新都
1 シント
1‐1 五日目
わたしが相棒のシーティーと共に旅を初めてから、今日で五日目になる。目的はシントの街を訪れることで、わたしの小さいころからの夢を叶えるための旅でもある。
さっきわたしはシーティーのことを「相棒」といったが、実はシーティーは人ではなくガソリンで動くオート二輪車なのである。といっても、シーティーはただのオート二輪車などではない。わたしにとっては、唯一無二、この旅にずっと付き添ってくれた、大切なパートナーだ。
シントに行くと両親に言ったときは母親に大反対されたが、それを半ば強引に押し切れたのは、この大切なパートナーがいたからといっても過言ではない。というか、パートナーありきである。
そんな状況で始めた旅なので、あまり泣きごとを言うわけにはいかないけれど、予想以上の大変さに今では少しだけ、「お母さんの言うことに従っておけばよかったかな」と、思わないこともない。だけど、同時に、やっぱり旅してよかったと思うことだって、もちろんある。
例えば、人との出会い。
昨晩も、夜を明かす場所が見当たらず、オロオロしていたわたしに声をかけ、善意で泊めてくれた親切な老夫婦に出会うことができた。その老夫婦はわたしを実の孫のようにかわいがってくれ、今朝の別れ際には、
「来てくれてありがとう」
とまで言ってくれた。
きっとこういう素敵な出会いがあるのも、旅の醍醐味だとわたしは思うのだ。
そんなことがあって、今朝は意気揚々と老夫婦宅をシント目指して出発したのだが、やはり、現実はそう上手いことが続くほど甘いものではなかった。
十数年も前に発行された最新版の道路地図によると、老夫婦宅のある集落からは幹線道路を一本、東に向かってひた走れば、少なくとも今日中には念願であったシントへの到着を果たせるはずであった。しかし、実際には行けども、行けども、林と草原と山と森と川が無限に連なって続くだけで、肝心のシントの街の高層ビル郡は、その影すらも現れそうにはなかった。
ふと気づくと、ついさっきまで目前からわたしの顔を照らしていたはずの太陽は、頭上を通り過ぎ、背中からお尻の方へ沈んでしまっていた。
陽の光が完全になくなり、辺りが真っ暗になってからも、シーティーの弱々しいヘッドライトの光と、ぼんやりとした月の薄明かりだけを頼りに、ふらふらとシントへ続く幹線道路を走り続けてはみたが、街明かりどころか人の気配さえも感じられなかった。
暗闇の中、わたしの頭の中は焦りだけが巡って、気が気でなかった。こんな、なにもない所で、もし、道を間違えていたのだとしたら、いったい、わたしはどこに行けばいいのだろうか。
しばらく走っているうちに、わたしは時間感覚すらなくなってしまっているということに気がついた。
「いったい、日が沈んでどれくらい経ったのだろうか」
そんなことを少し冷静になって考えていると、ふっと、今までの焦りが引いていくような気がした。そして、五日ぶんの疲労と、焦りと、十何年もメンテナンスしていないであろう穴だらけのアスファルトからの突き上げで、徐々にわたし気力と体力が限界を迎えているということに気づいた。わたしは自身の体が重くなっている感じを覚え、今度は不安や焦りよりも、体中の疲労をどうにかしたいということばかりに気が行くようになった。
結局、その日はシントに到着するのをあきらめた。しかし、寝床を探そうにも辺りは真っ暗。親切な老夫婦が住む家はおろか、一切の人工物すらありそうにはなかった。
仕方なく道路端にシーティーを止めると、荷台にくくりつけていた長袖の上着を座布団代わりにして、その上に落ちるように座り込んだ。
わたしの村を出発してから五日、もしかしたら、もう六日目になっているかもしれない。そのあいだ、寝るときと食べるとき以外、ほとんど走り続けでクタクタになっていたわたしは、老夫婦にもらったおにぎりの残りをあっという間に平らげると、すぐに眠り込んでしまった。
1‐2 わたしの思い出(幼少時代)
わたしがシントに憧れを抱いたのは、まだわたしが幼かったころである。
その街はこの国で最も隆盛を極めているそうだ。街は、この国の都をも凌ぐその繁栄ぶりから、新しい都という意味で「シント」と呼ばれているらしい。シントにはてっぺんを見あげれば首が痛くなるほどの高い建物が何十もそびえ立ち、わたしが死ぬまで働いても買えないような高級品を売る商店が何百と立ち並び、もうこの街では乗ることどころか見ることもなくなった内燃機関で動く四輪車が未だに何千と走り回り、祝いごとでもないのに綺麗な洋服と華美な装飾品に身をつつんだ人たちが何万と行き交っているのだそうだ。
すでに枯れ切ったと思っていたこの国に、そんな理想郷みたいな所が残っていると父から聞いたのはわたしがまだ幼いころであった。
父は、まだわたしが小さいころ、わたしを学校に通わせるため、学費を稼ぎに数年ほどシントに出稼ぎに行っていた。そのころ、私の家からシントに行くには、村から月に一本だけ来る寝台バスに乗り、さらにもう三回ほど長距離バスを乗り継ぎ、一週間近くに及ぶ長い旅路を経る必要があった。
そんな大変な思いをしてまで、わたしの父がシントまで出稼ぎに行ったのは、田畑と山と川くらいしかない辺鄙なこの村と違って、シントにはたくさんの仕事にあふれていたからであり、なにより賃金が他の街にくらべ格段に良かったからである。
父はわたしの学費や、一家の生活費を稼ぐために度々そのような都市に出稼ぎに行っては、しばらく帰ってこなかった。
父がいない間は、畑と一人っ子で甘えん坊の私の面倒を母一人だけで見なければならず、私が小さいころは、
「とても苦労した」
と、母は言っていた。しかし、父が家族のために遠い街で頑張って働いてくれていると思うと、力が湧いて、どんな困難でも乗り越えられるような気がしたのだそうだ。
父が出稼ぎからしばらくぶりに帰ってくると、毎度、土産話に自分のした仕事のことや、出稼ぎ先の街並み、人々、流行から娯楽まで、自分の経験したこと、見たこと、聞いたこと、たくさんのわたしの知らないことを話してくれた。父がその話をするたびに、わたしはまるでおとぎ話を聞くかのように目を輝かせてその話を聞いた。
父はシント以外にも色々な都市に行っては仕事をしていたので、必然と私はシント以外の街についての話もよく聞いた。
伝統的な街並みが特徴の都市、人情に厚い人がたくさんいる都市、毎日殺人の起きるような治安の悪い都市、どの街の話もわたしは喜んで聞いた。でも、やっぱり、わたしの一番のお気に入りは、
「毎日がお祭りのようだ」
と、父が例えるシントの話だった。
中でも、父が日雇いで働いていたという、この国で一番高いという建物の話は、強くわたしの印象に残っていた。
その建物は父の下宿先から、街の大通り沿いに走る路面電車で十五分、ちょうど街の中心部にそびえ立っており、シントの繁栄の象徴として、街の住民のみんなから愛されているのだそうだ。さらに、その最上階から一望できるシントの街並みは、息を呑むほどの絶景で、国中、あるいは国外からも多くの観光客が訪れる場所なのだという。父もそのビルの作業員として最上階の展望室に何度か立ち入りその光景を見たが、その度に、その迫力に息が止まるほど圧倒されたらしい。
やがてわたしは自分の住む田舎とはまるで別世界の、その見知らぬ都市に強い憧れを抱くようになった。いつからかその憧れは夢へと変わり、その数年後、「シント行ってやろう」と、わたしは心のなかで決意するようになった。
1‐3 六日目(午前)
翌朝、顔に差し込む強い朝日にわたしは目を覚ました。吹き抜ける風は、日に照らされ火照るわたしの体を適度に冷やしてくれていた。わたしは、静かで心地の良いこの気候に「もうしばらく身を任せていようか」とも思ったが、「早くシントを目指さなければならないとならぬ」と、なんとか思いとどまった。
「よっこらしょっ」
固いアスファルトの上で寝たせいか、普段より体がだるく感じた。わたしは重い半身を起こすと、眠い目をこすりながらあたりを見回した。そして、目に入った光景にわたしは驚いた。
わたしの寝ぼけ眼の先には、根本から折れた、何十もの高層ビル、ペシャンコに潰された幾千もの四輪車、屋根だけしかない一軒家……まるで、ひとつの巨大な都市を料理に使うボールに入れ、ぐちゃぐちゃにかき回したような、そんな凄惨な光景が広がっていた。
わたしが唖然としたまましばらくその光景を眺めていると突然、頭の後ろの方から声がした。
「おはよう」
わたしはその気配に全く気が付かず、
「わっ」
と、思わず声を出して驚いてしまった。
後屈するようにおそるおそる頭上を見ると、わたしを覗きこんで微笑んでいる人がいた。ぱっと見、わたしより半回りくらい年上で、無邪気な笑顔がよく似合う、とても優しそうな人に見えた。その人は続けてこう言った。
「ようこそ、シントへ」
わたしは寝ぼけていたこともあってか、かけられた言葉の意味がしばらくわからなかった。その人は困惑したわたしの顔を見ると「ニッ」っと口元を上げると、わたしの頭を鷲掴みにして、頭をコンクリートとガラクタの山の方に向けた。
「これが、今のシントだ」
目をこすり、その光景にもう一度目を凝らし、そして、またその人に振り返った。
ようやくわたしは気づいた。目の前の瓦礫の山がシントの今の姿なのだと。
わたしが何も言えず呆然としていると、
「シントを少し見学してみないかい?」
その人は言った。
その人の遠くを見つめる視線の先には、今のその姿からは考えられない、いつかの華やかなシントの街並みが浮かんでいるようだった。
彼女の話によると、シントがこのような姿になってしまったのは数年ほど前のことで、当時は国内外で色々と騒がれ、救助隊やボランティアの人なんかも大勢いたそうだ。しかし、最近ではめっきり人もいなくなってしまい、たまにやってくる者と言えば、
「シントが崩れ去ってしまったことすら知らない、君のような田舎者だけだよ」
だ、そうである。
その人は、丘の上にある自身の住む家の庭から、たまたま道の上で見慣れぬ二輪車と寝ているわたしが見えたので、わざわざ様子を見に降りてきたのだそうだ。その人はわたしのことを久々の来訪者だと、とても喜んでいた。
わたしはその人勧めで、シントを案内してもらうことにした。
その人に連れられ、わたしはいくつものコンクリートの塊を乗り越え、割れたガラスを避け、傾き今にも崩れ落ちそうな柱の下を何回もくぐった。その度にその人はここには劇場があって休日には大勢の人で賑わったとか、あっちにはおいしいハンバーガー屋があって自分もよく利用していたとか、この街で大勢の人々が暮らし、行き交い、笑い合っていたころの様子を事細かくわたしに教えてくれた。そして、この街の歴史や、自分とこのことについても話してくれた。
1‐4 シントのこと
「シント」という名前はこの街が大きく発展してから呼ばれるようになった名で、まだこの街が開発されていなかったころは「シント」とは呼ばれていなかった。
この街は四方を山で囲まれた盆地にあり、この土地に来るには必ず坂を下らないといけないからと、以前は「クダリ」という名でこの街は呼ばれていた。
その昔、この国の衰退が始まったころ、クダリの北側と東側の山で、とても貴重な鉱物資源が発見された。そして、その鉱物資源がとても大きな金になるとわかると、その鉱物資源を掘るために全国から沢山の労働者がクダリの山に駆りだされた。やがて、クダリの村の人口が増えると労働者相手の商売をしようと、商売人が村に集まるようになった。次には労働者からの預金を、新しく商売を始めようとする商売人相手に貸しつけて儲けようと、銀行家たちがクダリにやってきた。やがて、国中のヒトとカネとモノが一地方村であったはずのクダリに集まるようになっていた。
クダリの村が町へ、町が街へと発展すると街の外へ通じる交通インフラストラクチャーも整備させるようになった。砂利道だったクダリへの細道は広げられ、アスファルトで舗装され、立派な幹線道路となり、多くのモノを運ぶための大型トラックと、大量のヒトを運ぶための大型バスがひっきりなしに駆け巡るようになった。
交通が整備されると、さらに人が集まるようになり、街がより一層、発展することになった。
町の中心部には学校が建ち、病院が建ち、娯楽施設が建ち、ついには高いビルがいくつも建つようになった。そのころには肝心の鉱物資源はほとんど採り尽くされ、山は禿げあがり、鉱山の仕事はほぼゼロになっていた。しかし、鉱山職の代わりになる仕事が次々と現れ、それを目当てにクダリには国中から大勢の人々が集まった。
一度勢いに乗った町の発展は留まるところを知らなかった。遂に街の経済規模はこの国の首都すら追い抜き、全国一の商業と金融の街へと変貌を遂げた。市街地では銀行家や成功した経営者が四輪車を乗り回し、そんな人たちを相手にした高級デパートが軒を連ね、そんな金持ち客を取り合った。クダリはこの国の都をも名実ともに上回る都市として国中の人から讃えられた。同時に「クダリ」の名は発展を続けるこの街には合わぬ、縁起の悪い名であるとされ、新しく住み着いた街の人々から嫌われた。代わりに誰が言い始めたか「シント」という名が全国に広まるようになっていった。
シントは衰退していく一方のこの国で唯一、発展を続けた都市であった。
私の曽祖父たちもまた他の多くの人たちと同じように、他の地から移住してきた鉱山労働者で、北や東の鉱山でつるはし片手に汗水たらし働いていたそうだ。しかし、そのような日々も長くは続かず、祖父母が成人するころには鉱物は採り尽くされてしまい、採鉱の仕事はほとんど無くなっていた。ただ、そのころのクダリに代わりの仕事なんかいくらでもあった。当時、シントの人口は増え続け、働き口も溢れかえるほどあり、賃金は軒並み上昇していった。
私の両親が結婚するころになっても、シントの勢いは衰えるところを知らなかった。父は難なく職に付き、ホワイトカラーのサラリーマンとして家計を支え、母は主婦として家庭を支えた。
やがて夫婦の間には二人の子供ができた。その夫婦は子供たちに健やかに、穏やかに、そして、立派に成長して欲しいと願った。父と母と二人の子、合わせて四人の平凡な家庭だった。四人の仲はとても良く、家族のあいだに大きな混乱も起きることなく、普通に、ゆるやかに、楽しく私たちは暮らした。四人の家族全員ともそんな幸せな時間がずっとずっと続くのだと思って疑わなかった。
シントと名の変わったこの街のもまた、そんな二人の子の成長に負けず劣らずの勢いでぐんぐんと成長を続けていた。そのころは、私たち家族だけでなく、街の人みんながそんな平和な時代がずっとずっと続くと信じていた。
1‐5 六日目(午後)
瓦礫の樹海をその人の後についてしばらく進むと、とても大きな、開けた通りに出た。
わたしはこんなにも広い舗装された通りを見るのは生まれて初めてだった。道の真ん中にはわたしの背丈くらいの常緑樹が一列に等間隔で植えられており、その両脇に四輪車が三台は並んで走れそうなほど広い通りがそれぞれ通っていた。一番大きなその二本の通りの両脇には背の高い銀杏の木がこれまたきっちり一列に植えられ、銀杏の外側には人が十人は並んで通れそうなタイル貼りの側道が通っていた。その人は左側の太い道が向こうに行く自動車が通る道で、右側の道がこっちにくる自動車が通る道、両脇にある側道は人が歩くための道だと教えてくれた。これほど大きな通りを生まれて始めて見たのでわたしはとても驚いた。
わたしはもうひとつ驚いたことあった。この街を歩くあいだ、高い建物はすべて、残らずなぎ倒されているものだと思っていたが、そうではなかったのだ。ひとつだけ倒れていないビルがその通りから見えた。
わたしたちが立つ大通りの先には、わたしの地元の村で一番高い山よりも背の高そうな、まさしく超高層ビルが立派にそびえ立っていた。少しも傾くことなく、少しも歪むことなく、そのビルは堂々と、まるでこのシントの街の主であるかのように。写真ではビルというものを見たことはあったが、実際に見て、まさかここまで圧倒されるものだとは思いもしなかった。あまりの偉大さに我を忘れて感動し尽くしていたが、同時に、大通りに並ぶ高層ビルは全て根本から横倒しになっているのに、なぜそのビルだけ何事もなかったように居座り続けているのか。
わたしはその姿に少しばかりの疑問と恐怖を感じた。
「この街で一番高い建物だ。今も昔もね」
その人は言うと、少し悲しそうな目で苦笑いを浮かべた。
わたしはというと、予想とはだいぶ違ったものの、楽しみにしていたビルを見ることができて少しばかり興奮していた。好奇心と物珍しさに心惹かれ、わたしたちは大通りを真っ直ぐ、ビルに向かって歩いた。その人は、以前は何度もこのビルに来たことがあるらしく、そのビルのことについても詳しかった。
ビルの真下までやってくると、その人は、
「階段で上まで登ってみようか」
とわたしを誘ってくれた。
はじめ、わたしは他の建物みたいにこのビルも崩れたら危ないからと断ったが、
「このビルは大丈夫なんだ」
と、言うので、結局、胸の高鳴りを抑えきれなかったわたしは、その提案を受け入れた。
ビルの中は薄暗かった。一応、壁一面の大きな窓ガラスは、たくさんの太陽光を受け入れるようにはできていたが、この巨大ビルの全体を照らすには光量が少な過ぎるようで、奥に進むと途端に光は遮られた。ビルの奥まったところにあった階段も同様に、ほとんど明かりは届いておらず、懐中電灯なしでは足元も見えなかった。
「階段じゃなくて、エレベーターに乗って上には行けないんですか? エレベーターなら、すぐに頂上に行けますよね」
エレベーターの存在は父から聞いたことがあったので知っている。
「エレベーターの動力は電気だから、発電所が再稼働しない限り二度と動くことはないだろうね」
さっき、田舎者と言われた腹いせに、わたしの知識をアピールして見返してやろうと思ったのだが、「この子は何を言っているんだ」と、半ば呆れた口振りで返されてしまった。どうも逆効果だったみたいである。
結局、わたし達は真っ暗の階段をトボトボと歩き始めた。わたしは山道を登るのは慣れているのだが、階段を延々と上り続けるというのは生まれて初めての経験で、体の疲れよりも、いくら登っても景色が変わらないことに精神的に疲れてしまった。やがて、十分も登り続けるとわたしもその人も荒い息をたてるようになった。途中、『Restaurant』と書かれた案内板が天井から吊り下げられているのをわたしは見つけた。わたしはそれを指さして、
「ここで少し休みません?」
と言った。その人も二つ返事でそれに賛成した。
案内板に従い廊下くねくねと歩くと、『Kitchen square』と書かれた両開きのガラス扉を見つけた。きっと、ここが昔レストランのあったところなのだろう。レストランの中は窓からさす光で明るく照らされ、何百人もが一度に食事できるほど広い部屋に、埃をかぶったテーブルと椅子が整然と並んでいた。
窓際に柔らかそうなソファーが数脚並んでいたので、埃を素手でサッサとはらうと、わたしたちはそこにいったん腰を下ろし休憩することにした。まだ最上階までは距離があったものの、そこからでも十分に街が一望できるほどそこからの見晴らしは良かった。
一息ついて、わたしはずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「なぜこの街は、こんな変わり果てた姿になってしまったのですか?」
「やっぱり気になるよね」
その人は少し返答に困って、しばらく間を置いた。「どこから話したものか」と思案を巡らすと、「やっぱり最初からかな」と小声で独り言を言った。それから、顔を上げてわたしの瞳を見るとようやく、思いついたように口を開いた。
「悲しい話になるけど、それでもいい?」
わたしは無言で頷いた。
1‐6 その人とシント(前編)
この街、いやこの国で一番高いビルのそのてっぺん。晴れた日には僕はときどき一人でここにくることがあった。お金にがめつい人が多いこの街で、珍しくこのビルの最上階にある展望室だけは無料で開放されていたのだ。
初めて僕がここに来たのは、物心がついてすぐのころだった。そのときは、僕のお父さん、お母さん、そして、まだ生まれたばかりの妹と一緒だった。当時は完成して何ヶ月も経っていないころで、休日だということもあり、ビルの展望室は沢山の人でごった返していた。人に囲まれて、「何も見えない」泣き叫ぶ僕をお父さんが肩車してくれて、人と人の隙間から窓の外をわずかに見ることができた。
僕がこのビルと、そこから見えるシントの街並みに魅了されたのはそのときだった。僕はそれから、一人でこの展望室に来るようになった。
展望室からはこの街のすべてが見回せた。僕の通う中等学校。妹の通う初等学校。お父さんが務める会社のビル。お母さんといつも買い物に行くスーパーマーケット。家族みんなが住む自宅。ひいおじいちゃんが働いていたという、禿げ上がったままの北の山と東の山。何百キロも先にある隣町へと続く幹線道。発展を続けるこの街のミニチュアは、見る度に僕に新しい発見と感動を与えてくれた。
僕はそんなシントの街並みと、その街並みを僕の身長の何倍の高さもある大きな窓から見せてくれるこのビルが、とても大好きだった。
その日の朝、僕は起きてすぐカーテンを広げると空を眺めた。見上げた空には雲一つない青空が広がっていた。僕は内心とても嬉しかった。あのビルの展望室から外を見れば、とても綺麗な景色が見えるだろうと思ったからだ。
今日は、世間は平日でお父さんは仕事、妹も授業があったけど、僕の通う学校だけは開校記念日のため特別休校となっていた。
僕はいつもより少しだけ早起きをして、いつものようにご飯を済ませると、全力で自転車をこいであのビル向かった。平日は休日に比べて展望室に来る人は少ないし、朝が早い方が空気は澄んでいて遠くまでよく見渡せると思ったから、僕は急いでビルの展望室に向かった。
案の定、展望室の窓からはいつもは見えない遠くの山々まで見渡せ、その景色は今まで見たことのないくらいに最高のものだった。
展望室の窓におでこを貼りつけて下を眺めると、大勢の人がまるで蟻の行列のように動き回っているのが見えた。家から持ってきた双眼鏡を覗くと、その蟻がスーツを着たサラリーマンや制服姿の学生たちが各々の目的地に足早に向かっている姿だというのがわかった。僕のお父さんや妹もあの中に居るのだろうか。僕はなんだか自分だけ遊んで、まるで悪いことをしているような気がして、とてもドキドキした。
しばらくひとりで景色を眺めていると僕のお父さんと同じ、あるいは少し歳上の一人のおじさんが僕のいる展望室にやってきた。おじさんは何も言わず僕の隣に立つと、少しの間、眼の前に広がる街並みを見ていた。僕は少し不審に思ってそのおじさんから右後ろに一歩、距離を置いた。するとおじさんは視線を窓の外に向けたまま、物憂げな表情で僕に尋ねた。
「君、この街は好きかい」
僕は少し驚いてどもりながらも、「はい」と、答えた。おじさんはもう一段、暗い表情になると、「そうか」と、僕に聞こえるか聞こえないかくらいの声で、ぼそっとつぶやいた。
僕は「この人、なんか変だな」と思った。だけど、特に危険なことをしそうな感じもなかったので、もう一歩後ろに距離を置くと、そこからまた外を眺めることにした。僕は、「いつもより引いてみる景色も、いつもより広く見えておもしろいな」と、思った。
しばらくするとおじさんはまた、外を見たままそっと口を開いて、独り言のようにボソボソと喋り始めた。独り言のようではあったけれど、僕に向かって話しかけていたのは分かったので、僕はそのまま黙ってその話を聞いた。長い話ではあったけど、僕はその話が気になって、やがて、景色よりおじさんの話に集中していた。
1‐7 おじさんとシント(前編)
君は、このシントは昔、「クダリ」という名で呼ばれていたということは、学校で習って知っているだろう。私の家は代々、このクダリの平野と山の土地に関するほとんどすべての権利を持っていた。いや、むしろ、私の家が持つこの辺りの土地のことをクダリという、といったほうが正しいかもしれない。とは言っても、昔のクダリは隣町まで何百キロと離れ、交通も不便。土地としての商業的価値はほぼゼロだった。そこで、私の家ではこの土地はアテにせず、代々、農業と建築業を営んで生計を立ててきた。農業のほうは莫大な土地を一家だけで耕すのは大変だったので、村人たちに土地を貸して、できた農作物を分けてもらっていた。
農業以外で主な収入源であった建築業は、この村で家を建てられるのは私たちだけであったということもあり、仕事は少ないながらも無くなるということはまずなかった。村民の家を補修したり、行政から依頼された役所や道路の整備などをしたりして、先祖代々続く建築会社もなんとかやっていけていた。
ところがあるとき、そんな我が家に転機が訪れた。
国の役人が家にやってきて北と東の山を売って欲しいときた。当時の地主はわたしの曽祖父だったそうだが、彼はその話をその場で断った。例え二束三文の値しかつかない山とはいえ、秋には樹の実が豊富に実り、おいしいきのこが生え、山々に住む動物たちは飢饉のときの食料にもなる。北の山から湧き出る川の水は、ふもとのクダリの村の大事な水源でもあった。そのような、大事な山を何に使うかもわからないのに、おいそれとは譲れないというのは、そのころのクダリの状況を考えると当然のことであった。
数日後、役人はまたやってきた。今度は山の値段を前の数倍に吊り上げて買い取ろうとしてきた。相場を考えるとあまりにも破格だった。しかし、それも曽祖父は断った。そのときは我が家は自分たちのことだけではなく、クダリに住む村人全員のことも考えなければならなかったのだから、そのことは当然だった。
これで、向こうも諦めたかと思ったが、また役人はやってきた。どうすれば山を売ってもらえるか聞きに来たのだ。曽祖父は、
「なぜ北と東の山を欲しがるのか、何にその山を利用するのか、それに答えて私が納得できるならば、値段なんか関係なしに売ってやる」
と、言ったそうだ。役人はそれに対しては、
「答えられない」
の一点張りだった。きっと、答えると売ってもらえないというのがわかっていたのだろう。
しばらく、両者は平行線のままであった。しかし、遂に役人はしびれを切らし、国家権力というものを用いてクダリの北と東の山を没収してしまった。没収された次の日から山にはトラックと重機が何百台と運び込まれ、どこから来たのか大勢の労働者が北と東の山に働きに来るようになった。それに対し、大した対抗手段を持たない曽祖父はなにもできなかった。
今度は、役人は労働者のための宿舎を提供するように求めた。ついでに、
「もし従わなかったら無理矢理にでも土地を没収し、宿舎を建てることになる」
と、脅しをかけてもきた。曽祖父は泣く泣く、村民の耕した畑を潰してそこに宿舎を建てた。
やがて、労働者目当ての商人がやってくるようになった。商人はこの村に店を建てるから土地をよこせと迫ってきた。もちろん、曽祖父は断った。しかし、それからというもの、曽祖父の家には物を投げ入れられたり、ボヤ騒ぎが起きたりといった事件が立て続けに起きるようになった。犯人は明らかにあの商人だった。
ついに、曽祖父はこのことに参ってしまい、田んぼを潰して商店を建てるのを認めてしまった。そのようなことが幾度となく繰り返され、この村から田畑は徐々に消え去り、商店と家が立ち並ぶようになっていった。
曽祖父が守ろうとした、村の自然は家が祖父の代に受け継がれたころには、もう見る影もなくなっていた。
村一面に広がっていた田畑には代わりにマンションやアパートが建ち並ぶようになった。北と東の山の美味の実のなる木はすべて切り倒され、山から動物は姿を消した。代わりに動物園が町の外れに建設された。美しい水を湛えていた川の水は濁り水量は減り、雨が降ると山からの汚泥が大量に流れるようになった。代わりに巨大なダムと下水処理施設を新たに造ることで問題は解決した。
父の代になるころには、受け継がれ残ったものといえば、土地を売って残った莫大な現金資産と、まだ売られていないわずかな土地と、代々続く建築会社だけであった。
一家の持つ土地はどんどん少なくなっていったが、この建築会社はそれに反比例して多くの仕事を受注し、毎年のように増収増益を繰り返した。曽祖父は土地を売る際の条件として、その土地に建物を建てるのはその建築会社にしなければならないと条件をつけたからだ。
そうやって、この町にライバル企業の割り込む余地を作らず、結局この街のほとんどの建造物を我が一家の会社で建てるようになった。
その後も町の成長は続いた。それに合わせ建築会社も大きくなりオフィスビルや巨大商業施設も受注するようになった。
望む、望まないにしろ、我が一家は運が良かった。土地の売却益と建築の仕事があるおかげで町の成長とともに財を築くことができたからだ。しかし、それ以外の、昔からクダリに住んでいた人たちは違った。彼らは何もできないままに、この町の変化についていけず、結局、村の者はみなこの町を去らざるをえなくなった。
やがて、残った土地も莫大な値をつけ売り払われた。この町のほとんどの土地を代々受け継ぎ、管理してきた我が一族も、今となっては、残ったのはたった三千坪ほどの大通りの先にある一家の自宅だけとなった。
十年ほど前、私の父が死に、残った建設会社と、わずかな土地と、莫大な金は全て私のものとなった。そこで、今まで蓄えてきた途方も無いほど膨大な遺産を使い、最後に残った私の土地に、この国で一番となったこの都市にふさわしい、この国で一番高い建物を建てようと決めた。
1‐8 その人とシント(中編)
「そして、できたのがこのビルだ」
僕はおじさんの話を聞き終わると、少しおじさんと話がしてみたいと思った。
「なんで、そんな話を僕にしたんですか?」
「別に君にしたわけじゃあない。独り言だ」
「もしかして、おじさんはこの街のことが嫌いなんですか?」
「そうだなぁ…」
おじさんは悩むように少し首を傾げた。
ほんの数秒後、おじさんの口がゆっくりと開いた。
僕はその質問の答えを聞いてはいけないような嫌な予感して、今更ながら緊張し、唾を飲んだ。
瞬間、突然地面大きくが揺れた。
地震だ。
そう直感すると、途端に揺れは激しさを増し、僕はまっすぐ立っていられなくなっていた。
「大丈夫。この建物は地震なんかじゃ壊れないようにできてある」
おじさんは窓辺の手すりになんとかしがみつきながらも、慌てた僕を優しくなだめてくれた。しかし、なだめかけるその視線先にあるものは僕ではなく、窓の先にあるシントの街並みだった。
揺れは際限なく大きくなり、僕は頭を抱え地面に這いつくばり、なんとかその場に耐えていた。ふと、横目におじさんを見ると、彼は膝立ちで手すりにしがみつき、必至で揺れに耐えていた。だが、やはり大きく見開いた目の視線の先あるのは、その眼下に広がる、僕と同じように慌てふためいているだろう街の景色だけであった。
僕はそのおじさんの姿に、とてつもなく暗い、深い、異様な感じを抱いた。
何分経っただろうか、何十分経っただろうか、もしかしたら長く感じただけで、ほんの数秒のことだったのかもしれない。
ようやく揺れが収まると、僕は恐る恐るまぶたを上げ、頭を抱えていた手をほどいた。まだ体が揺れているような気がした。
ゆっくりバランスを取るように立ち上がると、僕はぐるりと室内を見回した。
なんのことはなかった。
停電したようで室内はさっきより薄暗くはなっているものの、窓が割れたり物が壊れたりした様子はなく、一帯はまるでずっと時間が止まったままでいるかのように静かだった。
おじさんといえば、腰を抜かしたようで、尻餅をついて「ヒィヒィ」と、呼吸を荒げてはいたが、どこかに怪我をした様子もなく、ただただ、手をつき一心不乱に窓の外を凝視し続けているだけだった。
僕は立ち上がると、腰を抜かしたままのおじさんを起こしてあげようと、おじさんの懐に近づくと、脇の下に頭をくぐらせ、腰を支えてあげた。そして、「ヨイショ」と、力を込め立ち上がると同時に僕は顔を上げた。
そのときになって、僕はようやく窓の外の惨状を見た。
事の重大さは僕の認識を遥かに上回っていた。
つい先ほどまで堂々とそびえ立っていた高層ビル群は、ひとつ残らず全て根こそぎ横倒しになり、住宅や低層の商業施設もみなペシャンコに潰れていた。朝の透き通るように吹き抜ける街の空気は、埃が舞い上がり薄汚れていた。
あるところでは火の手があがり、人々は恐怖に怯え逃げ回っていた。またあるところでは変わり果てた街の姿に絶望し、その場にへたり込んでいる人が見えた。他にも生き埋めになった親友を助けようと瓦礫の中に再び飛び込む人、何もできず泣き叫ぶ小さい子供…。
僕が少し目を離した隙に、この街はいつの間にか地獄のど真ん中に移り変わっていた。
僕は何もできず、変わり果てた街の姿を呆然と見つめることしかなかった。
このとき、僕は何を思ったのだろうか。覚えていない。
「そういえば、君の質問にまだ答えていなかったね」
おじさんはしがみついていた僕の肩から離れると、今日一番の明るい声で言った。
「質問って?」
「さっき聞いたじゃないか。この街は好きかって」
おじさんは不気味な笑みをこぼして言った。
僕はこの大変なときに何を言っているのだろうと怪訝に思った。いま、そんななぞなぞごっこをしている場合ではない。きっと、僕のその考えは顔にも表れていたと思う。だけど、おじさんはそんなこともお構いなしだった。おじさんはさっきのボソボソ喋りとはうって変わって、快活に話を始めた。
おじさんは僕の気が沈むほどに、なぜだか、とても楽しそうになっていった。
「私の独り言を聞いた君なら、薄々気づいたとは思うが、私はこの街が嫌いだ。それは先日死んだ私の父も同じだし、きっと、祖父や曽祖父も私と同じ気持ちだっただろう。いや、それどころじゃない。私なんかより、彼らのほうがよほどこの街を嫌悪していただろう。自分の目の前で、先祖代々守ってきた村の秩序と安定が崩壊していったわけだからね。君は、『このおじさんは、こんなときに何を言っているのだろう』って顔をしているね。君の気持ちはよく分かる。私がもし君の立場だったら、きっと同じことを思うだろう。いや、別に君を困らせようとしているわけではない。ただ、少しからかっているだけでね。いや、同じことか。
まあいい。じゃあ、今度はこちらが質問してみよう。今の地震で街の建物が全てぐちゃぐちゃになっているのに、なぜ、このビルだけは何の変わりもなく建っていられるのだと思う? ちなみに、この建物の建築技術が特別素晴らしいものであるというわけはないからね。そもそも、そんな技術は何百年も前から停滞したままだ。どうした? 黙りこんで。思いつかないかい? それとも、そんなこと考えたくもないかい? まあいい。少し質問の内容が意地悪だったかもしれない。君はまだ子供のようだし、特別にヒントを教えてあげよう。私は『なぜ、このビルだけは~』という聞き方をしたが、君はそこに惑わされてはいけない。視野を広げるのだ。単純なことだ。つまり、反対に考えるのだ。『なぜこのビルだけが倒れないのか』ではなく、『なぜこのビル以外の建物が倒れたのか』とね。そして大事な点が二つ。私の家は代々建築会社を営み、この街のほとんど全ての建物を建てたということ。そして、私の家の者は代々、この街のことをとても憎んできたということだ。ほら、確証はないが、答えは見えてくるだろう。なら良い。それで正解だ」
1‐9 おじさんとシント(後編)
私のご先祖様はクダリの田畑と山、そして、そこに住む人々をとても愛していた。
確かに、隣町に行くにも、丸一日を費やさねばならぬほど交通は不便で、村も決して裕福であるとは言い難く、村の誰もが肉や海魚なんかは祝い事でもなければ食べることはできなかった。
しかし、実り豊かな山と川、安定した気候に、栄養豊富な土壌、そして、一生懸命助け合う村の人たちのおかげで村が飢饉や疫病に見舞われることは滅多になく、とても安定した、平和で、おおらかな暮らしを皆が送ることができていた。
ご先祖様はその暮らしぶりに満足し、大地主だからといって偉ぶることはしなかった。村民もまた、そんな我が家の先祖を心から慕っていたそうだ。
だが、ある日を境にクダリの状況は変わった。見知らぬ者が村を出入りし、北と東の山の木々を伐採し始めた。当時、曽祖父を責める者ももちろんいたが、村民も曾祖父から国からの命令だということを聞いてしぶしぶ納得した。
それから間もなく、村の一角の畑が、収穫間近というところで作物ごと潰された。あとに建ったのは山で働く労働者の住む宿舎だった。その畑で作物を育てていた村民は曽祖父に抗議した。しかし、それも、国からの命令だということで、渋々納得してもらった。
次に村の中心の田んぼを潰して、そこに労働者向けのスーパーマーケットが建った。やはりそこで米を育てていた村民は抗議した。曽祖父は鉱山労働者だけでなく、他の村民にも便利になるからと、苦しいながらもなんとかわかってもらおうとした。
話がまとまらない間に、今度は村の東側に二軒目の宿舎ができた。このとき潰されたのは、春先に村人総出で耕したばかりの新しい畑だった。これには、村人はみな怒った。曽祖父は何度も何度も謝ったが、仏の顔も三度まで。今度ばかりは、村の人は誰も曾祖父を許してはくれなかった。そして、そのあいだも新しい建物が建ち続けた。
それからは、曾祖父の一家は金のために村人の仕事を奪い、私腹を肥やす卑しいやつだと村人から蔑まれるようになった。
一時は激しさも増した村人からの抗議だが、やがて、抗議の声はぱったりと途絶えた。村人たちがあきらめたのだ。
田畑が建物に変わるに従って、次第に支えあって、苦難を乗り越えてきた元の住民は散り散りとなっていった。元の村民のうち、ある者は鉱山で労働者として働き、ある者は個人商店を開いた。そして、またある者はこの土地を捨て、どこか遠くへ引っ越してしまった。
曽祖父は悲しかった。苦しかった。やるせなかった。情けなかった。守るべき村の人々を売るようなことをしてしまったことが。何度も何度も後悔した。なぜ、村の人たちが大事に育ててきた土地をよそ者の圧力に屈して手放してしまったのかと。自分があの時、我慢すればと自分を責めた。そして、曽祖父は許せなかった。美しい自然を壊し、村人が一生懸命耕した畑を潰し、村民を苦境に追いやった、国が、商人が、労働者が、この町の人全員が。
ついに、彼はこの町に対する一つの復讐を思い立った。
彼は一家の建築会社がこの町に建物を建てる際、そのすべての建物の土台をわざと貧弱にさせた。大きい地震が来たら必ずペシャンコに崩れ落ちるように。
建物の大小は関係なかった。住宅も学校も病院も高層ビルも、すべて地震で崩れ落ちるようにつくらせた。その復讐は曽祖父が死に、建設会社が子や孫に引き継がれても決して途絶えることはなかった。その建築会社はシントの街に欠陥だらけの建造物を建て続けた。街がその建築会社の建物に埋まるまでずっと。
1‐10 その人とシント(後編)
話を聞いている間、僕は何も言えなかった。
「長話に付き合ってくれて悪いね。私はそろそろ戻ることにする。いや、それにしても君は運がいい。シントで地震に遭って生き延びることができたのだから。その命は大切にしなさい」
長々と話していたおじさんはようやく、窓の外の光景から目を外すと、僕に目を合わせた。おじさんと僕の目が合ったのは、これが初めてだった気がする。そして、最後である。
彼は、ぽんと僕の肩を叩くと、回れ右をし、『EXIT』と書いてある扉に向かって歩き始めた。
「待ってください。僕はまだ答えを聞いていないです」
おじさんは踏み出した足を戻して、振り返り僕の前に立つと、中腰になって、今日出会って初めて僕に視線を合わせた。
「もう、言わなくてもわかるだろう」
「『なぜこのビル以外の建物が倒れたのか』はわかりました。だけど、あなたは『なぜこのビルだけが倒れないのか』と質問したんです。その答えはまだ聞いていません」
「フン、そんなの簡単。私がこの街の最後を見届けるためだ」
「今日、地震が来るって知っていたんですか?」
「まさか。神でもあるまいし。私が今日ここにいたのはたまたまさ」
「…」
僕はそのおじさんを睨みつけた。
「よし、わかった。もうここまで話したんだ。君には全部教えてあげよう。実は曽祖父の遺言で、『最後に残った我が一族の土地に、街で一番高い建物を建てよ』というのがあった。理由はそのビルのてっぺんから、地震でこの街が崩れていくさまをしっかり確認するためだそうだ。しっかり復讐は果たせたか、ってな。だから、この建物だけは地震に強い。それだけだ。大したことないだろう」
睨み続ける僕に、おじさんはやさしく微笑みかけ、僕の頭をグリグリ撫でた。「元気でな」と一言、おじさんはタバコをくわえると、もう一度回れ右をして去っていった。
1‐11 六日目(夜)
長い話が終わって、その人の目を見るとわずかに涙が浮かんでいた。わたしもその姿を見て少し目がうるんだ。
「いや、長く話しすぎた。ごめんね」
「いえ、大丈夫です。なんというか、とても、興味深いというか、変というか、とにかく、悲しい話だけど、つまらない話ではなかったですから」
わたしはどうフォローしていいのか困った。
「はは、ありがとう。そう言ってもらえるなら、話したかいがあるってもんだよ。じゃあ、日が暮れる前に行こうか」
外に見える日はすでに傾き始め、赤みがかっていた。
レストランから展望室までの道のりは、疲れはしたが、思ったより短く感じた。ずっと、さっきの話のことを頭の中で考えていたからかもしれない。
もし、わたしが『僕』だったなら、そのとき、わたしはおじさんの話に何を思っただろうか。どんな感情を抱いたのだろうか。
もう死んでしまったというおじさんの先祖への同情?
村を出ていかざるをえなくなった人たちへの悲しみ?
元々住んでいた人を村から追いやった者への怒り?
でも、おじいさんたちは欠陥まみれの街を残した。
でも、村人たちはおじいさんの気も知らず、執拗に責めた。
でも、村人を追いやったのは、外から移住してきた『僕』のご先祖様たちだ。
それとも、一番初めに出てきた役人が悪い?
でも役人も、強引ではあるけど、この国の発展を考えていたわけで、結果的にその目論見は正しかった。
みんな被害者だし、みんな加害者だ。
当時の『僕』はおじさんの話を聞きながら何を思ったのだろう。今のわたしのように、どうしようもない気持ちでいたのだろうか。
そもそも、わたしだったら、目の前の崩れ去る街の光景におじさんの話なんて耳に入らなかったかもしれない。話を聞いている途中で泣きわめき始めたかもしれない。
そして、何年か後でわたしはこんなに悲しい話を平気な顔をして、今日初めて出会った他人に話せるだろうか。
いったい、今の『僕』は何を思っているのだろう。
展望室は、西から水平に差し込む日の明かりに照らされ、真っ赤に色づいていた。
まるで太陽に吸い込まれるかのように、西側の窓辺に近づくと、手すりを強く握り、窓から恐る恐るビルの下を覗きこんだ。レストランから見たときより、全てものが、ずっと小さく見えた。
あまり声に出して言うと顰蹙を買いそうだが、正直のところ、展望室から見える寂れた街並みはとても綺麗だった。夕日に照らされ、赤く光る巨大なコンクリート片と、その裏側に出来る影そのコントラストはとても幻想的で、遠くにの山々の間に沈む夕日のあまりの美しい紅にはため息が出た。
ただ、その景色はかつて何十万もの人が暮らし、何万もの人が死んでできた跡であって、わたしの立つこの場所で何年も前、『僕』と『おじさん』がさっきの話のようなやり取りをしていたかと思うと、その感動を素直に言葉や仕草で表現することができないのが、とても残念だった。
特に『僕』の前では。
「どうだった、眺めは?」
その質問に、わたしはビクッとした。
「ええ、遠くまでよく見えました」
「そうじゃなくてさ、綺麗だったかって聞いてるんだよ」
その人は少し怒っているように見えた。
「ま、まあ」
「ふっ。別に、遠慮する必要なんかないよ。私だってこんなに綺麗な夕日を見させられたら、あまり美しさに感動して心が揺さぶられる。目の前の瓦礫の下には、まだ、何千、何万という人たちが埋まっているというのにね。まだ、お父さんも、お母さんも、この瓦礫の下に閉じ込められているというのに。あの日からずっと、暗い闇の中で、苦しみながら、もがきながら、僕の助けを求め続けているかもしれないのに。それなのに、それなのに。僕は大事な人を失った悲しさのためではなく、この夕日の美しさのために涙が溢れてくる。なぜだ。どうしてだ。どういうことだ。おかしいだろう。やめてくれ! ふざけるな! 家族を返せ! 友達を返せ! 街のみんなを返せ! あのクソジジイがぁ!」
その人は窓ガラスをグーで何度も何度も、骨が折れるんじゃないかと思えるような強さで叩き続けた。やがて、それに疲れると、地べたにうずくまり、嗚咽をあげ、わんわん泣き続けた。
わたしはそんな姿に、その人に対してなにも言えず、ただ嗚咽に震える背中を擦ることしかできなかった。
ビルを出るころには空の色は深い青紫に変化し、一日の終わりを告げていた。
「あの、昔住んでいた家はどの辺りなんですか」
「どうして?」
「いや、別に、なんとなくです」
「どの辺だったかな。最近は全然行ってないから忘れちゃったよ」
「そうですか」
「それに、いま行っても何もないよ」
会話はそれで途切れ、辺りは虫の音もしない、静けさだけに包まれた。なんとも気まずい空気である。
そんな空気を忘れるように、ぼうっと空を見上げ、薄っすらと見える星の数をかぞえていると、わたしは小石に足をつまずいた。その拍子なのかなんなのか、そこで、わたしはようやく、宿も食料もシーティーの燃料も底を尽いていることを思い出した。それらすべてをシントの街で補おうと計画していたが、そのシントがこの有様であったので、わたしは身動きが取れなくなっていた。
どうすればいいかわからず、そのことをその人に話すと、
「それならうちに来ればいい。なんならしばらく泊まっていけばいいよ」
と、言ってくれた。悪いとは思いながらも、期待していた言葉を聞くことができ、わたしはホッとした。
大問題に解決の兆しが見つかると、今度は今まであまり気にならなかったことが気になるようになった。
太陽も沈み、影が濃くなると、あたりに広がる廃墟の街並みは、昼間のそれとは異なる顔を見せていた。わたしは真っ暗闇のその影から、この世の者ならざるなにかが出てくるのではないかと不安になった。明かり一つない死んだ街の裏側には大量の死体がいまだ埋まっている。何も出てこない方が不自然だという気さえした。
結局、その心配は杞憂に終わったが、これほど怖い思いをしたのは後にも先にもこれ一度きりである。後に聞いたが、その人はわたしの怯えた姿を見て、終始ニヤニヤしっぱなしだったそうだ。意外と性格の悪い人である。
明るいときは、なんて大きな街だろうとか、一人なら絶対迷子になるな、などと思ったが、帰りの街を抜けるまでの道のりは思ったより単純で短かった。足早に歩いたというのもあるだろうが、行きと違って周りの風景を見ている余裕なんて無かったからというのもあるだろう。
街を抜け、荷台に縛りっぱなしだった荷物を取るため、シーティーのもとまで戻ったころには、太陽は完全に姿を消し、あたりを包むのはやわらかな月の明かりだけであった。ふと、街のほうを向くと、瓦礫の山は月の影となり、黒一色で何も見えなかった。その光景は、まるで巨大な風景画の描かれたキャンバスの一部分だけがごっそりくり抜かれているようで、さっきまで、わたしがそこにいたと思うと気味が悪くなった。
その人の住む丘の上に行くにはなだらかな山道を少しだけ歩く必要があった。過去にはその丘も、休日には多くの人が訪れる、街の人たちの憩いの場所となっていたそうで、ふもとから頂上まで広くて歩きやすい一本道が整備されていた。
このときは、さすがに暗くなっていたので、歩きやすいとまでは言えなかったが、手をつないでもらったり、危ないところは注意してもらったりして登ることができた。
額に僅かな汗を垂らし、丘を登りきると数件の似たような家が並んでいた。それらは小さいログハウスで、家というよりもむしろ、小屋といった感じだった。どうも、その一帯は少し平らになっているらしく、その人の他にもこの丘に住人がいて、それぞれの家の窓からはほのかな明かりと話し声が聞こえた。
その人はその内の一軒の扉を鍵もなしに開けると、わたしを招き入れてくれた。慣れた手つきで灯油ランプにマッチで火を灯すと、暖かな光に室内は照らされた。家の中は木の温もりにあふれ、清潔であった。ただ、あまりにも質素でわたしには少し物足りなく感じた。
居間に通され、差し出されたお茶をすすっているあいだもその人はせわしなく、お風呂の用意やら、食事の準備をしてくれていた。わたしが、なにか手伝おうかと尋ねても、
「大丈夫、そこでゆっくりしてて」
と言って、何もさせてはくれなかった。
居間にあった木製の背もたれ付きの椅子に腰かけて、その人のせわしなく働いている姿を眺めていると、わたしは料理の火も、お湯を沸かすのにも薪を使っていないことに気づいた。不思議に思って尋ねてみると、
「ガスだよー」
と、間延びした返事が返ってきた。
瓦礫以外に何もない街なのに、なぜガスが使えるのだろうか。尋ねてみると、
「下にいっぱい落ちてるからねー」
と、いうことであった。意味がわからなかったが、さらに詳しく聞いてみると、どうやら、街に行けばたくさんの未使用ガスボンベが転がっているから、それを使っているのだそうだ。案外、今のシントも遺産を巧みに利用すれば住みやすそうである。しかし、そんなことを聞くと、「いつか爆発したりしないのか」と、少し不安にもなってしまう。
ぼ~っと、そんなことを考えていると、台所から声が聞こえた。
「お風呂、沸いたから入っておいで」
しかし、わたしも人の子なのである。不安にもなってしまうが、理性の袋は、小さな欲望でも、詰め込もうとすると、いとも簡単にはち切れてしまうものなのだ。
「お風呂いただきます」
わたしは一つ返事で答えた。
昨日は一日中シーティーと一緒に走り続け、今日も日中ずっと歩いて、全身くたくたになってしまったわたしの体に、このご褒美は非常によく効いた。久々の湯船は全身の疲れを洗い流してくれるようで、このときばかりは人の家にお邪魔しているのも忘れて、長風呂を心行くまで楽しんだ。
お風呂から上がると食卓には既に夕食が並べられていた。見た目、決して豪華な食事とはいえないが、ご飯のおかずに焼いた川魚や、山菜のお浸し、味噌汁などが丁寧にお皿に並べられていて、彩り豊かでとてもおいしそうだった。
「なんでこんなにしてくれるのですか? わたしにも何かさせてください」
「久しぶりのお客さんだからね。ま、そんなこと気にしないで、冷める前に食べて」
このときわたしはとてもお腹が空いていた。考えてみると昨日の夜、寝る前に少しのおにぎりを食べて以来の食事だった。風呂から上がってスッキリして、今は何よりも食欲がまさっていたわたしは、感謝の言葉もそこそこに、その人の言葉に甘えることにした。
「いただきます」
わたしは二つ返事で答えた。
食事は見た目の通りで、とてもおいしかった。薄めの味つけは素材の味を引き出してくれたし、大盛りのご飯はわたしのおなかをいっぱいに満たしてくれた。
一通りの欲求が満たされて、わたしは理性を少しずつ取り戻していった。そして、さっきから抱いていた疑問の答えが知りたくなった。こうなると、せっかく芽生えた理性は押し戻され、「失礼かも」と、思いながらその人に聞いてしまうのである。
「さっきも聞いたのですけど、見ず知らずの者になんであなたはここまでしてくれるのですか」
ふざけた顔では良くないと、多少の理性を働かせてまじめな顔をして尋ねると、その人は微笑みながら、今度ははぐらかさずに、本当のことを話してくれた。
「君は、私のとても大切な人に似ているんだ。いや、大切だった人のほうが正しいかな」
「大切な人…ですか?」
「気になる?」
「はい!」
わたしは、「聞くしかない」と、思った。
「フフ、言うと思った」
たぶん、その人も「言うしかない」と、思ったに違いない。
そして、『大切な人』の話をしてくれた。
1‐12 その人と妹
僕には三つほど歳は離れた妹がいる。僕と妹との仲はとても良かった。
妹はとても良い子だった。愛嬌があって、人懐っこくて、彼女の側にいるだけでみんなが笑顔になる。そういう子だった。あまりの彼女の人気ぶりにときどき僕は妹に嫉妬心を抱くほどだった。彼女はそんな僕の気を知ってか知らずか、そういう思いをすると、すぐに「お兄ちゃん」と言って僕にじゃれついてきた。まあ、「お兄ちゃん」と呼ばせているのは他の誰でもない僕自身なのだけど。そうしていると、いつの間にか僕まで彼女の屈託のない笑顔にあてられ、さっきまでの嫌な気持ちなんかはどうでもよくなってしまうのだった。
彼女は僕にとって最高の自慢の妹だ。
今日も、僕と妹は両親と一緒に家族団らんで朝食を食べた。僕の通う中等学校と、妹の通う初等学校は方角が同じなので、普通の平日なら食事あと、家を出て途中まで一緒に歩いて行くのだが、今日は「平日」ではあったが、「普通の」ではなかった。
今日は僕の学校は開校記念日でお休みなのである。
僕は普段の倍の速さでご飯を食べ終えると、急いで歯を磨いて、顔を洗って、トイレを済ませた。いつもなら、朝の占いを家族で見て一喜一憂するところだけど、今日はそんなものには目もくれず、自転車の鍵を棚からひったくると、
「いってきます」
と、未だにご飯を食べてるお父さんとお母さんと妹に声をかけた。お父さんとお母さんは新聞やテレビに夢中で適当な返事だったけど、妹だけはしっかり僕の顔を見て、
「いってらっしゃい」
と、返してくれた。このときも彼女は満面の笑顔を向けてくれていた。
それが、僕たち姉妹の最後の会話だった。
僕は玄関の鍵もかけずに自転車に飛び乗ると、ペダルを踏みしめ思いっきり漕いだ。行き先は学校ではなく、この街で一番高いあのビル。
向かい風の頬をすり抜ける朝の乾いた空気はまだ少し冷たかった。でも、その風は暖かい家の中で、火照った体にはとても心地が良く、まだ少し寝ぼけていた僕の頭を一気に起こしてくれた。
十五分ほど全力で自転車を漕いで、ほかの建物の影になって見えなかったビルが、大きく目の前に現れた。あっという間の十五分だったが、僕はこのときになって、疲れて息が切れかかっているのに気付いた。それでも、足は止まらなかった。
さらに五分ほど走ってビルの裾に着いた。ビルの脇の歩道に自転車を乗り捨てるように停めると、僕は早足で展望室を目指した。いつもはカメラを構えた観光客が大勢いる道だが、平日の早朝ではその姿はほとんど無く、代わりに出勤中であろうスーツ姿のサラリーマンがパラパラといるだけだった。
ビルの中にも人はまばらで、居るにしても、このビルに勤めているであろうスーツの人か警備員くらいなものだった。そんな中、一人のんきに僕みたいな子供うろついているのは場違いで、なにか悪いことをしているような気がした。
最上階の展望室直通のエレベーターに乗りこんだのも僕一人だった。いつもは満員で他の人は邪魔に思えるものだけど、誰もいないというのは、それはそれで寂しかった。
だけど、展望室に着いて見えた光景は、僕のそんな思いを一瞬で吹き飛ばすほどに綺麗なものだった。どこまででも遠くを見渡せるほどに澄んだ空気、東のまだ低いところにある太陽、展望室には何回も来たことはあるけど、こんなにも感動的な景色を見るのは今回が初めてである。
家から持ってきた双眼鏡を覗くと、地上では通勤通学に勤しむ、制服や、スーツを着た人たち、公園では奇妙な動きを繰り返す体操をしている人がいて、駅では住宅街とオフィス街を結ぶ列車がひっきりなしに発着を繰り返している。
すべての景色が新鮮だった。なぜなら僕がいつもいるのは下の世界なのだから。動きまわる人々をこの街で最も高いところから、たった一人で見下ろす僕。神の気分を少しだけ味わった気がした。
おじさんがここに現れたのは、僕がそんな光景に心を躍らせ、そんな考えに胸を弾ませているときのことだった。
そして、まもなく、地震は起きた。
揺れが収まり、おじさんが去っても、僕はしばらく何もできなかった。
何をすればいいのか分からなかった。
いつも余計なことばかり考える僕の脳みそは、電池が抜かれた時計のように、ピクリとも働かなかった。呆然と下を眺めているだけで、脳みそが止まったまま、その外ではただただ時間が過ぎていった。
澄んだ空気を遮り、立ち上る黒い煙を眺め、ようやく、わずかに働いた僕の頭は、家族のことを思い出した。お父さんとお母さんは無事だろうか、妹は生きているだろうか。
そう思うと、今になって僕は居ても立ってもいられなくなった。そもそも、なぜこんな大事なことを考えられなかったのだろうか。無性に腹が立った。
エレベーターの「→」ボタンを連打して何も反応がないとわかると、僕は無我夢中で階段を駆け降りた。何度かつまずきそうになりながらも、今何階になのかもわからなかったけれど、息が切れていることも忘れ、ひたすら走った。
一階に降りると止めていた自転車に飛び乗り、一番に妹のいる学校に向かった。理由は、妹のいる学校がここから一番近い家族のいるところだというのもあったけど、それより、こういう時こそ自分が妹を守らないといけないと思ったから、自分が妹の一番頼れる存在でありたいと思ったからである。
だって、僕…、じゃない、私は。
私は、兄…、なんかではない。
ただ唯一の姉なのだから。
学校までの道は地震のせいで大穴が開いていたり、ひび割れて段差ができていたり、倒れた建物や潰れた車、大勢の行き場を失った人々に遮られ、思うように進めなかった。
ひどい光景だった。
あちこちから火の手があがっていたが、消す人も水もなにもなかった。火の手から逃げ遅れた人は誰の助けもないまま死んでいった。
私はこの日、生まれて初めて人の死体を見た。もしかしたら生きていたのかもしれないけれど、誰も構っていなかったから、きっと死んでいたのだろう。腕がなかったのを覚えている。
あちらこちらで、瓦礫を前に泣き叫ぶ人を見た。
「まだ子供が中にいるの」
「主人が…」
「誰か手伝ってくれ!」
どうしようもなかった。僕も街のみんなも。無限に広がる瓦礫の山を前に無力だった。
みんな自分のことで手一杯だった。足の骨を折っただけならまだマシ。呼吸をするのがやっと、額からおびただしい量の血を流している人、激痛で聞いていられないほどの奇声をあげている人もいた。もしかしたら、無傷な人なんて自分以外いなかったのかもしれない。それくらい道中は怪我人で溢れかえっていた。きっと死んだ人は瓦礫の下にもっといたのだろう。
途中、そんな人たちの助けを乞う叫びを何度も耳にした。でも、私は心を鬼にして見て見ぬふりを決め込んだ。申し訳ないけど、あなたを見殺しにしようとも、私は妹を優先させてもらう。命に優劣はないけど、絶対に死んでもらいたくない人が他にいるから。
崩れたビルの瓦礫の山を前に自転車は通る隙もなく、私は自転車を乗り捨て、山を越え、死体を踏みつけ、普段の三倍以上の時間をかけて、ようやく妹の学校に着いた。
しかし、私の目に飛び込んだその惨状は、背を向いて走って逃げ出したくなるほどにひどいものだった。
私もつい最近まで通っていた、私の妹が通う学校。その思い出の校舎は跡形もなく消え去っていた。
代わりにあるのは薄灰色のコンクリート片の山。
このとき私は、そのコンクリートの山から聞こえてくる声に耐えることができなかった。瓦礫のあちらこちらから、
「くるしいよ」
と、呻く声。
「いたい、いたい」
と、泣き叫ぶ声。
「おかあさん、おとうさん!」
と、助けを求める声。
学校全体に悲痛にわめく声が響いていた。
私は戸惑った。何もしたくなかった。目を瞑って、耳をふさいで誰もいないどこかへ走り出したくなった。
でも、そんな場所なんてないし、そんなことできるわけない。
行くしかない。
私はつばを飲み込み、ぐっと歯を食いしばって、山盛りの瓦礫に向かった。
もしかしたら、瓦礫の下に居る子供を踏んでしまうかもしれない。でも、仕方なかった。妹のためだ。
妹のいるクラスの位置は知っているので、私はそのクラスのある辺りだけを探した。瓦礫の隙間から中を覗いて、どけられそうなら瓦礫をどけて。途中で何人か生きた生徒を見つけた。その中には妹のクラスメイトもいた。
見つけた子の中には何とか私が引っ張りあげて助かった子もいれば、瓦礫が挟まって、どうしても動かないので、
「もうすぐ救助が来るからそれまで頑張って」
と、適当なことを言って放置した子もいた。もちろん、死んだ子もいたけど、そういうのはどうしようもない、置いておいた。
慣れない体の使い方に体力が徐々になくなり、集中力が薄れているのがわかった。手先の切り傷から血があふれ、手は真っ赤になり、ひざやひじには擦り傷が無数にできて、服の下から血が滲み、瓦礫に足を取られ足首をくじいてしまった。でも、今はそんなものどうでもいい。本当はよくないけど、よしとするしかなかった。
夕方近くになってとうとう日が傾いてきた。この時期はまだ日の入りが早い、あと一~二時間もすれば辺りは真っ暗になるはずである。そうすれば明日の夜明けまで妹の捜索はできない。そして、なにより季節はまだ春先。夜はとても寒く、もしかしたら、そのせいで生きている妹が、凍えて死んでしまうかもしれない。何とか日暮れまでに妹を見つけたかった。
無我夢中で瓦礫をかき分け、できた隙間に顔を突っ込み、必死に妹の名前を叫んだ。返事は一向に聞かれなかった。私は焦った。
さっきまで辺りで叫んでいた生徒たちの声は、日が落ち空気が冷たくなるに連れて、徐々に小さくなっていた。
「もしかしたら、妹は運良く逃げ出していて、今ごろはお父さんとお母さんと妹で私が帰らないのを心配しているかもしれない。きっとそうだ。念のため、暗くなるまで探して、もし見つからなかったら家に帰ろう。きっとみんな私を待ってる」
もちろん、その可能性がないわけではない。ただ、あまりにも楽観的すぎる。だけど、それでも、今の私はそう独り言をつぶやいて、必死に涙を止めないと、どうにかなりそうだった。
暗くなるにつれて私は現実から次第に目を背けるようになっていった。
実際のところ、頭の中では分かっていたのかもしれない。もうダメだと。
いや、わかっていた。もうダメなのだ。ただ、そのことを考えたくはなかった。
「やっぱり、ここにはいないのかな」
とうとう日は沈み、辺りはほとんど真っ暗といっていいほどに暗くなっていた。
私の体力も体の痛みも限界である。
「これで最後にしよう」
私はコンクリート片に挟まっていた足の曲がった机を、わずかな気力だけで引っこ抜いた。
「……………………………………………………………………………なんで……………」
あんなに一生懸命探したのに、見つけなければよかったと思った。
こんなことなら、探さなければよかったと思った。
どかした机の下には丸くうずくまっている妹の姿があった。
傷だらけの血まみれになってしまった手のひらで、妹の頬を撫でると、驚くほど冷たかった。
最後の力で彼女を引っ張りあげると、以外なほど軽かった。お姫様抱っこのように持ち上げたというのに、彼女は丸くうずくまったまま硬直していて、ピクリとも動かなかった。
泣きたかったけれど涙はでてこなかった。そんな体力は残っていなかった。
叫びたかったけど声はでてこなかった。喉は潰れていた。
子供たちの叫び声は、もう、どこからも聞こえなくなっていた。
自宅までの道のりは瓦礫による障害物だらけでとても険しかった。もはや道灯り一つない通学路は、私が数年前まで毎日歩いていた道だけれど、あまりに暗く、あまりに景色が変わりすぎて、私は迷子になりかけた。
途中、障害物に何度も足を取られ転び、その都度、妹を地面に落とした。
抱いた妹を初めて落としたときは、心の底から妹に対して「ごめんなさい」と謝った。でも、何回も何回も同じことをしているうちに、そのことに慣れてしまい、その都度謝るのが面倒くさくなってしまい、頭では「ごめん」と唱えつつも、心では死んだ妹を邪魔に感じてしまっていた。私は、その辺に置いてきてしまおうか何度となく思った。そして、その思いが浮かぶ度に私は罪悪感に駆られた。
たった十数分の道のりを何度もつまずきながら一時間かけて、ようやく私たち姉妹は家の前にたどり着いた。
家は潰れてなくなっていた。あたりまえだった。この街全部が潰れているのだ。私の家だけ運良く残っている、なんてことはあるわけない。
童話に出てくる魔女のような、ひどくしゃがれた声で、何度も「お父さん!お母さん!」と、玄関のあったところの前で叫んでみたが、返事はなかった。
目線を上に移すと、半分だけ欠けた月が、ぽっかり空に浮かんでいた。そこにあるはずは、綺麗なお月様でも、星が煌く夜空でもない、二階の私の部屋だ!
行きたくはないけど、既に選択肢はなかった。この街で、寒い夜を凌げるところはもうそこだけ。もしかしたら父も母もそこに避難しているのかもしれない。
仕方なく、私はこの街で唯一無傷のあのビルに行くことにした。
夜はさらに更け、寒さはさらに厳しさを増していた。
ビルに着いたころには身も心もボロボロだった。
ここに来るまでの道中、後ろ手に妹の腕を掴みズルズルと引きずっていた。でも、次第に私の腕はしびれ、体力も精神力も一歩足を踏み出すたびに削り取られていくのが実感できた。ビルまでの道半ばには、妹なんてどうでもよくなっていた。死んだ肉体があったところで、どうせ生き返えることなどないのだから。
そんなことより私は休みたかった。ご飯なんて食べなくてもいい。熱いシャワーなんかいらない。ふかふかのベッドなんか欲しいとも思わない。それよりなにより、私は疲れた。このまま、その辺に倒れこんでしまおうかとも思った。寒いのは嫌だけど、とにかく私は体を休めたかった。
我ながら、よくここまで踏ん張ったと思う。
ビルの前には大勢の人がいた。なんとか震災から逃れた人もいたし、瓦礫に潰され傷だらけになった人もした。火をかぶり大火傷をした人なんかは、見ていてとても痛々しかった。とにかく、ここには男、女、老人、青年、子供、赤ちゃん…いろんな人がいた。
病院も家も学校もなくなってしまい、街の人たちはここに逃げるしかなかった。そして、みんな誰かしらを探していた。きっと私と同じなのだろう。
集まった人たちは瓦礫の中から木材や燃料を見つけ、それを燃やしていた。お陰でビルの周辺だけは明るく、暖かくてわたしは少しほっとした。
人々の中にはビンに入った水を、宝石でも売るかのような高価な値段をつけて売る人なんていうのもいた。そしてそれを買う金持ちの人もいた。一様に皆、体は傷だらけだった。
しばらくその様子をぼーっと見ていると、やがて、その商売の仕方に難癖をつける若者が現れた。
「足元を見やがって」
そんなふうに、若者は叫んでいた。売り子の方は、
「こっちの勝手だろう」
と、相手にもしなかった。しばらく二人は言い合っていたが、ついに怒りが頂点に達した若者は売り子に殴りかかった。売り子のほうも殴り返そうと応戦したが、その売り子は今度は別の男に背中を蹴られた。騒ぎを見ていた辺りの人々は皆、若者の味方をし、若者と同じように売り子に殴りかかっていた。たこ殴りに遭いながら売り子は必死に、
「もうしません。許してください」
と、詫びたが、誰一人としてその悲鳴を聞くことはなかった。次第に売り子の声はかすれ、小さくなり、やがて消えた。すると周りの人たちは、持てるだけのビンを目一杯抱えてその場から立ち去った。私もその混乱に乗じて一本だけ取った。
私だってのどが渇いていた。
水を飲み干し、喉の渇きを潤すと、眠気が襲ってきた。一日中、全身の筋肉を酷使するのは、私にはとてもきつかった。
寝床を探すため、私はビルを何階か上り、いくつかの部屋を巡った。五、六室くらい部屋を回って、誰もいないこじんまりした応接室のような部屋を見つけた。私は柔らかそうなソファーだけに目を奪われ、無意識にそこに倒れこんだ。
そして、そのまま朝まで、まるで死んだかのように眠った。
その後も、父と母が見つかることはなかった。
妹の死体もあとに探した時には消えていた。
私は三日三晩、大声をあげて泣きつづけた。
1‐13 七日目(午前)
次の日の朝、わたしが目を覚ましリビングに向かうと、食卓にはすでに二人分の朝食が並べられていた。
「おはよう」
昨日、あのビルとこの家で彼女の話を聞いて、わたしは胸が締めつけられるような思いがした。朝になってもまだそのモヤモヤが心に残っている。話している彼女はきっと、もっと辛かっただろう。
それにも関わらず、彼女は目一杯の笑顔で寝ぼけ眼のわたしを迎えてくれた。わたしは、彼女はとても強い人だと思った。
「おはようございます」
わたしはお礼の意味も込めてお辞儀した。
「ちょうど今から起こしに行こうと思っていたんだよ。ご飯をよそうから、ちょっと座って待っててね」
「いえ、それくらいは自分で…」
「いいから、座って。今、お茶もいれるからね」
さすが、お兄…じゃない、お姉ちゃん。わたしを無理矢理イスに座らせると、押しに弱い妹(代わり)のわたしは「はぁ、どうも」と従うしかなかった。
食事を終えて、せめて何か家事を手伝おうと食べ終えた食器を洗っていると、そのあいだに彼女はわたしと自分の二人分の洗濯物を洗い終えていた。このとき、わたしは「ああ、この人には敵わないな」と思った。
ふたり仲良く並んで、洗った洗濯物を干していると、彼女はわたしをピクニックに誘ってくれた。彼女たちが住む丘の、街とは反対側に向かう坂道を下って行くと、とてもきれいな泉があるのだそうだ。
その泉はシントがまだ健在していたころには街の人々が多く訪れ、みなの憩いの場になっていたのだそうだ。
「そこに行って、お昼を食べよう」
彼女は、そう言った。
「あまり長居しても申し訳ないので、そろそろ帰り支度を…」
わたしは、と一度断ろうとはしたけれど、
「気にしないで、しばらくゆっくりしていきなよ。街と違って泉は気持ちがいいよ」
と、彼女に言葉を遮られた。やっぱり押しの弱い妹は、お姉ちゃんについてピクニックに行くことになった。
彼女とわたしとでお弁当のサンドイッチを作り、それをバスケットに詰め、水筒にはお茶を注いだ。ピクニックの支度が終わり、家を出るころには居間の壁に掛けられた鳩時計が、
「ホッピョー」
と、不思議で間抜けな鳴き声を十一回ほど家中に響かせていた。
泉まで続くなだらかな山道は木材や石材を上手に使って丁寧に整備がなされており、バスケット片手に首から水筒をぶら下げた体力のないわたしでも、難なく進むことができた。道中には様々な種類の落葉樹が生い茂り、薄暗いながらも所々にあふれる木漏れ日が緑を美しく照らしていた。
街が潰れ、人が消え、泉に続く道を通る人々がほとんどいなくなっても、この道が今でも綺麗な状態で残っているのは、泉を愛し続ける人たちが整備し続けてくれているからなのだそうだ。わたしが泊まった、彼女の家もある丘に住む人々は全員、多少なりともその泉に心奪われた人たちなのだという。いつも道を整備してくれる人たちも、彼女の家のすぐ近くに彼女と同様に小さい家を建てて暮らしているそうだ。昨日の夜、外に漏れていた話声は、きっとその人たちのものなのだろう。
その話を聞いて、わたしは丘に住む人以外にも、シントに残っている人がいるのか気になった。彼女によると、
「わたしたちが昨日会わなかっただけで、いないことはない」
とのことらしい。
「ホントに、チョットだけだけどね」
さらに彼女はつけ足した。
瓦礫の隙間に畑を耕し自給自足をする人や、シントを転々とし街中から使えそうなものを拾っては遠方の街に売りに行って生計を立てている人、わたしは気づかなかったけど、昨日行ったビルに住み着いている人もなんかもいるそうだ。しかし、そういう人たちの多くは、未だ行方不明の愛する人のことが諦められなかったり、身寄りがどこにもなく、行くあてがなかったりと特別な事情がある人がほとんどだそうで、震災を生き残った人たちのほとんどは、もうシントにはいないそうだ。
わたしは失礼だと思いながらも、彼女になぜこの地に残っているのか聞いてみた。彼女がこの地に残る理由はただ、『その泉に心奪われた』だけではないはずだ。けれど、彼女は、
「なんとなくかな」
と、歯切れの悪い返事をするだけだった。
のんびりと森の景色を眺めながら三十分ほど歩くと、急に視界が開け、大きな泉が現れた。
泉はまるで巨大な鏡でも置いてあるかのように、太陽の光と、空の青と、雲の白と、木々の緑を反射し、映し出していた。わたしは地面にも空が広がっているかのように見えるその光景に感動し、息を呑んだ。近づいて泉を覗きこむと水は透き通っていて、大小様々な魚が泳ぎまわっているのを見ることができた。
水の中に両手を差し伸べると水は雪のように冷たくて、気持ちが良かった。しばらく歩いて、体温の上がったわたしの体には、泉の水の冷たさがわたしに力を与えてくれているような気さえした。
この泉も、以前は都会の喧騒から自然の中に憩いを求め、たくさんの人たちが散策にやってきたそうだ。が、今となっては野鳥のさえずる声が遠くから聞こえるくらいで、私たちと野生の動物たち以外には誰もいない。
辺境の泉はとても静かなものだった。
「それじゃあ、そろそろお昼にしようか」
池畔に小石の少ない平らなところを見つけ、そこに持参したピクニックシートを広げた。わたしは後ろ回りをするかのような勢いで「よいしょ」と、泉の方を向いておしりをついた。バスケットのサンドイッチはしばらく私の振る腕に揺られていたせいか端に寄っていた。私はその中で、一番かたちの悪いサンドイッチを手にとった。彼女も私の隣に腰を掛けると、その次にかたちの悪いサンドイッチを手にとった。彼女の家からもってきた、木に穴をくり抜いただけのシンプルなコップにお茶を注ぐと、二人して小声で「乾杯」と言って、わたしはそのお茶を一気に飲み干した。
「とても綺麗な泉ですね」
「でしょ」
わたしたちはサンドイッチ片手に泉を眺めながら話をした。私は地元からシントまでの道中で見たもの、聞いたこと、出会った人のことを話し、彼女は初めてこの泉に家族と来たときのことを話してくれた。
1‐14 その人と泉と妹
僕がこの泉に初めて来たのは、妹がまだお母さんのお腹の中にいたころだったと思う。いや、もしかしたら、もっと前に行ったことがあるのかもしれないけれど、僕が覚えている限りで一番前はそのときだ。そのころは、僕はまだ自分のことを「僕」とは呼んでいなかった。じゃあ、なんと呼んでいたのかと聞かれると覚えていないけど、もっと、女の子らしい呼び方で自分を呼んでいたような気がする。
僕はほんの少しだけお腹の膨れたお母さんと、お父さんと三人でこの泉までピクニックに来ていた。僕がここの来るのは初めてだったけど、お父さんとお母さんにとってはとても馴染みのある場所みたいで、僕の生まれるずっと前にも何度か一緒にデートに来ていたそうだ。そのデートのときも今日みたいに家からサンドイッチと水筒とピクニックシートを持ってきて、泉のほとりでずっとお話をしていたそうだ。僕は、「山や泉におもしろそうな虫や魚がたくさんいるのに、なんで二人は話をするだけなのだろう」と、不思議に思ったのを覚えている。「なんで、水に入って遊んだり、虫をとったりしないのだろう」と。
その日、僕は池のほとりで仲良く三角座りして並ぶお母さんとお父さんに見守られながら、一人で水遊びをした。時々お父さんも池の中にきて水のかけあいっこをしたりしては、びしょびしょになって、またお母さんのもとへと戻っていった。そのときの、お母さんとお父さんがお互いに向ける笑顔は、僕に向ける笑顔とは種類の違うもののように見えて、僕はその笑顔で向き合うお父さんとお母さんがとても羨ましかった。
「そろそろ帰るよー」
お母さんに呼ばれ岸に上ると、僕はビショビショになった体をお母さんに拭いてもらった。そのあいだ、お母さんの膨らんだそのお腹をずっと見つめ、何かを考えていた気がする。
「ねえ、あかちゃんの名前って決めたの?」
このとき、僕は何を思ってその質問をしたのかは忘れてしまったけれど、そのときの話だけは印象に残っている。
「ううん、まだ決めてない。候補はあるんだけどね」
「こうほ?」
「うん。いいかな~って思ってる名前はあるってこと」
「それって、どんななまえ?」
「女の子だったら『いずみ』かな。さっき決めたんだけどね」
「おとこのこだったら?」
「さあ、まだわからないなあ」
「ふ~ん。ねえ、なんで、いずみなの?」
「最初、お父さんが言ってたんだけどね。この泉の水みたいに透き通った綺麗な心を持って、みんなを癒してくれるようなやさしい子になりますようにって意味を込めて、なんだって」
お母さんは手際よく僕に服を着せると、やさしく微笑んでくれた。
数カ月後、お母さんは女の子を出産して、その子を『いずみ』と名づけた。いずみは病気ひとつせず、すくすくと成長した。そして、彼女は両親が名前に込めた期待の通りに、屈託のないやさしい子になった。
1‐15 七日目(午後)
「これからどうするの?」
「これから、ですか?」
先程までわたしの左上から頬を照らしていたおひさまは、いつの間にかてっぺんを通り越し、今度は右側の頬を照らし始めていた。
「そう、これから。もしかして、シントに留まる気でもないでしょう。瓦礫しかないのに。それとも、ずっと、ここに居たいって言うなら、私は大歓迎だけど」
彼女はそうは言うものの、本当にずっとお世話になっているわけにもいかない。きっと彼女も、シントに憧れ、その夢を叶えられなかったわたしに多少なりとも同情してくれて、それで、気を遣ってくれているのだろう。
少し名残惜しいけれど、もうこの土地ともお別れである。
「予定よりだいぶ早いですけど、今夜中に身支度を済ませて明日の朝、出発します」
「出発ってどこへ?」
「え、いや、自分の家です」
わたしは当たり前のことをなぜ聞くのだろうと、ふと思った。
「どうせ早く帰るくらいなら、もう少し旅を続けてみたら?」
「そうですねえ」
正直、この提案にわたしはあまり気が進まなかった。このときのわたしは旅を続けたいという前向きな思いより、漠然とした不安に追い込まれていた。なにせ、こんなに遠くまで、しかも一人で来たのは初めてだし、苦労してたどり着いたシントは予想に反して惨憺たる状態。優しくしてくれる人がいる手前、口や顔には出さなかったけれど、このとき、わたしの心は折れそうだった。
だから、この件に関しては彼女の勧めは断って、大人しく家路につくつもりでいた。
ただ、問題がひとつ。わたしは押しに弱いのだ。
「じゃあ、海とかどう?」
「海、ですか」
「そう、海。行ったことある?」
「いえ、ないですけど」
写真では見たことがある。学校に置いてある、黄ばんでボロボロになった生徒の共用教科書に載っていた。果てしなく、見えなくなるほど先まで、塩分を含んだ巨大な湖が広がっているのだそうだ。そういえば、その教科書には「その光景は壮大で、この世界の偉大さを教えてくれる」みたいな、詩的なことも書いてあった気がする。
確かに気にはなっていたけど、地元の村から一番近い海でさえシントより遠い。そして、さらに、そこに行くには国境をまたがなくてはならないという大きな問題がある。
この国の出国資格を得るには、お役人さんにたくさんのお金を払って許可を貰わなくてはならない。さらに向こうの国の入国資格を得るにもさらに費用がかかる。そして、わたしはそんなお金が払えるほど裕福ではない。
出稼ぎに国中を飛び回っているあの父ですら、海外には一回しか行ったことはないと言っていた。なのに、このわたしがそんなところに行くなんて発想、今まで頭にこれっぽっちも思い浮かばなかった。
「行ったことがないなら、丁度いい。シントに来たついでに海にも寄ってみればいいよ。きっといい経験になる」
「そ、そんな」
このときわたしは、彼女は冗談を言っているのだろうと苦笑いを浮かべた。
「はあ」とため息をついて、ふと、空を見上げると、木漏れ日の隙間に一羽の小鳥が羽ばたいているのが見えた。
この旅も意外と早く、終わりが近づいてきたなわたしは思った。
彼女の家に戻ると、彼女は、
「ちょっと待ってて」
と、言ってしばらく家の奥の部屋に引きこもって、ごそごそと物音を立てながら作業をしていた。ときどき、彼女のいるほうから、
「いてっ」
とか、
「ゴホ、ウォッホ」
と咳き込むような音が聞こえたので、一度様子を見に行ってみたが、
「こっちはいいから、向こうで休んでて!」
と、言われただけで、何をしているのかはよくわからなかった。
あまりに時間がかかっていたので、わたしはそのあいだに、今朝、外に干した洗濯物を取り込んだり、家の中を簡単にではあるが、掃除をしたりして時間をつぶした。これは、わたしからのわずかばかりの恩返しのつもりでもある。
ひと通り片づけが終わり、リビングで一息ついていると、彼女は着ている服をホコリだらけにして部屋の奥から出てきた。
「何してたんですか?」
「じゃーん。これを見てよ」
彼女が持っていたのは、これまたホコリだらけ道路地図だった。紙は茶色に変色し、せっかくのフルカラー印刷も、その色はだいぶ褪せていた。きっと相当古いものなのだろう。机の上にその地図を広げて一望してみるとシントの場所にはまだクダリと書いてあった。おそらく、私の持っている地図より、少なくとも二十年は昔に出版されたものなのであろう。しかし、私の地図より広域の情報が詳細に描かれており、隣国にある海までの道のりもひと目で分かる、カラフルで見やすい構成になっていた。
「ほら、これで海までいけるでしょ」
地図を見る限り、シントから海までの距離はわたしが予想していたほど遠くはなさそうだった。わたしの愛車、大してスピードの出ないシーティーですら、ゆっくり行っても数日で着いてしまう距離だ。ただ、問題は距離だけではない。
「でも国境は、わたし越えられません」
シントからその海までの間には国を跨ぐ必要がある。地図にも海とクダリとを繋ぐ道路を分断するかのように赤い点線が引かれていた。例のボロボロの教科書からの知識だけど、過去には出入国資格を持たないまま国境を越えて、殺された人もいるらしい。
「国境? そんなの気にしなくても大丈夫だよ。このへんの出入国管理局は何年も前に形骸化して機能してないから。知らなかった?」
「そうなんですか。初耳です」
「常識だと思ってたけどなぁ。もう、むこうもこっちも、どっちの国も局員の給料すら払えなくて、国境付近には地元住民以外、もう誰もいないんだよ」
国境警備という国を守る重要任務を、果たして、この国はお金がないという理由だけで放棄してしまうのだろうか。このとき、正直わたしはその話を少し疑った。
ただ、わたしは彼女が嘘を付いているようには感じられなかった。
今のこの国の悲惨さは目に余るものがある。シントの見捨てられた街並みを居間の窓から見下ろすと、この国はもはや何もしてくれはしないという現実は十分に実感できたし、そうでなくとも、国の凋落ぶりは薄々ながらも村にいながらにして感じていた。
彼女の話が本当なのだとしたら、きっと、この国の終わりは近い。わたしは、少し悲しくなった。
しかし、そんなわたしの思いとは裏腹に、彼女はひょうきんなものだった。
「この地図あげるから、海に行ってくればいいよ」
「いや、でも」
「いいから」
彼女は地図をぐいっとわたしの胸に押し当てた。こうされると、もうわたしはそれ受け取らざるをえない。わたしの性格で一番嫌いなところだ。
「海はそんなに良いものなのでしょうか」
わたしの何気ない一言に、彼女は一瞬の沈黙を置いた。
「そういえば、まだ私の名前を言っていなかったね。実は、ってわけでもないけど、私の名前は『うみ』って言うんだ」
「『うみ』って…」
「そう。わたしの両親は隣国の海を見て感動して、私の名前を考えたんだって。海のように大きい心を持って、いろいろな人の心の拠り所になるような人になりますようにって。この名前も最初に考えたのはお父さんらしいんだけど、妹といい私といい、単純だよね」
「いえ、そんな。二人とも素敵な名前だと思います」
「ありがとう。だからってわけでもないんだけどね。いや、だからってわけなのかな。あなたには私のお父さんが感動したっていう海を見て欲しいの」
「うみさんは、行ったことは?」
「実は私もないんだ。だからこそ、あなたに見てほしい。そして、その様子を手紙でもなんでもいいから私に教えてほしい。きっとそれが、今はいない私の両親の考えを知ることにもつながると思うから」
「自分で行かないんですか?」
「私は、またいつかね」
彼女はときどき、歯切れの悪い返事をするのだった。
1‐16 八日目(午前)
明朝、わたしはひと通り支度を済ませると、うみさんの家を後にした。家の周りには朝霧がたちこんでいた。まだ早い時間であったけど、彼女はわざわざ丘のふもと、わたしと彼女が初めてであったシーティーを置きっぱなしにしているところまでわたしを見送りに来てくれた。なぜか、彼女はこれから旅行にでも行くかのような、やたら大きくて重そうなザックを背負っていた。わたしはそのザックの中身が気になって、何が入っているのかと聞くと、
「それは、ひ・み・つ」
とのことだった。
ふもとに降りたころには霧も晴れ、太陽は東の浅いところからわたしたちを照らしてくれると同時にシントの不気味な町並みに、淡白と淡黒のコントラストを与えていた。
シーティーは二日前とは何ら変わりのない姿で、二日前と同じ場所に佇んでいた。差し込む東からの光に赤い塗装のボディーに残った水粒が照らされ、その赤はさらに強く輝いていた。ただ、それだけのことなのだが、わたしにはそんなシーティーがとても頼もしい存在になった気がした。
シーティーの暖気も済ませ、いよいよ、うみさんとも、この街とも、最後のお別れだというとき、彼女は突然わたしに背を向けて、そのままもたれかかるように、背負っていた大きいザックをそのまま、わたしの胸に押しつけた。
「な、なんですか?」
「私からのプレゼントだよ」
ひょいっと彼女はザックを肩から外すと、その瞬間、まるで、米袋でも入っているかのように重いそれは、その全重量がわたしの両手にのしかかってきた。ザックは予想以上の重さに、わたしはそのまま地面に落としそうになってしまった。
「いいえ、こんな、受け取れません」
「せっかく重い思いして持ってきたんだから、そんなこと言わないでよ」
「でも」
「それにはわたしの想いが詰まってるんだから」
「はあ」
結局、中身が何かもわからないまま、わたしは彼女の押しと、くだらないジョークに負けて受け取ってしまった。
彼女にはいろいろとされてばっかりで、少し自分自身を不甲斐なく感じてしまう。何かお返しをしようとも考えたけど、特に思いつかない。海でお土産見つけて、彼女に手紙を送るとき、一緒に小包で送ってあげることにしよう。
シーティーにゴムひもで無理矢理もらったザックを縛りつけると、わたしは彼女に深々と頭を下げた。数秒して頭を上げると彼女は微笑みながらも少し目元を湿らせていた。
きっと彼女は、これからもここに一人で生き続けるのだろう。
今は亡き家族に思いをはせて。
そんな彼女の表情を見て、なんだかわたしまで、胸がいっぱいになった。
わたしにお姉ちゃんはいないけど、彼女は本当のわたしの姉ような気さえした。
わたしは思わず、彼女に抱きつきそうになった。でも、そうしたら、きっと、もっと別れが悲しくなるだろう。
わたしは何も言わず、回れ右をして、シーティーにまたがると、ヘルメットをかぶって、グローブをできるだけ手早くつけた。
わざとスロットルをあおってエンジン音を響かせると、わたしはシーティーを目一杯加速させながら大声で叫んだ。
そして、大粒の涙をこぼした。




