即席の即応部隊なんてのは所詮は寄せ集めに過ぎないよ。①
『……近年我が国周辺の安全保障環境の急激な変化に対応し……』
元備品庫だった半地下の事務室に、ラジヲから総理大臣の抑揚のない声が流れる。抑揚が無いって言うか、ろれつが回ってないんだよね、この人。そろそろ替えどきなんじゃないかなぁ。
まぁ目を瞑って子守唄がわりに聞くぶんにはどうでもよいけどね。
『……は……攻撃とはならず……主権国家としての自衛権として認め』
ぶちっ。
突然音声が切れたのでまずい、と顔を上げるとやっぱり、目の前には鬼と呼ばれる我が上司殿が立っていた。
いわゆる仁王立ち、という感じに左手は腰に当てて。ラジヲのコードは右手でくるくる回されている。
よかった、本体の方ぢゃなくて。そう思った瞬間、コードの先端が前頭葉にヒットした。
コンセントの金属のとこは覚悟しててもそれなりに痛い。
「いだっ!」
「鼎、貴様公務員の職務専念義務を忘れたか」
「しつちょお、勤務時間中の暴力行為はパワハラですぅ」
「ふん、権利を振りかざす前に義務を果たせ。貴様のような職員がいるから金と暇もて余した愚民どもに税金泥棒なぞと謗られるのだ」
国民の公僕たる公務員が、その国民を愚民呼ばわりすんのはどーなんだ。
なんて決して口には出来ない台詞をぐぐっと飲み込んで。
オレは涙目で椿室長を見上げた。
キャスター付きのありふれた事務用の椅子に座ったオレよかちょっぴり目線が高い、この国の成人女性の平均的な身長の室長は、このたびの極秘任務のために本省から送り込まれた最終兵器もとい超有能な現場指揮官だ。
どのくらい有能かというと、あまりにも有能過ぎて彼女を使いこなせる上司が本省に居らず、出向という形式の遊撃軍として各省庁を転戦。
遂にはお役所での引き受け先も無くなったとかで、最近は民間企業へまで出張っているらしい。天下りではない。あくまでも出向だ。
ってのがもっぱらの噂だが所詮噂は噂。なにしろ椿室長が率いる特別対策室はオレ、鼎をはじめとして全員が、彼女のこれまでの出向先での各部署のもてあまし……イヤ、はみ出し……イヤ、問題児……要は寄せ集めの即席即応部隊なのだ。
もちろん全員が全員、公務員ってわけではない。
どころか厳密にいえば人類ですらない。
例えば。
「グレイ、お前も勤務時間中に意地汚く菓子を貪ってんじゃない」
室長はオレと背中合わせに座る同僚も睨み付ける。座っているのは椅子じゃなくて事務机の上だけどな。
行儀の悪い五歳児だ。見た目は天使だがもちろんヒトではない。あくまで仮の姿である。
「あむはむ、あむあむはむはむはむ」
「黙って食えよ、煩いヤツだな」
オレは椅子を半回転させてグレイの後頭部をつんつんした。
本人自身は正直関わり合いになりたくもない最低なヤツだが、金色に輝くくるくるふわふわな髪の触り心地は最高だった。
つい調子に乗ってわしわししてると、室長に後頭部を叩かれた。前方からはボールペンと鋭い視線が飛んでくる。グレイの向かいに座る里名のヤツだ。
室長といい里名といい、女性陣はことごとくグレイの肩を持つ。確かに見た目は金髪碧眼の天使様だが中身は俺様悪魔だぞ。それに見た目だって所詮は仮の姿。本体は別に保管されているって噂だ。
「だからしつちょお、パワハラだって」
「お前のはセクハラだろ」
「鼎、汚い手で触るな。天使サマが穢れる」
「え?男同士だし子供んちょの頭撫でてセクハラとか無くない?」
「かなえ、こわい。いじわるするし。かみ、もしゃもしゃするの、やだ」
「セクハラ、児童虐待。パワハラも追加しとくか?」
上からオレ、室長、里名、オレ、グレイ、室長の台詞である。
グレイの野郎、青い瞳を潤ませて上目でオレを睨んでくる。
くそぉ、コイツの本性を知っていても罪悪感を抱かされるのはなんでだ。美幼児は正義、可愛いは正義。
これは今みたいな世の中でも普遍の真理らしい。オレも全面的に支持したいところだが、グレイなんかが該当するのがやっぱ納得いかん。
「ところで室長、オレ義務を果たそうと思うンすけど」
納得はいかんが孤立無援で旗色が悪い。
オレは室長言うところの職務専念義務とやらを果すふりで凌ぐことにする。
どっかでコーヒーでも啜ろうっと。
「……?」
立ち上がったオレに室長は一枚の紙切れを突き付けた。
公務員にとって死刑執行命令書に等しいソレは辞令とも言う。
「え……と?」
顔の間近にまで突き付けられたせいで直ぐには焦点が合わない。
コラ、そこ!老眼とか言わないの!
「なんだこの距離でも読めんのか。貴様入省時に身体能力検査を受けたのだろうな?検査データの改竄及び虚偽申告は詐欺罪に国家反逆罪も適用されるぞ」
「おおごとにすんのはやめてくださいよ!ただの眼精疲労ですって!」
なおも顔面に紙切れを押し付けようとする室長から奪い取ってちょうど良い距離を探す。だから老眼じゃないってば。
「……、………」
A4サイズのその紙切れの隅々まで目を通す。
天井を見上げて、瞬き三回してからもう一度読み返す。
「しっかり励めよ。さぁ貴様達、お仕事の時間だゾ」
オレに向かってにやりと笑った室長の顔はこれまでの人生で見たうちで一番邪悪な笑顔だった。