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『文房具屋には、決めるための道具が置いてある』  作者: くろめがね


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13/14

第十三話 もう来なくなった人の話

13話です。

最近、あの通りを通っていない。


意識して避けているわけではない。

ただ、帰り道の選択肢が、

少しだけ変わった。


以前は、

用事がなくても、

足が向いていた。


困っていなくても、

確かめるように。


——今日は大丈夫か。


そうやって、

自分の状態を測りに行っていた。


今は、

測らない日が増えた。


仕事が終わって、

駅に向かう。


返信は、

溜まっていない。

言うべきことも、

大体その場で言えている。


決めることは、

相変わらず迷う。

でも、

迷ったままでも、

動けるようになった。


——じゃあ、

 今日は寄らなくていい。


そう思って、

そのまま通り過ぎる。


文房具屋の前を、

横目で見ることもない。


それは、

少し前の自分なら、

考えられなかった。


家に帰って、

鞄を置く。


引き出しを開ける。


ペン。

ノート。

定規。

鉛筆。

付箋。


どれも、

静かにそこにある。


今日は、

どれも使わない。


私は、

引き出しを閉めた。


その夜、

ふと、

思い出す。


——あの店、

 どうしてるかな。


すぐに、

どうでもいいことだと、

自分で打ち消す。


あの場所は、

心配される場所じゃない。


困った人が、

勝手に行って、

勝手に帰る場所だ。


翌週、

久しぶりに、

あの通りを歩いた。


理由は、

ただの近道。


文房具屋の前で、

一瞬だけ、

足が緩む。


シャッターは、上がっている。


中も、

いつも通りだ。


でも、

私は止まらない。


ベルは、鳴らない。


歩きながら、

少しだけ思う。


——入らなくなった、

 ということは。


それは、

忘れた、という意味じゃない。


「行かなくても、

 自分でできる日が増えた」

というだけだ。


家に帰って、

机に向かう。


今日やることを、

ノートに書く。


普通のノートだ。

特別な一行も、

消えるインクもない。


それでも、

手は止まらない。


書いて、

消して、

書き直して、

決める。


少し時間はかかる。

でも、

困らない。


書き終えたあと、

ふと、

笑ってしまった。


——あ。


私は、

もう、

あの文房具屋の

「客」じゃない。


でも、

あの店がなかったら、

今の自分は、

ここにいない。


それで、

十分だ。


夜、

布団に入る。


電気を消す前に、

引き出しを見る。


閉じたままの、

その引き出し。


——また、

 どうしてもダメになったら。


そのときは、

きっと、

自然と足が向く。


それまでは、

行かない。


それは、

寂しいことじゃない。


卒業、

というほど

大げさでもない。


ただ、

「もう来なくなった」

だけだ。


そして、

それができた人から、

静かに、

日常へ戻っていく。


あの文房具屋は、

今日も、

誰かを待っている。


でも、

私はもう、

待たれていない。


——それでいい。


誤字脱字はお許しください。

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