登校拒否の息子(ショートショート34)
朝の七時半。
朝食の支度を終えたスズヨは、今日もひとつ深いため息をついた。
シゲルが起きてこないのだ。このままでは学校に遅刻である。
部屋に行き、スズヨはドア越しに声をかけた。
「シゲルちゃん、早く起きて。遅刻するわよ」
「今日は休むから、学校にはお母さんから連絡しといて」
弱々しい声が返ってくる。
近ごろのシゲルは休むことが多い。これまで叱ったりなだめたりと、あの手この手でなんとか送り出してきた。
「どうしても?」
「うん」
「いじめられてるのね?」
「……」
返事は返ってこなかった。
シゲルの通う小学校では、このごろイジメがエスカレートしているらしい。
まちがいない。
シゲルはその犠牲者のうちの一人なのだ。
「シゲルちゃん。イジメなんかに負けちゃあダメでしょ。もっと強くならなきゃあ」
「ボク、もう行きたくないんだ」
今度は、はっきりとした声だった。かなりひどいイジメにあっているのだろう。
「そう……じゃあ、連絡しておくわね」
それ以上の説得をあきらめる。
――あたしのせいだわ。
スズヨは自分を責めた。
父親を早くに失ったシゲルを、スズヨはつい甘やかして育てた。もっと強い子に育てていればと……。
昼前になってやっと、シゲルが自分の部屋から出てきた。
学校のことは話さない。そう心に決めていたスズヨだったが、つい口をついて出た。
「あと一週間で春休み。新学年になったらクラス替えがあるわ。そしたらイジメもなくなるわよ」
「なくならないよ」
シゲルが決めつけるように言う。
「お母さん、まわりの先生に話してあげようか」
「先生なんて、あてにならないよ」
「じゃあ、校長先生にかけあってあげる」
「やめてよ。そんなことしたら、ボク、もっといじめられることになるもの」
「どうしてなの? 校長先生なら、きっと力になってくれるわよ」
「だって、校長先生が一番いじめるんだもの」
「えっ?」
校長までもがイジメに加担していたとは、スズヨにしては思ってもみなかったことである。
「ボクのこと、ドロボーみたいに言うんだ」
「なんですって?」
息子を盗人呼ばわりするとは、これはさすがに聞き捨てならぬことだ。
「給料ドロボーだって」
シゲルがボソリともらす。
「そんな……許せないわ。お母さん、教育委員会に行って訴えてやる」
「でも……」
「それでもダメなときは、シゲルちゃんが学校を辞めればいいだけのことよ。お母さんの年金もあるし、お金のことなら心配ないんだからね」
スズヨはそう言って、シゲル――五十を超えた息子の手を取ったのだった。