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GGWP!!  作者: 鹿本 浴衣
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2.GGWP!!(中)

 ドクン、ドクンとはやる胸を押さえながらKoRのチームルームに入室する。

――大丈夫、落ち着け。対面の座間君のランクはゴールド。得意キャラは『アヌビス』と言っていた。有利なマッチアップだ。

 さらに言えば、朝陽と玲央も同じチームだ。獅郎がどのレベルか分からないが、たとえ同ランクでもマクロコールできるかそうでないかでチームの動きはがらりと変わる。自分たちが有利だという確かな根拠があった。


「みんな、よろしくね」


「うん、頑張ろう」


「よ、よろしく」


 朝陽の声かけに翔斗とジャングルの山本が答える。


「あんま緊張しなくていいっすよ。別に入部テストとかじゃないんで」


 なぜか敬語で喋っている葛城も、不器用ながらに安心させようとしてくれているのが分かる。


「はぁ。お前らは黙ってやるべきことをやれ。そしたら俺が勝たせてやる」


 凄まじい自信だ、と翔斗は苛立ちより先に感心した。玲央の眼差しには虚勢も気負いもない。それが当たり前だと信じて疑わない「強さ」が確かにあった。


「ピックだ。トップ先出しな」


「あ、うん。OK」


 テキストチャットで「rdy」の文字が送られていた。キャラ選択画面に移行し、真っ先に『夜叉』をピックする。対面は――


「な、『イライジャ』!?」


 『夜叉』のカウンターピックだった。踏み込み系スキルに対してブリンクスキルで回避してくる上に、ウルト以外のスキル射程が『夜叉』より長いのだ。ランクで出会えば、降参ボタンに手を伸ばしたくなるほどの絶望だ。自己紹介の時に対面を予期してブラフを張られたのだろうか。


「先出しでカウンターピックされることくらい当たり前だろ。レート差あるんだからそれくらいで取り乱すな」


「う、ごめん……」


 確かにそうだ。翔斗にピックさせたのは、ランクに基づく実力差で多少の不利ならどうにかできるという算段があったからだろう。

 次は相手側のピック。ジャングルとミッドのピックだ。ジャングルは自己紹介での得意ピック。獅郎は『タマモ』という狐娘のキャラをピックした。


「ジャングルどうする?」


「とりあえず得意ピックでいい」


「OK」


 次はこちらのジャングルとミッド、そしてサポートとボトム、最後に相手側のサポートとボトムだ。


「悪くない。トップとサポ以外は有利だ」


 周りに球体を漂わせた玲央が不敵に笑う。


「勝つぞ」


 それが拠点出発の合図だった。


 KoRのマップは一つしかない。それでも同じ展開の試合が一つも発生しないことが、ゲーム性の複雑さを物語っているだろう。マップは立体的な三層構造になっている。横から見ればΘのような形だ。上から順にトップ、ミッド、ボットと呼ばれ、基本的にはそれぞれ一本道になっている。それぞれのレーンにはオベリスクと呼ばれる防衛機構が二つずつ備えられている。そして拠点から生産され、自動でレーンを進む雑魚モンスター、「ミニオン」はオベリスクと共にプレイヤーと拠点を守ってくれる存在だ。

 敵側のミニオンを狩り、経験値と金を稼いでスキルと装備を手に入れる。そうやって強くなり、対面を倒し、敵の防衛拠点を破壊すれば勝利だ。


「……始まる」


 翔斗の正面にはチャクラムを浮かせて羽衣を纏った男子が立っている。『イライジャ』の基本スキルはチャクラムの射程増加と、腕に装着して移動しながら切り付けてくる攻撃の二つだ。そしてカスタム可能なスキルで『夜叉』対策に多いのはブリンク攻撃に対する羽衣でのカウンターだ。ウルトのチャクラムの一斉発射はダメージこそ大きいが、射程増加と併用しなければそこまでレンジがない。つまり射程増加時に距離を取ることで対策可能だ。


「やってやるさ」


 KoRは相性不利で勝てないゲームではない。対策さえ知っていれば、やりようはあるのだ。目の前を通り過ぎたおもちゃの兵隊のようなミニオンが敵のミニオンと殴り合いを始めた。


「いくぞ」


 ミニオンたちのHPが少しずつ削れていく。相手との間合いを測りながら、ゆっくりと互いに弧を描くように移動する。


「そこ!」


 HPのドットがわずかになった敵ミニオンに刀を振るう。通常攻撃一発でミニオンは倒され、若干の経験値とゴールドが手に入ったことが、視界の片隅の紫のゲージと黄色い数字で示される。

 ワンテンポ遅れて自陣営のミニオンの脳天にチャクラムが突き刺さる。Creep Score、通称CSと呼ばれる「どれだけ効率的にミニオンを倒せるか」という指標がある。このCSはランク差が如実に表れると言われている。


(勝てる……!)

 

 それは確かな感触だった。見る限り、相手はそこまで『イライジャ』を使いなれていない。


「『一穿』!」


「ぐっ、このっ『比翼』!」


 試しに突きを放てば、ミニオンを貫通して刃の先端が『イライジャ』に触れる。頭上に表示されたHPバーの1割ほどが削れた。本来ならブリンクスキルの『連理』で脇をすり抜けるようにして、突きを避けながら攻撃するのが正解だ。おそらく、そこまで『夜叉』への対処に詳しくないのだろう。

 射程が伸びたチャクラムに当たらないよう、先ほどより距離を取る。あれ以上、前に来ればミニオンからのヘイトが向いて総攻撃を受けるだろう。

 チャクラムを包んでいた緑光のエフェクトが消えた。射程増加効果が切れた合図だ。


「『一穿』!」


「ぐぅっ」


 再度突きが当たる。ミニオンを倒す時にじわじわ削られた分も含めて『イライジャ』のHPは半分ほどになっていた。対して翔斗のHPはまだ7割以上残っている。


――仕掛けるならここだ。


「『一閃』!」


 横なぎの剣閃から『イライジャ』は逃れられなかった。HPが4割を切る。『イライジャ』は自身に有利な距離をとるためか、及び腰になったのか、後退しようと2歩引いた。


「逃がすかっ! 『一穿』!」


 三度当てたことで『一穿』が強化される。


「うおおおおおお!」


 『空牙』。右袈裟。『閃交』。左袈裟。『一穿』。右袈裟。

 一息の内に繰り出されたコンボに『イライジャ』の残り体力が瞬時に削られ――


「が……はっ……」


 『イライジャ』はその場に倒れ伏した。


『ファーストキル!』


 マップ中にアナウンスが響き渡る。


『いいぞ。その調子だ』


『市前くん、ナイス!』


 遠隔通信で仲間たちからの声が聞こえる。


「よし、一旦、バックベル」


 落ち着いてみるとサポートとボトムのやり取りが耳に入ってくる。


『私、フック上がりました』


『相手のボトム掴まえます』


『視界取りに行くんでウェーブ押したいです』


『ジャングルがステアブッシュに写りました。ミッドも見えないですし、下がりましょう』


 隣にいるのは先輩だというのに、朝陽は全く物怖じしていない。それどころか簡潔で正確な指示を飛ばしている始末だ。


『ミッド、寄れるぞ』


『OK、掴まえます。まだ、まだ、今!』


 右下に出したウィンドウで監視カメラのような映像を見ていると、初対面とは思えない三人の連携で相手のボトムが討ち取られていた。


「すげ……」


『おい、トップ! ジャングル行ってるぞ!』


「え……?」


 慌てて顔をあげた時、狼のようなキャラクターの爪が喉元まで迫っていた。


「ひっ!」


 足がすくむ。『ライカン』のスキルで恐慌状態に陥ったのだ。狼男の後ろからチャクラムが飛んでくるのも見えた。爪と刃が体を切り裂き、あっという間に満タンだったHPが全損する。


「な……んで……」


 光の粒が視界の端に舞い、地面が急速に近づいてくる。


 真っ暗な世界に監視カメラのような映像が映し出されたウィンドウと、カウントダウンだけが浮かび上がっている。デスした際の出撃ペナルティと仲間の様子を監視するためのカメラウィンドウだ。


「くそっ……!」


『大丈夫だよ。まだ私たちの方が有利。それよりそろそろ集団戦だけど――』


 完全に自分の不注意だった。焦りがじっとりと刀の柄を握る手を濡らす。不利マッチアップでレベルや装備がイーブンなら基本的には勝てない。だが、まだだ、まだ取り返せる。先ほどと同じようにプレイヤースキルで上回れば、勝てるチャンスはあるはずだ。

 蘇生された瞬間に、トップレーンの坂道を駆け上がる。やがて地面が平坦になり――


「……え?」


『何してんだ『夜叉』! 話聞いてなかったのか!?』


 翔斗の持ち場のはずのトップレーンには玲央の使用キャラ『ガラテア』がいた。


『トップのオベリスク守るためにレーンスワップって話だったろ! クソっ! もういい! 俺がミッドに戻る!』


「あ、ごめ……」


『早く来い!』


「ごめん!」


 オベリスクを攻撃しようとしていたミニオン達を受け持つ。なんとか全て処理したころに対面の『イライジャ』が戻ってきた。


――大丈夫。気持ちを切り替えて。落ち着いて。さっきまでと同じように。


「『一閃』!」


「『連理』!」


「なっ」


 渾身の突きは空を穿ち、『イライジャ』は自分の脇を通り抜けて後方にいた。思考が真っ白になり体が硬直する。


「『比翼』!」


「しまっ――」


 一秒程度の操作放棄。しかしそれは不利を背負った状態では致命的だった。

 チャクラムが立て続けに飛来する。翔斗のHPが一気に半分まで削られる。


「ぐぅっ。でも、そこなら届く! 『一穿』!」


 相手は翔斗の脇をすり抜けたことで、こちらのミニオンに囲まれたままだ。HPはみるみる削れており明らかなオーバーステイだった。コンボを成功させれば、イーブンの状態に持ち込めるだろう。


「『天の羽衣』」


「――あ」


 ひとりでに動いた羽衣が渦を巻く。ブリンク系スキルに対するカウンター『天の羽衣』。効果は単純でブリンク直後のダメージを反射する。羽衣によってできた渦の中に吸い込まれた刃。その切先が同じ渦から翔斗に向かって伸びてくる。


「ぃぎぃっ!」


 肩口に突き立てられた自身の刃は、翔斗のHPを3割まで削った。


「『比翼連理』!」


 そして『イライジャ』アルティメット、チャクラムの一斉掃射が翔斗のHPを削り切る。


「あ……」


 二度目の暗闇に翔斗は言葉を失った。


『おい、いい加減にしろよ……』


「う……」


『まだだよ! 次の四象まで1分半! 市前くんが復活してからでも間に合う!』


 間に合う? 本当に? 対面にはもう勝てない。チーム全体でのキル数も並んでしまった。トップもミッドも自分のせいでオベリスクが折れかけ。頼みのミッドもそこまで有利に戦っているようには見えない。このままじゃ――


 敗北の二文字が脳裏を過る。


「僕の、せいで」


 視界が明るさを取り戻す。レーンに戻ると対面の『イライジャ』はいなかった。


『四象まで30秒! みんなボトムに来て!』


「わ、分かった。今向かう」


『おい、待て! なんでもうボトムに『イライジャ』が居る!? まずい! 相手は先に集まってる!』


「え……」


『引け! 人数不利だ! あ゛~~~~っ! クソっ! クソっ! クソぉぉぉおおおっ!』


『味方が討ち取られました』『味方が討ち取られました』『味方が討ち取られました』『味方が討ち取られました』


『『イライジャ』のランページ!!!』


 無慈悲なアナウンスが鳴り響く。


 その後の事はあまり覚えていない。朝陽はなぜか喉を嗄らして叫んでいた。玲央も何事か言っていたが翔斗の脳はそれを認識できなかった。ただ、玲央の声を聴くたびに、鼻の奥が痺れたような、喉が焼けるような奇妙な感覚がこみ上げてきた。


『DEFEAT』


 気づいた時には敗北画面だった。

 どれだけの間、それを表示したまま放心していただろうか。テキストチャットで朝陽から「大丈夫?」と聞かれるまで、動くという選択肢が脳内に浮かばなかった。

 「ごめん、今行く」と返信し、チャットルームに戻る。


 瞬間、体が浮いた。


「お前なんのためにそれやってんの?」


 ドスの利いた低い声だった。


「俺への僻みで足引っ張りたいのか!? それともやる気ねぇだけか!? なんでそんなことが出来るんだよ!?」


 チャットルームでは現実の身体能力と物理演算が反映される。玲央に左手一本で胸ぐらをつかんで持ち上げられ、翔斗の頭によぎったのは「ゲームばっかやってる割りに力強いんだな」という思いだった。


「はい、そこまで。喧嘩はダメだよ」


「あ? 知るかよ!? 勝ちを放棄した奴が目の前にいるんだぞ! 許せるかよ! それでもテメェらゲーマーかよ!」


「ふむ。それじゃあ、上戸くんは市前くんのせいで負けたと?」


「当たり前だろ! こいつがランク差のあるレーンで負けて、こいつはティルトした! 役割を放棄しただろうが!」


「なるほどね。それなら彼がいるチームは必ず負けると?」


「……他レーンで圧倒的な有利がつかない限りは」


「冷静だね。なら、市前くんと座間君を入れ替えてやろうか。個々のピックは同じで」


「いいぜ。それなら勝つ」


「ただ、一つ。今回は僕のマクロコールを解禁してもいいかな?」


「構わない。そんなんでどうにかなるもんじゃねぇ」


「よし、じゃあ始めよう」


「いや、あの、俺は」


 正直に言えばもう逃げ出したかった。せめて先輩に代役をお願いして見学にさせて欲しかった。


「ダメだよ、市前くん。上戸くんは乱暴だったけど、確かに大切なことを君に聞いていた」


「え?」


「君はなぜゲームをするんだい?」


「それは……」


「即答できないなら、この試合をやるべきだ。ほら、行くよ」


 背中を叩かれ、有無を言わさぬまま他の8人がチャットルームから消失した。残った朝陽が何か言いたげにこちらを眺めている。何を言われるのだろうか。「失望した」?「ドンマイ」?「頑張って」?どれも今の翔斗の心に響くことは無いだろう。

 意を決したように彼女が口を開く。


「私、負けないから」


 それは宣戦布告だった。たしかにその言葉は翔斗の心を開いてはくれなかった。ただ、なぜか部屋の外から思いっきりドアをぶん殴られたような衝撃を確かに刻んでいった。


「なんで、みんな、そんなに必死なんだよ」


 観戦画面を開いた上級生たちがこちらを見つめている。逃げ出すか、試合に向かうか。ここで逃げ出す勇気すら湧かず、流されるまま試合に向かう自分が嫌になった。


『お、きたきた。ピックは一緒だからトップから順に取ろうか』


「……はい」


『一応聞くけど、ワニって使える?』


「『クロコダイル』ですか? まあ、一応」


『『イライジャ』のドカウンターだけどピックしちゃう?』


「えっ」


 正気だろうか。自分で同じピックで行こうと言ったのではなかったのか。


『冗談だって。さすがに体験入部の新入生相手にスポーツマンシップにもとる行動は取らないよ』


「そ、そうっすよね」


『そうだ、小保方くん。さっきのIGLはかなり良かった。カウンタープレイもそうだけど、トップに対面との戦い方のアドバイスができたのはかなり偉い。他レーンの有利不利だけじゃなくてスキルの噛み合わせまで把握できてるのはかなりレベルが高いね』


『あざます!』


 先ほどの試合で『イライジャ』の動きが改善したのはそういう背景があったらしい。


『今回は僕がIGL奪う形になっちゃってごめんね』


『とんでもないっす! 勉強させてもらいます!』


『よし。じゃあ、コンセプトから。構成的には対面不利なレーンが多い。序盤は苦しいと思うけど、集団戦のかみ合わせとスケールは悪くない。序盤はジャングルの機動性と瞬間火力の高さで乗り切る。本番は3体目の四象からだ。そこで勝つ』


『了解っす!』


「……わかりました」


『試合開始だ』

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