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拝啓家族へ

作者: 夕霧

残酷な表現や直接的な表現はありませんが、死にネタです。

苦手な方はご注意を。

思うのは、家族のことばかりだ







機内はひどく騒がしい。

乗務員に現状の説明を求める声、何とかしろと怒鳴る声、もう駄目だと嘆く声、ただ泣くことしかできいない子どもの声、


届かないと分かっていながら、家族か友人か、または恋人にか、愛と別れを伝える声


つい先ほどまで自分もその騒がしい声の一人だったが、時間が増すたびに大きくなる不安と恐怖にすっかり疲れ果て、もう座り込むことしかできなかった。

乗客である自分には、この状況を良くすることなどできるはずもない。


疲労と言うより、諦めの方が強いのかもしれない


空の上とういう逃げ場のない場所。

最初の警告から時間が経ったが、それが解決される様子は全く無く、ただ悪化してくばかり。

人間というのは追い詰められ、恐怖が限界まで達すると、諦めて逆に冷静になれるものなのだと、30年以上生きてきた中で今日この日初めて知った。(知りたくもなかったが)




「あのぉ、紙と鉛筆、要りますか?」



そんなことをぼんやり考えていると、隣の席に座っていた年配の男性に急に声をかけられた。

別に紙と鉛筆は必要としていないが、今の自分はそんな風に見えたのだろうか?

というかこの時代にペンではなく鉛筆?



(ひろ)くんは気にするところが変わってるねぇ』






急に、高校時代で付き合いたての頃の妻の声が頭の中で響いた。


「ああ、急にすみませんね。今ちょうど息子と孫たちへの手紙を書き終えた所で。貴方も書きますか?」


老人はこのパニックに陥った機内の中でも、ひどく穏やかで冷静だ。

不思議で、自分に紙と鉛筆が差し出せているのにも関わらず老人に尋ねた。


「貴方は、どうしてそんなに穏やかなんですか?」


その質問に老人は驚く様子も無く、ただでさえしわだらけの顔にさらにしわを増やして笑った。


「見ての通り充分なくらい生きました。後はもう妻の所に逝くだけです」


その前に残していく者への思いを残すために


「まだ若い貴方に酷な事を言いますが、もう私たちは無理でしょう。ですから残された時間で、ご家族に手紙を」


そう言って、再び差し出された紙と一本の鉛筆。

それを受け取ろうとして、初めて自分が家族の写真を握り締めていたことに気付いた。

老人が自分に家族がいることを知っていたのは、これを見たからだろう。

受け取った紙は、立派な便箋だった。





幸浩(ゆきひろ)

 明日キャッチボールしようって約束してたのに、ごめんな

 お父さんはもうお母さんともうすぐ生まれるお前の弟か妹も守れないから

 お前が守ってな。この間自転車から転げ落ちても泣かなかったお前なら大丈夫だ

 お前はお父さんが認める立派な男だからきっと大丈夫だ

 頼んだぞ】


注文していた新しい二つのグローブが、明日届く予定だ。

野球好きの息子が大喜びする姿が目に浮かんで、自然と口元が綻ぶ。

二つ買ったグローブ、けれど、片方の大人用のグローブは使われることは無い。


【もうすぐ生まれてくる子へ

 抱きしめてあげられなくて、ごめんな

 お母さんのお腹が大きくなっていくのを見るたび、嬉しくて何度も話かけたんだ

 お父さんの声、聞こえてたか?お父さんは、お前の声が聞きたかったよ

 どうか元気に生まれてくれな】


機体が大きく揺れて、字が大きく歪んだ。

周りの悲鳴も大きくなったが、構わず鉛筆を紙の上に走らせる。


ああ、もっと話かけておけば良かったな

せめて男の子か女の子か知りたかった



【佐恵子へ

 すまない、すまない。

 ずっと守るから結婚してくれって言ったのに、約束破っちまった

 お前に逢えて良かった。

 幸せをくれてありがとう。

 幸浩を生んでくれてありがとう。

 子どもたちを頼む】


ぽたぽたと雫が紙に落ちて、字が滲む。

一通り手紙は書いたが、何か違っていて、何かが足りなくて、再び鉛筆を走らせる。

紙の上に落ちるこの水は何処からのものだろう。

まったく字は滲むし紙はふやけるし、書きにくいことこの上ない。


揺れが激しくなる。

けれど、周りの声は小さくなっていた。


一緒に乗っていた家族を抱きしめる者、持っていた写真を見つめる者、隣の人を慰める者、そして自分と同じように、泣きながら手紙を書いている者


泣きながら


そこで初めて、紙に落ちていた水が、自分の涙だったと気付いた。


泣いていることを自覚したとたん、一気に涙と一緒に溢れてきた自分の過去(おもいで)





妻に出会い、なりふり構わず猛アタックして付き合って大喜びして叫んで近所のおっさんに怒られてでも嬉しくて気にならなかった高校時代


将来立派な職業に就くために勉強して、バイトして、付き合っていた妻を放ったらかしにして別れの危機に直面してでも卒業と同時にプロポーズして妻は泣きながらOKをくれてまた嬉しくて叫んだ大学時代


結婚したてでボロアパートで暮らし始めて決して贅沢な生活はできたなかったが幸せでそして新しい家族が増えることがわかってまた嬉しくて叫んだ新婚時代



10年以上の思い出がたった一瞬の間に流れる。

涙が止まらない。


死にたくない


死にたくない


だって妻が息子が、もうすぐ生まれてくる新しい家族を置いて逝きたくない






「死にたく、ねぇなぁ…」





自然と口からこぼれたその言葉は、隣の老人にしか聞こえていなかった。


さっきは必死で走らせていた鉛筆を動かす手は気付けば止まっていて、もう一度握り返して、すっかり丸くなった芯を紙の上に置いた


ゆっくりと、鉛筆を動かす










【佐恵子へ 幸浩へ 生まれてくる子へ

 お父さんは世界一幸せだった。ありがとう。

 これからどんな人にどれだけ多くの人に出会ったって

 お前たちを一番に大好きなのは お父さんだ】





書き終えた手紙を持っていたもの全ての物を使って包み、自分の体が焼け焦げたってこれだけは焼かれてしまわないように、それを自分の体全てで守るように抱きしめた。


激しく揺れる機体。

ガタガタと大きな音が鳴っていたが隣から、しずえ、と老人が呟く声が聞こえた。









もう恐怖は無かった



持っているのは包まれた家族への手紙だったが




家族を抱きしめているように思えた





それは、どこにでもある普通の、けれど全ての幸せが揃っていた、決して当たり前でなかった幸福な思い出のおかげだった









急降下する機体

体が浮いた様な感じがしたが、決して腕の中の物は離さなかった















「しあわせだったよ」













あかく、しろく、すべてがじぶんをつつんだ
























「あい、し、て   」



















昔は叫んでばっかりだったのに





























最後は誰にも聞こえない 小さな囁きだった

テレビで昔起きた飛行機墜落事故を見ました。

死と別れは突然やってくる、そのことを改めて思い知らされました。

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