ときどき事件簿
急激に冷え込んだ外気が窓から入るのを防ぐように、布地のカーテンをきつく締め合わせる。指先が冷えているのを感じながら、灰を溜めた暖炉に木を放り込めば膨張した熱が赤々と弾けている。
夜も更けてきてだいぶ人気のなくなった喫茶店を眺めながら、店長兼マスターを務めるジュラは七時に店を閉める準備をそれとなく進めた。
店の名前を名づけたのは誰だったか、あれはレンと一緒に、いやシフォンだったっけ?
記憶と事実の相互がうまくいかないまま店内を見わたしぽつりとつぶやく。
「ねこまる」
とても単純かつ明快な理由。なんかまっるっこいから、なんかまるっこいからこの店名にしようと声を上げたのだ。そしたらシラスに怒られたっけ、〝あほか”って。
あ、そういえばシラスと一緒に話してたんだっけ!
記憶の回帰に喜びに唇を釣りながらテーブルを拭き始める。
シラスはこの喫茶店のアルバイト一号だ!とはいってもいまだかつて二号が現れたことはないんだけどね、それでも喫茶店の名前はずっと 喫茶店 で、それでシラスが
“喫茶店って…店名ないんですか?”
“おお!気づかなかった!僕としたことがなんて重要なことを忘れていたんだ!この喫茶店初めてまだ4年だけど全然意識してなかったぞ!”
“お客さんに何か言われなかったんですか…”
“いや、うーん、えーっと言われたような言われてないようなー…”
“はいはい、わかりました。また忘れたんんでしょう?知ってますから”
冷たく言い放たれてしまう。シラスはいつも言葉の鋭いことを言ってくるけど、根はすごくいい子なんだよ。でも、そんなシラスにこの店の名前は付けたくなかったって言ったら怪訝な顔して問い詰められそうだから。黙っておかなくちゃね。
拭き終わったテーブルたちを一見し、満足げに鼻を鳴らし二階から階段を下りて店の入り口に向かって足を踏み出す。
ベルの音色がドアの開閉をつげ空気を振動させやんわりと響きわたる。
癖のように反応した耳に急ぎ足で駆け付けたジュラの目に、異端で、いや焦燥感をまざまざと与える現実から剥離した光景。見慣れたような哀愁のような既視感を感じながら、ひたすらにジュラは瞬きを繰り返す。
「シラス…?」
口から漏れたものが声なのか悲鳴なのか正体もわからないまま渇いたのどを鳴らす。
玄関先に倒れこんでいたのは決して喫茶店"猫丸"にはにあわない光景。
血まみれのシラスの姿だった。