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2.マリーズとエリーズと盗人

 マリーズの名前はエルムフット侯爵家の当主がヘンリーつけた。

「君に最初に生まれた娘を、マリーズの妻にいただくよ」

 ヘンリー・エルムフットの親友のジョナス・エヴァーグリーン侯爵は笑って言った。

 一年後に生まれた女の子に今度はジョナスが名前をつけた。

「この子の名前はエリーズだ。マリーズとエリーズ、エリーズとマリーズ。二人は運命の恋人だよ」

 と言って、二人で笑い合った。


 マリーズとエリーズは、兄妹のように仲睦まじく行き来して育ち、それでも十代になる頃には婚約者として意識して、お互いを思い合うようになった。


 ブロンドに青い瞳のマリーズ・エヴァーグリーンは背が高く、端正な顔立ちのの逞しい青年に育った。十六歳の今は、王立学園の高等部の二年生だ。黒髪に緑の瞳のエリーズ・エルムフットも美しく育ち、少し低い身長だがほっそりとした肢体、豊かな胸を少し恥ずかしく思っている。彼女はミル・エランド修道院が経営している女学校に在籍している。

 二人はお似合いの婚約者同士だった。

 二人はマリーズが高等部を卒業した翌年、彼が十八歳、エリーズが十七歳になったら結婚することになっている。


 今まで些細で小さな諍いは度々あったが、すぐに仲直りして、その後はお互いをより愛しく思うことを重ねて、順調に愛を育んできた。

 両家はそれを微笑ましく見守ってきたのだ。


 二人は休日の度に街へ出かけたり、陽気のいい時はピクニックをしたり、親や親戚がお茶会やらパーティを催す時は二人で参加したりして、仲睦まじい婚約者同士だった。


 マリーズもエリーズも婚約に関しては何の否やもなく、むしろ幸せに思っていた。

 特にエリーズはミル・エランド女学校に入学するまでは、何の悩みもなかったと言える。


 ところが学校生活が始まると小さな悩みが増えていったのだ。


 身の回りの物品が頻々と消えるのだ。


 マリーズが使いやすからと贈ってくれたノートは、下すたびに二日ともたずになくなる。

 色違いのお揃いのペンも、インクを吸うスポンジも、インク壺も。

 学用品は両家が「同じ物を」と、気を利かせて揃えてくれたものだ。

 それに加えて、教材を破損させられることが度々あった。教科書のページが頻繁に破られていたし、読んでいる本が壁に投げつけたのか、バラバラになって教室の隅に落ちていたこともあった。


 一か月も経たずに、エリーズは用心深くなり、学校で使う全ての物を専用のバッグに入れて持ち歩くようになった。


 なくなったものは全て教師に報告してあるが、

「あなたの管理も杜撰だったのではありませんか」

 と少しばかりお説教をくらったのだ。


 ミル・エランド女学校には制服はないが、慎ましい地味な色合いの飾りの少ないドレスを着用するように言い渡されている。

 皆、灰色や紺のあっさりしたデザインのドレスを着ている。

 唯一おしゃれができるのは、髪に結ぶリボンくらいだ。それでも、緑や青や白が限界だ。


 それを話したら、マリーズはエリーズにどっさりリボンを贈ってくれた。


 それも次々となくなるのだ。

 気づくと髪からなくなっている。


「あら、今日もエリーズのリボンが消えているわ」

 級友達も不思議がる。級友たちのリボンが消えたことなどないのだ。


 エリーズは毎日、きつくリボンを結んで登校したが、ほぼ毎日のようになくなるのだ。


 せっかくマリーズがくれたリボンなのに。


 エリーズはしょんぼりしてマリーズに謝った。

「ごめんなさい。いただいたリボンはほとんどなくなってしまったの。わたくしって、よほど迂闊な粗忽ものなのかしら?」

 マリーズは少し考えてから言った。

「リボンも盗まれているんじゃないかな?」

 なんですって?

 エリーズは思いもしなかったのだ。

「身に着けているのに?」

「リボンなら引っ張れば取れるからね」

「いやだわ。学校に物を取って行く人がいるなんて」


 そうは言ったものの、それからエリーズはリボンによく注意して行動することにした。

 その翌日、目立つように白いリボンを結んで行ったエリーズは見た。教室を移動する時の廊下の人ごみで髪がつっぱったと思ったら、リボンがひらりと解き抜かれ、消えていくのを。

 リボンの端は、確かに誰かの指が摘まんでいた。


 エリーズはぞっとした。

 わたくしのものだけが盗まれる。

 誰かがわたくしによからぬ気持ちを抱いているのだ。

 どうして?

 誰かの恨みを買うようなことをした覚えはないわ。


 その日から後、学校に行く時にエリーズはリボンを結ぶことをやめた。


 すると今度は、おかしな手紙が届くようになった。

 手紙というよりも走り書きのようなものだ。


 文面はいつも

「私のものを全部返して」

 だった。


 エリーズは薄気味悪くなり、家族に相談した。いっそ学校をやめようかとも思ったが、友達との付き合いも楽しいし、学問もおもしろい。

 それにミル・エランド女学校は花嫁修業では王都一だ。

 家族は学校に掛け合って、メイドを随行させることにした。

「来年、正式に婚約発表したらやめるのもいいわ。窃盗はこちらも調べさせますから」

 母のマリアンヌは優しく言ったが、父のヘンリーは怒っていた。この父が怒りも露わに学校にねじ込んで、メイドの随行の許可をとりつけたのだ。


 級友達は今までの窃盗事件を知っているので、メイドの随行は当たり前と見たが、一部では

「お高くとまっている」

 と心無い囁きが交わされた。


 そうこうしているうちに十四歳になり、マリーズとエリーズの婚約が正式に発表された。

 マリーズから贈られた婚約指輪は、深い赤のルビーだった。

 ミル・エランド女学校と言えども婚約指輪の着用は認められるのだ。


 それが騒動を起こし、今までの騒動を解決した。

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