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おとぎ話 季節もの  作者: 水瀬透
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「たなばたこねこ」

七夕に織姫と彦星がどこにいるかのお話。

 ――だって、七夕が曇り空なのは、織り姫と彦星が空にいなくっても気付かれないようにでしょう?


 七夕前夜、ふたつの星が地上に降りました。

『さあ、あのこが泣いてる。行かなくちゃ。』



『たなばたこねこ』



 とある街の、ちいさな家に、おばあちゃんが一人きりで住んでいました。子供は大きくなって、遠くの賑やかな街へ。旦那さんは何年か前に天国へと出掛けてしまったので、おばあちゃんは日がな一日、縁側でのんびりと過ごしていました。

 おばあちゃんには、楽しみが――ちいさな友達がいました。


『おや、来たねえ』


 にこにこと見つめる先で、がさがさと動く庭の花。


 ぴょこん、

 焦げ茶の毛皮に蜂蜜色のまあるい瞳。きょろりと辺りを見回して、おばあちゃんを見つけると、タタタと縁側に飛び乗って、にゃあと一鳴き。

 決して綺麗でないぼさぼさの毛皮に痩せた、首輪のないそのねこはまだあどけなさを残しています。

 この野良猫が、おばあちゃんの友達です。


『こんにちは、よう来たねえ』


 節くれだった白い手で、おばあちゃんは、ねこをのんびりと撫でてやります。ねこも気持ちよさそうにされるがまま、夕暮れまでこうして一緒に過ごすのです。

 ねこは野良猫でした。

 たびたび鉢合わせていましたが、おばあちゃんはねこを追い払うようなことはせず、にこにことわらっていました。そうして少しずつ距離が近づいて、いつしかこんなふうに一緒に過ごすことが、当たり前になっていたのです。


『ちびさんが来てくれると、わたしは嬉しいんだよ』


 ちびさん、と呼んで優しく撫でてくれるおばあちゃんが、ねこは大好きでした。

 ただ、おばあちゃんは時々、さびしそうなかおをするので、ねこの胸はぎゅうっとなります。そんなときには、ことさらに甘えて身体を擦り寄せるのですが、頭のなかでずうっと考えていました。


 ――おばあちゃんに、なにか、してあげられないかな?



 そんな、ある夏の夕暮れ。

 ちいさな女の子が、お母さんに手を引かれながら何やら唄を歌っています。

 二人の会話によくよく耳を傾けてみると、どうやらもうすぐ「七夕」という、願い事の叶う日がやって来るようです。「短冊」というものに願い事を書けば、お星さまが叶えてくれるというのです。


(これだ!)


 ねこは色んなおうちを偵察に行って、「短冊」が笹に吊されるものであることや、「七夕」が7月7日だということ、願いを叶えてくれるのが「織り姫」と「彦星」ということを知りました。

 そして、笹を飾っているちいさな商店から、短冊を二枚、――自分とおばあちゃんの分です――こっそりといただいて、くわえて走りました。


 けれど。


 七夕前日の夕暮れ、ねこは誰もいない公園のすみっこで、途方に暮れていました。


(どうしよう。)


 そう、ねこはねこです。

 短冊があっても、願い事があっても。文字を書けないのです。ねこにも言葉はありますが、文字はありません。


(どうしよう、)


(どうしよう、)


(おばあちゃんに、なにか、してあげたいのに)



 ぽた、ぽたり。

 七夕にはお決まりの雨が、今年も降り始めます。ねこが一生懸命にくわえてきた短冊も、水玉模様に濡れてゆきます。


 ねこの、涙で。


 そのとき、不意に雨の音が優しくなりました。


 ねこが顔を上げると、そこにはたくさんの星、星、星――

 それは傘の模様でした。

 きらきらとした亜麻色の髪した女の子と、夜とおんなじ藍色の髪した男の子が、ねこに傘をさしています。


『ねこさん、泣かないで』


 ミルク色した女の子の手が、ねこの涙を掬ってわらいます。


『ぼくらが、叶えてあげる』


 金銀を宿した瞳の男の子が、優しく目を細めます。


 二人がねこの手を片方ずつとって、いち、にい、さん。


 さっきまでねこがうずくまっていた場所には、焦げ茶色の髪に蜂蜜色した瞳の、ちいさな男の子が座り込んでいました。


 二人は焦げ茶色の頭を撫で撫で、にっこりと微笑みます。


『さあ、願い事はなあに?』


『文字は教えてやるよ』


 二人は願い事を聞くと、とっても優しいかおをして、焦げ茶色に一生懸命文字を教えてあげました。

 そしてようやっと書き上げると、焦げ茶色はありがとうと叫んで、短冊をふたつ持って嬉しそうに駆けてゆきました。

 大好きな大好きな、おばあちゃんのもとへ。


 二人は男の子が見えなくなるまで手を振っていましたが、にっこりわらうと、いなくなっていました。

 いつしか雨は止んで、空には夏の大三角と天の川が微笑むように瞬いています。


 ★


『今日は来ないわねえ』


 おばあちゃんが、縁側で夜空を見上げていると、不意にがさがさと庭の花が揺れはじめます。おや、とおばあちゃんが思う前に、間から顔を出したのはちいさな男の子。

 焦げ茶色の顔に不思議な蜂蜜色した瞳の、男の子です。

 男の子は、おばあちゃんを見つめたまま、動かなくなってしまいました。――きっと、自分が男の子になったことを忘れていたのでしょうね。


『あらあら、可愛らしいお客さんだこと。いらっしゃい?』


 そんな男の子に、おばあちゃんはにこにこと手招きします。いつかのように、男の子はおずおずと寄っていくと、手にしていた短冊を差し出しました。


『おばあ、ちゃん。これ、あげ、る。』


 ぎこちない言葉。差し出された願い事を読むと、おばあちゃんはとっても嬉しそうにわらって、ありがとうと男の子を膝に乗せて、ぎゅうっと抱きしめました。そして、折り紙を持ってくると、笹飾りを一緒に作りました。


『おばあちゃんの、おねがいは?』


 出来上がった七夕の笹を見ながら、膝の上から男の子が尋ねると、おばあちゃんは、にっこりわらって焦げ茶色の髪に頬ずりします。


『もう、叶っちゃったわ』


 ゆらゆら揺れる、おかしくって可愛い願い事。

 二人はとても幸せでした。


 その次の日には、またねこはねこに戻っていたけれど、かなしくなんてありません。いつも通り、おばあちゃんの家に出掛けます。

 ゴロゴロとのどを鳴らすねこを愛しげに見つめながら、おばあちゃんは囁きました。


『歳を取るとね、少しくらいの不思議なんて可愛いものよ?』


 なあに? と見上げるねこに悪戯っぽくわらって、おばあちゃんとねこは今日も仲良く過ごすのでした。


 短冊は、おばあちゃんのお気に入りの本に、今も大事に挟んであります。くしゃくしゃの、ようやっと読めるような文字で書かれた、おばあちゃんの宝物です。


『おばあちゃん、だいすき』


2012.07.06.




 

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