メイドさんと僕の授業参観
ただいま~と中学生らしく元気良く玄関をくぐる僕。メイドさんのお帰りなさいませと香しき匂いがキッチンから流れて来る。今日は正にカレーでしょう。
全く中学生も楽じゃない。毎朝、朝早く七時に起きて、通学。教師による、退屈な長話をメモしながら聞いたり、古くさい曲を歌ったり、全力で球蹴りに興じたり、名ばかりの囲碁部で友達と実の無い馬鹿話をしたりと。僕たちは大人は懐かしむハードスケジュールをこなしているのですよ。
そんな僕はお疲れ様な僕はリビング併設のキッチンでカレーを煮込んでいるメイドさんを横目で流して、教育的なテレビの忍者の卵が活躍するアニメでも見ようとテレビの前のソファーにダイブして、白き低テーブルの上のリモコンを探すのです。
あれ、そのテーブルの上に、凄く見覚えのあるクシャクシャの紙が…。何故、これが此処にある?
僕の背後に差す影。
「坊っちゃんの部屋を掃除していたら、見付けてしまいました」
素敵な笑顔で僕の後ろに立っているメイドさん。息子の部屋で決して見てはいけない大人な本を見付けてしまった母親のような事をしてるの?
「駄目ですよ、坊っちゃん?学校から家庭への連絡プリントを普段塵紙とお菓子の袋しか入ってないゴミ箱に捨てては」
甘かった。確かに普段、紙のゴミなど捨てられていない僕のゴミ箱に丸まったプリントを発見したら、見てみたくなるのがこのメイドさんの嵯峨。くそー、プライバシーの侵害だ。
「とにかく、旦那様にお話しませんとね。坊っちゃんの授業参観」
別に話さなくて良いよ。お父さんはきっとお仕事で忙しいし、それに、参観日に来てもらって喜ぶ子供は実際にはそう居ません。あれは、教師と保護者が、子供を緊張地獄に落ちるのを見て楽しむ悪夢のイベントなんだよ。
「いえいえ、我が子の学校で必死に勉強に励む姿を見れる良い機会ですよ。もし、旦那様が行けないようなら代わりに私が坊っちゃんの勇姿を是非拝見させて貰います」
そんなにその日だけ、必死に優等生のふりをする子供の姿がみたいものなのですか。いや、貴女のその悪魔の笑みは僕を苛めたいだけなのですね。勝手にプリントを捨てた事は素直に誤ります。だから、後生ですから来ないで下さい。
そんな僕の懇願などどこ吹く風なメイドさんが聞き入れてくれる筈もなく、父さんからもあっさりと、是非お願いするのお墨付きの許しを得たメイドさん。
普段来ている所を見たことの無い女物のスーツに、これまた普段全然しない化粧を薄くして、僕に軽く手を振りながら、ちゃっかりと保護者の列に収まっているのです。
「あれ、お前の母ちゃん?良いなぁ、すげぇ若くて美人じゃん」
始業のチャイムが鳴ってないのに、全員席に着き、こそこそ話に興じる学友達。そんな事は混じる気もなく、後ろを見ないことに必死な僕に、斜め後ろから小突いてくる悪友。全く間違えだらけで答える気にもならないから、そいつの顔を睨んでチラッとメイドさんを見て、無視を決め込む僕。僕にお母さんは居ません。メイドさんは別に保護者じゃないし、そこまで美人でも無いです。まぁ、今は化粧してるけど、普段は化粧っ気一つ無いし、スーツ姿はバリバリのキャリアウーマンっぽく見えるけど、普段はTシャツとジーパンしか着てない人だよ。しかも、お腹のお肉が気になり始めて、必死に腹筋を始める三十七歳の行き遅れ独身のおばちゃんです。今は、猫の皮を被って、虫も殺せなさそうな笑顔をしてるけど、家では僕をいたぶる…。
おっと、心の中でメイドさんの正体を暴露している間に先生が来てしまった。でも、保護者達の監視の中での不自由な休み時間よりは、数字と格闘してた方が、よっぽどましだね。授業をいつものように一所懸命に聞いてるふりをしてれば良いだけ。まぁ、参観日なんていつもと何ら変わりの無い授業だ。メイドさんが見ていようが見ていまいが僕には何の関係も無い。
まぁ、先生がわざわざ僕の見せ場を作ってくれなければだけどね。その僕の切ない望みも虚しく、黒板の前に立たされるもので。
背中に感じる、と思う視線。断言出来る。メイドさんがしっかりと見てる。当然だけどさ。
ノートをあたふたと何度も見て、チョークを折る格好悪い僕。この答えで合ってるよな?
うん、案外緊張するものなんだね、参観日って。久々だよ、こんな緊張は。
「今日は本当に楽しませて頂きました」
学校からの帰り道、極度の脱力感に見舞われている僕の横を、含み笑いをしながら歩くメイドさん。そんなに僕の答えから0を抜くというケアレスミスなボケが面白かった?あれは、緊張に固まるクラスの雰囲気を和らげる為の僕の慈善的行為でしてね…
「坊っちゃん、しっかり見直しをしませんとね?」
ハイ、そうですね…。なんかすいません。それにしても、メイドさん、大分御機嫌だね。僕がクラスの笑い種になったことがそんなに嬉しいの?意地悪なおばさんだ。
「結構、嬉しいもの何ですよ?子供の頑張る姿を見れるのは」
まるで、母親のような御言葉で。そんなに子供を苛めたいなら、早く結婚して自分の子供を作って苛めなさい。メイドさんに苛められ続けるなんて、僕はごめんだね。
「いえいえ、私はまだまだ坊っちゃんを苛め足りません。まだまだ私を楽しませて下さいね?」
はにかんだ笑顔で言われてもお断りします。主を玩ぶなんて、なんて酷いメイドだ。メイドさんの僕への酷い扱いには、もう馴れたから、今更文句は言わないけどね。
「さて、夕飯の買い出しに行きましょう。坊っちゃんが居るから、今日は大量に買い込めますしね」
そう言って僕をスーパーへ先導するメイドさん。荷物持ちな僕に配慮して、適度な量にして下さい。