第十二話
◆竜矢side◆
「…魔王って…RPGのテンプレの…あの悪役の代表格の?」
神学の教職員専用の駐車場に入り、俺達の乗っている車のスピードが著しく落ちた辺りで、俺は口を開いた。
この質問は、異世界が存在するという事が前提になる質問だけど、俺は迷わず真由子さんに疑問をぶつける。
俺はもうさっきの出来事、そして真由子さんの昔話を疑う気持ちは無かった。
いや…真由子さんの昔話を疑うことなんて…出来なかった。
話している時の真由子さんの…あの寂しげな雰囲気と、昔を懐かしむ…穏やかな口調…そして何より、ミラー越しにしか見れなかったけど、二人の話をしている時の…真由子さんの目…
俺や夢菜達を褒める時などとは違う種類の嬉しさと…その奥に…ひとかけらの悲しみを感じさせる目…
今までとは全く違う真由子さんの表情…それはとても嘘や冗談で出るものじゃない…
長い時間を真由子さんと暮らしてきた俺には確信できた。
だからこそ俺は、真由子さんの話を全て受け入れた上で、疑問に思うことを聞いた。
「ああ…まあその時の魔王は悪者だったみたいだな…っと、着いたな…よし、降りるぞ」
「…はい」
「ほら、アンタも」
「…はい」
真由子さんは俺とトモにそう促し、一足先に車を降りた。
そういや……
トモは真由子さんが話している間ずっと目を閉じて口を開かずに、終始態度を変えなかった。
ーーつまり、俺より先にレンバルの事を知ってた…ってわけか…
『その理由も向こうに着いたら話すよ。だから少し我慢してな。リョウ…』
真由子さんの言ったことを思い出し、ドアに手を掛ける親友に呼びかける。
「なあ…トモ」
「ん…なんだ?」
「レンバルに着いたら…ちゃんと話して貰うぞ…?」
そう言って軽く笑いかける…がトモは、少し引きつった笑顔で頷いた。
「ああ…分かった」
「……?」
……なんでだ?
「ほら、行くよ」
「あれ…健也さんは来ないんですか?」
「ああ、僕はまだミリア君の様子をみないといけないから」
車を降りたのは俺とトモ、真由子さんだけで、健也さんを見ると運転席に乗ったまま俺達に笑いかけた。
「…じゃあ僕は行くよ…知輝君…竜矢のこと頼んだよ」
「はい…分かりました…」
トモがそう答えると、健也さんは俺に目を向けた…
「竜矢…」
「…はい」
「…うん、もう迷いは無いみたいだね…しっかりと見てくるんだよ…新しい世界を」
「…はい!」
これから起こるであろう体験に興奮しているのだろう…健也さんの言葉にハッキリと答えた俺の顔が、自然と笑顔になるのが分かった。
「ほら、行くよ」
「はい、それじゃあ健也さん…行ってきます!」
「うん、行ってらっしゃい」
健也さんが笑顔で見送ってくれる中、俺達は歩き出した。
※※※※※※※※※
「そういや…どこに向かってるんですか?俺達…」
「寮だよ、神学の学生寮だ」
「学生寮…ですか?」
なんでまたそんな所に…?
「そこが入口なんだよ…いや出入り口か…」
「出入り口…って、その…レンバルとの?」
「ああ」
予想外だ…だって世界を渡るって言ったら、もっと神社とか教会とか…とにかくそこら辺のもっと物々しい場所からだと思ったんだけどな…
「まぁ、行けば分かる」
「…はい」
そう言うことなら…と取りあえず納得して、真由子さんの後に続く。
「……………」
それにしても…
「……………」
まだ不思議に思うことがひとつ…
「なぁ、トモ」
「お、おう…何だ?」
「何でお前、そんな静かなんだ?」
「…う」
そう…トモが何時になく静かすぎるのだ。
空気を読んで黙っているのかもしれないが、それにしては雰囲気もおかしい…トモは…何かイヤに緊張しているみたいだ。
真由子さんの話と、車を降りる時の受け答えから、トモはレンバルのことを知っているのだろう。
だから、仮に行くのは初めてだとしても、トモがこんなに緊張するなどとは、トモの事を知る人からすれば有り得ないと分かるだろう。
どちらかと言うと、はしゃぐタイプだからな…
そう思いながら、俺の言葉にたじろぐトモに違和感を募らせる。
「おいトm「何をビビってるんだい、トモ」…」
理由を聞こうとした俺の言葉を真由子さんが遮った。
真由子さんは立ち止まり俺達を振り返る。
「いえ、あの…」
「……怖いのかい?」
「……………」
「はぁ…トモ…ちょっと来な」
そう言って真由子さんは、俯いているトモを引きずり出した。
「え?ちょっ…真由子さん…?」
「ああリョウ…すぐに済むから、一人しりとりでもしてな」
真由子さんは俺の返答を聞かずに、トモ引きずり俺から距離をとった。
「ええ~…」
一人しりとりって……〔ん〕がついたら…ンド〇ールかンジャメナを使うか……
◇竜矢side◇ out
◆知輝side◆
「で、何をそんなにビビってるんだ…まあ聞くまでもないか…リョウのことだろ」
「…!」
リョウ…
唯一無二の親友の名前に、思わず体が震えた。
「何がそんなに怖いんだい?お前は幼稚園…いや、こっちに来たときからずっと、リョウの親友だろ?リョウだってトモのことをそう思ってるぞ」
「でも…リョウが…俺がこっちに来た…本来の意味を知ったら…」
その時のリョウの反応…俺にどんな目を向けるのか…俺にどんな言葉をかけるのか…
それが…すげぇ怖い
俺は本当は…『親友』というモノとはまるっきり反対の立場にいる…ハズだったから。
なのに俺は、あいつと一緒にいる内に自分の立つ場所がイヤになって…
求めたんだ…あいつと『対等』で…あいつともっと『笑いあえる』…そんな場所を…
…分かっていたのに…求めては駄目だって…
でも、俺は手に入れた…いや、求め始めた時には既に手に入れていたんだ。
リョウが俺を親友って呼んで…俺もリョウを親友って呼ぶ…そんな…なにものにも代え難い関係を…
だからこそ怖いんだ…俺の本来の目的を知った時に…リョウとの…今の関係が崩れるのが…
笑い飛ばしてくれるか…俺に対して憤慨するのか…リョウが自分のせいだと悲しむのか…
様々な結果が頭の中に浮かび、そこに問題の根本となる『現在の関係の崩壊』に対する恐怖が加わり、思考が乱れ始めたとき…
「そんなに怖いんなら、黙ってればいいじゃないか」
「……え?」
真由子さんの言葉に意識を取り戻した。
「そうだろ?黙っていても、理由を適当にでっち上げてもリョウには分からないし、そうすればお前とリョウと今まで通りだ」
「…………」
「それが、アンタが望む一番の結末だろ?」
それは…その通りだ…
黙っていれば…リョウは俺と…これからも一緒に……
でも…
でも…
『レンバルに着いたら…洗いざらい話して貰うぞ…?』
あいつは…そう言って笑ったんだ…
俺がレンバルの事を隠してたことに気づいて…
それでも…いつもの笑顔で笑ったんだ…俺を信じていたんだ…
なのに…俺は…さらに騙すのか…?リョウの事を…
「………だ」
「…あん?」
「…イヤだ…!」
今以上…自分を貶めてどうする…嘘を重ねてどうする…?
今でさえ、自分の本来の立場を隠して、あいつと親友でいる俺が、更にリョウに嘘を重ねれば…俺は…親友どころか…あいつと『同じ世界』にいる価値すら無くなるんだ…!
「リョウには…全部話したい…!」
「…いいのか?」
「それが…今あいつの『親友』でいる俺の役目です!」
そうだ…それが俺のやることじゃないか…!
俺があいつと…本当の意味で『親友』になるには…俺が…全てを話すんだ。
もし、その後…関係が崩れても…また築けばいいじゃねえか…
勿論、それは簡単な事じゃない…もしかしたら…もう拒絶されるかもしれない…
でも…全てを話すことが…今親友でいるあいつに俺がやらなきゃいけないことだと…気付いたから…
「…アンタも…吹っ切れたみたいだね」
「…真由子さん」
気付いたら、真由子さんは穏やかな瞳で俺を見ていた。
「二人のことに…アタシは下手に口出しは出来ないけど、これだけは言わせてもらうよ…」
「信じろ…お前が今まで築いてきたものを…お前が歩いて来た道を…」
「信じろ…お前の唯一無二の親友…リョウのことを…」
「…………」
「よし、話しは終わりだ。リョウのとこに戻るぞ」
「…はい!」
きっと…もう直ぐリョウに話す時が来るだろう…それまでの少しの間は…今まで通りの関係でいよう…話した後も…親友で居られると信じて…