第九話
◆竜矢side◆
わかる…
感じる…
バケモノの炎が…体に入ってくる…それに比例して、体中に『力』が漲るのを…
数秒経ち、俺の目の前から炎が消える…代わりに俺の目が捉えたのは、大量の炎を吐いたのにも拘わらずピンピンしている俺に目に見えて動揺しているバケモノだった。
ミリア…
後ろを振り向き、ミリアに視線を合わせてゆっくりと微笑む…
今なら…守れる…
なんの根拠も確証もない…ただ純然たる自信が…今の俺にはある。
するとミリアは微かに笑みを浮かべ、ゆっくりと目を閉じた。
……気を失ったか…
「ガァ!」
バケモノの声に視線を戻す…目の前に立っているのは二メートルを優に越える熊のような生き物だが…
今も…恐怖はない…それどころか俺の心には…『勝てる』という感情が湧いてくる…
「グァ!」
ブンッ!
バケモノが腕を振り下ろすが、俺は右腕を掲げて受け止める…
ガッ!
腕に衝撃が走るが……
(…軽い…!)
右腕を振ってバケモノの腕を弾き…四肢に力を込める…
すると同時に…
ゴウ!!
俺の体から、さっき吸収した炎が吹き出た。吹き出た炎は、まるで一本のロープのように細く長く形を変え、俺の両腕を覆い隠すように巻き付いてきた。
しかし、俺は驚きも動揺もしない…こうなることがさも当たり前のことのように…体が…心が一連の出来事を受け入れていた。
そのまま俺は目の前のバケモノを見据え…炎に包まれている右腕を、拳が腰辺りまで来るように腕を後ろに引いた…
「行くぞ」
言い放つと同時に、引いた拳を全力でバケモノの腹めがけて突き出す……
…その瞬間、腕を覆っていた炎が消えて、俺の右手に…指の露出した手袋型の真紅のグローブがはまっていた。
ズドン!!
「ガ…ァ」
その右手がバケモノの腹を打つと…
ゴウ!
バケモノの体が、殴った腹を中心にして…燃え上がった。
「グァァァァァアア…」
「くらえ」
ズドン!
バケモノは叫び暴れたが、今度は左手でもう一度殴ると沈黙して、燃え上がったまま床に倒れ伏した。
……………
数十秒経つと炎が徐々に小さくなっていき…消えた。
この時の俺は既に…バケモノの死体が『残らなかった』ことを疑問に思う気力もなかった。
…-ミリア-
もう一度ミリアを振り返り、胸が上下してることに安堵して…俺も膝から床に崩れ落ちた。
…あ~…なんかすっげー疲れた…
そう思考するのを最後に、ゆっくりと意識が闇に落ち…ようとしたところで…
「ちょっと!!大丈…って…リョ…リョウ!?」
「何!?…うお!!マジだ!おいリョウ!!おい!!」
聞き慣れた…声を聞いた…
※※※※※※※※
……ん…?
…なんだ…?
顔に…いや、口の辺りに風が当たるのを感じて、意識が覚醒していく。
あれ…俺…
意識が徐々にハッキリしていき、重い瞼を開くと…
「ん…」
「お!…起きたか!リョウ!」
目の前に…見慣れた顔があった。
「っ!?」
バキ!!
「ぐほ!」
驚きと共に反射的に上半身を起こして、その顔…トモに拳を当てると、うめき声をあげながら俺から距離をとった。
「いきなりひでえな!リョウ!」
「うるせえ!目覚めていきなり目の前にお前の顔なんかあったら誰だって殴るわ!!」
「お前がなかなか目覚めないから心配してたんだぞ!」
「は…?そりゃ一体どういう…」
言いかけたところで気付いた。
「……俺の…部屋…?」
見慣れた絨毯、見慣れた壁、見慣れたタンスや机…
今俺は…自分の部屋で、ベッドの上で上半身だけを起こしていた。
服は学ランだけがベッドの脇に畳んであり、俺はシャツと制服のズボンという格好だ。
「なん…で…?」
「まあ…目覚めたばっかで何かと混乱してるだろ。俺ちょっと真由子さん達呼んでくっから…何があったか…頭ん中整理しとけ。」
「え…真由子さん…え?」
トモはそう言って俺の部屋を出て行った。
(…………???)
何だかよく分からないまま一人になった俺は、とりあえず何で自分が今ここにいるかを思考した。
時計をチラと見ると、六時半過ぎを指していて、窓から見える外は既に暗くなっていた。
-何があったか…か…-
確か…神学からの帰りに不良に絡まれて…ケンカすることになって…
そして、不良達のアジトについたら、不良のメンバーがボロボロで倒れてて…メンバーを襲った熊からリーダーを助けるって言い出した黒髪短髪…コウと一緒にリーダーを助けに行った…。
そして…
リーダーは見つけたときには既に意識を失っていたんだ。
その場に居たのも…熊なんかじゃない…バケモノだった。
俺はリーダーとコウを逃がすためにバケモノの気を引いてコウ達と離れた。
バケモノとは戦ったけど、やられて死にそうになって…
そこに…
…ミリアが…来たんだ…
そして…
……………ダメだ…
その後の事が、とてもじゃないけど現実だとは思えない。
ミリアが俺の骨折を一瞬で治したり…火の玉をいきなり出したり、バケモノが火を吐いたり……
俺が……炎を纏ったり……
……全部…夢だったんだよな…
きっと俺はアジトに向かう途中かなんかで、不良達に気絶させられたんだ。
そして放置されていた俺を友里那が見つけて、トモとか真由子さんに連絡して、俺をここまで運んだんだろ…。
俺は自分を強引に納得させる。
今思うと、あの時は有り得ないことが起こりすぎてる。
「ま、いいか…」
(全部夢だったんだし、俺も特に酷い怪我もないみたいだしな。)
そこで俺はふと気がついた。
(………あ、そういや…ラッキーアイテムのはずのビー玉…結局夢の中でしか役に立たなかったか…)
やっぱり星座占いなんてアテにならねえよな~…なんて思いながら脇に畳んである学ランからビー玉を取り出そうと…学ランを広げて…
(…っ!!)
学ランの『ある部分』
が目に留まり、一気に心臓の鼓動が早くなり…急に呼吸が激しくなった…
(なんで…これが…)
(あんなことは…有り得ないことなんだ…)
(全部夢の中の出来事…なのに…)
…俺が見たのは
(これが…あるってことは…)
右ポケットの下…
(夢じゃ…な…い…のか?)
その部分が…炭のように黒く焦げて…ボロボロになった…学ランだった。
(…っ!)
同時に…あの時…何故か疑問もなく自分が炎を纏った時の『力の感覚』が両腕に蘇った…
両腕に微かに熱と疼きを感じる…
「まさか…嘘…だろ…?」
「残念ながら、嘘じゃない…それどころか夢や幻覚、ましてやドッキリでもないよ」
「!…真由子…さん」
いきなりの声に驚いてドアの方を向くと、夢菜と夢乃の母親であり、俺を育ててくれている大恩人で破天荒という言葉を擬人化したような人物…『神野真由子』さんが部屋に入ってくるところだった。
クールな印象を感じさせる吊り目とスッキリした顔立ち、漆黒のロングヘアーを後ろで一つに束ねて、普段着である白のラインが入った深緑のジャージを着ている。
「やあ、リョウ…体はもう大丈夫かい?」
「あ…健也さん…」
真由子さんに続いて部屋に入ってきたのは、真由子さんの夫で夢菜達の父親である『神野健也』さんだ。
短めの茶髪に浅黒い肌…垂れ気味の目が柔らかい印象を感じさせるが、実際とても穏やかな人で、怒ったところを見たことがない。
しかし、真由子さんの突拍子もない行動にもうまくついて行けている辺り、この人もただ者ではないのだろう。
普段は神学の保健医で、今は保健室でいつも見ている白衣姿だ。
「大丈夫だろ。これくらいでへばる程ヤワな体に鍛えてないからな」
「でも、いきなりの『力の行使』は精神的な負担になるんだよ」
「いや…あの…」
「大丈夫だろ。コイツはこう見えても『神野流武術』も体得出来てるんだからな」
「いや…でもそれは精神面の修行ではないでしょ…」
「…あの…」
「でもアタシは初めて使った時は別になんともなかったぞ?」
「しょうがないよ…真由子とリョウじゃ潜在的な『力』が全然違うんだから」
「あの!」
俺をシカトしないで下さい!
「お、悪い悪い…で、結局体は大丈夫なのか?」
「…はい…特になんとも…」
「そうか…体は大丈夫みたいだな」
「リョウ…気分はどうだい?」
「…少し…疲労感があるだけです…あの!それより!」
真由子さんと健也さんの質問に順に答えたが我慢できなくなり、こちらから質問をぶつける。
「さっき真由子さんが言った…嘘でも夢でもないって…一体…」
「…………」
「っ…一体…どういうこと…なんすか?」
今までにない真剣な目をした真由子さんに怯みながらも言い切る。
「…まず先に言うと、リョウが気絶する前に起こったこと…全部が本当の事だ」
「っ………」
真剣な目をしたまま言われて、何も言うことができなかった。
俺は真由子さんから視線を外し、自分の両手を見る。
ーそうか…全部本当にあったのか…バケモノがいて、火を吐いたのも… ミリアが…俺の左腕をー
(っ!!そうだ!!)
「あの!真由子さん!ミリアは…あの、俺の近くに倒れてた女の子は…!!」
俺の質問には、健也さんが口を開く。
「ああ…あの子…ミリア君なら大丈夫だよ…リョウと一緒に運んで、今は夢乃の部屋で夢乃と夢菜、友里那君と知輝君が介抱してるよ」
「ついでに言うと、あの場にいた不良共も最低限の処置をして病院に送ってある」
…コウ達も無事なのか…
「…良かった…」
バケモノと遭遇した人全員の安否がわかり、心の底から安堵する。
「あれ…?…友里那君の話だと、リョウは不良に喧嘩を売られていたって聞いたのに、その人達のことが心配だったの…?」
「え、ええ…まあ、一緒にバケモノと戦ったヤツ…『仲間』もいますから…」
「そうか…」
苦笑しながら言った答えに、健也さんは笑顔でウンウン頷く。
「これで心配事はないな?」
「あ、はい」
「じゃあ、今からリョウの質問に答える」
「…っ!」
仕切り直しをするように真由子さんの声が真剣味を帯びた。
「…その前に、リョウ」
「…?はい…」
「アンタが聞かないといけないこと…そして、アンタに聞かないといけないことがある…」
「…?」
「リョウは…全てを知りたいのか…?」
(!!)
俺の心に直接訴えるような真由子さんの声と瞳に、俺は額に冷や汗が浮かぶのを感じた。
「いいか、リョウ…アンタの質問にはアタシ達は答えることが出来る…だけど、アタシの答えを聞いたら、アンタの暮らしはこれまでとは大きく…いや、全く変わるかもしれない…」
「…………」
「辛い…苦しい…痛い…アタシの答えの先には、そんな道が待っているかもしれない…」
「それでも…リョウは知りたいか…?…全てを…」
俺は再び俯いて自分の両手の平を見る。
あれは…あの出来事は夢じゃない。
なら…ミリアを助けようとしたときに起こったことも…本当なんだ。
(あの時…俺の身に一体何が起こったのか…)
不思議な現象を自然なこととして受け入れてしまっていたあの時の俺…
火を吐くバケモノに、一瞬で左腕を治したミリア…
…そして…炎を纏い…真紅のグローブをはめて、ほんの二発のパンチでバケモノを燃やし、消し去った俺…
両手を固く握り締めて、顔を上げて真由子さんと視線を合わせる。
…俺は知りたい…俺に何が起こったのか…いや…知らなきゃいけない…そんな気がする。
数秒目を閉じて決心を固めた俺は、開けた目で真由子さんの目をしっかりと見据えながら…口を開いた。
「聞かせてください…真由子さん達の知っていることを…全て」
「………分かった」
俺の決心を感じたのか…真由子さんは一瞬の沈黙の後、しっかりと頷いた。
…そう…この日…この話で俺は自分から…『非日常』への一歩を…踏み出したんだ。