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道標 ~ wavers ,Guidepost

作者: 綾瀬 徹

 だんだんと冬の切り裂くような寒さが体に慣れ始める頃。

 さすがに屋上で昼食を食べる人などいないと思われる時期に三人はそこにいた。

 沖ノ昂を兄に持つ鈴音は昂と同じ高校へと入学し、三学期の今でも兄と共に昼食を共にしている。


「勅、今日は何食べる?」

「メロンパン。」


 入学初日からやたら目につく存在は、今も昂の傍らから動かない。藤之かすみ。

 彼は少しチャラ気味の昂とは全くの正反対で、一見真面目そうな雰囲気の人だった。


「勅君菓子パンばっかり…、体に悪いよ。」


 男だと言うのに女のような名前を持つ彼に会ったとき、

 名前の通りいつか霞みたいに消えてしまいそうな、そんな印象を抱いた。

 

 兄の昂が言うには、勅は自分の生に無頓着なのだと言う。

 数か月見て居て、鈴音もそれは理解した。

 他の人とはどこか違う考え方に、何回も首を傾げた事を覚えている。


「糖分は勉強に必要な成分だと聞いたんだけど。」

「そっ、そうも言われる、けど…。」

「一本取られたな、鈴。」

「お兄ちゃんも勅君に何か言ってよ!」


 反論できずにいる妹を笑いながら見ている兄に、鈴音は半泣きの状況でキッと昂を睨みつけた。

 だがそんなことにも強い昂は動揺など見せず、へらへらと笑っている。


「そうだな、糖分以外も取らないと。明日はオニギリ3つでいこうぜ。」

「…、昂が言うなら。」


 鈴音は勅の言葉にムッとした。彼はいつも昂の言う事は素直に耳を傾ける。

 鈴音の言葉には屁理屈なのか正論なのか分からない言葉で返され、

 鈴音はいつもそれに対する返答に困ってしまうのに。昂の言葉はすんなり勅に受け入れられる。


 そんな日常は、いつしか当たり前になっていった。

 三人が一緒に居る毎日は、高校生活が終わっても、なんだかんだと続くのだろうと思っていたのに…。


 一年後。沖ノ昂は突然前触れもなくこの世を去った。

 学校からの帰り道、彼は突然苦しみだして病院に運ばれ、その後数十分で息を引き取ったらしい。

 最後の瞬間、鈴音は昂に合うことはな叶わなかった。

 病院についたときにはすでに、兄の体は冷たく冷えきっていた。


 葬儀を終え、久しぶりの学校で同情の言葉を聞くより先に鈴音はかすみのもとへ向かっていた。

 教室をのぞき、図書室を回り、食堂へ、購買へ。そのどこにも探し人の姿は見えなかった。

 半分諦めぎみに廊下を歩きながら、鈴音はため息をこぼす。


「どこにいるんだろう。」


 もしかしたら今日は学校へ来ていないのかと考え、ふと窓のそとに視線を向け、ハッとした。

 視線を向けた先、中庭のベンチの上に、本を眺めているかすみの姿を見つけて、

 鈴音は考えるよりも先に走り出していた。


 葬儀の間、ずっと学校へ行きたくて、かすみに会いたいと思った。

 それはきっと大切な人をなくした悲しみを一番抱いているのは、きっとこの人だろうと思ったから。


「かすみ君!」


 突然大声で名前を呼ばれ、かすみは驚いた顔をして本から顔をあげた。


「・・・・・・そんな急いでどうしたの?」


 キョトンとして訪ねるかすみを前に、鈴音は荒い息で言葉が出せなかった。

 言葉を紡ごうにも張り付いた喉から言葉が出るわけもなく、とにかく息を整えることしかできず、

 何をしてるんだろうと情けなく思えた。

 そんな鈴音に、かすみはいつも通りの冷静に口を開いた。


「まぁ落ち着いて、座ったら?」


 鈴音は促されるままにかすみの隣に腰を下ろす。

 隣をうかがうと、かすみは何事もなかったように読書を再開していた。

 サワサワと木々が風に揺れ、その風にかすみが読んでいる本のページもカサカサと音をたてていた。

 心地よい音に耳を済ませると、穏やかな気持ちになった。だが、ここに兄の姿はない。

 それを思いだし、鈴音は少し暗い気持ちになった。


「笑ってたんだ。」

「え?」


 本へ視線を向けたまま、ふいにかすみが呟いた。なんの事か鈴音には理解できず、聞き返す。

 かすみは本から視線をはずし、真っ直ぐに鈴音をみつめた。

 その口元には穏やかな笑みがあり、一瞬ドキッとした。

 それは断じてトキメキではなく、不安を掻き立てられる様な、そんな感じだ。


「君は最後の瞬間、昂に会えなかったかもしれないけど。昂は君にあってたんだよ。鈴の音は、どこにいたって聞こえる。これは昂の口癖だから。」


 昔話をしよう。そう言って、かすみは語り始めた。


 かすみが高校へ入学してすぐ、桜が舞い降る屋上で沖ノ昂に出会った。

 見覚えのある顔だと思い、クラスメイトだと気づいたときに関わりたくないと思い、

 その場を後にしようとした瞬間呼び止められたのがきっかけだ。


「お前藤之かすみって言うんだろ?ちょうどいい、一緒に飯食おうぜ。」

「イヤだ。」

「いいから座れって。」


 その瞬間、かすみはめんどくさいのに捕まったと思った。

 早く食べて教室に戻ればいいとかと渋々昂の隣に座ると、突然持っていたコンビニ袋を昂に奪われ、

 かすみは同様のあまり黙ってしまった。

 そんなかすみに気づいているのかいないのか、昂はガサゴソと袋の中をあさりはじめた。


「昼食カロリーメイトとか、死ぬんじゃねぇの?」

「あんたには関係ないでしょ。」


 今日初めて会話する人間の昼食のは言った袋を奪っておいてその台詞はどうなんだろうと思いながら、

 かすみは冷たくあしらった。

 だが、昂は冷たくされたことにも気づいていないのか、今度は自分の弁当を持ち上げた。


「半分やるから食えよ、栄養バランス最高の弁当!俺の妹の弁当は格別うまいんだぜ。」

「・・・・・・。」


 弁当を差し出しながら、昂は屈託のない笑顔を浮かべていた。

 強引でいつも笑っていて、突き放しても知らぬ顔で人の迷惑も考えずにやってくる。

 そんな昂と共にいることが、かすみはだんだん諦め混じりに楽しいと思うようになっていた。


 そんなある日、いつものように一緒に昼食を食べていると、昂が突然真面目な顔になった。

 なんなんだろうと思っていると、ふいに持っていたカロリーメイトを奪い取られる。


「かすみ、明日はオニギリ3つな。」

「・・・・・・え?」


 どうやら毎日カロリーメイトを食べていたことが気になっていたらしい。


「俺の妹なんてな!」


 そうして何故か始まる妹の話を、かすみは聞き逃さずに聞いていた。

 妹の事を話す昂が、一番元気だと思うからだ。こんなに大切に思われている妹に、

 あってみたいと思うくらい。


「鈴音は俺が迷子になったとき、なんだかんだで引っ張ってくれるんだ。

 不器用なくせにって思う反面、一人じゃないって思えるくらいに嬉しかったりしてさ。

 目を閉じると鈴の音が聞こえきて、鈴音の事がいつでもわかる。

 図星刺されると心配させないように隠すんだぜ!

 そういうとこも可愛いんだえど兄としては微妙でさ・・・。」


 そう言って、昂は目を閉じた。

 きっと鈴の音を聞いているのだろう。

 そしてふっと口元に微笑を浮かべて、かすみに向き直り屈託のない笑顔でまた口を開くのだ。

 昂の妹自慢は潰えない。


「鈴音は俺の生きる道を教えてくれる、言わば道しるべってもんなんだ。」



 突然自慢話が真面目っぽい話になって、かすみは少し戸惑った。

 昂の話の変わりようにはついていけないことが多々あって困る。だが、これだけは言えた。


「昂はいいね、俺にはそんな存在いないから。俺は今すぐに消えたっていいと思ってる。」

「いや、お前は生きるんだよ。だってこの俺がお前の道しるべなるんだからな!ていうか道踏み間違えたら許さねー、生きろ。」

「・・・・・・昂が俺の道しるべになるって、いつ誰が決めたの?」

「今、俺が。」


 相変わらずば強引プリだと、かすみは笑うことしかできなかった。

 でもその笑顔は、いつぶりのものだったのだろう。

 とても久しぶりに笑ったような気がする。それは、鈴音が入学してくる半年くらい前のお話だった。



 口数の少ないその人の、人生でたぶん一番長く話した瞬間だったに違いない。

 鈴音はそれを黙って聞いていた。自然と溢れる涙に気づかず、ただただ耳だけ傾けて。


「あ、あと。これは遺言になると思うけど。

 俺が君の道しるべになってみせるから。泣かないで、昂にどやされる。」


 きっと最後の言葉が本音だろう、鈴音は涙で濡れた顔をあげた。


「じゃぁ、かすみ君の道しるべは私だよ。だって消えちゃいそうなんだもん、そんなのお兄ちゃんは望まないんだからね。」

「うん、俺には君の音が聞こえる訳じゃないけど、よろしく。」


 サワサワと聞こえる木々の音に耳を傾け、鈴音は真っ赤に晴れた目を細めて笑顔を浮かべた。


 リンとなる鈴の音が空の上まで届くように。

 ちゃんと行くべき場所までたどりつ着けるように。

 道しるべは今ここに、あなたのもとに届くことを願いながら。

 ちゃんと、行きたいところへ、迷子にならずにたどり着けましたか?お兄ちゃん


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