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異世界日本オムニバス  作者: ささかま
転移初期の群像
1/6

新・日本のいちばん長い日

古くから、地球上の何処かしこで誰ともなく言い始めた格言がある。

表現は文化毎にそれぞれあるにせよ、意味するところは同じだ。


曰く、「世の中何が起こるか分からない」。


分からないことは恐怖であるからして、人々は世界そのものを恐れ続けてきた。

人が他の動物と違ったのは、その恐れを払う力と道具を持っていたことだろう。

力を知恵と、道具を知識と呼んだ。


人々は世界を理解しようと知恵をひねり、経験を材料にして次々と知識を作り上げていった。

大自然の理不尽を前にして、理解を放棄し宗教という麻薬を嗜むこともあったが、それでも全体を見れば、人々は黙々と知識を積み上げていった。

それは高い高い塔になり、そこから見渡せば世界がどう動いているのかよく見えた。

塔はいつしか科学と呼ばれるようになった。

未知の闇は啓かれて、人々は世の中で「何が起こるか」理解していった。

それは甘美な安心だった。


どんなに想定外の事が起こっても、それは科学的には十分あり得ることにすぎない。

有名人が事故で死ぬことはあるだろう。

親しい人間が病気で急死することも、ままあること。

明日首相が変わるかもしれないし、突然戦争が起きるかも知れない。

あるいは隕石が落ちてきて地球が滅亡するかも知れない。


しかしそれらは全て説明のつく物理現象で、理不尽ではなく精緻な理屈だった。

科学的にありえないことはありえない。

幽霊が現れることよりも、数兆分の一の確率で隕石が落ちてきて人類が滅亡することのほうが遥かに現実的だ。

世界で起きることの全ては、絶対に何かの法則と理屈に基づいている。


基づいているはず、だ。


その「はず」こそが、人間が未知という恐怖と数百万年向き合い続けてようやく得た心の平穏だった。


かつての大戦の敗北で強制的に宗教を取り上げたれた現代日本において、その平穏は何事にも代えがたいものとなった。

いや、ある意味では科学的であることそのものが、最も巨大で絶対の宗教だった。

下手をすれば近代科学の発展に最も貢献したであろあ欧米よりも、よほどその信仰は強かったように思う。

しかしその信仰は、「あの大事件」によってこれ以上ないほど大きな衝撃を受け、大いに揺らぐこととなった。


忘れもしない、日本標準時2020年3月4日 5時37分51秒。

日本全土をほぼ均一に震度3程度の地震が襲った。

それ自体は何ら被害を出さず、地震という災害に慣れきった日本人は睡眠を続けた。わずかに目を覚ました人々も、寝ぼけ眼をこすりつつ、その大半が再び眠りについた。

それでもこの瞬間から異常に気づいた人間も多くいた。

霞が関不夜城の官僚たち、国外と連絡をとりあう商社、情報通信を含めたインフラ関連の技術者、夜も昼もなく国を守る軍人(当時は軍人とは言われなかったが)、国外にいた日本人、そして”日本国籍を持たない”外国人と接触していた人間たち。


彼らが直面した状況は、正に異常としか言いようがなかった。

数百万という数がいた日本国籍を持たない外国人が、何の前触れもなく消え去った。

後に発見されたかなりの数の映像記録を分析しても、コマとコマの間で跡形もなくなっており、つまりは正に一瞬で消え去った、という事以外何も分からなかった。


逆に海外にいたはずの日本人は、ただ一人の例外もなく日本のどこかに現れた。

現れた場所は自宅、親族の家が一番多く、北海道の平原や東京のビルの一室に現れた例もあった。

移動中も例外ではなく、ドバイあたりを飛んでいたはずのJAL機に乗っていた日本人乗客全員が空港内に現れた例もあった。

海に出ていた人間も同様だ。

領海と公海の間に偶然位置していたタンカーなどは、ご丁寧に公海側にいた人間だけが日本本土に移動したりした。


それらは明らかに、科学的に何ら説明がつかない現象だった。

人々は誰一人例外なく、酷く混乱して、そして言い知れぬ恐怖に怯えたが、異常事態は矢継ぎ早に拡大していった。


「レーダーサイトからは日本以外の全ての陸地の反応が消え、外国から発信される電波は例外なく途絶えている」


そんな情報がどこからともなく広まり始め、そしてそれらを鼻で笑った人間たちは、それらが全て事実である事が明らかになるにつれ顔を青くした。


外国人どころが、日本以外の地球上すべての国が、国土国民諸共消え去ったと理解するしかない状況だったのだ。

馬鹿げたことだと、それをどんなに認めたくなくとも、近代文明が生み出した科学の目全てが同じ光景を見ていたのだ。

誰もが何が起こったのかを把握したがり、責任が伴う人間は尚の事、ありとあらゆる方法で持って情報をかき集めた。

皮肉だったのは、全貌を知りたければ屋外で首を上に傾けるだけで事足りたことだろう。


そこには、いつもの二回りほど大きくなった赤い満月があった。ポラリスも、シリウスも、見知った星は何もなかった。

その時偶然屋外にいた人々は、例外なくその宇宙に釘付けになり、言い知れぬ大きな不安に襲われた。

天文学の素養などなくとも本能的に、その夜空が自分たちが慣れ親しんできたものではないと察したのだ。

夜は必ず明けるものという常識が足元から崩れていくような、そんな感覚だったと、多くの人が後に語った。

幸いなことに---本当に幸いな事に、その恐怖の時間は数分で過ぎ去った。

地平線の彼方から太陽の光が登り始めた時、それを見た人々は心の底から安堵した。

だが、それは当然始まりにすぎなかった。

陽の光と共に多くの国民が目を覚ましはじめ、そして国中で大混乱が巻き起こることとなる。


それはまるでこの世に生まれた赤子が、大きく泣き声を上げるかのようだった。


同日10時、政府は全世界との連絡が途絶したという公式見解を発表。

昨年制定されたばかりのできたてホヤホヤな法に基づいて、国家非常事態が布告された。

新たな日本のいちばん長い日の、あまりに劇的な幕開けだった。


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近藤和義 著

新・日本のいちばん長い日


第一章「転移、その日」より抜粋

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