男性職員は多少の含み笑みを浮かべ、よそ者のわたしに丁寧に対応してくれた。

と思ったら、彼はまたもや、さっき女性職員の方に振り向き、

「ユキちゃん、今日、空いてる?」

と、頓狂な明るい声をあげて尋ねた。すると、『ユキちゃん』と思われる女性職員は、目の前の書類に釘づけのままの体制で、

「だいじょーぶでーす」

と、これまた素っ頓狂な声を返してくれた。

彼らは意外と愉快な人たちであるようだ。

男性はカウンターの下から町内の地図を出すと、赤鉛筆でいくつかある宿のマークのうちの一つに丸をつけると、そこに行くようにとわたしに言った。

知らぬ間に、今晩の宿が決まっていた。第二関門クリアである。



2‐2 九日目


朝の到来は宿の従業員が教えてくれた。

「おはようございます。朝食の用意ができました」

「は~い。今、行きまーす」

扉の向こうの女性の声に、寝言のような弱々しい返事をすると、次第に小さくなる足音から、その従業員が扉の前から離れていくのがわかった。

数部屋しかない小さな安宿なのに、接客の丁寧さを見ると、旅行客向けのサービスが充実しているというのも間違いではないらしい。他の町の宿では、まず個室というのがこの町に比べ非常に高価であったし、仮に安い個室の宿があったとしても、朝は、「おはよう!」と、突然、扉を開けて起こされるというのが当たり前だった。

食堂はテーブルが四つ並んでいるだけの簡素な部屋で、他に人は誰もいなかった。食事はそのうちの二つに並べられており、両方とも一人前ぶんずつ用意されていた。きっと、わたしの他にもう一人客がいるのだろう。

寝ぼけ眼のまま椅子に座り、朝日の差しこむ窓から外の町並みを眺めると、二人の初老のおじさんが、道端でボードゲームをしているのが見えた。ボードの脇にお札が数枚置いてあるのを見ると、きっと、朝からそのボードゲームで賭けをしているのだろう。そのゲームが一体どんなゲームかは遠目からは見当がつかなかったけど、片方のおじさんは余裕の表情でふんぞり返って腕を組み、もう片方のおじさんは両手を膝の上において、汗をダラダラ流しながら目をカッと見開いてボード上の駒を凝視していた。きっと、勝ちそうな人と負けそうな人なのだろう。

「おはようございます」

ぼけっと、そんな二人の勝負の行く末見ていると、扉のほうから挨拶する声が聞こえた。声からすると、さっきわたしを起こしてくれた人だろう。

「おはようございます」

わたしも挨拶を返しながら、その女性を見た。その人は昨日立ち寄った、町役場の職員である『ユキちゃん』だった。笑顔の彼女は、役所で見たぶっきらぼうな感じと違って、はつらつとしていた。陶器の茶碗にお茶を注ぐ彼女の姿にわたしが呆気にとられていると、彼女もわたしの驚く姿に気づいたようで、無邪気に微笑むと照れたようにそそくさと炊事場の方へ消えていった。

なんと、昼間は無表情で働く、やる気のない役場の女性職員は、朝になると旅館のバイトさんとして愛嬌を振りまいていたのだ。

お茶碗のご飯が半分くらいになったころ、食堂にもう一人の客が現れた。二十代の後半くらいだろうか、わずかに小麦色がかった肌に、黒のショートヘアーのよく似合う、綺麗だけど、気の強そうな女性だった。わたしは彼女に軽く会釈をしたが、彼女はわたしが挨拶したのに気づかなかったようで、わたしを無視して対角線上にあるもう一つの食事の置いてあるテーブルに着くと、ものすごい勢いで食事をはじめた。

どことなく、近寄りがたい雰囲気をもった人だとわたしは思った。


さっさと出発の用意をし、チェックアウトを済ませると、ユキちゃんの笑顔に見送られながら、わたしは宿を後にした。ユキちゃんは今日も、町役場で無愛想に書類に向き合って、淡々と仕事をこなすのだろうか。

宿のすぐ脇に停めていたシーティーの隣に、昨日わたしがチェックインしたときにはなかった二輪車がもう一台停められているのにわたしは気づいた。車体はボロボロで深緑の塗装は色あせてはいるが、なんとも言えぬ貫禄があった。わたしにはその大きな二輪車が昨日のお昼に休憩したところで見たものと同じものに見えた。

これが、昨日見たのと本当に同じ二輪車なのだとしたら、きっと持ち主はわたしと同じ道を通ってわたしの後からこの町にやってきたのだろう。もしかしたら、さっき食堂で見た女性客のものかもしれない。そう思うと、その女性のことが少しだけ気になって、その人が目の前の大きな二輪車を乗り回す姿を頭のなかで想像すると、やたらその人が格好よく思えた。


わたしはシーティーにまたがると特に寄り道することもなく、さっさと町を後にした。幹線道を西へ走ると、やがて『この先国境 出入国管理局・税関』と書かれた大きな看板が目に入った。とうとう、ここまでやってきてしまった。さらに進むと、『出入国には専門の機関によって正式に発行された許可証が必要です』とか『税関によって許可されていない貨物の持ち出しには重罪が課せられます』などと書かれた注意書きが続々とあらわれ、その度にわたしの緊張度合いはぐんぐん上昇していった。

さらに数分、道なりにまっすぐ走っていると、国境が見えてきた。

国境では道路上にいくつかゲートが立ち並び、道の外には国境にそって幾重にも鉄条網が張られていた。

ゲートの上には、大きな文字で『ようこそ海の国へ』と書かれた大きな看板があった。『海の国』というのがこの国のキャッチフレーズなのだろう。確かに、わたしのような海を見たことのない人の心にはグッと来る。

国境を目の前にしたところで、いよいよわたしの緊張はピークに達した。手足は震え、心音はエンジン音すらかき消すかのように強く鼓動した。勇気を出して、唾を飲みこんで、意を決すると複数あるゲートのうちの一レーンにわたしは飛び込んだ。

大丈夫、何もやましいことなんてしていないのだ。

レーン途中の国境線と思われる赤線の少し手前で停止して、周りをぐるりと見回して気づいたが、辺りには警備員どころか人っ子一人いなかった。レーンの真ん中にはゲートをふさぐためのバーがあったが、そのバーはポッキリ真っ二つに折れていて意味をなしていなかった。

しかしながら、このままゲートを突っ切ってしまうのは、やはり、小心者のわたしは躊躇してしまうのだった。

念のため、国境線まであと一歩というところでシーティーを止め、国境ゲートに隣接する、『出入国管理局・税関』と書かれた建物に入ってみた。ただ、ここも無秩序に生えた雑草に入口を遮られており、なんとか中に入ったが、中はガランとして特に何もなかった。きっとここ何年も建物内に人は立ち入っていないのだろう。

後ろ髪を引かれる思いで、おそるおそる国境線を文字通り、跨いだ。そして、当たり前なのだけど、何も起きることはなかった。

入国してすぐのところにも何件かの宿や商店、両替所などがあったが、どの建物にも『移転しました』とか『Close』などと書いてある看板が扉に掛けてあり、どれも中はもぬけの殻であった。

このまま進むのは少し不安があったけど、ここまで来てしまったのだ。引き返すという選択肢はわたしの心の中にはすでになかった。

やっぱり、行くしかないのだ。


国境を越えてからしばらくは平坦な道が続き、順調に海までの距離を稼ぐことができた。

太陽が高くなり、休憩がてら昼の弁当を食べ、また走り始めると、丁字路にあたった。そこでわたしはどちらに行くか少し悩んだ。

地図によると、左を進めば海への近道だが、高山を越える必要のある難所である。運が良ければ今日の夜遅くには海に辿り着けるかもしれないが、途中で何かアクシデントがあったとき、夏といえども夜は寒い高山で足止めを食らうと思うと少し怖い。右に進めば、海に着くのは確実に明日以降にはなるだろうが、途中にいくつかの村や集落があり、そこで休むくらいのことはできそうではある。

結局、わたしは右に進んだ。特に急いだ旅でもないのだから、安心・安全が一番である。

と、思っていたが、現実はそう甘くはなく、右の道も高山ではないとはいえ、アップダウンの多い、なかなかハードな道のりなのであった。

平坦な今までの道のりは、峠にさしかかり、険しさがどんどん増していった。道幅は狭くなり、急峻な坂がいくつも続くようになった。路面にも深い轍ができており、舗装されてはいるのだが、その意味がほとんどないほどに荒れ果てていた。

柵もない道路の脇から横目で谷を覗いてみると、気が遠くなるほど地面は先にあり、足がすくんだ。帰りのことを思うと憂鬱になる。


海のあるこの国は過去に工業や金融業で発展したわたしの国と違い、観光業と水産業が主な経済の柱であった。しかし、わたしの国が徐々に衰退すると同時に、わたしの国からの観光客が消え、二本の柱の片方を失ってしまった。水産業は何とか残りはしたが、それだけで国を支えるにはあまりにも非力で、結局、公共事業は大幅に減らされ、税金ははね上がった。

わたしは学校でこの国のことをこんな風に教わった。

今では国の存続も絶望的なほどに経済は疲弊しきっているのだろう。幹線道路だというのに路面が荒れ放題であることから、なんとなく察しはつく。

きっと、わたしの国もいずれ似たような状況になるのだろう。


しばらく峠道をノロノロと走り続け、いくつかの丘を越えると、ふもとに村が見えてきた。周りを山で囲まれ、狭い土地に一本の小川を中心にして田畑が広がるその光景はわたしの故郷によく似ていた。

今日はここに泊まろう。

とはいっても、こんな田舎の農村に宿屋があるとは到底思えない。野宿するという手もなくはないが、屋根と壁はあるにこしたことはない。

どうしたものかと、村内を走っていると、数人の地元の人が公民館のような建物の前で集まって、談笑しているのが見えた。しかたない、奥の手である。

わたしは、集まっている人たちに近づくと、

「すいません、この辺りに宿はないですか?」

と、聞いた。

この辺鄙な村に見知らぬ人などあまり来ないからなのか、彼らはもの珍しそうにわたしを見た。

少し間をおいて、一人の青年が、

「いや~、この辺りに宿はないなあ」

と、返してきた。思った通りである。そこで、わたしは、

「こまったなぁ~、今日、どうしよう…」

わたしはわざと眉間にシワを寄せて「う~ん」と唸ってみた。すると、その中にいた、とある夫婦が、

「そんなことなら、今日は家に泊まるといい。余った部屋がある。それに、あなたみたいな若い子がくると子供も喜ぶ」

と、言ってくれた。そうして、わたしは今晩の宿を手配することができた。わたしは、この旅で「我ながら、神経が図太くなったな」と、思った。

しかし、これは悪夢の始まりでもあった。


事の結末だけを言うと、翌朝、わたしは体調を崩した。そして、そのせいで村を出発するのが昼を過ぎてからになってしまった。海までの距離を考えると、もっと早く、できれば夜明け前には村を出たかったのだが、こんなに出発が遅くなってしまったのには、ふか~い理由があるのである。


あのあとすぐに、わたしを泊めてくれるという夫婦に付いて、その一家のお宅にお邪魔した。わたしは大量の荷物を載せた二輪車を押して歩くのは大変だと考え、一度シーティーをその場において、家の場所を教えてもらってからもう一度取りに来ようかと思った。だけど、旦那さんのほうが「力仕事はまかせなさい」とシーティーをわたしの代わりに押してくれた。奥さんも奥さんで、そんな夫を気遣って少しペースを落として歩いているのがわかった。そんな素敵な夫婦にわたしの旅疲れが癒されるような気がした。

家に着くと六、七歳くらいのかわいらしい兄妹がわたしたちを出迎えてくれた。兄妹はいきなり現れたわたしを見ても、人見知りすることなく、笑顔で「こんにちは。はじめまして」と、やり過ぎなくらいに、深々と頭を垂れてわたしに挨拶をしてくれた。その健気な様にわたしと二人の両親からは笑顔がこぼれ、その笑顔を見て二人の子供はさらに喜んだ。

このとき、そんな家族の姿に感動して、「いつかこんな家庭を築きたい」と、わたしはおぼろげに思った。そして、同時にうみさんの死んだ妹の話をふと思い出して、少し複雑な気持ちにもなった。

「このお客さんをお部屋に連れて行ってあげて」

そう女将さんに言われた小さな二人の仲居さんは、わたしの両手を驚くほどの力で引っ張って、わたしをおもてなししてくれた。わたしはその強引なもてなしに、されるがまま、前かがみで小走り、という不自然な体勢で部屋に通された。通されたというか、飛び込まされた。

そんな、足のもつれたわたしのことなど気にもとめず、二人の仲居は

「ごゆっくりおきつろぎください」

と、言い放ち、ふすまを『ピシャ』っと閉めると、「おかーさーん」と叫びながら走ってどこかへ行ってしまった。

なるほど、初等学校の先生がよく「子供の相手は疲れる」と、当の生徒の前でぼやいていたが、こういうことなのか。

通されたのは、部屋というより広間だった。何十畳もある大座敷の薄茶色の畳は、西日で暁色に染まっていた。陽光をやさしく映している障子を開けると、縁側があり、逆光に目を細めてさらに先を見ると、その向こうにはこれまた大きい庭…というか、庭園が広がっていた。

好奇心にまかせて、縁側の窓をあけてみると、その瞬間、夕暮れ時独特の心地の良い風がわたしを包み込み、吹き抜けた。

わたしは、そのあまりの気持ちよさにすべての窓と障子を全開にして、縁側から足だけを外に放り出して座ると、時が過ぎるのも忘れて、山の合間に沈みゆく夕日をしばらくぼうっと眺めていた。

辺りが少し薄暗くなったころ、先ほど公民館の前で、最初にわたしに声をかけてくれた青年が、裏口のほうからやってきた。その人はわたしに「こんにちは」と声をかけると、夫婦に挨拶をしに表玄関の方へ一度行くと、すぐ戻ってきた。そして、今度はなぜか、わたしのすぐ隣に座った。

彼は少し周りを見回すと、

「まだ、君しかいないの?」

と、わたしに尋ねてきた。わたしは、その質問の意図がいまいち理解できなかったけど、とりあえず、

「はぁ、そうですね」

と、答えておいた。それを聞いて彼は、

「少し早かったかな」

と、独り言をつぶやいていたが、わたしはそのことについて特に何も聞こうとはしなかった。わたしは、わたしに近い歳の男の人が少し苦手なのだ。

その後は、少しの間だけれども、お互い黙ったままでその青年と二人並んで薄暗い夕焼け空を眺めるという、なんとも居心地の悪い時間を過ごした。

だけど、静かな時間もそれまでだった。

夕日が完全に沈むと、さっき公民館の前で集まっていた人どころか、村中の人たちが続々と庭にあつまりだした。

何が起きているのかはよく分からなかったけど、どうやらわたしに興味津々らしく、皆、

「どこから来たの?」

とか、

「なんでこんな所に来たの?」

と、わたしを質問攻めにした。わたしは、シントでの出来事や、国境を越えたことなんかを彼らに話した。

ひと通りの質問に答え、そろそろ、開放してくれるかと思っていたところ、こんどは彼らに、

「お腹空かない?」

とか、

「お酒飲めるの?」

などと、主に飲食に関係する質問ばかりされるるようになった。そんな彼らに、「なんかか変だな」と感じながらも、

「もしかしたら、少しくらいなら」

と、適当にお茶を濁して返事をしていると、

「それは良かった」

という感嘆の声がその都度上がった。その反応は、わたしが今までの旅で話したことに対する反応よりも大きなもので、そんな彼らの態度にわたしは少しムッとした。

嫌な予感を抱いたまま彼らの受け答えに応じていると、いつの間にか、巨大なバーベキューセットと多彩な食材・飲み物が庭に運ばれていた。そして、村長らしき年長の男性の短い挨拶が終わると、わたしを置いてけぼりにしたまま、わたしがこの村に来たことを記念して、乾杯がされた。

乾杯が終わると途端に、村人たち老いも、若いも、男も、女も、多少の生焼けであろうが、焦げがあろうがなんのその、お互いの皿に焼いた肉・魚・野菜を盛りまくり、お互いのコップに黄色の発砲飲料を競うかのように注ぎあった。

それはわたしも例外ではなかった。

わたしの皿にわずかでもスペースができると、それを見つけた人はすかさず焼いた肉を持って、その隙間に置いた。そして、コップの中身がなくなると、すぐさま、例の黄色い発砲飲料の入った茶色の瓶を持った人が現れ、その中身を注ごうとしてきた。

「あの、それはちょっと飲めなくて」

わたしが断ると、その人は、

「ならこっちは大丈夫でしょ」

と、反対の手に持っていた緑色のビンに入っている、透き通った薄い橙色の飲みものを注いできた。その飲みものは甘酸っぱい香りで、わたしにも飲みやすい、美味しい飲みものだった。後になって思うと、その飲みもののせいでわたしは色々とおかしくなった。

村の人たちのわたしへの扱いは、強引で少し苦痛に感じはしたけど、わたしの性格上、「そんな村の人たちの勧めを無下に断るわけにもいくまい」と、必死で食べたし、飲んだ。すると、人というのはこんなにも適応力が高いものなのか、なんなのか。不思議なことに段々気持ちが高ぶって楽しくなっていくのが自分でわかった。

こうなると、もはや泥沼に片足を突っ込んだようなものである。人の勧めなんてなくても、自分からバーベキューの網の上の生焼けの食べ物をつまみ、さらにはコップを投げ捨て、緑色の瓶口を直接口にくわえラッパ飲みをした。

彼らはそんなわたしの姿を見て大いに盛り上がった。わたしは盛り上がった人たちを見て気分が良くなり、さらに行為がエスカレートしていった。

「まだまだ、行くぞー!」、「みんな、ついて来いよ!」、「ああ、この世界に感謝」

このころには、わたしの頭はぐるぐる回っており、もはや、なにがなんだかよくわからないままに、特に意味のないセリフをたくさん叫んでいた。

その晩、わたしの記憶はさっきの青年と、この家の息子さん、娘さん、わたしの四人で楽しく、仲良く鬼ごっこをしているところで途切れた。



2‐3 十日目(日中)


ふと目を開けると、目の先に知らない柄の木目が広がっていた。そしてすぐに、頭痛を吐き気に眠気が吹っ飛び、ぐるぐる回る頭のなかで昨日の出来事をうっすらと思い出した。バカみたいにご飯を食べ、大して美味しくもない発泡飲料を大量に飲んだことを思い出した。ただ、その記憶は途中で途切れていた。

体を起こすと、すぐさまわたしはトイレに駆け込み、しばらくそこで引きこもった。非常に気分が悪かった。きっと、あの発泡飲料が諸悪の根源なのだろう。わたしは心のなかで村人全員を恨んだ。

だが、そんなことを思ったところで、わたしの姿を見た家の旦那さんは反省の色もなく、ひょうひょうと、

「気分が悪いなら、もう一泊していくかい? なんなら、今晩は昨日より豪華にいくよ」

なんて、言ってくるものだから始末に負えなかった。父親の遺伝なのか、二人の息子と娘も、わたしの感じる辛さなんてつゆ知らず、

「今日も鬼ごっこしようよ~」

と、のたまっていた。

唯一、奥さんだけは、

「昨日、突然倒れて驚いたんだから! 私たちのことは気にしなくていいから、今日はゆっくり寝てなさいよ~」

と、半ば呆れ気味ではあったが、気遣ってくれた。


いつまでたっても腹に残る不快感に、もう一泊しようかと真剣に悩んだが、旦那さんが、

「それなら、また夕食にはたくさん人を呼ばなくちゃなあ」

と、つぶやいているのを聞いて、決心がついた。このままここ留まって、ここの村の人たちと生活していると、わたしにとって取り返しのつかないことになるような気がしたからである。わたしは昼過ぎになって、重い体を起こして村を脱出することにした。

シーティーに荷物を括りつけていると、どこに隠れていたのか、村人たちがぞろぞろと現れ、わたしをお迎えしてくれた。その中の代表、例の青年にわたしはおみやげを貰った。それは、少し重みのある竹筒で、振るとシャバシャバと液体揺れる音が聞こえた。竹筒の中に入っている液体は何か聞いてみると青年は、

「飲んでからのお楽しみ」

と、答えた。嫌な予感がした。

荷積みが終わると、集落の人たちは口々に別れの挨拶をしてくれた。かといって、全員に挨拶を返しているとそれこそ日が暮れてしまうので、わたしは、泊めてくれた一家にだけ丁寧に挨拶すると、他の人はみんなまとめて

「さようなら~、ありがとう!」

と、軽快なエンジン音に合わせて手を振って応えた。

このときも、みんな元気な声で見送りしてくれるものだから、この村の人はみんなパワフルだなと感心した。


そんなことがあって、日中の半分を無駄にしてしまったため、今日のうちに海へ着くのはほぼ不可能となった。地図によると海までの道中にもう一つ集落があるが、さっきの村よりだいぶ規模の小さいものであるようだった。「念のため、今日は野宿も覚悟したほうがいいかもしれない」。わたしはそう思った。


わたしのはるか上空を流れていた風は次の集落に向かうあいだに青空を徐々に雲で満たし、集落に着いたころには、薄墨をこぼしたような色の、不気味な空模様となっていた。遠くからはかすかにゴロゴロという雷の音も聞こえ、もうすぐ雨の降り出しそうな予感がした。

集落は先ほどの村から、山をいくつか越えた先にあり、その風景は「のどか」というより、「さびれた」といった感じだった。田畑は何年も手入れがなされていないようで、小川に沿って集落を縦断する土手道脇の平地は無造作にススキが林立する草原になっていた。ススキ草原の合間には土手道に沿っていくつかの平屋も並んでいたが、どれも屋根が半分崩れ落ちていたり、外壁が雑草に覆われて中に入れなかったりと、人が住んでいる気配はなかった。

両手で数えられるほどしかない集落中の家屋をひと通り回ってみたが、どの家も人が住んでいるどころか、わたしが一晩過ごすにも少し無理がありそうなほどに老朽化していた。

この集落で人家を探すのを諦め、一晩、少なくとも雨風だけでもしのげそうなところを探していると、一軒、他の家屋に比べると明らかに綺麗に手入れのされた民家を見つけた。その家は集落の端っこのススキ草原が途切れたところ、土手道は山側に伸び、小川は谷側へと続く、ちょうどその分かれ目にポツンと佇んでいた。その家の庭木はきれいに手入れがされており、他の家の敷地では生え放題の雑草が、その家だけはほとんどなかった。

「もしかしたら人が住んでいるかもしれない」

わたしはヘルメットをかぶったままシーティーから降りると、少し緊張しながら戸を叩いた。なんの返事もなかったので、今度は「ごめんください」と言いながら、おそるおそる玄関の引き戸を開けた。でも、やっぱり、返事はなかった。

やはり人はいないのか、それともわたしの弱々しい声に中の人が気付かなかっただけなのか。今度は玄関をまたぐと、気を取り直して少し息を溜め、家の奥まで届くように、

「ごめんくださ~い!」

と、声を張った。しかし、返事はなかった。

もしかしたら外出中なのかもと思って、一度外に出て辺りを見回してみた。すると、表札の上から風雨にさられてヨレヨレになった『空家』と書かれた紙が貼りつけてあるのにわたしは気づいた。この家が集落で人が住まう最後の一軒だったのかもしれない。

そのとき、おでこに一滴、水滴が落ちてきた。とうとう降ってきた。

一滴の水滴は瞬く間に雷を伴った大粒の土砂降り雨となった。わたしは大慌てでシーティーにくくりつけてあった荷物を屋内に運びこんだ。しかし、そのあいだにも雨は強くなり続け、荷物を全て屋内に持ち運び一息つけるようになったころには、着ている服はびしょ濡れになってしまっていた。

「ハックシェン」

このままの格好でいると風邪になってしまう。わたしは服を脱いで下着姿になると、ずぶ濡れカバンから濡れていない替えの服がないかと探した。しかし、服はどれも湿っており、仕方なく、カバンの奥の方に入っていた一番被害の少ないタオルケットを肩からマントのように体に掛け、服の代わりにした。

最近まで誰かが住んでいたと思われる整頓された室内は、ほんの少しだけかび臭かったが、それ以外は快適であった。家の中を半裸のまま探索していると押入れの中に洋服を引っ掛けるためのハンガーがいくつか残っているのを見つけた。わたしはありがたくそのハンガーを拝借すると、適当な梁に濡れた服を吊り下げた。このまま数時間も放っておけば、びしょ濡れの服もある程度は乾くだろう。

服を乾かしているあいだ、わたしは特にすることもなく、畳の上に横になって外を眺めた。換気のために開けた戸からは雨に打たれているシーティーと、集落を横切る小川と、さっき通った土手道と、遠くまで広がるススキの草原と、いくらかの半壊した家屋と、連なる山々だけが見えた。

衰えを知らぬ大量の大粒の雨は、さらに激しく瓦葺きの屋根を叩き、雷は眩い閃光とともに、けたたましいほどの轟音を辺り一帯に響かせていた。



2‐4 わたしの思い出(中等学校時代)


わたしの生まれ育った村も、それは、それはのどかな村だった。そして、そんな村もシントを除くこの国のほかの地域と違わず、衰退を続けていた。

わたしの通っていた初等・中等の合同学校もそんな時代の流れには逆らえず、わたしが初等課程を修了した年を最後に廃校となった。

「中等学校には進学せず、働きに出る」

わたしはそう両親に伝えた。しかし、父がそれを許さなかった。父曰く、

「俺の子供なんだから、せめて中等学校くらいは卒業しろ」

ということだった。父は少し古い考えの持ち主で、中等学校に通うことは国民の義務だと未だに信じていた。わたしはそんな父親の考えに少し不満であったが、

「卒業したらわたしの好きなようにする」

という約束を取りつけ、渋々ながら中等学校に進学することになった。

母は母で父親以上に教育熱心であり、中等学校への進学が決まると、

「学費と生活費の心配はさせないから、在学中は規則正しく勉学に励みなさい」

というようなことを毎日のようにわたしに言った。ある日、そんな母に嫌気が差して、

「やっぱり、中等学校には行きたくない」

と言ったことがあるが、そのときは小一時間におよぶ長ったらしい説教を食らった。

そんな必要以上にわたしに干渉してくる父と母のことを、わたしはとても鬱陶しく感じた。今思うと、いわゆる反抗期というものだったのかもしれない。


先述の通り、村内の中等学校は廃校となってしまったため、わたしは隣町の学校に通う事になった。ただ、隣町とは言っても山の向こうにあり、実家から歩いて通おうとすると、それだけで片道に半日を費やしてしまうほどの距離があった。そのため、わたしは学校近くの学生寮で下宿することになった。

親元を離れてすぐにわたしは母親に禁止されていたアルバイトを始めた。とにかく、このころ、わたしはお金が欲しかった。理由は「シントに行くため」である。

アルバイトは町にある小さい商店の店番をした。学校が終わってから商店の主人が得意先を回って帰ってくるまでの数時間のあいだ、わたしはぼーっと商店のカウンター前に座って、ときどきやってくる客の応対をしていた。

客の対応といっても、小さな町の小さな商店にやってくるような客なんて、常連さんと、わたしを冷やかしに来る学校の同級生くらいである。だから、わたしの仕事といえばその人たちと長々と駄弁っているだけだった。

そんな不真面目な仕事ぶりだったからなのか、それともこのご時勢だからなのか、月の給料は雀の涙ほどだった。それでも辞めなかったのは、お客さんたちとの何の生産性もない話がとても楽しかったである。

そんな一学生の安月給でも、塵も積もればなんとやら。二年も給料を使いこまず、コツコツ貯めていると結構な金額になった。そうして、三回生の夏明けごろ、気長に貯めたお金で買ったのが内燃機関で動くオート二輪車、「シーティー 110」である。

わたしの買ったシーティーという二輪車は、まだこの国がかろうじて余力を残していたころに造られたものあった。モノ自体は決して悪いものではなかったのだが、その古さから誰も買い手がつかず、半ば投げ売りされていたものだった。

わたしは二輪車屋の片隅に捨てられるように放置されていた、さびだらけではあったが、愛嬌のある、真っ赤に塗装された小さい車体のシーティーを見つけると、そこの主人と交渉し、即決で購入した。

買ったばかりのころこそは、あちらこちらにガタがきており、それを見た学校の友達や、アルバイト先の知り合いなんかには、

「ゴミを買わされた」

などと、バカにされた。しかし、ちゃんと整備さえすれば、キックレバーを思いっきり踏み込むとシーティーは嫌がることなく「タッタッタッタッ」と軽快なエンジン音を奏でてくれ、スロットルを回すと「ブオーン」とスムーズな加速をしてくれるほどに快調になった。

わたしはそんな健気なシーティーをとても気に入り、大切にした。


翌年の春、わたしは留年することもなく並の成績で学校を卒業した。

非常にめでたいことなのだか、問題があった。それは、下宿先を離れ、実家に帰らなければならないということだ。シーティーに乗って帰れば、無断でアルバイトをしていたということが両親にばれてしまう。だからと言って、ずっと寮に置いてきぼりというわけにもいかない。

結局、妙案は思いつかず、わたしはシーティーに乗って実家に帰った。そして、案の定、両親には驚かれた。

父はわたしがオート二輪車にまたがって帰って来るという光景をおもしろがっていたが、母親はそうではなかったらしく、

「一体、この赤いのはなんだ!」

「アンタは学校で何をしていたんだ!」

「少しはお母さんの気持ちを考えたことはあるのか!」

などと、顔を真っ青にして、これでもかというくらいわたしに怒鳴ってきた。しかし、中等学校で成長したわたしはそれに対して、

「シントに行くにはこれが必要だから買っただけ。黙っていたのは、お母さんにそれが知られると反対されると思ったから」

と、返した。さらに、わたしは、

「今が数年前で、お父さんがまだ出稼ぎに行っていたころだったら、わざわざオート二輪車を買わず、月に一度のバスを使ってシントに行った。でも、一ヶ月に一度のバスが二ヶ月に一度になり、三ヶ月に一度になり、とうとうわたしが初等学校を卒業するころには村にバスは来なくなってしまっていた。だから悪いのは私を見捨てた国だ」

などと屁理屈をこねてまくし立てた。すると、遂に母も根負けして、

「勝手にしなさい」

と、言って許して(?)くれた。

このときが、わたしが初めて母に勝ったときだったと思う。

わたしがシントへの旅に出発するのは、この事件のすぐ後のことだ。



2‐5 十日目(夜)


目を開けると満月が視界に飛び込んだ。周りの星明かりを塗りつぶしてしまうほどに強く輝く月は、さっきまで豪雨を振らせていた雨雲がすでに、はるか遠くまで過ぎ去ってしまったことを主張してくれているようだった。

辺りはさっきまでの轟音が嘘のように静まりかえっていた。再び目を閉じて耳を澄ませてみると、増水した川の水が激しく流れる音、虫のキリキリとなく声、時折ふく風にすすきがなびく音が聞こえた。 

いつの間にか、だいぶ長い時間昼寝をしてしまったようで、今度は目がさえ、寝つけなくなってしまった。わたしは体を起こして体育座りをすると何をするでもなく、ただ月を見、自然の音に耳を傾け、ゆっくりと夜更けを過ごした。



2‐6 十一日目


次の日は太陽が頭を出す前に支度を始めた。昨日は昼まで気持ち悪さにうなされながら寝て、その上さらに昼寝までしてしまったからなのか、眠気は残っていなかった。

朝食にりんごを一個だけかじると、生乾きの服を生乾きのカバンに詰め、夜明けと同時に集落を出発した。きのう距離を稼げなかったぶんを取り戻せるかもしれない、そう思った。

おととい丁字路を右に進んでからというもの、道のりは相変わらずクネクネガタガタの山道が延々と続くだけだった。ずっと昔に舗装されたであろう路面は歪み、わたしが少しでも気を抜いていると二本の細いタイヤだけで支えられているシーティーは足元をすくわれるようにバランスを崩してしまうのだ。

正直、わたしは少しイライラしていた。状態の悪い路面のせいでスピードは出せず、なかなか先に進めない。いくら走りつづけても流れていく風景には何の代わり映えもない。それなのに太陽はあっという間に東から西へと沈んで、時間だけを費やしてしまう。別に急いでいるわけではないのだが、そのときのわたしは道に迷ってずっと同じところをぐるぐる回っているような不安感や焦燥感に苛まれていた。

「いくつ山を越えただろうか」

どんな山を越えたのか、越えた山の木陰の隙間から見えた麓の景色はどんなものだったか。山だけではない、草原だって畑だって、旅に出る前は目に見える一つ一つの風景を全て記憶に留めておこうと決めていたのに、いつの間にか「また同じような光景だな」と、考えるようになってしまった。

シーティーはそんなわたしの心の変化など、「どうでもいい」といわんばかりに、相変わらずの調子で軽快なエンジン音を響かせていた。


廃集落を出発して三つ目だか四つ目だかの山だっただろうか。朝とも昼ともいえぬころ、わたしは我が家を出てから何十回目かの峠道をのぼっていた。辺りに生い茂る草木は昨日見たものと同じ、時々姿を見せる野生動物だって同じ。違うといえば、まあ、今思うとなのだが、吹く風のにおいが少し違った気がする。

しばらくその峠の急坂をのぼっていると肌に感じる空気が徐々に涼しくなってきたのがわかった。もうすぐ山頂付近なのであろう。これもいつもと同じであった。

旅のはじめのうちは峠をのぼって山頂に到達し、視界が開けふもとの景色が見えるようになるとそのたびにいちいちシーティーを止め景色を眺めていたが、旅も長く続くと一々そんなことをしなくなっていた。わたしはこのときも「山頂から見える景色など、どうせどこも同じようなものなのだから、そんなものを見ていたって時間の無駄だ。そんなことをするくらいなら今は先を急ごう」と考え、山頂は通り過ぎるつもりでいた。

徐々に太陽の明かりが差し込むようになり、視界が開けてきた。わたしはまぶしさで目を細めた。


「海だぁ」


日のまぶしさに慣れ、細めた目を徐々に見開くと、そこに飛び込んできたのは一面の青だった。

空が空に入りきらなくなり、あふれ出た空が地表にまでこぼれ落ちて、そして、延々と広がっていったかのような、鮮やかで澄んだ広大な青にわたしは自身の体が吸い込まれてしまうような気がした。

わたしはシーティーを目一杯海側のガードレールによせると、エンジンを止めることすら忘れ、その、あまりの壮大な光景に引き込まれた。

何分経っただろうか、あんぐりと開きっぱなしだった口を閉じ、回りっぱなしだったエンジンを切って、ようやく達成感による感動が心の底から湧き上がってきた。うれしさのあまり思わず口元がほころんでしまった。遂にわたしはその喜びに耐え切れなくなって、叫んだ。

「わあぁーーー!」

胸の下、腹の奥底から、今までのもやもやした気持ちをすべて吹き飛ばすかのように、がむしゃらに叫んだ。体を伸ばして深呼吸をする、ほのかにしょっぱい香りがする。遠くから、かすかに「ざざー」という波の音も聞こえる。

そうか、これが海なのか。


下り道は、早く間近で海を見たいという焦りとわくわくと喜びで頭はいっぱいだった。こういう時に限って、道はいつもよりクネクネで遠回りしているような気がしてくる。実際には麓に着くまでかかった時間は三十分もなかったが、わたしには一時間にも二時間にも感じられた。

麓から海までは目と鼻の先で、三日間走り続けた、山越えだらけのこの道は「ナギサ通り」という名の海沿いをはしる道にぶつかって終点を迎えた。

「ナギサ通り」の「ナギサ」はこの町の名前なのだが、ナギサ通りはその名の通り、ナギサを渚沿いに横断する道である。掛けているのだろうか。でも、「ナギサ」は「渚」からきたのだろうから、掛けているというのも違う気がする。

何はともあれ、ようやく目的地にたどり着いた。

ワタシはナギサ通りを曲がらず突っ切ると、シーティーもろとも砂浜に突っ込んだ。砂浜の砂は思ったよりも柔らかくて車輪が取られてしまい、急な減速に「おっとっと」バランスを崩すとそのまま時速三キロくらいのスローモーションで転んでしまった。慌ててシーティーを起こしたが、慣れない不安定な砂地に足を取られ今度は反対側に二輪車を倒してしまった。なにも慌てることはないのだが、高揚した気分にこのときのわたしは急かされているような気がしていた。

やっとの思いでシーティーのスタンドをかけると、興奮の冷め止まぬわたしは、肘についた擦り傷にも気づかないまま、靴をその場に脱ぎ捨て海めがけて走りだした。

海の匂いは予想以上に臭かった。波音も驚くほどうるさかった。

水平線からは、わたしの身長ほどの高さもありそうな波が次から次へと、際限なくこちらに向かって押し寄せてきた。それは、もしかしたらとても怖いことなのかもしれない。でも、わたしはそんな不安より好奇心、喜びのほうが先に立っていた。

ただただ、来てよかったと思っていた。

波打ち際で足首くらいまで水に浸すと、思ったより海の水は温かった。さらに進んで太ももまで浸かると波に飲み込まれそうになって、さすがに多少の恐怖を覚えて、すぐに浅瀬まで引き返した。

それからは波が行ったり来たりするのを遠くから眺めたり、波打ち際で、波が足元に絡みつくような感覚を楽しんだり、流され押し寄せてくる海に浮かんだ海藻を見て遊んだりしていた。

ふと、海の水はしょっぱいと聞いていたことを思い出し、果たしてどんな味なのだろうと、ためしにすくって飲んでみようと考えついた。わたしは両の手のひらいっぱいに海水をすくうと、その水を一気に口に含んだ。

「ゴホッゴホッ、ウエッ、ペッペッ」

海の水は予想以上にひどい味だった。すぐむせ返って海水を吐き出したがそれでも口内にまとわりつく苦辛さは取れず、しばらく唾をペッペと辺りにまき散らした。ただ、美しく透き通った色からは想像できないほどの渋い水は、少しだけわたしの舞い上がった頭を冷静にさせてくれた気がした。


「おーい、そこのアナター!」

飽きもせず海を眺めていると、どこからか誰かを呼ぶ女性の声がした。はじめは誰か他の人を呼んでいるのだろうと特に反応はしなかった。

「無視しないでよー。そこのキミだよ!」

もう一度、声がした。まさかと思って周りを見回したが、目の前は海、左右は果てしなく続く砂浜しかなく、わたし以外に人は誰もいなかった。

「そっちじゃない! 後ろ、後ろ!」

回れ右すると二十代の後半くらいだろうか、褐色に焼けた肌にショートの黒髪の快活だけど、とても綺麗な女性がわたしに向かって手を振っていた。

「やっと気がついた!」

わたしはこの女性をみたことがあるような気がした。でも、わたしがその女性をどこでみたのか、果たして本当に見たことがあるのか、思い出すことができなかった。

「ど、どうも、こんにちは」

「はい、こんにちは!」

その人はとても若々しくはつらつとした女性に見えた。彼女はわたしに向かって笑顔で「おいでおいで」をすると、わたしを道路側の浜の端に呼びつけた。

「あなた、この辺の子じゃないよね?」

「わかりますか…?」

「そりゃあ、あなたくらいの歳の子がたった一人、海で大はしゃぎするなんて、普通じゃあ、ありえないもん」

わたしは、今までの行動が急に恥ずかしくなった。

「実はわたし旅してて、海を見るのはこれが生まれて初めてだったもので、つい…」

「別に、恥ずかしがることないよ~。初めて海見る人は大人だって誰だって、みんなあなたみたいになる」

「はあ、そうですか」

「ねえ、旅してるって、一人きりで?」

「ええ、まあ」

「へぇ、偉いねぇ~」

「あ、ありがとうございます」

いつも、「すごい」とか「大変だ」とかはよく言われるけど「偉い」と言われるのははじめてなので、わたしは少し面食らった。

「泊まるところとかは大丈夫なの?」

「いえ、実はそれがまだでして…」

「そうなんだぁ」

女性はうんうんうなりながら、まるで品定めをするかのように、わたしのことをじ~っと見つめた。

「あなた、もしかしてどこかで会ったことある?」

彼女もわたしと同じような考えを抱いていたようである。

「さあ、ちょっと覚えてないです」

彼女はさらにしばらく腕を組んで「う~ん」と考え込んでいたが、すぐに、

「まっ、いいっか」

と、言うと、

「せっかくだから、今日は私の家に来なよ」

と、わたしを招待してくれた。

わたしはシーティーに乗ると、彼女の乗るオート二輪車のすぐ後について彼女の家に向かった。彼女の家は町の反対側にあるそうで、町の中心部を抜ける海沿いの道、ナギサ通りを走った。道中はいくらかの民家と、ごくたまに小さな商店があるだけで、お世辞にも観光都市いう感じではなかった。さすがに中心部は多少は栄えており、清潔そうな旅館なんかもあったが、それでもシャッター閉まった建物があまりにも多く、やっぱり寂かった。シントのうみさんの話でも、

「あなたの目指す海の町は、山と海に挟まれたわずかな平地に築かれた町で、美しい海と砂浜がずーっと遠くまで続いていて、昔はその美しさを見にきた観光客で町はとても賑わっていた。だけど、終わりのない不況のせいで観光客は町から消え、今ではわずかな水産資源で町の人々は生活を送っているらしい」

と、言っていた。どうやら、その情報は間違ってはいなさそうだった。とはいえ、その町の美しい自然が失われたわけではない。町の中心部を抜けると、再び鮮やかな山の緑と海の青が現れた。そのコントラストがあまりにも美しくて、うみからの潮風がとても心地よくて、感動のあまり意味もなくわたしは叫んだ。二度目である。

「わあーーー!」

そんな美しい道をさらに南に二十分ほど走り続けた先に彼女の住まいはあった。彼女の家は海の眼の前に建てられており、二輪車を家の庭に停めると、目の前には美しく輝く白い砂浜と海が見えた。

「きれいなところですね」

わたしが言うと、彼女は、

「だろ~。だから、私はこの家に住もうと決めたんだ」

「決めた?」

「そう。決めた。前まで違うトコで夫と、ガキ二人とで仲良く暮らしてたんだけど、少し前に、まあ、色々あってね」

「はあ、そうなんですか」

彼女の顔が少しだけ薄暗くなったような気がして、わたしは話を変えることにした。

「もしかして、わたし、あの、あなたとサカイの旅館で会いませんでした?」

わたしはわざと、たった今、思い出したように彼女に尋ねた。

彼女の乗るオート二輪車のあせた深緑色、あちこちがボロボロであったが、巨大なエンジンやそこから伸びる二本のマフラー、それらを支える幅も長さも大きい車体、その二輪車の放つわたしのシーティーでは決して持てない貫禄、さらに、そんな大きな二輪車を悠々と乗りこなす彼女の姿を見て、わたしはその女性とどこで会ったかを、この家に来るの道中で思い出していた。

「あー、やっぱり、そのときの子か!」

「やっぱりですか?」

「いや、実はその赤いのを見て、私もそうじゃないかと思ってたんだよ」

彼女は鼻先で私のシーティーを指すと、「ハッハッハ」と豪快に笑った。旅館でわたしが彼女に感じたクールなイメージと程遠い、そんな彼女の姿に、わたしは呆気にとられた。

「あと、わたしのことは『あなた』じゃなくて、『姉さん』と呼びなさい」

「はあ」


「へえー、じゃあ、サカイの手前の道の駅にいたのもあなただったんだ!」

姉さんの家に上がって、お茶をすすってしばらく話していると、話題はサカイの手前で寄った休憩所のことになった。

「『道の駅』ですか?」

「そう、『道の駅』。ときどき幹線沿いにあるでしょ、だだっ広い駐車場と誰もいないし、何も置いてないおみやげ屋さんが」

「はい」

「それが、『道の駅』。もう、ほとんど利用する人もいないし、知っている人も少ないけど、昔はそれなりに賑わってたらしいよ」

「そうだったんですか」

「それにしても、あそこでヨダレ垂らして寝てたのがあなただったなんてねぇ」

「ヨダレ垂れてました?」

「そりゃ、もう、デロデロに」

「言ってくれればよかったのに…」

「あまりに気持ちよさそうに寝てたもんだから、邪魔しちゃ悪いかなとおもってね。いや、起きたら言ってあげようと思ったんだけど、わたしが道の駅の裏の川に水を飲みに行ってる間にいなくなっちゃったもんだから」

「そんな所に川があったんですか!?」

「うん」

「はぁ」

わたしは自身のヨダレ姿を見られた恥ずかしさと、貴重な水飲み場を見逃してしまっていたというショックで、ちょっとだけ嫌な気持ちになった。今度は、姉さんの方がそんなわたしの気持ちを察してか、話を変えてくれた。

「あなた、旅をしてるって言ってたけどどこから来たの?」

わたしはもはや定型文となった、我が家を出てシントに行って経験したことや、サカイを出て、変な村人たちと会ってこの町にやって来たことなどをつらつらと話した。姉さんはわたしの話に釘づけになって聞いてくれた。話が終わると姉さんは嬉しそうにわたしに質問した、

「あなたもシントに行ったんだ。でも、何もなかったでしょ」

「『あなたも』ってどういう…」

姉さんはわたしが驚いている顔を見て、おもしろがっているように見えた。

「実は、私もそのときシントに行ってたんだよ」

「へ?」

「いやあ、こんな偶然あるもんなんだね~。運命感じちゃうね、こりゃ。それじゃあ、精一杯、おもてなししないと」

どうやら、姉さんの話によると、姉さんもシントに旅行に行っていたようで、わたしと同じ日にシントを出て、わたしのすぐ後ろ姉さんが走っていたのだそうだ。そして、同じ道の駅で休み、同じ宿で宿泊した。違うのはサカイの後の丁字路でわたしが右に進み姉さんが左に進んだということ。結果的には姉さんがわたしを追い越してこの町に来て、わたしは二日遅れで着いた。で、たまたま姉さんにわたしが海ではしゃいでいるところを発見され、今に至る。ということらしい。

わたしは姉さんとの巡り合わせに感動するより、左に進めばよかったと後悔することのほうが先にたった。

どうやら、わたしは考えていることが顔に出やすいらしい。お姉さんには、

「なに? その顔は。あんまり嬉しくなさそうだね」

と、いびられてしまった。

「いえいえ、わたしも左に進めばよかったと思っただけで、会いたくなかったとかそういう訳じゃ…」

「ハハッ。ごめん、ごめん。冗談だって。いや、でも、左ルートは結構危険なところもあるから右でよかったんじゃない」

姉さんはわたしが困っているのを見るのがよほど楽しいようだった。

「右も危険です!」

わたしは右ルートの一つ目の村で色々と飲み食いさせられたことを姉さんに話した。すると、姉さんはさらに

「ハッハッハ」

と、大笑いした。わたしはふてくされて

「いいです。もう何も喋りません」

と、言うと、姉さんは笑い涙の浮かんだ目をこすりながら、

「ごめん、ごめん」

と、謝った。わたしは、口をふくらませて怒ってはみせたが、そうすると姉さんが喜ぶと思ってそういう仕草をしただけで、わたし自身も姉さんに笑ってもらえて嬉しかった。そんなことより、わたしは姉さんが笑っている最中に時々、悲しそうな表情をするのが気にかかった。

姉さんの涙は本当に笑いで浮かんだ涙なのか、と。



2‐7 十二日目(日中) 


翌日は姉さんに

「海に行こう」

と、誘われた。

ギラギラと照らす太陽と、テカテカと光る砂浜の照り返しはお肌に深刻なダメージを与えるのは確実で、少し渋りもしたが、

「若いんだから大丈夫!」

という、いかにも年増の人が言いそうな理屈により、炎天下で水着姿になるはめになってしまった。まあ、百歩譲ってそのこと自体は良しとする。実際、自分自身でも日焼けに神経質になるのはまだ先だと思っているし、姉さんも一人暮らしだから、きっと来客が嬉しくてはしゃいでいるのだろう。

ただ、問題は、「わたしが水着姿になる」ということではなく、「わたしが姉さんに借りた水着を着る」ということなのである。姉さんの水着は、よりによって、ビキニしかないという。しかも派手派手なやつ! しかし、まあ、それも千歩譲って許すとする。タダで借りる身分であまり偉そうなことも言えない。

それよりも、なによりも一番の問題点はサイズが全然合わないということなのである。ヒップも! バストも! 姉さんは太っているわけではないのに、その水着のサイズがわたしの体より一回り、いや、二回りくらい大きかった。なんとか紐の部分を精一杯引っ張って結んでみたはいいけども、鏡で自分の姿を見るとなんとも不恰好になってしまった。まさか、こんな所で体の貧相さにコンプレックスを抱かせられるとは思わなかった。対する姉さんはなんともボイーンのキュっでバイーンである。しかも、なんか、

「なんか、キツイなぁ、まさかこの歳で成長してるのかな」

とかなんとかのたまっている。嫌味なのだろうか。

 

ただ、そんなことが気になるのは最初のうちだけで、姉さんと二人きりのビーチでお互い年甲斐もなく、水の掛け合いっこをしたり、砂浜にお城を建てたり、波にわざと飲まれてみたり、浮き輪でプカプカ浮いたりしてみるのがやたら楽しくて、その日はあっという時が流れた。

夕方になると昼より幾分弱くなった陽の色を海がそのまま映し出し、海は鮮やかな橙色に染まった。

「そろそろ海から上がってきなさーい」

姉さんは知らぬ間に晩御飯の支度を始めていたようで、換気口からただよう食欲をそそるスパイスの香りが潮風に混じってわたしにも届いた。

海から上がって、振り返って沖を眺めると、水平線に半分浸かった鮮やかなオレンジ色の太陽は、今まで見たどんな夕焼けよりも美しく、まぶしく輝いていた。


そんな感動もつかの間、ショッキングな出来事が起こった。

それは、日焼けである。

もちろん、一日中太陽に体を焼かれていたのだから、体が黒くなるのは当然だけど、その焼け方がショッキングなのである。元々、サイズの大きな水着を無理やり着ていたため、それを脱いだ時に残る日焼け跡がこれまた非常に不恰好になってしまったのだ。

まあ、百歩譲ってまだ、これはいい。どうせ裸を見せる相手などいないのだから。よくないのはシャワーである。急速に焼いた肌というものは、外部からの刺激に非常に弱く、少しでもお肌に刺激のある温水のシャワーを浴びるようものなら、

「ぎゃああああ!」

と、叫ぶくらいに痛かった。シャワー好きのわたしにとって、こんなふざけた理由でシャワーを浴びることができないというのは、それはそれは辛いものなのである。

そして、そんなわたしの姿を見た姉さんの大笑いが、さらに、わたしの心をヒリヒリと傷めつけるのであった。

 

その日の夕食は『カレーライス』というものだった。わたしはカレーライスを今まで食べたことがなく、初めて嗅いだ食欲をそそる不思議な香りに食べてもいないのに虜になっていた。姉さんは、

「昔は家族でよく食べた」

と、言った。

わたしと姉さん、二人が向かい合わせに座って調度良い大きさしかないテーブルには、先日行ったシントの泉の風景写真が飾られていた。そのテーブルはリビングで一番大きな窓の正面に配置されており、席につくと、まだ薄明かりの残る美しい空と海が一望できた。

姉さんに「どうぞ」と勧められるがままに、わたしはスプーンに乗ったカレーライスを口に運んだ。そして、途端にその独特の風味に病みつきになった。

「世の中にはこんなに摩訶不思議な味の料理があったのか」

わたしは、姉さんにも聞こえないほど小さな声で心の声をつぶやいた。ゆっくり味わって食べたかったが、一日中遊んだことによる空腹も手伝って手と口はブレーキの壊れた自転車のように止まることはなかった。

そんなわたしの姿を見て、姉さんは微笑み、そしてまた、あの悲しい表情になった。

そろそろ聞いてみてもいいかもしれない。

わたしは、あまり肩肘張らず、できるだけ自然な感じで尋ねてみた。

「なぜ、姉さんもシントに行ったんですか?」

今のシントなんて旅行で行くようなところではない。姉さんがシントに行ったのは何か理由があるはずである。

姉さんはわたしの気遣いなんてまるで気にしないかのように、表情を強ばらせた。一呼吸置いて、姉さんは意を決したのか、穏やかな顔で口を開いた。

「詳しく聞きたいかい? その話」

わたしは正直に答えた。

「はい」

「あんまりおもしろい話じゃないよ。それでも?」

「はい」

彼女の態度の明らかな変化にわたしは気づいた。でも、あえて、わたしはそれに気が付かない振りをした。

このとき、わたしはその話をどうしても聞きたかった。理由はないけど、聞かなければならないような気がした。

「……」

彼女は数秒の間わたしの目を見つめたまま沈黙していたが、すぐに「はあ」と、あきらめたようなため息をついた。彼女はポケットから手のひらほどの大きさの箱をつかみ、取り出すと、二本の煙草を引き抜き、一本は自分の口に、もう一本をわたしに差し出した。

まるで、「受け取らないと何も話さないぞ」と、でも言わんばかりの彼女の邪悪な表情にわたしは一瞬、凍りついた。

まさか、彼女はここにきて、こんな試練をわたしに課すつもりなのか。

わたしは内心ドキドキで、差し出された一本を口に咥えた。すかさず彼女は火のついたマッチをさっとわたしの煙草の先に差し出した。煙草の先をその火につけ少し息を吸うと、先が赤く灯った。彼女はすぐに自分の煙草にも火をつけた。

初めて吸った煙草にわたしの頭はくらくらしてしまい、「ゴホゴホッ」と、咳を吐いた。そんな姿に彼女は「ニッ」意地悪な笑みを浮かべ、白い息を吐いた。

そして、その試練の成果は良かったようで、姉さんはようやくもって重い口を開いた。



2‐8 ナギサの女性


私は生まれも育ちもシントである。夫もそうだ。

夫の実家は私の実家のすぐ近くにあって、同い年の私と夫は小さいころからの顔なじみだった。顔なじみといっても小さいころの私と夫との関係はご近所さんというだけで、特に仲がよかったわけでもなかった。

だから、彼が初めて私をデートに誘ってきたときは驚いた。

それは、私が高等学校に通い始めてすぐのころのことだった。

彼は学校が終わったあと、私がいつも通っている通学路のとある曲がり角の隅で、私を待ち伏せしていた。私が物陰に隠れていた彼の姿に気づかないまま、そこを通り過ぎようとすると、彼はものすごい勢いで私の目前に飛び出してきて、

「土曜日、一緒に映画に行きませんか」

と、手汗で湿気ったチケットを差し出してきた。

今思っても、私のほうが恥ずかしくなるくらい青臭いというか、不器用なデートの誘い方であった。しかし、生まれて初めて男の子にデートに誘われた私は、頭が真っ白になってしまって、土曜日の予定も確認しないままに、その場で、

「はい」

と答えてしまった。

それから、彼とは何回かデートをした。何回デートをしても彼は相変わらず不器用で青臭かった。でも、私と違って彼は細かい気遣いや心配りができる人で、そんな彼のことを不器用なところも含めて、わたしは少しずつ好きになっていった。その後、告白したわけでもされたわけでもないが、なし崩し的に私たちは付き合うようになった。

ただ、彼の不器用さに少し困ったこともあった。

私と彼は通っていた学校が違ったから、平日のデートは学校から帰ってからだった。それはいいのだが、彼は自分の方が学校から帰るのが早いときは、私の家の前で私が帰ってくるのをじっと待っていた。そんな彼の姿を母や近所の人に見られるのが私はとても恥ずかしくて、嫌だった。それでも、彼が良かれと思ってしていることを「嫌だ」とは本人の前で言えず、対策として、私はデートの日は彼より早く家に着こうと急いで帰った。

しかし、その対策も裏目に出てしまい、どこで聞きつけたのか、私が急いで帰る日はデートのある日だということが仲のいいクラスの子にばれてしまい、

「そんなに早く彼に会いたいの~?」

と、小ばかにされ、余計恥ずかしい思いをしてしまったことがある。 

そんな、多少の苦労もあったけど私と彼の交際自体は大きなケンカもなく、順調そのものだった。

私たちが高等教育期間を修了したのは私たちが付き合いだした翌年のことであった。すっかり仲良くなった私たち二人は留年することもなく、そろってそれぞれの学校を卒業した。

このころのシントは他の地域に比べ大学校への進学率は高かったとはいえ、同級生のうちでも進学するのは一握りで、その他大勢は家業を継ぐか一般の会社に就職していた。一般家庭で育った私や彼はその例に違わず、その他大勢の一人として就職した。

彼が私に求婚してきたのはそれから一年後だった。

「あなたは私の愛する最初で最後の女性です。どうか、僕と結婚してください」

カチコチに緊張したタキシードに蝶ネクタイ姿の彼は、バラの花束とシルバーの指輪を私に差し出して、臭いセリフとともに深々と頭を垂れた。これまた一周回ってとても彼らしい、不恰好で不器用なプロポーズであった。しかし、彼がそういう人なのは私が一番よく知っている。

私のために一生懸命になって、空回りして、私を困らせて。そんな困った私を見て、もっと一生懸命になって、もっともっと空回りして、もっともっともっと私を困らせる。どうしようもなく格好悪い彼。だけど、私のために歯を食いしばって一生懸命になってくれる素敵な彼。

答えなんかとっくのとうに決まっている。


「よろしくお願いします」


これは、勢いでもなんでもない、私の本心からの言葉だった。


初めてナギサに遊びに来たのは私の妊娠がわかってからだった。

「ようやく仕事がひと段落した」

と、夫は久々に長い休みをとると、「前から見てみたかった」という海を見に、「ナギサの町に行こう」と、私を誘った。私は海にはあまり興味が湧かなかったが、夫との久々の旅行ということで舞い上がって、その提案を喜んで受け入れた。

それから旅行の準備は大変だった。パスポートを発行するのに何枚もの申請書を書いて、それを役所に提出してさらに証明写真を撮って、指紋を採って、さらにまた別の申請書を書いた。結局、パスポートが手元に届いたのは出発のわずか二日前だった。

シントからはいくつもの長距離寝台バスが出ており、そのうちの一台に乗って、私たち夫婦はナギサを目指した。そのバスは昼にシントを出発し、数時間に一回の休憩をとりつつ、次の日の早朝ナギサに到着するものだった。

私が海を初めて見たのはそのバスの車窓からだった。朝になって東から差し込む日差しに目を覚ますと、光輝く海が目に入った。その光景は私の想像をはるかに超えて美しく、旅の疲れが一瞬で吹き飛ぶほどに感動した。


数か月後、私はお腹の子を出産した。それと同時期に私は働いていた会社を退職して、専業主婦になった。夫は一生懸命仕事をしたおかげで、会社で少し偉くなって、お給料が増えた。なんであんなに不器用なのに昇進できたのか、今でも不思議である。

さらに三年後、もう一人子供を産んで家族が四人に増えると、結婚当初二人で住んでいたアパートでは少し手狭になったため、私たちはシントの中心部から少し離れたところに建売の一戸建てを買った。順風満帆の生活であった。

ただ、時折向かい風が吹く時もあり、子供への接し方には悩まされたこともあった。

下の子にはどうも天性の「人を引きつける力」のようなものがあるらしく、初等学校に入学すると途端に持ち前の愛嬌を振り撒いて、特にクラスの男の子や、先生から人気を得るようになった。それはいいのだが、どうも上の子はそんな妹が気に入らないらしく、沢山の人に囲まれてちやほやされている妹の姿を見ると焼き餅を焼いてしまうことがあった。このときはさすがの私も「もし、このことがきっかけで二人の仲が悪くなったらどうしよう」とか、「上の子がぐれてしまうかも」とか、「二人に親としてどう接すればいいのか」などと考えて気を揉んだりした。

だが、私の心配をよそに上の子は妹を嫌うこともなく、ましてやぐれることもなかった。むしろ、初等学校で最上級学年に上がるころには、私に「妹は僕が守る」と言ったり、妹に対して自分ことをわざわざ「『お兄ちゃん』と呼べ」と、言ったりして、むしろ頼もしく、立派に育ってくれたものだと私は感動した。きっと、父の良いところを受け継いだのだろう。

ただ、少しやり過ぎな気もして、そのせいでまた別の心配も浮かび上がったりしたのだけど。もちろん、平凡だけど幸せな生活であったことに変わりはなく、一家の日々はより一層、充実したものになっていった。

そんな日常が崩壊したのはそれからさらに一年後、下の子が四年生、上の子が中等学校に入学してすぐのことだった。その日は平日で夫は仕事、下の子も学校があったが、上の子だけは特別休校だからと、どこかに遊びに行ってしまった。この日だけは、いつもいくら起こしても起きない寝坊助の上の子が、珍しく早起きするということがあった。ただ、変わったことといえばそれくらいで、その後はいつも通りの時間に下の子が学校に行くのを見送り、続いて夫も時間通りに会社へ向かった。

別になんてことない、普通の朝だった。今日もいつも通り昼が来て夜になって、そして、また平和な明日がやってくる。そんな風に思っていた。

そんな日に、何の前触れもないまま、地震は起きた。


床は大きく揺れ、家具が倒れ、窓枠は歪んでガラスが粉々になった。私は飛んできた椅子に足を突き、よろめき、壁に腰をうち、落ちてきた掛け時計に頭をぶつけた。

強い揺れに踏ん張ることもできず、足は簡単に取られ、私は床に這いつくばった。そのあいだにも食器棚からは私めがけて皿が降り続け、その皿がなくなるとその棚も倒れこんできた。

「わー」だか「きゃー」だか覚えていない。とにかく声にならない声をあげ、私は必死に身をかばった。なんとか食卓テーブルの下に逃げこむと、次の瞬間、天井が轟音とともに崩れ落ちてきた。私は一度ここで気を失った。


夕暮れ近くなって、私は寒さで目が覚めた。そして、体中の痛みに身悶えた。歯を食いしばって顔を上げると崩れた天井と、倒れた家具の間のわずかな隙間から外の様子が少しだけ伺えた。

そのとき目に入ったのは、私の家のすぐ向かいの家の一階部分がなくなり、半分につぶれている姿だった。普通なら驚くところなのかもしれないが、私の頭の中は妙に冷静で「もう、この街には住めないのかな」などと、自分の置かれた状況からすると、やけに呑気なことを考えていた。いや、むしろ、一周回ってそのような状況でそんなことを考えてしまうほど、私の頭のなかはひどくパニックになっていたのかもしれない。

瓦礫に埋もれながら将来のこと以外にも夫や二人の子のことなど、少しの間わたしは自分以外のことを考えた。そして、至った結論が「とりあえずここを抜け出そう」だった。当たり前である。

体は痛むが、幸いなことに死んでいないのは、逃げ込んだ食卓テーブルが落下物から私の身体を守ってくれたかららしい。おかげでギリギリ寝返りをうてるくらいのスペースもあった。これなら隙間からなんとか自力で外に出られるだろうと、足と手に力を込めた。が、私の四肢は金縛りでもあったかのようにピクリとも動かなかった。どうも、守ってくれたのは頭と胴体だけみたいである。それだけでも運が良かったと考えるべきなのだろう。

自力で外に出られないならば他力に頼るしかない。わたしは叫んだ。

「おーい、だれかー、たすけてー」

私の声は予想以上にしゃがれていた。もしかしたら私の思う以上に私の身体への負担は過大なものであったのかもしれない。

それからさらに数回叫んで、一人、中年の男の人が私の存在に気づいてくれた。

「今、助けるから手を伸ばすんだ」

その人は瓦礫の隙間から顔を覗かせると、手を差し出してきた。

「手足が動かない」

私が弱った声を出すと、

「ちょっと待ってろ」

と、彼は言い残し、しばらくしてさらに二人の男の人を連れてきた。

男の人は新しく来た二人に足を掴んでもらい、それを支えに、わずかな隙間に上半身を潜り込ませると、私の脇をがっちり掴んだ。

「痛いだろうけど我慢な」

私が息を呑むと、かれは、ほんのちょっとの間をおいて掛け声をあげた。

「よし!」

ほんの一瞬だった。痛みに目をつむっている間に私の体は引き上げられた。

しばらくして、私の前に担架が運ばれてきた。だが、相変わらず両手両足の動かなかった私は、もう一度その男性に支えられ、やっとこさ担架に寝そべった。

そして、私はどこかへ運ばれた。初めは、体に感じていた担架の揺れだったが、次第にその感覚は遠くなった。

私はここで、もう一度気を失った。



2‐9 十二日目(夜)


「で、次に気づいたとき、私はサカイの町病院のベッドの上だった」

「サカイですか?」

「うん。シントの病院は全滅だったから、怪我した人はみんな方々の病院に運ばれたんだよ」

「じゃあ、旦那さんとお子さんも…?」

「旦那は後に死体で発見されたって連絡が来たけど、あとの娘たちはどうなんだろうね。探してみたりもしたけど手がかりすらなかった。どこかで生きていたらいいんだけど」

彼女はそれから、毎年夏になるとサカイに宿を取り、そこから日帰りでシントに行っているのだそうだ。そして、一家が住んでいた家の前に手を合わせ、家族のことを思い出すのである。娘たちは死んだと決まったわけではないし、旦那さんは自宅ではなく仕事場で亡くなった。しかし、きっと、そうすることによって、彼女は過去とある種のけじめをつけているのだろうと思う。

「ん、『娘たち』ですか?」

一呼吸分の間をおいて、わたしは彼女の言い回しに引っかかった。

「上の子は男の子ですよね」

「口が滑っちゃった。いやぁ、別に隠してたわけじゃあないんだけどね、私の二人の子ってのは姉妹なんだよ。上の子が『お姉ちゃん』って他人に呼ばれるのを極端に嫌がってたから、今でも何となくあんまり言わない方がいいかなって」

「そうだったんですか…」

新しい煙草に火とつけた姉さんは、こみ上げる感情を隠すかのように目を細めた。そして、大きな窓から見える、月明かりに照らされた海辺の波の行き来を眺めて煙を吐いた。

彼女が話を始めてから、すでに灰皿には四本ほど吸殻が溜まっていた。

わたしはその話を聞いて、少し考え、ふと、彼女に出会ってからずっと心の奥の方にあった胸のつかえが取れた気がした。

「姉から嫉妬されるくらいに人気者の妹と、自分のことを『僕』と言い、妹に『兄』と呼ばせる姉…」

わたしは記憶を呼び起こすように独り言を呟いた。

「どうしたの?」

姉さんは私の様子に気づき、瞳に浮かんだ涙を拭うと、うつむいたわたしの顔を覗きこんだ。

ずっと膝に置いていたわたしの手のひらは、強く握りこぶしを作っていた。


 わたしはその女の子たちを知っている。


「『うみ』さんと『いずみ』さんですよね」

わたしの言葉に姉さんはとても驚いた顔をした。

「知ってるの?」

わたしは無言でうなずいた。

「え!? でもなんで」

戸惑っている彼女の右手首をわたしはおもむろに掴んだ。

「行きましょう。うみさんは生きています」

「へ?」

 彼女はさらに困った顔になった。

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