4.部活動
入学式から1週間。いまだにすべてが新鮮な高校生活に慣れたとは言えないが、徐々に雰囲気を受け入れつつある頃。帰りのホームルームを終えた翔斗と朝陽は二人で部室へ続く廊下を歩いていた。この一週間で日課となった行動の一つでもある。
「失礼しまーす」
部室に入るこの瞬間は未だに若干の緊張を伴う。高校生活の「慣れていない」部分の一つだった。
「おつ~」
ゆるい雰囲気で迎えてくれたのは三年の有栖望だ。VRヘッドセットを付けないまま、冷房でひんやりとした机を堪能するように頬を押し付けている。
「あれ、ログインしてないんですか?」
「んー。今日くらいからたぶん本腰入れるからね~。今の内にまったり中~(*´ω`*)」
なんだかほんわかした顔文字が浮かぶような声音で、もちもちとしたほっぺをぐりぐりと机に押し付けている。
「あれ? もっちー、今日は時雨さん来るんじゃなかった?」
「あ~、なんか「キラキラした若者たちに当てられて吐きそうだから帰る」って言って消えたよ~。さっきオンラインになってたからVCにはいると思う」
翔斗達の後ろから顔を覗かせた獅郎が溜息をつく。
「え~、新入生との顔合わせしてないでしょ、あの人。今度家まで行って引っ張ってくるか」
結局、ゲーム部の新入部員は翔斗を含めた初日の8人だった。三年生が9名、二年生が6名、一年生が8名の計23名だ。このうち二年生の1名だけがKoRではなく格闘ゲームを専門にして活動しているらしい。
松原猛というその先輩は、今年も格ゲー志望の新入生が居ないと聞いてかなりがっかりしていた。顧問の本山が「今年はコーチ見つかったんだからそう落ち込むな」と優しく肩を叩いていたのを思い出す。
「あの、時雨さんって……?」
朝陽が怪訝そうな顔で獅郎に問いかける。話を聞くに外部の人間だろうが、OBか何かだろうか。
「ああ、僕の叔父さん」
想定とは違う答えが返ってきた。身内の紹介をしてどうするつもりだろうか。
「それじゃあ、伝わんないよ~。ウチの外部コーチだね。昔、プロリーグにも居たんだよ~。dry zeeleって名前の選手~」
聞き覚えのない名前に愛想笑いを返すことしかできない。翔斗はそもそもプロシーンに熱中するほど、このゲームに向き合ってこなかった。それなりにその辺のことも知っているだろう朝陽も反応はイマイチだ。
「そんなにいい成績を残したわけじゃないから、本人も元プロって言われるのそんなに嬉しくないと思うよ。こういう微妙な反応返されるのが一番傷つくしね」
「う」
「不勉強で……ごめんなさい」
言い知れぬ申し訳なさに駆られて二人が下を向く。
「ああ、気にしないで。多少雑に扱った方が面白い人だし、メンタルは折り紙付きだから」
何がおかしいのかケラケラと笑いながら、獅郎は学生鞄を床に置いてゲーミングチェアに腰かける。
「じゃ、二人ともチャットルームで。ほら、もっちーも行くよ」
「うへぇ~」
後に続いて翔斗と朝陽もチャットルームにログインする。
「お、来た来た。時雨さん、この二人で最後だよ」
チャットルームには既に他の一年生がログインしており、顔合わせは済んでいるようだった。
「あー、初めまして。コーチの時雨です」
以外にもがっしりした体つきの男が後頭部に手を当てながら、会釈する。身長は翔斗より頭一つ分高く、190cmほどあるのではないだろうか。獅郎に似ているかと言われれば、どことなく柔和な雰囲気は感じるが、それ以上に体格による威圧感とどこかおどおどとした挙動とのギャップの方が印象深かった。手短に翔斗と朝陽も自己紹介を済ませる。互いの挨拶が済んだところで獅郎が本日の活動について説明を始める。
「そろそろ、新入生も活動に慣れてきたころだよね。ということで、今日からは先々の目標に向けて本格的に取り組もうと思います」
「目標?」
「そう。もったいぶるのも仕方ないし、言ってしまうと6月から始まるe-Sports甲子園だね。とはいえ、これは基本的に2年生と3年生の目標だけど」
「じゃあ、俺たちは?」
「1年生はゴールデンウィークに開催される新入生大会だね。一応地域ブロック別で開催される大会で、例年通りなら60校前後がBO1トーナメントで戦う。決勝まで進めば、9月の全国大会に出場できる。エントリーは来週までだけど、ウチはもう提出済みだよ」
「練習期間が1カ月しかない。1年生の出場メンバーを早いうちに決めておきたい」
「なるほど。それでコーチが来たんですね」
得心した朝陽に獅郎が首を振る。
「いや、これまでの模擬戦を見て貰って僕と時雨さんでおおむねメンバーは決めてある。今日からはそれぞれのチームで練習する。e甲に向けた主力チームとその対戦相手、新入生チームとその対戦相手だね。KoRやってる部員が22人。申し訳ないけど2年生から二人は別練習で、都度ローテしてもらおうかな」
「メンバー、教えて貰えますか」
玲央が単刀直入に問いかける。
「聞きたいよね。じゃあ、新入生チームのレーンと選出理由を発表します。じゃ、時雨さん」
「え、俺?」
心から嫌そうな顔をした時雨は、メモを受け取ることすら拒否していたが、獅郎に押し切られて渋々発表役を請け負った。
「俺嫌なんだよな~、こういう誰かの合否とか発表するの。不合格だった人になんか申し訳なくて……」
そう言いながら、折りたたまれたメモ用紙を開いて目を通す。
「じゃあ、まずボット、井伊野陽菜。はっきり言って、一年で唯一のボットだから他に選択肢が無い」
歯に衣着せない物言いに、陽菜がうっ、と胸を抑える。
「時雨さん、もうちょっと言い方ってもんがあるでしょ。他レーンの人を転向させなくても十分にやれるって結論出したじゃん」
獅郎からのフォローに陽菜が胸をなでおろす。時雨から意外と辛口なコメントが出たことで、新入生の間にピリピリとした緊張感が漂いはじめた。
「次、サポート。千明朝陽」
「は、はい!」
「千明さんは声も出てたし、周りも良く見えてた。チームゲームの要として頑張ってほしい」
「あ、ありがとうございます!」
「それで、ジャングルは小保方誠二。ここは一旦仮置きで」
「ウッス!」
「小保方くんと山本くんはかなり迷った。2人ともエメラルドだし、マクロも悪くない。まあ、ここは後で変わる可能性が高いね」
「トップは市前翔斗。正直、ここが一番不安視している」
メンバーとして選ばれたことにガッツポーズしそうになったが、続く言葉で心臓を鷲掴みにされた気がした。
「正直なところ、市前くんのチームゲームの適正はかなり疑わしい。報告量や合わせる動きは座間くんの方が上手いと思ってる」
「じゃあ、僕も入れ替わりのチャンスがあるってことですか?」
座間が挙手して質問すると、時雨は「うーん」と唸った。
「確かに、協調性やマクロの理解はチームゲームにおいて大切な要素だ。けれど、これは競技なんだよね」
「というと?」
「最低限のミクロ、つまりキャラクターの操作技術が無いと土俵に立てないわけ。逆に言えばミクロが突出している場合、それだけで勝ちに繋がる」
時雨の目線が玲央に向かう。
「ということでミッドなんだけど……」
何を言い淀んで居るのだろうか。今までの流れで言えば玲央が選ばれる事に疑いは無いだろう。
「ミッドは山本優牙。メンバーは以上だ」
「は?」
翔斗は思わず声を漏らしていた。というか、聞き間違いだったのではないかと未だに思っている。
「な、なんで、上戸くんが外されてるんですか?」
驚いているのは朝陽も同じらしい。翔斗も態度に思うところがあるのは確かだが、玲央の実力に関しては認めざるを得ない。それはこの1週間で思い知らされていた。状況判断、敵の分析、瞬間的な反応とその伝達、そして戦闘技能。全てにおいて玲央は他の新入生と一線を画していたはずだ。なにが原因でチームメンバーから漏れたのだろうか。
「上戸くんはe甲の出場メンバーとして練習してもらおうと思ってる」
「ああ」
口を突いて出たのは、そんなため息混じりの音だった。納得と同時に現実を突きつけられたことへの落胆が翔斗を襲ったのだ。玲央は自分の1歩、2歩先ではない、遥か彼方、それこそ2年以上歩き続けた場所に居るのだと思い知らされていた。
「新入生大会とe甲、両方に出ることはできませんか?」
玲央から発せられた言葉に翔斗は目を丸くする。彼の人となりなら「当然だ」くらいのことは言って堂々と受け入れるものだと思っていた。まさか、彼が仲間意識を感じているなんてゆめにも思っていなかったのだ。
「残念だけど、それは無理だ。新入生大会後からe甲までは1ヶ月弱。その短期間でコミュニケーションとピックプールを合わせるのは無理だ。今からでも2ヶ月かけてギリギリだろうね」
「そうですか。分かりました」
あっさりと引いた所には若干の肩透かしを食らったが、それでも玲央という人物の印象を少し見直す必要がありそうだった。
「ということで、山本くんにはミッドに行ってもらう。エメラルドの人材を腐らせて置くのも勿体ないしね。小保方くんよりミッドっぽいピックが多いって理由だけだから、ミッドとジャングルは適正によって交代させるつもりだよ」
「わ、分かりました」
「よし。じゃあ、5人で一旦やってみようか。川下くんと座間くんは敵側として2年と一緒にやろうか。ここで活躍してレーン争奪戦に勝ったらメンバー入れ替わりがあるから頑張って」
「レーン争奪戦?」
「ああ、そうだった。その話もしなきゃ」
そう言うと獅郎は説明を始めた。
「今週末から休日も部活を実施します。基本、13時から17時までだけど、部室自体は朝9時から夜18時まで空いてるから。一応、自宅からオンライン参加でも良いよ。他校との練習試合がある時は来てもらうことになるけど」
肝心のレーン争奪戦の話だけど、と獅郎が前置きする。
「自分が行きたいレーンの人に1on1の決闘を申し込むことができる。挑戦できるのは週末の練習時間だけ、1日最大2回まで。で、5連勝したら強制でメンバー交代。そうでなくても勝ち越していれば、月末の部内会議でコーチに直訴できる」
「まあ、つまるところ、格付けバトルやね。それぞれのレーンで細かいルールはあるけど、それはおいおい」
時雨が端的にまとめる。
「へぇ、面白そうじゃん」
新入生達の顔が引き攣る中、玲央だけが獰猛に笑っていた。