隣の美女
揺れ動くバスの中、案内放送の声で私はゆっくりと目を覚ました。
見慣れた景色が窓ガラスに広がっている。どうやら寝ている間に降りる駅を通過してしまったという失敗は犯していないようだ。
一安心していると、隣からラベンダーの香りがかすかに私の鼻腔をくすぐった。
うわぁ、きれい……。
私はそこに座っていた女性を見て心が奪われそうになった。
年齢は二十くらいだろうか。ブラウンの髪をまっすぐに伸ばしていて、肌は日焼けはおろか怪我したことすらないのかと思わせるくらい真っ白だ。どのようなスキンヘアをすればこれほどの美白になれるのか訊いてみたいくらいだった。
こんなに見つめたら失礼だと思ったけど、女性はまるで私が見えていないかのようにフロントガラスから目を離そうとしない。その様子も絵になっていて、私はぜひともこの人と友達になるために声をかけてみたかった。
い、いけない私ったら!
そんなことしたら間違いなく不審者扱い。下手したら警察のやっかいとなるかもしれない。少なくとも私がこの人だったら絶対に悲鳴を上げている。
諦めようと溜息をつくと、通路をはさんだ向かい側の席に座っている男の子がこちらを凝視していることに気づいた。
「パパ! あの人すっごい美人だね!」
と、その男の子はいきなり隣の男性の腕を引っ張りながらそう言った。
「あ? ああ、そうだな……」
「みんなもそう思うよね!?」
子供はかん高い声で車内の乗客に聞いた。
一斉に降り注ぐ視線。注目されているのは隣の女性のはずなのに乗客の誰もが顔を引きつらせている。
きっと私のせいだわ。
私のような醜い人間が隣にいるせいで、彼女の美しさを損なわせているに違いない。
なんだか私は恥ずかしくなり、顔を手で覆った。
「あれ、窓際の人どうしたんだろ。気分でも悪くなったのかな?」
「照れてるんだろ。それと、あの人は化粧してるけど男の人だからな」
オチ:隣の美人は幽霊で、主人公と男の子しか見えなかったというものです。