買い物
そーっと、そーっと。
俺はユリの乗る自動車に近づいて行った。
なにやら会話が聞こえる。
「ピジョンの……は……いったのかしら?」
「……」
「いつも……言い訳ね。」
「……」
どうやら電話のようだ。
ユリは誰と話しているんだろう?
興味が湧いた俺は更に近づいて聞き耳を立てる。
「本番も近いのだから、本気を出してもらわないと……」
「……」
「こっちの準備は大丈夫。もう既に30台の用意が完了しているのよ。」
「……」
「大丈夫よ。この回線なら、最新のスーパーコンピュータを使ったって、解析に100年はかかるわ。」
あれ、ユリの声ではないな。よく似た別人だったようだ。
それにしても、何の話だろう?
なんとなく、聞かれたらマズい話なのだということは分かる。
このまま聞いていて良いのだろうか?
「前夜祭は今週末新宿駅、後夜祭は来週末東京駅、これは決定事項よ。」
「……」
「泣き言は言わない。もう切るわよ。」
ここまで聞いた俺は、これは相当マズいということが
なんとなく分かった。もし、見つかったら相当にマズい。
そーっと、そーっと、自動車から離れる。
そのまま振り返らずに自然体を装って、駅構内にまで入った。
そーっと後ろを確認したが誰もついてこない。良かった。
それにしても、さっきの話は何だったんだろう?
ピジョン、30台が用意済み、前夜祭、後夜祭、新宿駅に東京駅、
文字通り、何かのお祭りだったら良いが、
おそらく何かの符丁だろう。
なんだろうなあ。
不穏な空気はビンビンに感じたので、
何かの悪い事が起きるんだろうなあ。
そんな考え事をしていると、いきなり声をかけられた。
「見つけた!」
しまった見つかったかと思ったが、見るとユリだった。
大量の買い物袋を抱えている。
「相当、買い込んだんだな。」
「ええ、久しぶりの休日なもので。で、持ってくださる?」
「これは、これは。お嬢様。気が利かなくてすみません。」
「まあいいのよ。許してあげるわ。」
「て、おい。いつまで続ける気だ。」
と突っ込みながらも、本当に持ってやる。
俺は優しいな。
それから更にユリの買い物に付き合わされて、
あっという間に3時間がたった。
「それじゃあ、帰りましょうか?」
と言いながら、ユリはまた携帯電話を弄り出す。
今度来た自動車は、前回乗った自動車とは違い、
荷物が多く積めるタイプだった。
こういう指定もできるのかあと、
また俺は感心した。




