散歩
「いや、結構だ。」
女性警官に案内が必要かと問われて、
俺は即座に断っていた。
困ったときに助けてくれる人が本当の友達とか
いう言葉もあるが、なぜだろう、
この女性警官に言われると無性に反発したくなる。
「ええー、案内が必要でしょう?
どうやって電車に乗るか分かるんですか?」
美人なんだがなあ。全然ドキドキしないんだよな。
「電車に乗る気が無くなった。」
「じゃあ、どうやって東京駅まで行くんですか?
自動車を借りるんですか?借り方は分かるんですか?」
この感じ、何処かで……
まあ、いいか。
「東京駅には行かず、この辺を散歩することにした。」
「なら、お伴しますよ。」
ふわっと彼女は笑いながらついてきた。
留置所のときの貼り付いたような笑顔とは別物だ。
「えー、私の名前はユリと言いまして……」
俺の後ろで、彼女は勝手に喋っている。
「好きな音楽はジャズです。曲名はほとんど知らないんですけどね。」
「喫茶店とかで静かに流れているジャズって、ああいいなあって。」
「それから、自動車が大好きで。自動車マニアをこじらせて、
警察の自動運転犯罪対策課に所属したりしています。」
「自動運転の自動車を使った犯罪なんて、ほとんど起きてないんですけどね。」
俺は彼女の話を聞きながら
なぜだか、心が軽くなっていくような気がしていた。
彼女は彼女で、仕事の続きみたいなものなのだろうが……
俺も少しずつ話し出す。
「俺の名前はトールだ。」
「好きな曲は特に無いかな。」
「大学でプログラムを学んでいる。」
「免許はあるけど、あまり運転は得意ではないかな。」
ユリがビックリして、俺の話に割り込んできた。
「ええ!でも、あんなに長距離を運転していたじゃないですか!」
「あれくらい、長距離のうちに入らないだろう?」
「入りますよ。そもそも運転できる人自体、あまりいませんから。」
ああ、そうか。
確かに手動運転罪なんてのがあるんだから、
運転できる人は少ないだろうな。
「やっぱり、自分で運転するって楽しいんですか?」
「楽しいと言えば楽しいかな。重い車体が動き出すとき、
加速するとき、楽しく感じるときもあるな。」
「いいなあ。私も運転してみたいです。」
ユリは俺から運転の話を聞きたかったのだろうか。
それから2人で話をしながら、暫く歩いた。
「ところで、ちょっと話があるんだが……」
「なんですか?」
「道に迷ったみたいだ。」
「ああ、それなら。」
ユリは携帯電話をバッグから取り出し、
何やら打ち込む。すると直ぐに自動車が近くに止まった。
「さて、帰りましょう。難民収容所でいいですね。」