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冷たい風に身を縮めながら、シフォンは右手に持った袋の中身を再度確認する。袋の口を開けば香ばしい焼きたてのパンの香りが鼻腔をくすぐった。少しばかり気分を良くしながらパン屋からの道を歩いて戻る。舗装されたレンガの道を歩きながら、頼まれたパンと左手に私用で手に入れた道具を両手に抱え思考を回す。
家まで距離は遠くないが道順はわかりづらいだろう。道を何度か折れては地下に降りてその道をまたぐねぐねと曲がりまた上に登ってきてようやく、裏通りの影にひっそりと佇む喫茶店の隣に、同じような雰囲気を纏った貸家が立っているのだ。
日時的にはそう遅くない時刻でも暗く影のさす通り。日当たりがすこぶる悪いので、薄暗い通りで人気は多い方ではない。なんでこんな所に喫茶店を立てたのか、マスター兼その隣に立つアパートの所有者兼自分の部屋の大家のジュラに問いただしたくなる。まぁおかげで自分も快適に暮らして行けているのだが。
ふとジュラに対する疑問点が膨らむ。身長は高いほうだろう。天然パーマを科学者のように跳ねさせながら丸い瞳で頭のからっぽな発言を繰り返す。年齢不詳、性別♂左目の下には鈍く光る銀の十字。埋め込まれているのか肌に食い込むように走るその銀塊には何処か畏怖すら感じる。
どういう経緯でそれが頬に食い込んでいるのかはわからないが、とにもかくにもアホ面で口からは絶え間なく頭の軽い発言を繰り返すねこまるの店主には呆れすら覚える。なぜあんな奴が喫茶店を運営できているのかが解らない。この間なんか目玉焼きをひっくり返して顔面にかぶって、熱い熱いとのたうち回っていうジュラに慌てたお人好しのシラスが、手に持ってた牛乳をぶっかけ、俺は腹を抱えて笑った記憶がある。
無表情で取り留めのない事を思考しながら薄暗い階段を上がれがば、身を刺すような寒風が吹き付ける通りに、ひょっこりと頭が現れる。
この通りの先に喫茶店ねこまるの隣に立つアパート『猫の家』に到着する。喫茶店猫丸の隣が猫の家って…思考回路の陳腐さ加減とネーミングセンスのなさには驚かされるばかりだよ、まったく。捻りなさすぎだろ。
文句をつけて道を歩く。早く帰らないと片手にもったパンが冷めてしまう。
息を吐く。もう少し体温が高ければこの息も白くなるのだろう。
しばらく黙って歩いていけば見知った看板が見えてくる。
到着を喜び少々急ぎ足になりながら歩く途中で異変に気づく。
「なに、これ」
道に等間隔に付いた赤い血痕。目で追っていけば、ねこまるの玄関前でべっとりと多量の血の痕跡を残しそこですべての痕跡は消えている。
一瞬背筋を悪寒が走りあらぬ考えが脳を支配する。レンか?シフォンか?シラスか?それともジュラ・・?
誰が、誰がこんな大量の血を流すほど傷だらけで猫丸にきたというのか、
恐怖が全身を支配する。いったい誰のせいでここまで血を流す羽目になった、
またあいつらが来たとでも言うのか?まさか、そんな、
血まみれになった彼らを脳裏に描きながら焦燥間のまま思い切りドアの取っ手をひねり中に飛び込む。
視界に入った見知った人間の名を切実に叫ぶ。
一体何が起きたのだ、と
「っ、ジュラ・・!!」