第六話
◆竜矢side◆
………………
「リー………ダー…」
熊と、おそらくコウ達のリーダーがいるであろう作業場へ飛び込んだ俺達が見たのは、どういう訳か赤い毛をした熊と……
「リーダァァアア!!」
両腕が変な方向に曲がり…口から血を吐いて倒れ伏している……女性だった。
「この……クソやろぉぉがぁぁぁああ!!」
「お、おい!コウ!」
コウは絶叫と共に鉄パイプを振りかぶり熊(なのか?)に突進して行った。
そして、その絶叫を聞いた熊がこちらを向いたとき…俺はコイツが熊なんかじゃないと言うことが分かった。
なぜなら…
(額に…目が…)
そう、この熊の額には野球ボールくらいの大きさで、黄色く、中心に細い楕円形の黒色の瞳があるという…まるで猫の目をそのまま大きくしたようなものが、額を上下に割るように…存在していた。
「くらいやがれぇぇえ!!」
コウはそんなバケモノの容姿など気にもとめず、近くまで寄ったときに鉄パイプをバケモノの頭目掛けて振り下ろした…
が…
「グゥガァ!」
振り下ろす寸前に後ろ脚で立ち上がったバケモノは、鉄パイプを空振りしたコウの腹目掛けて、その腕を下から振り上げた。
ゴッ!
「ぐぁ!」
「コウ!」
コウは、バケモノの攻撃に気づき、とっさに鉄パイプを横にして両手で抑えガードしたようだが、バケモノのあまりに強い力に吹き飛ばされた。
「コウ!大丈夫か!?」
吹き飛ばされ、転がりながら戻って来たコウは、俺の問いに軽く頷き立ち上がった。
「ああ…これくらいなんでもねえ…早くリーダーを助けねえと…!」
もう一度リーダーを見ると、まだ胸は上下していた。
(まだ生きてる…けど…)
あのままじゃヤバイ
「おい!リョウ!!ボーっとすんな!」
コウの声にハッとしてバケモノに意識を向けると、立ち上がったままコッチを睨みつけている。
それを見て俺も鉄パイプを構えるが…心中はパニック状態だった。
(ヤバイ…)
リーダーは早く病院に連れて行かないと…
(ヤバイ)
だけど、こんなバケモノの相手なんか出来るのか?
(ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ)
焦りが俺の心を支配していくなか…ふと…
『それなら…』
昔の…思い出が…
『それなら、今は難しいことは考えないで、ただ頑張って人助けをしてごらん……』
『そして…いろんな人との『つながり』を築いていくんだ』
『そうすれば…君はいつの間にか沢山の人と一緒に生きていることに気づくから……寂しさなんて吹き飛んじゃうよ』
『それに……見てごらん…君は…今だって……』
…………………
(………まさか今、『あの人』のことを思い出すなんてな…)
眼前にバケモノがいるのに、思わず笑みがこぼれる。
気がつくと、パニックも収まり、至極冷静になっている俺がいた。
(なあ…じいさん…俺…まだじいさんの言ってた言葉の意味…よく分かんねえや…)
「リョウ!二人で同時に攻m「コウ…」…なんだ?」
(だから…)
「俺がバケモノの気を引くから…お前…リーダー連れて逃げろ」
(まだ、難しいことは考えないで、『人助け』するよ)
「…は?」
「…じゃあな!」
その言葉と共に、俺はバケモノにワザと背を向けて走り出し、来た通路とは別の通路へ飛び出した。
「グルゥゥアア!!」
背中にバケモノの声と地響きのような足音が聞こえることに、安堵しながら…
◇竜矢side◇ out
◆コウside◆
俺は、リョウのとった信じられない行動に、リョウとバケモノが走り去ってからもしばしの間動けずにいた。
そんな俺の意識を戻したのは…
「……う」
「!!」
リーダーの口からこぼれた呻き声だった。
「…リーダー!!」
鉄パイプを放り投げ、リーダーの下へ駆け寄る。
「リーダー!リーダー!」
必至に声をかけると、リーダーが薄く目を開いた。
「……コウ…か」
「はいっ!」
「…お前…怪我…ないか?」
「!」
(自分が一番…重傷なのに…)
「俺は平気ですよ…リーダーの方が危ないですよ…」
「こんなの…かすり…傷だ…」
「……どこが…」
リーダーの強がりに、思わず笑みが漏れた…ふとすれば…泣き出しちまいそうな笑みだったけど……
「そうだ…あの…バケモンは…?」
「あれは…」
『俺がバケモノの気を引くから…お前…リーダー連れて逃げろ』
リョウ……
「…っ、仲間が…相手をしてます…」
走り去って行った『仲間』の身を案じ、無意識に拳を握りしめる…
すると、その様子を見ていたリーダーがゆっくりと口を開いた。
「なら…助けに行ってやれ…」
「え、でも…」
「アタシは大丈夫だよ…また…少し寝るから」
「リーダー…」
「それより…早く行ってやれ…仲間を見捨てるなんて…副リーダー失格だぞ…」
リーダーはそう言って微笑み、再び気を失った。
(リーダー……分かりました。リョウは…絶対助けに行きます)
(でも…その前に、リーダーをせめて外の仲間達の所に…)
そう思いリーダーを抱き上げようとしたとき…
「あの…」
「!」
不意に背後から聞こえた声に、俺は弾かれたように振り返った。
そこで俺が見たのは…
(赤い髪と…紅い…目?)
急に振り返った俺に驚いたのか…その紅い瞳の目を見開いている…少女だった。
なんだ……この少女は…
どうやって…ここへ…?
この廃工場へ来るには国道からはずれた、林に挟まれた車一台が通るのがやっとの一本道しかない。
もちろん普段なら普通に来れるだろうが、今外には仲間達がいる。
熊がいると分かっているのに、そこへ入ろうとする少女を止めないほどアイツらもバカじゃないだろう。
だとすると…
「……あの」
少女の入ってきた経緯を思案していたところを、再び声をかけられて打ち切られる。
「あ、ああ…悪い…ここに人が来たことに驚い…」
言いかけて、今の状況に気づく。
リョウとリーダーを助けなければいけないこの状況に…
「そ、そうだ!なあお前さん、ここへ来る途中に集団の若い男達を見なかったか!?」
(唐突だが…なんとか手伝ってもらわねえと…)
「え、ええ…見ました。倒れていた方も…」
少女はいきなり俺がまくし立てたことに驚いた様子だったが、ただならぬ状況だと感じたのか、真剣な表情で答えてくれる。
「そいつらは俺の仲間なんだ!その内の何人かを呼んできてくれ!!重傷の人間がいるんだ!!」
早口にそう言って後ろのリーダーを見せる。
「なにが……あったんですか?」
リーダーの状態を見て、痛そうな…それでいて辛そうな表情をした少女が言う。
「熊だ。熊に襲われたんだ!お前さんが見た中には怪我人もいただろ?」
アイツは見るからに熊じゃないが…今は納得してもらわねえと…。
「ええ…」
「そいつらも、このリーダーも…みんな襲われたんだ…俺は…何も出来なかった…」
先程、あのバケモノに軽くあしらわれたことを思い出し、俯いて拳を握る。
「………」
少女は真剣な表情を一切崩さずに聞いてくれている。
「今…」
顔を上げ、少女と視線を合わせる。
「今、俺の仲間が一人で熊に立ち向かってる…俺は…そいつを助けに行かないといけねえんだ」
「だから、頼む…仲間を…呼んできて欲しいんだ…」
そう言って少女に頭を下げる。
「…頭を下げる必要なんて…ないですよ。…分かりました」
少女の口から発せられた力強い言葉に、多少安堵する。
「ああ…済まねえ…な…」
礼を言いながら頭を上げると…
「…?」
いつの間にか少女は、その綺麗な手のひらに、白濁色をした石を…置いて、俺に見せていた。
「…?お前さん…これは…一体?」
不思議に思い少女に問いかけるが、少女は依然真剣な表情を崩さない。
すると…
「…大丈夫です」
「…え?」
突然の少女の発言に思わず疑問符をうつ。
「大丈夫です…この方も、お仲間さんも…絶対に助けます…」
「…は?」
「だから少し…眠って下さい。」
その言葉と同時に、少女の持っていた石が…激しく光り出した。
その光を見てあまりの眩しさに目を瞑った瞬間、俺の意識が薄れていった。
(な…んだ…いっ…た…い)
そして俺は呆気なく意識を手放した。
俺が意識を手放す瞬間聞こえたのは…
「外の方々は、もう大丈夫ですよ…」
赤い髪の…少女の声だった。
◇コウside◇ out
時は少し遡り…
◆竜矢side◆
俺はリーダーをコウに任せて、バケモノを二人から引き離すために通路を疾走していた。
しかし、疾走と言っても所詮人間のスピードだ。
先ほどまで少し感じていたバケモノとの距離は、あっという間に詰め寄られてきている。
(このままじゃ…ヤバい…)
バケモノから二人を引き離せたことにより感じた安堵感は、今はもう吹き飛び焦りを感じるばかりだった。
(とにかく…どこか…あのバケモノを相手にできるような場所に…)
そんな時…通路の少し先に扉が見えた…
むろん、中の様子は分からないが、このままでは後数秒かからずに追いつかれるだろう…
(ええい!ままよ!)
開き直り、扉を蹴破るようにして開け放ち中に転がり込む。
幸い扉は錆びてボロボロになっていて、簡単に開いた。
「ガァ!!」
ドガァ!!
転がり込むと同時に、扉の方に体を向けるとバケモノの声が響き、それに続いて激しい物音が響いた。
見ると、バケモノは廊下側に開かれていた扉自体を吹き飛ばし、中に入ってきた。
素早く辺りに目を向ける。
ここは廃材置き場だろうか…少し腐っているが、木材の切れ端や鉄材の欠片などが、所々山のように積み重なって置かれている。
先ほどの作業場より広さはないが…狭いわけではない…
(ここなら…なんとか…)
「ガァァア!!」
時間稼ぎができる…と考えていた時に、バケモノの声を聞き、向こうも様子見だったのだろうか…コッチを睨みつけていたバケモノに視線を合わせる。
(…大丈夫…焦りも震えもない…)
バケモノが息を荒くして、今にも襲いかかろうとしているのに、不思議と自分が落ち着いているのが分かる…
鉄パイプを構え、正面のバケモノを睨みつける。
(助けが来るまで…耐える!!)
「ガァァ!」
俺が意志を固めたと同時に、痺れを切らしたのか…バケモノが腕を振り上げて襲いかかってきた。
そして…バケモノと俺の攻防が始まった。
※※※※※※※※
「ガァ!」
「くっ…」
バケモノが俺目掛けて振り下ろしてきた腕を、右側に飛び込み避ける。
そしてすぐに体勢を立て直し、次にきた横薙をバックステップで避けながら距離をとる。
(なんとか…避けられる)
バケモノの攻撃は速いが、なんとか避けられる程度のもので、まだ傷は負っていない。
しかし、一撃でも喰らうと致命傷となるので避け続けるしかないのだが…。
距離をとった俺に、バケモノは両手を振り上げ、牙を向いて抱きつくように飛びかかって来た。
「ヤバッ…」
とっさに左前方へ飛び出し、振り下ろしのタイミングがズレたバケモノの右脇をすり抜けるように避ける。
(チャンス!)
そして俺は直ぐに体を後ろに向け、さっきの攻撃の勢いでまだコッチに背を向けているバケモノの背中目掛けて、鉄パイプを振り下ろす。
ドゴッ!
「ガァ!」
バケモノの悲鳴(?)を聞き、続けて攻撃しようとしたが…
「ガァァア!!」
「うお!」
バケモノが両手をメチャクチャに振り回し始めた。
(…これじゃあ、近づけねえよな…)
やむなく一旦距離をとる。
そして、あの背中への一撃が俺が出来た最後の攻撃であり、バケモノの怒りを買ってしまった一撃でもあった。
それから後は、ひたすら回避に専念することになった。
というのも一撃をいれてから、バケモノは俺に向かって滅茶苦茶に腕を振り回すようになってしまい、攻撃する暇がなくなってしまったのだ。
「ガァ!グガァ!」
「よ!…うおっと!」
まさに防戦一方…状況は最悪だった。
そして…決着がついたのは…一瞬のことだった…
「ガァ!」
トガシャァア!
横薙しようとしたバケモノの左手が、そばにあった鉄材の廃材の山にぶつかった。
「ぐ…!」
そして、バケモノの力によって吹き飛んだ無数の鉄材が俺の顔に当たり、俺は反射的に『目を閉じて』しまった。
鉄材の嵐が止み、直ぐに目を開けた俺は…
すぐ横に迫ったバケモノの腕を避けることが出来なかった…
「ガァ!」
ボギギッ!
「~~っ!!」
直後に激しい衝撃と何かが折れたような音…そしてわずかに浮遊感を感じて…俺は吹き飛んだ。
ドガァ!
「がはぁ!」
背中に感じた激しい衝撃に、肺の中の空気が全部出て行くのを感じた。
「が…あ…ぅ」
飛びかけた意識をなんとかつなぎ止める…
(左腕が…動かねえ…)
だが意識は薄れ、左腕は…肩から折れているのだろう…激痛を感じていて、動かすことすら出来ない。
口内には鉄臭い…血の味が広がる。
(あ~~……もうだめポ)
鉄パイプを杖代わりにして辛うじて立ち上がるが…足が震えている。
目の前にはバケモノが立ち俺を見下している…毛深い顔の奥の瞳は、自分を害した獲物を殺せるからなのだろうか…心なしか喜んでいるように見えた。
バケモノが…ゆっくりと近付いてくる…
(…コウは…リーダー助けられたかな…)
俺がその時思っていたことは…
(そういや…俺今日買い物当番じゃん…サボったら夢乃怒るだろうな…夢菜が変わってくれるかな…?)
本当に…取り留めのないことで…
(友里那に奢ってもらう唐揚げ棒…早く食いたいな…)
バケモノが…腕を振り上げるのを見ながら…最後に思い浮かんだのは………
(父さん…母さん…)
顔しか分からない…両親のことだった…
(ごめん…ちょっと早いけど…そっち行くわ…)
「ガァ!」
バケモノが腕を振り下ろすのを他人事のような…冷めた思いで見ながら……そう思った。
……その時…目を瞑っていたら…何が起きたかは分からなかったことだろう。
目を開いていたからこそ分かった…
視界の隅に何かが入ってきたのが…
そして…その何かがバケモノにぶつかり…バケモノを吹き飛ばしたことが…
ガシャァアン!!
バケモノは吹き飛び、廃材の山に突っ込んだ。
「…………?」
余りにいきなりの出来事に声も出せず、呆然と佇んだまま…バケモノが突っ込んだ廃材を見る…
すると…
(燃え…てる…?)
廃材の山に、なぜだか火が付いて、メラメラと燃えていた。
「一体…なにが…」
「…大丈夫ですか!?」
さらに混乱している俺の耳に…聞いたことのある声が響いた…
顔を向けると…
「!!……竜矢…さん?…なんで…」
「……ミリ…ア…?」
今朝…俺が助けた女の子が…そこにいた…。