メイドさんと僕の出会い
今思うと赤面もの。僕はお母さんが大好きだった。その甘えっぷりと来たらもう何ていうか。小学校高学年にもなって平気で抱き着くし、行ってきますのキスをおでこに貰うし、時々、添い寝をして貰うし。うん、恥ずかしい限りです。あえて、その当時の己を貶めよう。重度なマザコンだったと。
そんな大好きなお母さん。僕が学校から帰って来た時だった。リビングに倒れているのを見つけたのは。泣き喚きながらも何とか救急車を呼べた幼き僕と、仕事を放っぽり出して病院に駆け付けた父さんに医者は言った。蜘蛛膜下出血で既に手遅れだと。蜘蛛膜下出血等、漢字さえ知らない僕にもお母さんが助からない事は十分に伝わった。その後、父さんが病院内で迷惑も顧みずに大音量で泣き叫ぶ僕を宥め落ち着かせ終える前に、お母さんはこの世から僕らを置いて旅立って行った。
まぁ、それからの一ヶ月は大変だった。必死に仕事と家事と育児を果たそうとする父さん。そんな頑張る父の背中を見ながらも、父を無視し、お母さんを想い、一日中部屋に隠る馬鹿息子。
更には、女やもめに花が咲き、男やもめに蛆が湧く。家事なんて、結婚してからは、大分ご無沙汰だった父さんの奮闘虚しく、さすがに蛆は湧かなかったけど、家の中は僕の心の中のように荒れて来る。
だから、父さんが住み込みの家政婦を雇う事を決めたのに、僕は反対はしなかったし、反対する気力も無かった。
僕が知らされなかった、いや、聞き流していたのだろうその日、いきなり僕の閉め切った部屋の扉は開かれた。
「この部屋の掃除をさせて頂きます」
ノックもせずに、人の部屋を開け放つ女性。カーテンを閉め切った部屋に差す廊下から入って来る明かり。その光を後光のように背にして立つ、掃除機とゴミ袋を手にした見知らぬ女性。
「ここに有るものは全て捨てて宜しいのですか?」
父さんが仕事で居ぬ間に、八つ当たりに盛大に暴れまくった残骸の散らばる僕の部屋を見て、眉をしかめながら言う女性。お母さんから貰った思い出の品々を捨てられるのはさすがに躊躇った僕。
「私には坊っちゃんの大切な物とそうじゃない物の区別は出来ません。坊っちゃんが、分けて下さい」
そして、それまで、自分の事すら何もやって来なかった僕は強制的に自分の部屋の片付ける見知らぬ女性を手伝う事になる。
その時、過ごした時間は不思議な物だった。父さんにも生返事しか、返せなかった僕。
「私は本日より、この片名家で住み込みの家政婦、メイドをさせて貰う事になりました田中陽子です。宜しくお願いします。年ですか?何歳に見えます?三十代…、鋭い。友人には、これでもまだ二十代後半で押し通せると言われて言われてるんですよ」
何故か僕は久々に人と会話をしていた。しかも、会ったばかりなのに微笑しながら。
お母さんが消えて天国から地獄に堕ちた僕。僕を天国に救い出してくれたメイドさん。天使なんじゃないのか?その時は、確かにそう思ったんだ。
次の朝、定時に叩き起こされ、学校をサボり続けた手前、学校に行き辛いと半べそで駄々を捏ねる僕を、『行ってらっしゃいませ~』の笑顔と共に、家の外に放り出す、地獄の底から来た鬼メイドでなければね。
まぁ、今思えばそれが僕の為には良かったんだろうけどさ。
これが、僕とメイドさんの波乱万丈、語るも涙、聞くも涙な出会いの話。