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『文房具屋には、決めるための道具が置いてある』  作者: くろめがね


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12/14

第十二話 報告しに来た人の話

12話です。

その日は、少しだけ早く家を出た。


理由ははっきりしている。

文房具屋が、開いているかどうかを確かめたかった。


困っているわけじゃない。

何かを買いたいわけでもない。

むしろ逆で、最近は落ち着いている。


それでも、

あの店が頭から離れなかった。


駅前の通りに入ると、

自然と視線が、

あの場所を探す。


シャッターは、上がっていた。


蛍光灯が点いている。

中の棚も、見える。


それだけで、

胸の奥が、

少しだけ緩んだ。


——開いてる。


理由のない安心感。

でも、確かにある。


ベルが鳴る。


いつもの音。

高すぎず、低すぎず。

「いらっしゃいませ」とも

「どうぞ」とも言わない音。


店主は、

カウンターの奥にいた。


「何か、お探しですか」


久しぶりに、

その言葉を聞いた気がする。


私は、

首を振った。


「今日は……

 探してないです」


店主は、

すぐには反応しなかった。


それから、

少しだけ視線を上げる。


「では」


「……はい」


そこで会話が終わっても、

おかしくなかった。


でも、

私はそのまま立っていた。


言いたいことがある。

でも、

「買う」ための言葉じゃない。


「……あの」


自分から声を出すのは、

少し久しぶりだった。


「昨日、

 ここ、閉まってました」


店主は、

小さく頷く。


「はい」


「……最初、

 困りました」


正直な言葉が、

そのまま出た。


「来たのに、

 使えなくて」


店主は、

否定しない。


「でも」


私は続ける。


「帰って、

 自分でやりました」


言ってから、

少し照れくさくなる。


大げさなことじゃない。

特別な成果があったわけでもない。


それでも、

自分にとっては、

ちゃんとした出来事だった。


店主は、

少しだけ、

視線をこちらに向けた。


「それで」


「……意外と、

 大丈夫でした」


その言葉を口にした瞬間、

胸の奥で、

何かが落ち着いた。


報告だ。

これは、報告だ。


困っていたから来たんじゃない。

助けが欲しいからでもない。


「できました」

と、言いに来ただけだ。


店主は、

ほんの少しだけ、

口元を緩めた。


笑った、

とまでは言えない。

でも、

柔らかくなった。


「それは、

 良い報告です」


その一言で、

十分だった。


私は、

棚の方を見る。


文房具は、

相変わらずそこにある。


でも、

今日はどれも、

遠く感じない。


「……もう、

 あんまり、

 使わないかもしれません」


私は、

そう言ってみた。


店主は、

頷いた。


「それでも、

 構いません」


「……それって、

 商売的に、

 どうなんですか」


半分、冗談で聞いた。


店主は、

少し考えてから言う。


「使われなくなるのは、

 目的を果たした証拠です」


私は、

その言葉を、

しばらく噛みしめた。


道具は、

使われ続けるために

あるんじゃない。


必要なときに、

役目を果たすためにある。


「今日は、

 何も買いません」


私は、

はっきり言った。


店主は、

当然のように頷く。


「はい」


私は、

一礼して、

店を出た。


ベルが鳴る。


外に出ると、

空気が少しだけ、

軽く感じた。


歩きながら、

ふと思う。


——報告しに来る場所が、

 あるというのは、

 悪くない。


誰かに褒められたいわけじゃない。

評価してほしいわけでもない。


ただ、

「できた」と言って、

それを受け取ってくれる場所。


それだけで、

人は、

次に進める。


家に帰って、

引き出しを開ける。


文房具は、

そこにある。


今日は、

使わない。


でも、

引き出しを閉めるとき、

少しだけ思う。


——また、

 できなくなったら、

 行けばいい。


困ったとき。

迷ったとき。

そして、

できたとき。


あの文房具屋は、

いつも同じ顔で、

そこにある。


それだけで、

十分だ。


とうとう、連作の話になってしまいました。

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