邂逅
「え〜?本当にやるんですか〜?国王が言ったことなんて無視して帰国しましょうよ?オレの!花の18歳があっという間に終わってしまう!」
「するって決めたからやるの!つべこべ言わずに着いてきて!」
マリアーヌの護衛としてエルダイン皇国に同行してくれたノエルは、同い年ということもあってかマリアーヌに気安い対応を取ってくる。なんだかんだ言ってもノエルは、マリアーヌの味方をしてくれる。
隣国へ赴く第四王女の護衛。なんの旨味もない役目だけれど、ノエルはそれを請け負ってくれた。ノエルの心配そうな視線を受けながら、マリアーヌは足を進める。王に告げられた役目を思うと、気が重くなるけれどやり遂げないといけない。第四王女なんて、役に立たないとすぐに切り捨てられてしまう。
まずは、噂の皇子と仲良くなることからだ。
※※※
「こんにちは………?」
お昼なのに、カーテンも開けず私室の奥で小さく丸まって座っている子ども。私室の中にも外にも彼以外は誰もいない。マリアーヌの声で顔を上げるが、その目は怯えているようだった。
黒髪は肩まで伸びていて、ボサボサだ。着ている服も、エルダイン皇国の第一皇子とは思えないくらい汚い。
部屋の中からはわずかに異臭もする。
皇子の普段の境遇が想像できて、マリアーヌは思わず眉をひそめる。
「だれ………?勝手に入ってこないで…!!!」
皇子―ルイは立ち上がり、周りに散乱しているゴミを手当たり次第マリアーヌに投げつける。9歳のわりに、ルイは酷く痩せていた。
ルイの様子に、マリアーヌは酷く心を痛めた。マリアーヌも自国での地位は低くぞんざいに扱われているけど、ルイほどじゃない。この子を救ってあげたい。
――いずれこの子を騙すとしても。騙すその時までは。
ルイが投げた紙クズがマリアーヌの白い肌に当たって、床に転がった。
「あっ………………………!」
物を当てられたマリアーヌよりも、ルイの方が悲しそうな顔をする。怒られると思ったのだろうか。怒ったりしないのに。
「ルイ皇子!!!」
突然のノエルの大声にルイは体をビクッとさせた。マリアーヌを背に庇いながら、ノエルはルイに威圧的に告げる。
「この方を誰だと思われている。この方はヴァレンティナ王国の第四王女、マリアーヌ姫である。姫をこれ以上傷つけるのであれば、皇子とはいえ容赦はしない」
「ご……ごめ……ごめんなさい……僕……知らなくて……」
ノエルに睨まれ、ルイは顔を強張らせた。ルイは明らかに怯えている。マリアーヌはノエルを押しのけた。
「ノエル………!!やり過ぎでしょ……!!」
「ちょ……ちょっと、姫様!!」
ノエルの慌てた声がするが、無視だ。マリアーヌは膝立ちをして、ルイと目線を合わせた。ルイはマリアーヌの方を見てはくれない。
「いきなりお部屋に来てびっくりしたでしょ。」
ルイにマリアーヌはゆっくり話しかける。
「私たちは、ルイ皇子の国に遊学に来たの。それでね、せっかくだから、ルイ皇子と仲良くなれたらって思って」
「僕と……?僕と仲良くなっても何もいいことなんかないよ……」
「ただ、仲良くしたいの。ダメかな?」
「僕は………………………」
ルイは返事を考えあぐねているのか、目を泳がせている。
突然押しかけて仲良くなりたいだなんて、ルイも当然ビックリするだろう。でも、マリアーヌはこのチャンスを逃すわけにはいかなかった。
「じゃあ、友達になろ?」
「ともだち………?」
「ちょっと年が離れてるけど、いいよね?わたしのことはマリアーヌじゃなくて、マリーって呼んで!さっき怒ってきたお兄さんはノエルって言うの。怒ったら怖いけど、普段は優しいんだよ」
「僕と友達になっても楽しくないよ……」
否定的な言葉を繰り返すルイにマリアーヌは胸を突かされた。この子を助けたい。
マリアーヌはルイの手をぎゅっと握った。
「ルイ皇子と友達になれたら絶対楽しい!だから友達になろ!いっぱい一緒に遊ぼう」
にっこり笑ったマリアーヌを見て、ルイは小さく頷いた。