第三話 クルエイド
機体説明
・『ASX-001α レイヴン』
統合政府軍の試作AS。
この機体を始めとしたASXの形式番号を持つ機体はすべて統合軍新型量産AS開発計画、ASX計画、又の名を『project Gears』の機体である。
このレイヴンはそのASXシリーズの一号機であり、主に近接格闘戦を主眼に置いた試作機である。
そのため、武装には高周波振動ナイフを始めとした近接武器を装備し、防御用としてプラズマフィールド発生装置も装備している。
だが、その機体特性のため射撃戦には不向きと言う面も持つ。
そのため、基本的に単独での任務は避けられ、他のASXシリーズの三機の内どれか一機とのコンビを組んでの任務を行う事が好まれている。
余談だが、一号機と言うフラグシップ機でもあるため、機体は白と紅の二色で塗装されている。(このような目立つ塗装は他のASXシリーズ機にも同じ事が言えるが、視認性が高くパイロットからは苦情が何件も寄せられているらしい)
反統合同盟軍からの襲撃を退けたラングレー基地。
未だに襲撃の跡が残る基地では滑走路を始めとした基地の修復作業が行われていた。
そして、レイヴンのパイロットであるタクヤもまた自機の整備担当者と共に機体の整備を行っていた。
「なるほど……、高周波振動ナイフは咄嗟の時に使える方がいいと。
わかりました、射出のタイミングの調整をしておきます」
「頼む。
後、射撃の照準だが、プラズマフィールドを最大展開した際に照準に若干のずれが出てきた。
そこの調整も頼めるか?」
「照準に関しては後で少尉に確認を取らせてもらいますけど、それでよろしいのなら」
整備兵は手に持った端末を操作しながらタクヤの指示したことを正確に記録していく。
(レイヴンの性能は確かなものだった。
だが、昨日の戦いではクルエイド一機に対して時間をかけ過ぎていた)
コックピットから出たタクヤはレイヴンを見上げる。
そこにはヒロイックなデザインのツインアイを持った巨人の顔が存在した。
(俺がお前の性能を引き出せていないから、なのだろうな。
もっとお前の事を知らないと)
タクヤは決意の籠った目でレイヴンを見つめる。
そんな彼の名前を呼ぶ声が格納庫に響いた。
「タクヤ」
「アスカか、どうした?」
その声の持ち主は、タクヤと同じくレギオスの整備を行っていたアスカだった。
アスカは静かに答える。
「チーフが呼んでる。
昨日の機体についての話だって」
「了解した。
軍曹、後のことは頼む」
アスカからの報告を受けたタクヤは機体のチェックを行っていた整備兵にそう告げる。
「了解です、後はアクチュエイターの調整もやっておきますんで」
「頼む」
軍曹は楽しそうに答えるとレイヴンの関節部に端末を差し込み、作業を開始し始めた。
「さっきの整備兵、楽しそうだったわね」
「あぁ、軍曹の事か。
まぁ彼はASの事が好きで整備兵になったらしいからな。
それにレイヴンはそのASの中でも最新の機体の一つだ、整備兵としては触れられるだけでも光栄なんだそうだ」
「整備兵には整備兵にしか分からない事があるってこと?」
「まぁ、俺も形が分からない機体を見るのは好きだがな」
「分からないと言えば、昨日の反統合同盟の機体もそうね」
格納庫を出た二人は会議室に向かう通路の中で言葉を交わしていた。
「あぁ、あの極端な機動もだが、一番の疑問は飛行ユニットだ。
レギオスのフロートユニットとは違うものなんだろう?」
「えぇ、アレは多分ブースターとかそう言った類の物。
でもそれだけじゃASが飛ぶ理由にはならない。
軽量級の『AZA-003 カットラス』や『ASM-001 マーリン』ならいざ知らず、重量で言えば現行するASの中でも結構な重さの『クルエイド』ならまず燃料切れであそこまでの機動はまず不可能ね」
「ま、そこら辺は少佐達が何とかしてくれるだろ」
「無理ね、あの機体には分からない事が多すぎるわ」
先ほどまでタクヤが抱いていた望みは呆気なく散った。
場所は会議室。
この場にいるのは、フィーリア、タクヤ、アスカの三人と二人の機付長であるアンドレアス=ゴードン技術特尉の四人だ。
「どう言う事ですか?」
「あの機体はあんた達が破壊した残骸からの調査したんだけど、その結果は普通のクルエイドと変わらないと出たわ。
全く、連中は一体どうやってあれを飛ばしていたのかしらね……?」
「あれだけの重量を飛ばすにはそれなりの出力のエンジンが必要になる。
だが、それをするには少々技術力不足だ」
アンドレアス――――通称アンドレイ――――はしかめっ面をしながら口を開く。
「技術力不足?」
「あぁ、クルエイドを飛行させるには戦闘機に積んでいるエンジンじゃまず浮きもしねぇ。
だが、二つばっかし手段があるんだ。
一つはレギオスと同様にディメンションクォーツを利用すること。
だが、肝心のディメンションクォーツはすべて統合政府が回収している。
仮に回収しそびれたものがあってもその可能性は低い」
「ディメンションクォーツの利用には特別な加工が必要だから、ですね」
「あぁ、そしてもう一つの方法だが、『イオンプラズマジェットエンジン』を使用する事だ」
「イオンプラズマジェットエンジン?
確か、最新型の超高出力エンジンでしたか?」
アンドレイの言葉を聞いたタクヤは思いだすように尋ねる。
「そうだ。だが、これについてはもっとあり得ねえ。
なんたって燃料に水素イオンを使ってんだ。ちょっと被弾しただけで爆発する可能性が出る」
「だけど昨日の戦闘ではそんな事は無かったでしょ?
だから私達は分からないって言ってんの。
非常に興味深いけど」
フィーリアの言葉を聞いたアンドレイは「違いねぇな」と同意の言葉を発し、残る二人は機械オタクの二人に対して溜息を吐いていた。
そんな時、基地内に警報が響き渡った。
「なんだっ!?」
「イーリス、何があったの?」
アンドレイはすぐさま会議室を後にし、フィーリアは会議室に置いてある無線機を使って副官のイーリスに尋ねる。
『少佐、拙い事になりました。
フリストとリーナを乗せた輸送機が反統合同盟の機動部隊に追撃されている模様です。
現在、輸送機はラングレーに向かってきていますが、恐らく敵に追いつかれる筈です』
「それは拙いわね、あの輸送機にはASXシリーズの残りの二機が載せられてる、あっちに持ってかれるのは防ぎたいわね……。
二人とも、機体の状況は?」
「レギオスはすぐにでも」
「レイヴンの方も調整が終わり次第には」
「なら、グラセニック少尉はレギオスで出撃。
タチバナ少尉はSFSを使用して現場に向かってくれ」
「サブ・フライト・システム……完成していたんですか?」
「所詮はフロートユニットの量産の目処がつくまでの間にあわせ。
それより早く行って来い。
フリストとリーナはASX計画に必要な存在だ。
ここで死なれては困る」
「了解です、それでは」
タクヤはフィーリアに敬礼をして会議室を跳び出していった。
「リーナ、敵の様子は?」
『相変わらず、こっちの様子見に徹してる。
全くあたしたちも運がないわね……、ユーコン基地からようやくラングレーに帰れると思ったら悪天候で一日伸びて、遅れて出発したら反統合連盟の連中に追い回されるなんて』
「そうだね……。
船長、後どれくらいでラングレーの防衛圏内に着きますか?」
彼――――フリスト=アーベント少尉は『ASX-001γ ガーディ』のコックピットから輸送機の船長に通信をつないだ。
『後三十分ってところだな、ラングレーには一応緊急通信を飛ばしてはいるが届いているかは分からん。
それに、それまで敵さんが待っててくれるとは思わねぇがな』
「その時は僕らが船上に出て寄せ付けないようにしますよ。
幸い、僕らの機体はそう言った状況には強いですから」
『なら、もしものときは頼んだぞ』
『任せて下さい、ASのパイロットとしてちゃんと輸送機の安全は確保して見せますから!!』
通信機越しに聞こえてくるリーナ=ガルシア少尉の声を聞きながらフリストは苦笑する。
だが、その苦笑もすぐに止めざるを得なかった。
輸送機が激しく振動する。
空を飛行する輸送機が振動する理由は片手で数えるほどしかない。
そして、今の状況から考えると原因は一つしかない。
『畜生が、二人ともすまねえ。
奴さん、どうやってもこの機体の中にある物を奪いたいらしい。
すまねぇが外に出てやってくれるか!?』
「了解です、リーナ!」
『はいはーい!!
こっちも準備は終わってる!!
キャプテン!出してちょうだい!!』
『無茶はしなくてもいいからな、命あってのものだねだからな!!』
フリストはキャプテンの言葉と共に、自分の機体がリフトで上昇しているのを感じる。
そして、彼の機体は輸送機の上部に出た。
フリストがコックピットの中から右を見ると、同じようにリフトで上げられてきたリーナの機体『ASX-001δ レクサス』が甲板に姿を現していた。
今彼らが乗っている輸送機『べヒモス』は全長50mを超える超大型の輸送機だ。
ASが二機程度甲板に乗ったくらいでどうこうなる代物ではない。
「リーン、機体状況は?」
『脚部無限軌道が正常に作動しません。
この戦闘での使用は不可能です』
コックピット内のコンソールにガーディの機体が映し出される。
その機体はタクヤの『レイヴン』やアスカの『レギオス』、リーナの『レクサス』とは違い、ずんぐりとした格好のASだった。
特徴的なのはその全身に装備された装甲と数多の武装。
この装甲の各部にも大量のミサイルポットが装備されており、この機体の仕様書を初めてみたタクヤは「まるで歩く武器庫だな」と呟いた程である。
それに対してリーナの『レクサス』は至ってシンプルな作りをしていた。
装甲は一般的なASに比べても薄く、装備も両肩に装備された分割式の『スナイパーレールガン』と補助武装である『ショートレンジレールガン』の二つのみ。
だが、その二つを効率的に使用するためにレクサスの頭部には最新式のセンサーが装備され、策敵能力は他の三機よりも遥かに高いものとなっている。
『フリスト、タクヤさんとアスカ先輩が来るまでしっかりと持ちこたえるわよ!!』
「了解、そっちも気をつけてね」
リーナからの通信にそう答えると彼女は笑みを浮かべながら通信を切る。
フゥ……とフリストは一息ついて操縦桿を握りしめる。
「さて……行こうか、僕とガーディの初陣に。
リーン、サポート頼むよ?」
『了解』
リーンの言葉と共に、ウォォーンと言う感じの動力が作動する音がガーディを包み込む。
そして、巨人の瞳に光りが煌めいた。