第一話 戦乱の灯
正暦2087年、地球に一つの危機が訪れる。
『月の三分の一の大きさの小惑星の接近』
NASAから送られてきたこの一報により、各国の市民は混乱に陥った。
各国の政府は緊急対策会議を開き、一つの作戦を決行に移すことを決議した。
『operation DayBreak』
全世界に存在する核ミサイル、及び静止衛星上に待機している各国の宇宙軍、デブリ破壊用レーザー砲『ATLAS』による小惑星の破壊。
結果を言えば、小惑星の破砕は成功。
だが、大小数多くの破片が防衛線を突破し、地球へ降り注いだ。
大気圏を突破し、その多くは太平洋へ着水、巨大な津波を引き起こし沿岸国に多大な被害を被らせた。
しかし、悲劇はそれだけでは終わらなかった。
落下した破片から、大量の地球外生命体『worm』が出現。
wormは近隣の国々へと進行を開始、目に着くものはすべて壊され、殺されていった。
次から次へと出現するwormに対して、人類はありったけの火力の集中によってwormの排除に辛うじて成功。
人類は外宇宙からの侵略者に対して一致団結するべき、との意見が各国の首脳から出始めた。
その動きから、国際連盟はその名を『地球統合政府』と改め、各国の軍事力を統括、及びその政治体制を整え始めていた。
だが、どんな意見にも反対する者は出てきた。
それが『反統合政府連盟』。
統合政府の政策に反対する者たちや、統合政府への加入を拒んだ国々からなる連合政府。
そして、国連の時代から弾圧を加えられていたコロニー。
そう言った者が集い、統合政府へと牙を向いた。
これが、『反統合政府戦争』の始まりである。
反統合政府連盟は人型機動兵器『AS』を実戦へと投入。
数で勝る統合政府軍はASの驚異的な性能の前に膠着状態に持ち込まれていた。
「……で、何でこんなものを今更?」
統合軍ラングレー基地の格納庫で『タクヤ=タチバナ統合軍少尉』は手に持った歴史の教科書をテーブルに投げながら向かいに座る相棒に尋ねる。
因みに、その教科書は日本で言う高校生レベルのものである。
「そんな事言われても、隊長がもう一度読んでおけってね。
だから私に言われても困るわ」
タクヤの向かい側に座りコーヒーを片手に持った女性がため息交じりに答える。
彼女の名前は『アスカ=グラセニック統合軍少尉』。
「それに、最近反統合軍の連中の勢いが増してきてるからね、私たちの出番も近いからもう一度復習しておけってことじゃないの?」
アスカは肩に掛った金色の髪を払いながら、格納庫に目を向ける。
そこには多くの整備兵が忙しなく動き回っていた。
そして、その格納庫には紅と蒼の二体の巨人が佇んでいた。
「AS、か……」
「そう言えば、タクヤは元はイーグルドライバーだったのよね?」
「あぁ、二年前ラングレーに異動になった時は信じられなかったよ。
何せ、今まで空を飛び回ってた俺が、陸戦兵器の新型開発のためのテストパイロットだ。
受け入れるのに10分はかかったな」
タクヤは残ったコーヒーを飲み干しながらそう呟く。
「受け入れるの早いわね……。
そして、次の日にはASの操縦方法をマスター。
一ヶ月でこの基地のトップエース。
貴方、本当に人間?」
「カテゴリーで言えば人間だな。
だが、やっぱり空の方がいい。
陸は苦手だ」
「まぁ、ASの飛行はまだ実験段階。
私のレギオスで実装試験してる段階だからね。
この機体のデータを元に改良されたフロートユニットが配備されるのはまだ時間がかかりそうね」
アスカは蒼のAS――――《ASX-001β レギオス》を見ながらそう言う。
アスカの機体であるレギオスにはASに単体での飛行能力を与える装備――――フロートユニット――――の先行生産typeが試験的に装備されている。
このユニットにより、陸戦主体のAS戦闘にも幅が出ることで期待されていた。
「そう言えば、フリストとリーナはまだ到着してないのか?」
「アラスカのユーコン基地からでしょ?
そろそろ着いてもいい頃だと思うけど……」
2人は、今ここにいないチームメイトの顔を思い浮かべながら話を進めていたが、その時間は基地に響き渡った警報に掻き消された。
「なんだ!?」
「警報……?」
2人はすぐさまスイッチを切り替えパイロットスーツのヘルメットを手に取る。
『あ~あ~、2人とも聞こえるか?』
そんな二人のいる部屋の通信機のモニターに気だるそうな女の顔が映し出される。
「チーフ、この警報は?」
タクヤはすぐさま自分達の直属の上司――――フィーリア=テスタロッサ少佐に尋ねる。
彼の問いにフィーリアは面倒そうに頭を掻きながら応える。
『いやな、なんか反統合連盟の奴らがレーダー網を掻い潜ってこの基地に接近してるらしいんだわ。
それで、あんた等にも出撃命令が出たってこと。
ったく、レーダー担当の奴が見逃したんだからそっちが責任取れっての。
まぁ良い。
これも慣れだ。
実戦で貴重なデータを取らせてもらう、だからやられたりしないように。
以上』
フィーリアはそう告げると一方的に通信を切った。
「相変わらずだな、あの人も」
「まぁ、それがあの人の人柄ってやつだよね。
それじゃ、私たちも行こうか?」
タクヤは溜息を吐きながらレストルームを後にした。
「旦那、準備は?」
「動力の起動と推進剤、エネルギーの注入は完了してる!
だが、武装がまだこいつは完璧じゃない、どうする!?」
レストルームでフィーリアから出撃命令を喰らったタクヤは格納庫に直立していた自分の愛機――――《ASX-001α レイヴン》――――前にたどり着いていた。
「今の状態で使用できるのは?」
「高周波振動ナイフとプラズマフィールドだけだ」
「なら、アサルトライフルとアサルトブレードを頼む。
相手がどんな奴かは分からんが、反統合の連中なら使用している機体は大体予想が着く」
「アサルトライフルとブレードだな、分かった!」
タクヤは機付長の姿を一瞥した後、レイヴンのコックピットに潜り込みコックピットの操作盤を操る。
次から次へとモニターへ情報が流れ、最後に起動のボタンがモニターに現れる。
そのボタンをタクヤは迷いなく押す。
すると、次の瞬間、コックピットに装備された全天周モニターが起動する。
『ASX-001α 起動確認』
コックピットに機械音声が響き渡る。
その声の正体はASXシリーズに搭載されているサポートAI『リーン』だ。
このリーンは搭乗者の操縦のクセと機体の特徴を瞬時に学習、反映し操縦のサポート及び策敵などを行い、パイロットへの負担を減らしてくれるものだ。
『少尉!
アサルトライフルとブレード、準備できたぞ!!』
「了解、機付長は避難しててくれ。
すぐに出る!!」
『後は任せた!!』
タクヤは機付長がトレーラーに載せて運んできたアサルトライフルとブレードをレイヴンの手に握らせると格納庫の扉をくぐり滑走路へと飛び出した。
滑走路では、ラングレー基地に配備されている現代技術でリファインされた『FR-15 イーグル』や『FR-22 ラプター』などの戦闘機を始め、最新鋭機である『F-45 セイバーイーグル』、『ASR-001 クロノス』が既に戦闘態勢に入っていた。
「さて、連中はどんなカードを切ってくる?」
タクヤはまだ見ぬ敵を思いながらレイヴンを所定の位置に待機させた。
『CPへ、こちらイーグル1。
敵輸送機及び護衛機を発見。
護衛機はF-39 スワローと断定』
『こちらCP、イーグル1。
敵機…すべ…撃墜せよ。
…り返す、…機を…べて……』
スクランブルに応じたFR-15で構成されたイーグル小隊の三番機を操縦している少尉は違和感を感じていた。
それはFR-15に初めて乗った時から感じたことのない感覚だった。
「なんだ……?」
『イーグル1よりイーグル小隊各機、全兵装使用許可!
敵輸送機、及び護衛機を撃墜せよ!!』
『イーグル2了解!』
『イーグル4了解』
「ッ、イーグル3了解!!」
彼は小隊長からの指示を聞き、一泊遅れながらもすぐに了承の意を告げ、FR-15の安全装置をすべて解除した。
「発射!」
4機のFR-15から計16発のミサイルが発射される。
そのすべてが護衛機と輸送機に直撃するコースだった。
だが、ミサイルはすべて上空からの弾幕により撃墜された。
「なにっ!?」
『迎撃!?何所からだ!?』
『イーグル4より各機、上だっ!!』
すぐさま少尉は視線を上へ向ける。
そこには、翼を持った人影が写っていた。
『馬鹿な、ASが空をッ――――』
誰かの声が通信機から途切れた。
すぐさまレーダーを確認した少尉の目には『second lost』の文字が映っていた。
『各機散開ッ!!』
「クッ!」
すぐさま操縦桿を捻り機体に回避行動を取らせたが、その行動すべてが遅かった。
『イーグル3!ケツにつかれてるぞ!!』
小隊長の声が通信機から聞こえてくるが、少尉にはもう何を言っても無駄だった。
彼の機体の行く先に、銃を構えたASが滞空していたから。
(まず――――)
再び操縦桿を傾けようとした時、少尉の意識は途切れた。
それと同時に、イーグル小隊のレーダーに『third lost』の文字が刻まれた。
ラングレー基地に『イーグル小隊全滅』の報が届いたのはそれから1分後だった。