状況整理
信じられない事ばかり続き、難民収容所に入れられた俺は、
古ぼけたベッドに寝転び、今までの事を整理することにした。
やっぱり怪しいのは、谷底を突き破ったときだよなあ。
あのとき異世界に来たのだろうか?
だとしたら、日本語は通じるのはおかしい。
まあ、魔法で言葉が通じるという設定もあり得るが……
その場合、それなりの違和感があるのではないだろうか……
壮大なドッキリという可能性もあるかな……
俺が有名芸能人だったらあり得るが、
俺は、未来の超有名プログラマーであっても、
現時点ではニンニク入りラーメンが大好きな
大学生に過ぎない。
一緒に日帰り温泉に来ていたコータが企画したドッキリという可能性は?
残念ながらコータの懐事情を知っている俺としては、
可能性のカケラも見つけることはできない。
何より、車が好きなコータが俺を騙すためとはいえ、
崖の上から車を走らせる訳がなかった。
そういえば、手動運転罪とは一体何だったんだろう?
信号の無い交差点を減速もせずに突っ切る自動車たち……
あれは自動運転で操作されていたとでも言うのだろうか?
現時点では自動運転は実用化されていないはずなんだが……
現時点では……現時点では……
現時点という単語がどうも気になった。
俺は部屋を出て、カレンダーを探した。
意外と見つからなかったが、難民収容所の玄関のところに、
飾り気がないカレンダーが黄色い電球に照らされて、
所在無げに、ぶら下がっていた。
見れば、2077年とある。
はじめは1と7が似ているフォントなのかと思って、
カレンダーに穴が開くほど、よく見てみたが、
明らかに2077年であった。
俺は部屋に戻り、状況を整理する。
俺は現時点を2016年の秋だと思っていたが、
どうやら2077年の春らしい。
俺の理系の脳味噌をフル回転させて、
崖の底に時空の歪みがあり、そこから未来に来てしまった
のではないかという結論に至った。
そうすると、ここは自動運転が実用化された
未来の世界なのだろう。
そこで俺は手動で運転をしてしまったと。
うーん。それでも、手動の運転が懲役5年にもなる
罪なのだろうか?
翌朝、部屋でぼ〜としていると、
「こんにちは。トールさんはいらっしゃいますか?」
と、声をかけられた。ドアを開けてみると、
そこには、俺を逮捕した女性警官が現れた。
任意の事情聴取だと言う。
2016年から来たという話をしようか、
どうしようか迷いながら俺は、女性警官の質問に1つ1つ答えていった。
過去から来たという話をして、信じてもらえないばかりか、
下手したら精神病院送りになったら嫌だなあ。
でも、このままだと国籍不明の外国人扱いだなあ。
「トールさん。そういえば授業は受けないんですか?」
と質問された。大きな目がくりくりと動く。
なんでも日本の文化に早く慣れるため、
難民収容所の外国人は、授業を受ける決まりなのだという。
俺は日本人だから、そんな授業は必要ないんだがなあと
思いながら授業を受けることにした。
アクビが出るほど退屈な話が続き、
自動運転の話になった。
やっぱり、信号機の無い交差点でも自動運転だから安全であること、
自動運転の車同士がデータを送受信しながらルート決めをしているため、
手動運転の車が一台でも混ざると周りが迷惑すること、
などが話に上がった。
なるほど、それで手動運転は重い罪になるのかあ、と
俺は変に納得した。