はじめて聞く青春
暮れなずむ校舎の片隅。今朝下駄箱に入れられていた一通の手紙によって、僕はここに呼び出された。
目の前にいる少女は、出席番号8番。大野さんだ。僕は出席番号9番であるため、新学期早々まだ席替えをしていない今の時期、大野さんは僕の前に座っている。しかし、僕は大野さんと話したことは、ほぼない。唯一話していることといえば、前からプリントを渡される時、大野さんは必ずキチンと、はいっと声かけしてくれる。それに対し、僕は、めんどくさいのと気恥ずかしさからいつも、いえあっと言葉を濁しつつ相槌を打っている。このささやなかやり取りくらいだ。この黒人ラッパーが使いそうなyeaっていう返しだけが、僕と大野さんを繋いでいる。その大野さんから僕は今日放課後呼び出されたのだ。ただ、呼び出した張本人であるはずの、大野さんが一言も喋らず、いたずらに時間だけが過ぎていく。
夕日に照らされた僕と大野さんの伸びた影が、校舎の影に溶け込む。僕たちが校舎と一体となった気分だ。荘厳な校舎の動かない影の気配が、この静謐な時間をより強調していた。
「あのっ」
大野さんがついに口を開いた。頬を赤らめ、顔が強張っている。
「わたし、わたし、あの、、実はあなたのことで確かめたいことがあったの」
そういうと、大野さんは意を決したように口をうの形に突き出した。まるで、これからキスでもするかのように。彼女の唇から吐息が漏れる。
「ぬるぽ」
「ガッ!」
「やっぱり!」
桜餅のように、鮮やかな色味と柔らかな弾力を伴った可愛らしい唇から、聞き馴染みのある言葉が出てきた。自分の体に深く、DNAレベルに刻み込まれている言葉だった。不可避だ。彼女の言葉に対し、ほぼ反射で口をついていた。コンマ0秒を軽く切る。
僕の返答に対し、大野さんは教室で未だかつて見せたことのない、はち切れんばかり笑顔になった。めっちゃかわいい。
やれやれ。どうやら。僕と彼女の楽しい学園青春群青劇が今、掲示板で始まるようだ。