第四話 鬼
・『ASX-001β レギオス』
統合軍の試作型AS。
『ASX-001α』と同じく、ASX計画によって開発された高性能な機体。
その機体には五年前に地球で殲滅されたwormから搾取されたディメンションクォーツを使用して開発されたフロートユニットを装備している。
このフロートユニットによって、レギオスには飛行能力を付与されている。
パイロットであるアスカ=グラセニック少尉のパイロット適性もあり、空中戦での機動は圧倒的と言えるものにまで昇華している。
輸送機『べヒモス』からの緊急通信をラングレー基地が受け取ってから既に三十分が経過した時、タクヤとアスカは輸送機まで後十分と言う距離まで迫っていた。
『タクヤ、SFSの調子はどう?』
「問題ない。だが、戦闘に関しては少し遅れを取るかもしれんな。
小回りが利きにくい上に、今回はレイヴンが苦手な射撃戦をしなければならん可能性が高い」
飛行することができないレイヴンは今、サブ・フライト・システムと呼ばれるASの支援装備を使用していた。
SFSとはその名の通り、飛行能力を持たないASにも空中戦を行えるようにするための装備である。
だが、この装備もまた開発が遅れに遅れまくっていたのだ。
理由は、推進機関の出力不足。
それを出力が足らないならエンジンを増やすと言う強引なやり方で解決して作られたのが、今タクヤが使っているSFSだった。
『なら、今回は戦闘は私に任せてタクヤは二人の支援に回って。
多分あの二機なら暫くは持ちこたえるけど何れ限界が来るはず』
「了解だ」
タクヤがそう答えるとどちらからともなく通信を切り、それぞれの機体を加速させる。
(フリスト、リーナ、無茶だけはしてくれるなよ……)
二機と輸送機の合流まで、後七分。
『フリスト、そっちに行ったわよ!!』
「了解ッ!」
輸送機の周囲では派手な迎撃戦が繰り広げられていた。
輸送機のエンジンを止めようとF-39から放たれたミサイルを、リーナの『レクサス』と『べヒモス』に装備された機銃ターレットが撃ち落とす。
そして、ミサイルの発射のために接近してきていたF-39をフリストの『ガーディ』から放たれたミサイルに逆に撃墜される。
その様なことを何度も繰り返していた。
だが、フリストの目には敵の数は減るどころか増加しているようにも見えた。
『ターゲットロック』
「行けッ!!」
補助AIのリーンのサポートを得たフリストは躊躇いなくトリガーを引く。
その直後、脚部に装備された『十二連ミサイルポット』から三発のミサイルが放たれ、不用意に接近してきたF-39を一瞬で鉄くずに還元する。
「なんか数が一向に減らない……。
リーナ、周囲に母艦の影はない?」
『レクサスのセンサーの有効範囲には無いわね……。
もしくは潜水してるとか、流石に水中の事までは分からないからねっと!』
リーナの返事と同時にレクサスが構えたスナイパーレールガンから電磁加速された弾丸が発射され、一機のF-39を撃ち抜いた。
「後数分でタクヤさん達が来る筈、それまで何もなければ……!!」
『警告、敵ASミサイル発射!
数は三十六発!!』
クルエイドからの攻撃、その事が告げるのは反統合軍が本気になってべヒモスを堕としに来たという事に変わりなかった。
だが、それだけでは終わらない。
発射されたミサイルはこともあろうか、その中から小型のミサイルを大量に吐き出したのだ。
その数は百を軽く超えるものだった。
『拙いっ!』
「――――ッ!!」
迫りくるミサイルの雨に対して、レクサスはスナイパーレールガンを分割し、連射モードに切り替えミサイルの壁に向かって撃ち始める。
ガーディも背中に装備されていた巨大な六連装ガトリングガンを取り出し同じように弾丸を壁に向かって解き放った。
毎秒百発以上の勢いで吐き出される弾丸はすべて小型ミサイルに直撃し、その数を減らしていった。
そしてガトリングの弾丸を撃ち尽くした後にはミサイルは数えられるほどにまで減っており、そのミサイルもレクサスが確実に撃ち落としていった。
「まさか、クラスターミサイルまで装備していたなんて……。
もうこの機体を落とす気満々じゃないか……」
『全くだわ……。
ん?レーダーに反応……?
ッ!ちょっと、なにこの二機の速さ!?
クルエイドの三倍!!冗談でしょ!?』
「リーン、機種は!?」
リーナの悲鳴に近い声を聞いたフリストはすぐにリーンに敵機の情報を求める。
『敵機検索……該当機体無し。
敵新型の可能性大』
「新型……!?
何でこんな輸送機程度に?」
『そんな事考えてる場合じゃないでしょ!!
来たわよ!!』
「ッ!!」
ガーディのメインカメラが接近する二機のASを捉える。
「オニ……?」
フリストはその二機の姿を見て思わず呟いた。
接近する二機は腰に推進機関を持ち、二機の内真紅のASは両手に近接戦闘用の長刀を装備し、もう一機の蒼い機体は背中にウイングバインダーを装備していた。
そして、その二機の最も特徴的な部分がその頭部。
どちらも、ゴーグルタイプのカメラが多い反統合軍機にしては珍しい二つ目を持ち、真紅の機体は二本の角を、蒼い機体には一本の角を持っていた。
『何よ、そのオニってのは?』
「前にタクヤさんに聞いた。
日本での代表的な化物だって」
ガーディのレーダーに敵の新型の二機が映ったのを確認したフリストは兵装ボタンの『All』を選択する。
「リーン、サポート頼むよ」
『了解、マルチロックオンシステム作動確認。
全兵装使用可』
「――――ッ!!」
フリストの視線と連動して新型二機に赤色のロックオンマーカーが着く。
それと同時に、ガーディの脚部に装着された四つの『十二連ミサイルポット』と肩部に装備された『六連装マイクロミサイルポット』を開放し発射の体勢を取る。
「全弾持ってけぇ!!」
ロックオンのマーカーがすべて新型二機を捉えたと同時にフリストは計5ダースものミサイルを一斉に放った。
一発一発が重戦車を一撃で仕留める威力を持ったミサイルが複雑な機動を描きながら新型二機に迫る。
だが、ミサイルが新型の二機に当たることは無かった。
放たれた六十発のミサイルはすべて新型の二機に落とされていたのだ。
「なに……!」
その様子を見たフリストは驚きの声を上げた。
六十発のミサイル一斉掃射、それは小さな軍事基地一つなら軽く潰すことができる攻撃だ。
それを新型の二機は無傷で生き残ったのだから、彼の驚きも不思議ではない。
ガーディからは観測できなかったが、圧倒的な性能を持つセンサーユニットを持ったレクサスはその動きを捉えていた。
新型の内、格闘型と思われる真紅の機体は圧倒的な機動でミサイルを回避し、避け切れないものは両手に持ったソードで切り裂いていた。
そして、もう一機の蒼の新型は迫りくるミサイルに対して背部に装備したバインダーから取り出したガトリングガンですべてを撃ち落としていた。
どちらもクルエイドでは成しえない結果だった。
『ッ!フリスト!!』
「クッ、速い!!」
ミサイルを落とされた事に気を取られていたフリストはリーナの声で意識を引っ張り戻され新型に向け腰部に装備されていた『100㎜チェーンガン』を左手に装備し、接近してきた真紅の機体に向け、引き金を引いた。
だが、その銃口から放たれた100㎜の弾丸は一発も真紅の機体に当たることはなく虚空へと消えていった。
真紅の機体は一瞬のすきを突いてガーディに肉薄してくる。
「近接戦闘が出来ない訳じゃないっ!!」
真紅の機体が両手に持ったソードを振るうよりも早く、フリストはガーディの袖口から高周波振動ナイフを射出し右手に握らせ真紅の機体に向け振るう。
だが、その一閃すらも物ともせずに真紅の機体は紙一重で回避し、ソードをガーディのコックピットへと振るった。
『フリストッ!!』
(や、やられるッ!)
だが、振るわれたソードがコックピットに達する直前、真紅の機体はなにかを回避するような機動を取り、ガーディから離れていった。
「何が……ッ!?」
その直後、ガーディのすぐ傍をアサルトライフルに使用されている80㎜弾が通過していく。
『ッのォ!!離れなさいよぉ……ッと!
え……?』
同じようにレクサスと戦闘を繰り広げていた蒼い機体もまたべヒモスから距離を置いていた。
「何が……?」
『フリスト、リーナ!
無事か!!』
『間にあったみたいね』
『タクヤさん、アスカ先輩!?』
フリストはガーディのメインカメラを後方に向けると。そこにはSFSに搭乗したレイヴンとレギオスの姿が映った。
『タクヤさん、その装備は?』
「SFS、少佐がフロートユニットの代わりに開発した支援用ユニットだ。
あの機体は?」
『新型のようです。
気をつけて下さい、あの二機、スペックだけならクルエイドなんて目じゃないくらいのものです』
「ならあの紅い機体は俺がやる。
アスカは蒼い方を、フリストとリーナは後方のクルエイドに近寄らせないようにしてくれ」
『SFSで格闘戦はあまりお勧めはしないけど?』
「どちらにせよ、あの蒼い機体も相手をしなければならん。
それに、格闘戦はお前より俺の方が向いてる』
『……無理だけはしないように』
「分かっている。
二人とも、頼むぞ」
『『了解!』』
アスカは短くタクヤに告げるとレギオスを蒼い機体の方へと向けて飛ばしていく。
タクヤもまた、両手に二本の剣を持った真紅の機体へと視線を向ける。
その機体は、視認性は明らかに無視した真紅という戦場ならふざけた色をしていた。
だが、その機体からはそれ以上の圧力をタクヤは感じていた。
その姿もまた、その圧力を加えるものなのだろう。
それは二本の角を持ち、二つ目を光らせていた。
タクヤはその姿を見て、(まるで日本の昔話に出てくる赤鬼だな。となると、あっちの蒼い方は青鬼か)と考えていた。
「へぇ……」
彼はコックピットで薄く笑った。
今回の任務は輸送機の撃墜と統合軍の試作ASの奪取だった。
始めはこんな面白味もない任務は乗り気じゃなかった。
だが、事情が変わった。
変えられた、目の前に立ちふさがった紅白のASによって。
「あっちにも面白いパイロットが居るみたいだねぇ……」
彼は呟く。
彼が求めるもの、それは自分と対等に戦える人物。
彼はそれを望んでいた。
そして、ようやく見つけたかもしれない。
目の前のASのパイロットは何所まで自分を愉しませてくれるだろうか?
それだけを考えて彼は操縦桿を握りしめた。
鬼が、雄叫びを上げた。