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精神科で見た、感情を弄ぶ者

作者: 神谷透
掲載日:2026/04/13


見習いとして閉鎖病棟に入ったとき、


いつも視線を感じていた。



先輩看護師のものではない。


それとは違う、


どこか粘つくような視線だった。



それから一週間ほどして、


無口だった男が、突然近づいてきた。



「君は大人しいんだね」

「何歳」

「どこ出身?」

「家族は?」



矢継ぎ早の質問。



特に違和感もなく、


私はいくつか答えてしまった。



そのときだった。



「ごめんね、今ちょっと教えてる最中で」



先輩看護師が間に入った。



男は、舌打ちをして離れていった。



詰所に戻るなり、


看護師は短く言った。



「あの人には気をつけろ」



理由は聞けなかった。


ただ、


少し気になっただけだった。



ある日、その男が興奮していた。



配属から一ヶ月。


業務にも慣れてきた頃だった。



私は声をかけた。



「どうしましたか?」



次の瞬間だった。



「気安く話しかけるな」



低い声。



「親と一緒に住んで、ぬくぬく生きてきたやつに、俺の何がわかる」



「消えろ」



その言葉に、


動けなかった。



――ああ、これか。



そう思った。



「おい、言われただろ。詰所に戻れ」



看護師の声で、我に返った。



それからその男は、


私に一切話しかけなくなった。



無視だった。



後で看護師が言った。



「新人は大体これでやられる」



「まずは患者を知れ」

「自分のことは語るな」



「どう向き合うかを考えろ」



少し間を置いて、


続けた。



「耐えられずに辞めたやつも、何人も見てきた」



「だから、無理はするな」



「辞めたくなったら、辞めろ」



あれから、


どれくらい経ったのだろう。



私は今も、


精神科で働いている。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


距離を間違えると、

ほんの一言で崩れることがあります。


あのとき何がいけなかったのか、

今でもはっきりとは分かりません。


ただ、同じことを繰り返さないようにと、

今も意識し続けています。

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