裏切者は自らが流布した迷信に踏み潰される
ワシントン州のとある集落に住んでいた少数部族──ハコウ族はある時期を境に姿を消した。
彼らは遊牧民のように住処を転々とする部族ではない。
それゆえに彼らの失踪は不可解なものであり、私は記者として調査すべきであると判断した。
この手記は失踪した彼らを追う中で、目の当たりにした現実である。
1965年1月25日
私がハコウ族の者たちと会話を交わした最後の日だった。
「あら、また来てくださったのですか?」
「ああ、みんな元気にしていたかい?」
「はい」
厳しい環境でも逞しく生きるハコウ族の人々は、この日も私が集落を訪れると温かく出迎えてくれた。
「えーっと、あの人は誰ですか?」
私は見慣れない青年がいたことに違和感を覚え、出迎えてくれた女性に質問をした。
彼らの集落に何度も足を運んでいた私は、この地に住まう35人全員の顔を覚えていた。
そのため私は部外者でありながらも、見知らぬ人間が増えていたことにはすぐさま気づいた。
「バズゲルのことね」
バズゲルと呼ばれた青年はこれまで出稼ぎをしていたらしく、私とは初対面だったようだ。
失業して帰ってきた彼はぱっとしない印象で、どことなく皆と距離を取っているように見えた。
4月7日
彼らの集落を再び訪れたこの日、私は神隠しを疑った。
この地に住んでいたはずのハコウ族が、誰一人としていなくなっていたのだ。
私は彼らの安否を確認するため、集落の隅々まで調べることにした。
彼らの住んでいた住居はいずれも争った形跡はなく、突然連れ去られたとは思えない。
このことから事件性はないと判断した。
「これは……」
集落の様子を調べていた私は、森の奥へと続く奇妙な足跡を発見した。
足跡の形は人間とよく似たものだが、その大きさは約50cmにも及ぶものだった。
どう考えても彼らの足跡ではない。
もしやこの足跡は近頃噂に聞くビッグフットのものだろうか?
疑問を抱いた私は足跡を辿って森の奥へと入っていったが、ある地点を境に途切れていた。
それはまるで足跡の主が、突然消えたかのように思える光景だった。
ビッグフットも彼らと同じように、どこかへと姿を消したのだろうか?
私はそんな疑問を抱きながら、彼らの集落を後にした。
7月23日
私は最悪の再会を果たした。
1月末に私を出迎えてくれたハコウ族の女性が、都市部で横たわっていたのである。
私はすぐに駆け寄ったが、彼女はすでに息を引き取っていた。
彼女に目立った外傷はなかった。
だが酷く痩せ衰えていた彼女は、都市部での生活に馴染めず餓死してしまったのだろう。
まだ40歳前後だった彼女がこの世を去るには早すぎる。
私は涙を拭いながら、近くで摘んだ花を手向けた。
1966年2月7日
ついに私は集落から姿を消したハコウ族の手掛かりを掴んだ。
しかし、私は彼らの足取りを追い続けたことに後悔した。
なぜなら、彼らの向かった先は戦争中のベトナムだったからだ。
これまでベトナム戦争に参加した少数部族は、いずれも危険な前線へと送られていた。
戦地に送られた少数部族は弾除け──すなわち捨て駒にされているという話も耳にしており、生きて帰ってこられるとは思えない。
私を温かく迎えてくれていたハコウ族は、もう誰も生きていないのかもしれない。
そんなことを考えては、必死に否定しようと何度も頭を掻きむしった。
2月11日
私は彼らがベトナム戦争に向かった経緯を考察していた。
・集落にビッグフットが出没した。
・ハコウ族はビッグフットを恐れて集落を離れた。
・しかし、都市部での暮らしを知らない彼らはまともな仕事ができなかった。
・そして貧困に陥った彼らは、やむなくベトナム戦争に参加した。
集落にあった巨大な足跡と失踪したハコウ族を照らし合わせると、こう考えるのが最も自然だ。
しかし、これはあまりにも政府や軍にとって都合が良すぎる。
そのため、私は一連の出来事を仕組まれたものだと考えるようになった。
ここ数年メディアが頻繁に取り上げている未確認生物の数々も、迷信を利用して人心をコントロールするためのプロパガンダではないか?
そして彼らはプロパガンダを流布する何者かによって戦地に連れていかれたのではないか?
私が見たあの足跡もきっと作られたものに違いない。
そう考えるようになった私は未確認生物の存在を口にするメディアにさえ不快感を覚えるようになった。
どうしてメディアが国民を捨て駒にする政府のプロパガンダに加担するのかと……
1968年4月2日
長年の調査の末、ついに彼らを戦地へと誘った黒幕を突き止めた。
それはハコウ族の一員であるはずのバズゲルだった。
失業を理由に帰郷したと口にしていたバズゲルだったが、その実態は勧誘担当官としてノルマを満たすべく工作活動していたのだ。
集落にあったビッグフットの足跡も、彼の工作活動によって作られたものだった。
そんな彼は危険を煽って貧困に陥れた上で、戦地へ向かわせるように誘導していたのだ。
しかも彼は今も戦地へ向かうことなく、勧誘担当官として活動していることが分かった。
……やるしかない。
同胞でありながら、皆を死地へと追いやった裏切者を亡き者にするために!
1970年10月1日
ついにバズゲルの居場所を掴んだ。
私は懐にナイフを忍ばせて、復讐の機会を心待ちにしていた。
しかし、いざバズゲルと対面すると、私はナイフを取り出す気にさえなれなかった。
「ビッグフットだ。ビッグフットが俺をずっと追ってくるんだ。助けてくれ!」
「は……?」
バズゲルは私の顔を見るなり怯えた表情で助けを乞うたのだ。
私は意味が分からなかった。
周囲にビッグフットを彷彿させる大型生物の姿はない。
獣の咆哮どころか犬の鳴き声さえ聞こえない。
静かな住宅街にはバズゲルの声だけが響き渡っていた。
「過去から奴が追ってくるんだ!」
「……」
同胞を戦地に仕向けた罪悪感で精神がおかしくなってしまったのだろうか?
原因は分からないが、彼はもはや意思疎通することさえ困難だった。
そんな彼は殺す価値さえない。
これからも生きながら、その罪悪感に苦しみ続ければいい。
そう思った私は錯乱していたバズゲルを振り払うと、それ以上は何もせずに帰ることにした。
「ぎゃあああああああ!」
バズゲルを振り払って20歩ほど歩いたとき、後方から彼の悲鳴が聞こえた。
この悲鳴も妄言の続きだろう──そう思った私は振り返ることなく帰路に就いた。
10月6日
私は衝撃のニュースを目にした。
5日前に住宅街で叫んでいたバズゲルは、私と言葉を交わした直後の時刻に死亡していたのだ。
しかも道路には50cmほどの足跡が残されており、彼はビッグフットに踏み潰されたのではないかとメディアは報じていた。
私はあの時怯えていたバズゲルの言葉を思い出す。
「ビッグフットが俺をずっと追ってくるんだ」
「過去から奴が追ってくるんだ」
もしやあの言葉は錯乱していたゆえに出てきた言葉ではなく、本当に追われていたのだろうか?
単なるプロパガンダではなく、実在していたのだろうか?
真相は分からない。
けれども、私はビッグフットに微かな感謝の心が芽生えていた。




