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時を超えた2人  未来が変わる瞬間

作者: 榛名

主人公は平凡な高校生。自分の将来が見えず、ただ平和な時代を何気なく生きている。そこに同じ年の戦国から入れ替わった戦国の当主の少年。入れかわることで知らなかった時代をしり、自分の生きる時代の意味、平和な時代を作ってくれた人たちへの感謝を持つようになります。この本を通じて、誰かが、平和への思いと、将来への希望と意味とを見出してくれたらいいな。と感じ執筆しました。同じ県民として全く知らなかった宇喜多家に今は感謝の思いです。

確かに俺は、あの時代に存在した。阿古にも会った。あの数週間は俺にとって一生の宝だ。今、目を閉じても鮮明な記憶たち・・。数週間前の俺に見せてやりたい。海を見下ろす高台から空を見上げて、順平は、目を瞑った。



現代

風間順平は怒りモードで、階段をドンドンと上がって行った。

{うるさい、うるさい・・。母親気どりするんじゃねえ}

追い打ちをかけるように母親の言葉が飛ぶ

「順平!高校受験も近いのよ。ちゃんと勉強しているの?変な人と付き合うんじゃないわよ」

{俺の友達を変な奴だって・・・?クラスの勉強漬けの奴らと付き合えって?寒気がするぜ。}

母親のお小言で更に怒りが増したのか、順平は乱暴に部屋のドアを閉めると、ドカッと乱暴に椅子に座り、本棚から漫画を取り出すと、パラパラとページをめくった。だが一向に漫画の内容が頭にはいってこない。順平は漫画を放り投げると、手を頭の後ろに回し、母親に言われたことを考えていた。

{俺だって考えているよ、自分の将来の事は。でも行きたい学校が見つからない。俺は何がしたいのか、まだ分からないんだ}

少し冷静になったのか、言葉の荒さが消えた順平は、外をボーと見ていた。

秋が終わり、冬になろうとしている空は、少し空気が冷たくて、順平はこの季節がとても好きだった。

窓を開けると、冷気が一気に部屋の中に入ってくる。順平は、夜風に体と頭を冷やした。怒りモードは消え、今はただ大好きな星空を満喫していた。元々、星を見たり、風を浴びることの好きな15歳の平凡な少年だ。幼いころに両親が離婚し、母親に引き取られた時、寂しさからよく、空を眺めるようになった。「あー今夜も星は奇麗だなー」

瞳を少年のように輝かせ、一心に満天の空を身に感じた。星は順平を抱くように壮大に広がって無限だ。その順平の瞳の中に、一瞬光った光が横切った。

「あれ?今のは何だ?流星群か?いや今の時期に流星群はないな。隕石か?」

順平の目の前を、スーと光る物体が落ちていくのが見えた。それは流星のようではあるが、1本の光の筋にも見えた。順平は一気にテンションがあがり、光の落ちる方向を見続けた。

{川の方だ!}

順平は、急いで玄関から靴をとり、自分の部屋にもどると、写真をとるため、スマホをポケットに入れて、窓から抜け出した。庭に植えている樹に飛びつき、そこから地面に降りた。幸い、母親は気がつかず、片付けをしている。

{母さん、ごめん。すぐに帰るからさ}

真っ暗な道は時折、電灯がついているくらいで、ほとんど見分けがつかないくらいの暗さだ。時折、家の電気がついている所を通るが、そこは同級生たちの家で、皆、勉強をしているのだろう、暗闇の中のホタルのようだ。

川辺に付くと、それはそこにあった。それは、周りの光景とは異なる、全くの異様さで、存在していた。眩しくドーム状になって、まるで順平が来るのを待っていたかのように、光り輝いて、虫をおびき寄せる雰囲気があった。

「なんだ。これは・・・。何かの新種の隕石か?それとも何かの陰謀説の爆弾?俺、夢でも見ているのか」

頬をつねり、夢ではないことを確認すると、どこまでも伸びて川の方に向かって光続けるドームらしきものに、順平は好奇心に勝てずそのドームの中に入って行った・・・・。


同じころ、と、いっても時は戦国。宇喜多秀家は打ち稽古から逃げ出し、焼け野原に唯一残っている木にもたれ、座り込んでいた。その顔は砂だらけで、稽古中にけがをしたのか、足にはすり傷がある。秀家は大きなため息をつくと、天を仰ぎ

「はあー。わたしには武道は無理だ。もともとわたしは、刀よりも書物を読むほうが好きなのに・・・。あーあ、どこかに逃げ出したいものだ」

愚痴と弱気な事を言いながら、天を仰いで自分の境遇を嘆いた。

すると天からまばゆい光のような物体が秀家めがけて落ちてきた。

「ドーン!」

「なんだ!曲者か」

秀家は顔を草地につけて、周りを見下ろした。しばらくその体勢でいたが、周りが静かになり、秀家は恐る恐る顔を上げた。すると、目のまえ3足ほど先に、輝く物体があり、大きく、秀家の前に立ち塞がっていた。秀家は驚き、尻もちをついて唖然と見上げた。半刻たっても、光はそのままの状態で、まるで秀家を誘うように光輝く。

秀家は、この場から逃げようと考えた。が、元来、変な好奇心もあった。武芸は無理でも、世の不可解な事には、好奇心丸出しで、良く臣下たちに

「秀家さまはご当主なんですから・・・」

と、嘆かれることが多い。秀家は一瞬、それを思い出し

{臣下共にも見せてやろうか。腰を抜かすであろう。その前に、これが何か知っておくか}

おそるおそる光の中に入って行った。一瞬まばゆい光で目が遮られたが、目が慣れてくると、そこは長い通路で、先に光の道が続いている。秀家はビクビクしながら前に進んでいった。


順平は、光のドームに入り、長い道を前に進んでいた。光に触ろうとしたが、不思議なことに、触るとすり抜けてしまう。曲がり角もなく、ただ一直線に光はまっすぐに伸びている。しかし、よく見ると光の道は右側にもあった。順平が先に先に歩をすすめていくと、右の向こうから誰かが、こちらに向かってくる。

順平は宇宙人だ!とビクッとし、一瞬止まりかけたが、よくみると、それが自分と同じ人間だと分かり、ほっと溜息をつき、歩を進めた。

秀家も順平と同じように、自分以外の姿を確認した。お互いの姿が、もう少しで確認できる距離に近づいた。お互いに手を伸ばし、掴もうとした。すると急に後ろから、追い風のようなつよい風が、2人を押した。2人はお互いの顔をちらっとみた途端、前に流されていった。

{今の、誰だろう?変な格好をしていたな}

2人は、風にあおられるように前に流されて、ついにドームの外に押し出された。倒れ込んで同時に

 「イタ―」

と、言ったあと立ち上がると、同時に2人は外の景色に驚いて、声も出ず唖然とした・・・。


そこは、今まで自分がいた場所ではなかった。いや、場所どころか景色そのものが違っていた。

秀家は、木がおおい茂る森に立って居た。風の気持ちよい、いつも自分が嗅いでいる火薬や、屍の匂いではなく、すみきった空気と臭いだった。

一方、順平は、焼け野原の真ん中に立って居た。火薬と何か焼けた嫌な匂いのする場所で、いろんな物が散乱していた。

「ここは・・ドコダ」

2人同時に放った言葉は、順平の方が少し早かった。順平はもう一度周りを見渡した。目を何度もこすっては、自分が幻でもみているのかと思った。しかし見えている景色が本物だと理解すると、今度は好奇心が恐れを心の中に落とし、瞳は大きく見開いた。

むせかえるくらいの、何かの焼ける匂い、地面を見ると、刀や弓の残がいが落ちている。順平はそれを拾って

「なんだ。まるでテレビで見る、戦のシーンみたいだな」

シゲシゲと刀を回転させその刃先に触れた。

「痛!」

指先から血が流れ出る。順平はなにか不思議なものでも見るような感覚で、流れ出る自分の血を眺めた。

「嘘?本物?」「キャー!」

突然の悲鳴に順平は驚いた。そして、急いで刀を捨てると、声のする方に向かった。


一方、秀家は、放り出された場所から動けずにいた。それは当主としては賢明な判断であったろう。しかし、いつものいやな匂いのない、奇麗な空気を胸いっぱいに吸うと、秀家はせせらぎの音に気付いた。

{近くに川がある}

その音を頼りに秀家は、歩を進めた。

しばらく歩くと長い川と平行して長い野原が見えてきた。秀家はそこに近づくと、川を眺めながら

「うーん。」

と、背伸びをして空を見た。宇喜多家ではない解放感が秀家をそうさせた。その時

「順平?何しているの?そこで・・・」

と、後ろから声がかけられた。秀家は声に反応せず、川の方へ降りていこうとした。するとその声はだんだん近づいてきて

「ちょっと!なにか返事くらいしなさいよ、順平」

無理やり肩を掴まれて、声の主の方を向かされた。目が合ったのは、自分と同じくらいの歳のおなごで、同時にびっくりしたのはそのおなごのいでたちだった。なにかわからない布で体を覆っている。足先を見ると、草履ではなく、なにか見慣れぬ履きものだ。秀家はまじまじと、そのおなごを見降ろした。見上げられた女の方も言葉を失い呆然としている。

{何?順平そっくりだけど、着ている服はまるで戦国時代の格好だわ。順平たら、いつ、そんな趣味もったのかしら?}

お互いが、お互いの姿をみて黙っている。しかし、弱気な秀家も武士だ。

「そ、そちは何者だ?なにゆえ、妙ないでたちをしておるのじゃ」

呼ばれたおなご、貴子は

「あなた順平じゃないの?顔は確かに順平だけど、その恰好は・・・」

「じゅ・・んぺ・・い?なに者だ、そやつは?」

呼ばれた秀家も、まじまじと自分の目の前に佇む女を見下ろした。

{年は自分と同じくらいだが、なんとも恐れをしれぬ不届きものだ。宇喜多家にそんな言葉を使うとは、ここで殺されても文句は言えまい。異国の者だろうか。変わった布切れを身に纏っている。言葉はわかるが、恥じらいを知らぬ小娘のようだ}

秀家はもう一度

「じゅんぺいとは何奴か。そなたもどこから来たのだ?」

怯えた自分を隠そうと、少し上ずった声で、秀家は刀に手をかけながら聞いた。

{間者かもしれぬ・・・}

一方貴子は、幼馴染の順平そっくりの顔をした、自分と同じくらいの若者に困惑していた。

{順平じゃないの?格好はへんだけど顔は瓜二つよ。でも話し方がいつもと違う。私をからかっているのかしら?それにしても・・・}

お互い距離感がつかめなく、時間だけが過ぎて行った。貴子は勇気をだして

「貴方、名前は?」

おなごから名を聞かれた秀家は、無礼なやつだとおもいながらも、何か反射的に

「秀家・・宇喜多秀家だ」

{宇喜多・・・近くにそんな名字の家はないわ。でもその名前どこかで聞いたことがある。}

貴子は今でいう歴女であった。すばやく手に持っていたスマホの音楽を止めて、

検索し始めた。その様子を秀家は、いぶかしげな表情で見守った。

「宇喜多…宇喜多・・あった!これだわ。・・戦国武将豊臣の家臣の一人で秀家という」

貴子は、目の前の秀家と名乗る人物を見ながら、少し近づいた。

秀家は妙なものを持って近づく奇妙なおなごに、慌てて刀を引き抜こうと

「寄るではない。無礼者」

咄嗟に刀を引き抜いて振り払った。

「痛!」

貴子は、手に痛みを感じ、手を見ると、手の甲からツーと血が流れている。

{‥‥違う!この人、順平じゃない。}

貴子は急に恐ろしくなって、スマホを落とした。秀家も初めての真剣で、人を傷つけ狼狽えている。

「あ、・・すまぬ。そなたが急に奇妙なものを持ってきたから・・・」

貴子はそんな順平似の武士姿に、血が出ている手をハンカチで押さえながら

「ねえ、あなた、どこから来たの?その恰好は・・・」

秀家は、おなごを傷つけた後ろめたさがあったのか、素直に

「・・・・分からぬ。拙者がいた場所はここではない。光の中を通ってみたら、ここに出た。私の方が聞きたい。ここはドコダ?」

「ここは日本という国よ。服装からいって、あなたも日本人ね。時代は戦国時代よね。織田か、豊臣・・・」

「そなた、秀吉様を知っておるのか?偉大な方だからのー。ならば宇喜多も知っておろう。秀吉様の家臣だ」

「そういうことになるわよねー。でもそう仮定すると、あなたはタイムトラベルしたことになるわ。それはまずいわー。おかしな人に思われる」

意外と、貴子は冷静に今の状況を把握し整理した。我ながらすごいと思っている。

歴女なら眉唾もののお宝発見だ。大スクープだ!貴子は声を大にして叫びそうになったが、先ほどの一件もあり

「秀家さん?でいいかしら?あのね、ここはあなたの時代より、危険はないけど別の意味で危険なの。ちょっと着いてきてくれる?」

貴子は秀家を刺激しないように、ソーと川辺から離れると、秀家を大きな木の前に立たせた。そして

「この服装は、マズイよね、鎧外すわよ」

鎧に手をかける貴子に、無礼者!と言ったやりたい秀家だったが、出た言葉は

「おなごがなんたることを・・・」

貴子の切羽詰まった表情に、貫録負けし、外された鎧を黙って見下ろしている。貴子は、鎧と刀を川辺の大きな木の畝に隠すと、上から土をかけ隠した。手についた土をパンパンとはたきおろすと

「よし!じゃあ、次はその髪ね。付いてきて」

秀家の手を持ち、ぐいぐい引っ張っていく。その姿に呆気にとられながらも無礼者!と叫ぼうとした秀家は、貴子の指先の血の跡に、黙って引っ張られるままとなり、次第に川辺から離れ、珍妙な建物が並ぶ、硬い土の上を歩いていた。何刻歩いたか、見慣れない場所と物に、呆気にとられるうちに、貴子は1つの建物の前に止まった。

「さあ、入って頂戴」

グイと秀家を押し込んだ。

急に視界が暗くなり、秀家は一瞬目が見えなくなったが、次第に目が慣れると、そこは先ほどの場所とはまた違う、見知らぬものがたくさん鎮座してあった。その中には、秀家が尊敬する信長に似た珍妙なものまであった。歴女である貴子は、玄関先にも尊敬する信長や家康のパネルを飾っているのだ。その当人の貴子は、慣れた様子で靴を脱ぐと、

「さあ、足袋を脱いで」

「う、うむ」

戸惑っている秀家を、洗面所に連れていき、父親が愛用にしているカツラをかぶせ、秀家の髪をすっぽり中に入れた。

「よし。これでいいわ」

貴子は満足げに言うと、ポカーンとしている秀家を今度は、兄の部屋に連れていった。最初は戸惑っていた秀家も、時間が経つにつれ、周りを見渡す余裕が出て来たのか、キョロキョロと周りを見ている。見知らぬ物ばかりだ。

大きな箱と殿が座るような広い場所・・・。それはあとで、机とベッドという物だと教えられたが・・・。貴子はそんな秀家に見向きもせず、兄のタンスをひっくり返している。時折

「あった。うーん、似合わないか」

と、ブツブツなにか独り言を言っている。

秀家が周りをグルリと一周見渡したところで

「はい、じゃあ、これ着てみて」

なにやら目の前に置かれた物をみて、秀家はまたまた驚愕した。

{これは何だ!}

恐る恐る手に取ると、何かの布切れだ。自分が身に付けている物よりも柔らかく肌になじむ。しかし、これをどうしろと?秀家は戸惑った表情で貴子を見た。

「あー。そうか。分からないわよね。とりあえず、上に着ているもの全部脱いでちょうだい」

「何!女子の分際で何たる無礼」

「はいはい、分かったから。ここでは私の言うことを聞いた方がいいわよ。だってこの時代のこと、何も分からないでしょう?」

「うぐっ」

秀家は、ここはおとなしくした方が賢明と判断し、渋々ながら、身に付けていた衣を脱いだ。

貴子は、秀家に兄の肌着と上着を着せると、今度はズボンを取り出し

「これは穿くものよ。ここに足をいれてー、そう次は腰まで上げてボタンをはめて・。いい感じ。最後は靴下ね。足袋の代わりにこれを履いてちょうだい。・・っと、できたわ。まあ、こんなもんでしょう」

秀家が呆気にとられている間に、貴子は秀家を鏡の前に立たせ

「どう?これが今の時代の格好よ。さて、これから順平の家に行くわよ」

「じゅんぺい?それは、さっきそなたが言ったきゃつのことじゃな?」

ここで、貴子は一瞬、動きを止めて

「多分、貴方と入れ違いに、戦国時代にタイムスリップしたはずだわ。今は、あなたが居た所に順平がいるわけ。だから、元に戻るまではあなたは、順平にならなくちゃ。令和の時代で、順平の代わりを務めてもらわないと。順平が帰ってくるまで」

{私の時代に?あの光の中ですれ違ったのが、じゅんぺいという者か。だとしたら、奴にも私の代わりをしてもらわなければ、誰か手を貸す者がおろうか}

秀家はいろいろ考えたが、味方になってくれそうな者がいないことに落胆した。

{もし、奴が阿古にあっていれば、手を貸してくれるはずだが・・・}

「さあ、行くわよ。順平の家に荷物を取りに行かないと・・・」

「ああ、承知した。」


その頃、戦国時代に飛ばされた順平は、声のする方へ走っていた。

川沿いの方から女の叫び声がする。順平は小枝をかき分け、川沿いに躍り出た。

「きゃあー。助けてー」

順平は目を見張った。

何かの映画のロケか?目の前で昔風のキモノを着た女の子が、見たからに人相の悪い2人組に連れ去られようとしている。

「宇喜多の縁者やかもしれぬ。連れていこう」

刀を抜いて女の子に向けている。順平はキラリと光る刃先に

{映画のロケかも・・・}と、思いながら体が勝手に動いていた。

{俺ってばカッコイイー。貴子にも見せてやりたいよ}

順平の声に2人組は振り返り

「なんだ、妙な格好の奴がいるぞ。まずい所を見られた。やろうー」

刀を順平に向けて振りかざした。

「わあー」

順平は刀をよけながら、ポケットに何かないか探した。手に触れたのは、スマホだけだ。順平はスマホを取り出し、2人組にかざした。スマホから光が放たれ

「わあー、なんだ!眩しい。妖し者か」

2人は、背を向けて逃げ出した。それを見て、順平はスマホを地面に落とすと

「はあー、助かった」

息を切らせながらハアハアと呼吸を整えた。

「お前様は何者じゃ?」

連れ去れようとしていた女の子が、順平に声をかける。順平は顔をあげて、その子をしっかりと見た。今でいう浴衣のようなものを着て、靴ではなく、わらじのようなものを履いている。

「お前こそ・・。変な服を着て、妙な奴だな。歴女か?」

幼馴染の貴子がはまっていることを知っている順平は、どうせこの子もそうだろうと思い、他に仲間がいるのかと周りを見渡した。

{あの男たちも仲間で、遊んでいたのかもな}

「そなた、名は・・。どこの家来か?」

家来?最近はそんな設定で遊んでいるのか。

「俺は風間順平・・・。そうだな。有名どころで、織田の家来かな」

「信長様の・・・。ご家来か。それはかたじけない。危ない所を助けてもらった」

「・・・?ウソ嘘。信長なんて冗談だよ。お前、貴子の友達じゃあないのか?」

「たかこ?それは誰のことか?私は宇喜多家に仕える家臣の娘、阿古と申す。」

{宇喜多?確か貴子が、今一番推している武将の一人だ。どういうことだ?}

順平は、もう1度周りを見渡した。令和の景色とは違和感がある。

{言葉は通じる、だからここは日本だ。でも・・・さっきのことが本物なら令和ではない。ここはどこだ?}

煙臭くて、風の中に嫌な臭いがする。肉の腐った腐敗臭だ。順平は鼻をつまんだ。

「なあ、ちょっと聞くけど、ここ日本だよな?んで令和の」

「?にほん?れいわ?」

「そなた、何をもうしておる。ここは秀吉様の家臣、宇喜多秀家の領地」

「!!秀吉ってあのサルの?いやいや、あれは歴史の話・・・。って、俺、今戦国にいるのか!」

「何をたわけたことを申しておる?」

もはや、阿古の言葉は順平の耳には入ってこず

{俺は令和の人間だよな。じゃあ、さっきの光のドームで、タイムスリップしたってことか?ウホー、貴子が聞いたら、羨ましがるだろうな。あいつ、オタクだからな}

阿古は目の前の人物が、ブツブツ独り言を言っているのを見ながら、その人物の奇妙ないでたちにも眼を見張った。

{男衆の家臣が、鎧も身に着けず、足には妙なものをつけている。言葉は通じるが、意味の分からぬ物言いをする}

阿古は、目の前の順平に気をとられ、自分が何故、ここ居るのかを忘れてしまうほどだった。阿古は飛び出していった秀家を探しにやってきたのだ。

{そう、秀家様をお探しにならなくてはならぬ。さて、どこに行かれたのか}

「・・・秀家様・・・」

「んっ?ひでいえ?って、宇喜多家の秀家か?」

「そうだ。そなた、なにか知っておるのか。秀家様のどこぞで見かけたか?」

さっきのドームですれ違った妙ないでたちの者を順平は思い出した。

「そいつなら、もうこの時代にはいないぜ」

「それはどういうことだ。いないとは・・。もしや、おぬし秀家様を・・・」

「いやいや、違う。さっき会ったのが、お前のいう秀家なら、俺と入れ違いに令和に流されたのだろう」

「れいわ?流された?どういうことだ」

順平は騒ぎまくる女に説明するのも面倒だなーと思いながら、頭をくしゃくしゃと触りながら

「つまりなー。俺も、お前のいる時代より先の時代から来た。光の中を通って、な。そこで俺は、鎧を着た若い男とすれ違ったのさ。それが秀家なら、奴は今、俺の時代、令和にいるだろうよ」

「そなたの申していることが、まったく分からぬ。まるで妖に会ったようだ」

「だが、間違いではない。秀家と俺は時代を超えて入れ替わった」

「それが真なれば、どうご家来衆に説明すればよい?」

阿古は、この男の言うことを少しだけ信じた。実際目の前にいる異国の男を・・・。そして改めて男を見た。

{この男、どことなく秀家様に似ている。こやつの言うように、秀家様がいないのであれば、誰かを影武者にする必要がある。それにこの男はうってつけではないか}

阿古は何か決心したかのように

「じゅんぺい・・と申したな。そなたを男と見込んで頼みがある。秀家様の影武者になってはくれまいか?勿論、阿古が手助けはする。ほうびも与える。どうだ?」

「影武者に・・?」

{貴子へのいい土産話になるな・・。俺もこの時代に興味もあるし。第一、これからどうすればいいか困っていた所。渡りに船だ}

「勿論、秀家が戻ってくるまでだろうな」

「そうだ。それまでは私がそなたの面倒をみる。頼めるか?」

「いいぜ。やってよろうじゃないの」

「ありがたい。それでは屋敷に戻る。・・・ああ、そなたはこれから秀家様の名を名乗れ。宇喜多直家様の御子で、今は宇喜多家の当主だ。その異国の着物もどうにかしなくては・・・。これで、顔を隠しておけ」

阿古は、自分にかけていた布をじゅんぺい・・・いや、秀家にかけると

「では、参ろう」

足早に歩きだした。

「ちょっと、まてよ」

後ろから秀家の代わりが追いかけてくる。阿古はそれを見ながら

{秀家様の代わりが務まるであろうか。だが、真によく似ている。これなら、皆を欺けるはずじゃ}


順平が影武者になっているころ、本物の秀家は大層、困りはてていた。なにせ、貴子の言うことが、秀家の理解を超えていたのだ。

「すまぬ。もう一度申せ。私がそのじゅんぺいとやらの代わりをする、とな」

「そうよ。順平が元の時代に戻るまで、貴方が順平のふりをするの。だって行方不明にされたら、警察なんかが来て困るもの。貴方もそれは不味いと思うし・・・」

「しかし、わたしは、そのじゅんぺいとやらのことは何も知らぬ」

「それは私がフォローするわ。貴方は順平と名乗ってくれるだけでいいわ。この時代のことは、私が教えるから大丈夫よ。第一、これから、行く当てでもあるの?この時代に知り合いなんていないでしょう。寝る場所や食べ物なんか、どうするわけ?」

「それは・・・」

「でしょう。だから、順平の身代わりになってくれていたらとりあえず、お互い助かるってわけよ、さあ、着いたわ」

貴子は秀家を・・・、順平の代わりの秀家の腕を持ち、前に立たせた。

「ここが、これからあなたが住む家。とりあえず何も喋らないで、私に任せて頂戴」

貴子はそう言うと、スタスタと順平の家のドアを開けて

「おばさん。おはようございます」


令和の秀家は、阿古に付いて、大きな屋敷の門を通り抜けた。教科書なんかで見たことのある建物だ。

秀家の身代わりの順平は、口をポカーンとあけて見上げた。

「阿古殿!秀家様は見つかりまもうしたか?」

急に上から、大きな声が聞こえた。順平は慌てて衣で顔を隠した。

「はい、川沿いで鍛錬をされておりました。この通り・・・」

「ん?なんぞ、そなたの衣を?」

「ああそれは、私の声に驚かれて川で衣を濡らしてしまい、衣をお貸ししたまでのこと。家臣に示しがつきますまい」

「ああ、相変わらず秀家様は、肝っ玉が小さいようだな。よし、入れ、阿古。秀家様の着替えを頼む」

「承知いたしました。さあ、秀家様、こちらに・・・」

「・・・」

阿古は、秀家の身代わり順平を先導するように、屋敷の中に入っていく。そして、屋敷の一角にある秀家の部屋にはいると

「はあー。どうやら抜けられたようです。さあ、早く、誰かが来ないうちに、そのいでたちをなんとかせねば・・・」

「ああ、一通り出してくれ。着方は多分わかる筈だ。貴子に何度も武将にさせられたからな」

「・・おかしなことを言う。まあよい、それではこれを身に着けてくだされ。・・・それから問題はその御髪だ。なんと申し立てをしよう」

「それならいい案があるぜ。さっき、川沿いでお前を襲ったやつらのせいにすればいい。切られたことにすれば、なんとかいけるだろう」

「・・・?上手く行くといいのだが」

「いくいく。きっとな」

順平はお気楽な考えだ。

「さあ、それでは皆の前に出向こう。宜しいな」

「いつでもいいぜ」

秀家の身代わり順平は、ウキウキしながら、阿古に言った。

{さあ、何が出てくるかな}

 

「順平君のお母さん。おはよう」

貴子は、勝手知った、なんとやらで。といった様子で、順平宅のキッチンのドアを開いた。そこには、今まさに、息子を起こそうと、2階に上がろうとしている順平の母とぶつかりそうになった。

「あら、貴子ちゃん。順平ならまだ、起きてないわよ」

「ううん。さっき川辺で会ったから」

「えっ?なんで川に?」

「えーっと・・・。星を見ていたとか、なんとか・・・」

「星・・・?まあ、順平は星が好きだけど、こんなに朝早く?」 

「・・・。まあ、おばさん、いいじゃない。それより、早くしないと学校に遅れるわ」

「あら!それは大変だ。順平、早く支度してきなさい」

「・・・」

「順平?」

貴子は、慌てて、順平の身代わり秀家の肘を突き

「呼んでいるわよ。貴方の事」

「・・・ああ、わしのことか」

「儂?順平、貴方、話し方まで、貴子ちゃんに似てきたの?」

貴子が歴女を知っている、順平の母は、苦笑い。

「私が付いて行くわ。さあ、順平、行くわよ」

「ああ」

貴子は、自分の部屋が分からない順平の身代わり秀家を2階に連れていった。

「フー」

貴子は、ため息をつくと、順平のベッドに寝転がり

「ここまでは、どうにか行けたわね。学校もこれで切り抜けられたらいいけど」

「・・・。がっ・・こう?とは、なんぞ?」

「んー。そうねー。勉強するところだから・・・、昔で言うと、稽古みたいなもの?」

「稽古・・・。なるほど」

「じゃあ、教科書持って行かなくちゃ」

「きょうか・・しょ?」

「あー。それも分からないわよね。んー、稽古の時に使う物よ。まあ、あまり気にしないで」

そう言いながら、貴子は順平の机から、手慣れた様子で、教科書を出すと、どんどん鞄に入れた。そして

「さあ、秀家さん、行くわよ。戦に」

「合戦か、武者ぶるいじゃー」

順平の身代わり秀家は、貴子に持たされた鞄を持つと、意気揚々と背筋を伸ばし階段を降りると

「貴子殿、参ろう」

「・・・ええ、順平」

2人を見送った母親は

「順平って、あんなに素直だったかしら?顔もなんだかいつもと違うような・・」

 

その頃、秀家の身代わり順平は大勢の武士の前に座り、緊張していた。

 目の前にいるのは、どれもいかつい顔をした、一見すると、身代わりの事がばれている気配すら感じされる雰囲気だ。すると、一番目の前に座っていた家臣が

「殿、御髪をどうされましたか?」

「・・・。これは・・・稽古中に誤ってきりおとしたのじゃ」

「なげかわしい」

「よい、して、なにか用向きか?」

前に陣取っている家来が

「秀家様、我ら、秀吉様の家臣として、小田原征伐にも参戦し、ここまで城も大きくなりました。今回、秀吉様に呼ばれた一件、どうお考えで?」

「秀吉・・・。ああ、あの」

{小田原征伐?俺は、貴子じゃあないから、そこまで歴史に詳しくないからなー。どう切り抜けようか}

「うむ。それは、・・・お前たちに委ねる」

秀家の身代わり順平は、策がなかったため、目の前にいる者たちに丸投げした。

「殿・・・。それでは示しがつきますまい。我らは殿のお考えの元、命令に従うまで」

「固いこと言わずにしてくれよ。よく分からないのさ。こっちのことは・・・」

「分からない?こっち?」

{殿はいかがした?何か病でも・・・}

家臣たちがざわつき始めた。

{やば}

「いや、ウホン!阿古を呼べ」

唐突に秀家の身代わり順平は阿古の名を呼んだ。

「阿古ですと・・・」

「秀家様の正室、豪姫様ではなく、阿古をと・・・。確かに阿古は秀家様の幼馴染ではあるが・・・。なにゆえでございますか?」

家来たちは秀家の身代わり順平の考えが分からず、顔を見合わせて、ヒソヒソ話。

「阿古を呼べ。これは命令だ!」

これに従わない家来はいない。慌てて、側に付いている者に

「これ、阿古を直ちにここへ連れて参るのじゃ」

連れてこられた阿古は、分かっていたかのように、秀家の身代わり順平の前に進み出ると

「秀家様、なにか?」

「阿古、そなたを儂の世話人とする。皆の者、よく知っておけ」

「何ですと?阿古を?」

家来たちは、慌てた。それもその筈。秀家には豪姫という正妻がいるにも関わらず、身の周りの事を、幼馴染とはいえ、阿古に任せるとは・・・。

「秀家様、これはどういうことでしょうか?」

「いや、何、お豪には、汚いことはさせたくないからな」

「きたない・・・?それはどういう意味でございますか?」

「ん?これは・・・」

「けがわらしいと、いうことでございます。よね、秀家様」

「そうじゃ、それ故、阿古には儂の世話人とする」

阿古が、慌てて、口添えをする。

「それじゃあ、阿古行くぞ」

秀家の身代わり順平は、場が持たないといった感じで、そそくさとその場を離れた。

2人が居なくなった後では、家来数名が

「秀家様はいかがされたのか。変わった物言いをされる。それに、何かご様子が変わったような・・・」

「お主もそうか。儂も秀家様を見たとき、いささか、妙な気がしてな。あのようなお顔をされていたかの」

 そんなことはお構いなしに、秀家の身代わり順平は、阿古を連れて

「なあ、これからどこへ行けばいい?」

「静かに。とにかく誰もおらぬところまで、行くのじゃ」

「おう」

秀家の身代わり順平は、阿古に引きずられるように、どうにか部屋に逃げ込んだ。

「ふー。これじゃあ、先が思いやられるぞ。あいつらの言っていることが全く理解できない」

「まことに。私1人では、いずれ危うくなりましょう。だれか、援護してくれる者を探した方がよいかと・・・」

「そんなこと言ったって、俺は、この時代の事、全然分からないからな。秀家の味方を知らない」

「わたしも、家臣たちの動きは分からぬゆえ、これは、困り果てましたな」

阿古はため息をつきながら、手を顔に当てた。その様子を見ながら、順平も額に手を当てて天を仰いだ。{助けてくれよー 信長さんよ}

順平は隠れた信長のファンである。本能寺の変で暗殺された一大スターに助けを求めた。


「貴子殿、このいでたちは面妖ではないか?」

着慣れぬ服装に秀家は不安そうに貴子を見た。

「おかしく無いわよ。秀家さん、これからはあなたの事、順平と呼ぶから、呼ばれたら、返事してよね」

「承知した」

「ほら、それがいけないの。承知なんて、順平は使わないわ」

「そうか。ならば、どういえばよいのか?」

「普通に、オウとかやあ。とかじゃない?承知とは言わず、分かった。とか」

「おう、やあ。わかった、か・・・。では、そうしよう」

「いい?順平はガッコウでは変わっていると言われている。この際丁度いいけど・・・。だから、少しあなたが変でも誤魔化せるはずよ」

「そうか・・・。ジュンペイとやらは・・・。わかった」

秀家、もとい順平を見ながら貴子はこれから先のことを考え憂鬱になったと同時にワクワクした気持ちになった。

(歴女の腕が鳴るわー)

目の前には同じ服装をした男子が同じ方向に歩いている。何人かに

「よっ。順平、今日はさぼらずに来たんだな。貴子も大変だなー、幼馴染がこれじゃー」

何人かは、服装に戸惑いながら歩いている順平(秀家)をからかうように、背中を押してくる。

「無礼者、そこになおれ。成敗する」

「は?」

頭おかしいのか?といった様子で、手で頭の上をくるくる回す男子たち。貴子は

「さあさ、行った、行った。順平がおかしいのは、今日始まった事じゃないでしょ。見世物じゃないの。散った、散った」

貴子に睨まれ男子たちは、笑いながら走って行った。怒りの収まらない順平(秀家)は

「貴子殿、武士を愚弄する輩は成敗するのがしきたり、なぜ止めた?」

「何故って・・・ここはあなたの時代じゃないし、貴方は順平の身代わりだから、順平がそんなことしたらそれこそ警察沙汰よ」

「けいさつ・・?」

「そうか・・あなたの時代にはそんな人いなかったんだっけ。ま、要はこの時代ではおとなしくしといたほうが身のためって事かしら」

「そ、そうか、あい、承知した」

「だから順平はそんな言葉は使わない!おう、とか、分かったとかでいいわよ」

「あっ、おう、わかった」

「そう。ふふふ、面白いわね顔はそっくりなのに・・・」

貴子は順平(秀家)の前をクルリと振り返りながら笑った。スカートが風に触れて素足が見える。順平(秀家)は顔を赤くさせながら

「貴子殿、儂らはこれからどこへ向かうのじゃ?」

「学校よ、学校」

「がっこうとな?」

「貴方の時代では刀の訓練をするでしょう。私たちの時代は学校に行って勉強をするの、頭を使ってね」「あたまをつかう・・・」

「まあ、行けば分かるわ。さあ、急ぎましょう」

慣れてもらわないと困ると言った表情で貴子は順平(秀家)を急き立てた。

(これ以上、順平を変人扱いされるのは癪だわ)


学校に着くと、貴子はまず順平の靴箱の場所と男子トイレの場所を教えた。

「いい?困ったことがあったら私に聞くのよ。他の誰にも聞かないで。あーでも男子しか入れない所はどうしようかしら?まあ、なんとかなるでしょ」

「・・・貴子殿、これはなんぞや」

順平(秀家)は靴箱を見上げながら、刀を抜く姿勢を取った。

「んー?ああ、これはここで靴を脱ぐ場所。だから今、貴方が履いているのを脱いで、ここに入っているのを履くの」

貴子は自分の靴でデモストレーションを行った。

「ホー、ここでこの足袋を外して代わりにこれを」

順平(秀家)は貴子の真似をして自分のを脱ぐと靴箱にしまった。それを満足げに眺めた貴子は、順平(秀家)を連れて2階にある教室に入った。


「オハヨー貴子。ねえ聞いてよ、昨日さー」

貴子の友人が話しかけてくる。ビクとする順平(秀家)。それを面白そうに見る貴子。

「あーごめん、ちょっとすることがあってさー、順平こっち」

貴子は友人の言葉を遮ると、窓際の机に順平(秀家)を連れていき

「さあ、その椅子に座って」

小声で話す

「いす?このことか?」

順平(秀家)はなにかからくりでもあるんじゃないかと疑わしそうに見ながら貴子を見上げた。

「いいの、大丈夫よ、座って」

「うむ」

椅子を叩きながら座る順平(秀家)ヨシっといった表情をする貴子。2人を見る同級生たち

「あれ、何かの遊び。王様罰ゲームとか?」

「貴子が王で、あいつが奴隷ってー?うけるー」

同級生たちは興味津々、だが当人の2人は必死だ。どうにか先生が来るまでに順平(秀家)に学校のことを教えないと・・・。順平(秀家)の方も味方は貴子だけだ。置いていかれまいと必死な顔で貴子にすがりつくような顔で見上げる。貴子はそんな順平(秀家)を見て

「秀家様、貴方は戦国の当主でしょう。貫録を持って」

「は、そうである。儂は秀吉様の家臣、なんのこれしき・・・」

順平(秀家)は背中を伸ばし、窮屈な服を今にも引きちぎらんばかりに力を籠める。

「はい、これが教科書、これを見ながら先生と私たちはここで勉強するの。ん-とね、寺子屋、違う、それは戦国にはなかったから、まあ、教わるの、知らない事を知っている人に、分かる?」

「うむ、儂も知らぬことは、家臣や殿に伺いを立てる、そう言うことじゃな」

「まあ、似たようなものね、いい。何か聞かれても、順平は話すことはしなかった。だから周りの子やこれからくる大人に何か聞かれても何も答えないで」

「答えようにもよく分からぬ、そういたそう」

「じゃあ、私は自分の席に着くから、またあとで」

貴子は、一安心したのかため息をつくと、順平(秀家)の斜め後ろの席に着いた。


「はい。座ってー」

ドアが開いて先生が入ってくる。女の美奈子先生だ。今日は一段と短いスカートで目のやり場に困る。貴子はそう思いながら、瞬時に秀家いや、順平(秀家)の方を見た。下を向いているのか思えば、目を血ばらせ、何か言いたそうな様子で口をパクパクさせている。

「ガタッ」

順平(秀家)は立ち上がって

「おなご、なんといういでたち、そこになおれ」

(あちゃー、さっそくやっちゃった)

貴子は手で目を覆いながら、順平(秀家)の所にところに行き

「あんた、TVの見過ぎね、先生、おかまいなく、順平、昨日、時代劇見たから感化されて・・」

「そう・・・ビックしたわ  あまりしゃべらない順平君が大声だすから。いいわ、座って」

 貴子は順平(秀家)の肩を押さえながら小声で

「秀家様、ここはあなたの時代じゃないです。さあ、座って」

「じゃが・・わかった」

 順平(秀家)は渋々ながら座った

「じゃあ、改めて、皆おはよう。今日は歴史の先生がお休みだから、その時間は自由時間にします。じゃHR」

一斉に大声が上がる。貴子もその一人だ。キョトンとしているのは順平(秀家)だけである。


4時間目、貴子と順平(秀家)は廊下を歩いていた。自由時間になった、この「有効な時間を無駄にすることはできない。今のうちに順平(秀家)に教えることが一杯ある。

「秀家さまが、この時代に慣れるとして問題は、言葉使いね。図書館に行きましょう。」

貴子は2階にある、この学校には珍しいおおきな規模の図書館に順平(秀家)とつれていった。そこは大きな窓と大きなたくさんの棚に入りきらないほどの本が入れてあった。順平(秀家)はただ茫然と、その光景を見ながら

「貴子どの、ここは?」

「ここは、歴史が全て載っている。秀家さまの知らないといけないこともここでならわかる筈よ。まず、辞書ね」

貴子は辞書のコーナーに行き、漢和辞書を手にとった。それを順平(秀家)に渡しながら、次は日本の時代を漫画にしてあるコーナーに秀家を連れていくと、その中から現在の日本を選び、衣服の歴史という本も持って、大きな机の所に秀家を連れていった。

「いい?秀家さま、この本は私がいる時代の事を書いてあるの。ここは、にほんという国で貴方さまのいた時代の未来の世界なの。ずーと何百年もあとの世界。だから話す言葉や服や何もかもが、秀家さまには知らないことばかりだとおもう、だから、この本で知ってほしい、分からない言葉はこの辞書でしらべたらいいと思うわ。辞書の使い方を教えるわ。いい?例えば、にほんという言葉を調べるには、ああ、そうか。あいうえおから教えないといけないだった。うーん、いい?この時代の言葉はあいうえおから始まって52の文字があるの、それを組み合わせて言葉にしているのよ。だからにほん。という言葉は、「に」が、あ、から始まってここにあるから、そこをまず開いて次に、そこから次に「ほ」そして「ん」を探すと、にほんがでてくる。そしてこれを読むと、その意味がわかるけど、一つずつ探すのは大変だろうけど、まずあいうえおから覚えることね。」

貴子は紙に、あいうえおか・・・・・ん。と、書いて、秀家に渡した。

「これが日本語の並び、これをまずは覚えて」

「うーむ。ここにすべてが、なにやら巻物であるが、面妖な文字がかいておる」

「とにかくそれを覚えないと始まらないから・・・。誰かに声をかけられたら、ちゃんと今の言葉で話さないと変に思われちゃうわよ」

「分かり申した。」

秀家は貴子が出してきた本を恐る恐る開いていった。

「よし」

貴子はそれを見ると、自分も何か本を捜そうと、本棚に近づくと、ふと、秀家のこと調べようと考え

(そういえば、秀家さまは、岡山藩の・・歴女の私もあまり知らないわ。秀吉の家臣ということは知っているけど)

貴子は歴史の本棚に近づくと、宇喜多秀家を探し始めた。

(あった、これ)

それは分厚くもなくちょっとした小説くらいの大きさの本で表紙には秀家の肖像画が描かれていた。貴子は椅子に座り、ページを進めていった。秀吉、家康が出てくる。

(秀吉の五大老なのか、フーン、死後は秀頼に仕え、えっ?家康がここで反旗を・・・。それが関ケ原の戦いに繋がるのか。・・・・じゃあ、秀家さまは家康の敵になるわけで、えっ!流刑される?  〇〇島に、そこで生涯を終えた?そんなー)

貴子は向こうに座って辞書と葛藤している秀家を見て唖然とした。このまま、秀家と順平が自分の時代に帰れなくなったら、順平が流刑されるの?そんなの嫌よ。だって私・・・。

貴子は葛藤している秀家の所にいくと

「秀家さま、どうですか?」

と、さりげなく現代の日本の本を秀家から遠ざけた


一週間後、貴子は順平(秀家)の上達に驚かされていた。現代の言葉から、クラスメートとの接し方、すべて順平がいるかのようだった。ただ違う事は、今までの順平は、授業中に寝ているか、ボーとして外をながめているかの、どちらかだったのに、その順平(秀家)が今や、真面目に授業を受け、ノートを取り、先生に質問までしているのだ。休み時間は、順平(秀家)は、元の順平の友人と現代語で、話まで出来るようになっていた。

「昨日の、あーちゃんが出た歌番組みたかー。カッコよかったぜ、なあ、順平。」

「ああ、さすがアイドル、しびれた」

「そうだろう、あーよかった。順平がやっともとに戻ってきてくれて、俺たち、お前が別人になったのかと思ったぞ」

「あ、あの頃は悩みが多くてな。星を見ながら考えてたんだ。」

「おお、青春だなー。お前、星が好きだもんな。」

「ああ、星は昔から変わらない、何千年経とうと変わらない。懐かしいよ」

 離れた場所で女友たちと話をしている貴子は、順平(秀家)の順応ぶりに舌を巻いていた。

(秀家さまが一週間で順平になりきっている。現代語も違和感も感じさせないほどに上達して、友人の名前も記憶出来ている。)

それもだが、貴子が一番驚いているのは、授業態度だ。これには同級生や先生まで驚きを隠せない。

「順平くん、最近よく授業中に起きてるようだけど調子悪いの?」

 そんなことまで言い出す始末だ。それに対して順平(秀家)は

「先生、論議するのは時間の無駄です。さあ、次の教えをねがいたい」

「は、はい・・」

机に肘をつきながら、そんな順平(秀家)の姿を見ながら貴子は

(そういえば、毎晩遅くまで起きてるって言ってたっけ)

秀家は、平和なこの国で学問することが純粋に嬉しかったのだ。

貴子は、段々、もとの順平のことを忘れてしまっている感覚になった。

(今のまま、2人がもとに時代に戻らなかつたらどうなるんだろう?順平は戦国時代で流刑にされるの?でも秀家さまがそんなことになるのも辛い。第一、どうやったら元の時代に戻れるのよ)

貴子は、相談する人のいない自分の立場が苦しく感じるようになってきた。

 

 次の日、体育の授業は休みになり自由時間となった。各々、したいことをしている。貴子もこれ幸いと歴史の事を調べようとスマホを広げた。今のところ、歴史が変わった情報はない。

(ふー、良かった。どうやら順平、向こうで上手くやってるみたいね)

その頃、順平(秀家))は図書室にいた。私立ということだけあって設備は整っている。最近、秀家はよく図書室にいる。ここは知識の宝の場所だ。何でも知ることが出来る。置かれているpcでも秀家は情報を得ていた。PCが使えることは、貴子には教えていない。何故か貴子は、自分が本やPCを使うことを嫌がるのだ。何故か?あれだけ、現代に慣れろと言った貴子が・・・。まあ、いい。秀家は、歴史のことや、今の時代のニュースや娯楽など、ありとあらゆることを、学ぼうと考えていた。もともと、刀を振ることよりも学問に関心がある秀家は、この自分が知ることの出来ない未来の情報を一つでも知り、元の時代に帰った時に、皆に披露しようと思っていた。秀家の興味はそこだけだった。

広い図書室の中を秀家は、歩き回った。たくさんの本が並んでいる。通いだしてから大方の本は読んできた。小説、外国本、エッセイ、伝記、勿論、辞書を片手にだったが・・・。秀家は何を読もうかと考えながら、一番奥の棚まで来た。そこは前に行こうとした秀家を貴子が止めた場所だ。

(読むには早いと。なんだ?何が置いてあるんだ。学校だから変なものは置いていないはず)

秀家は、貴子に禁じられた場所に来た。棚には古そうな本がぎっしりと置いてある。背表紙を見て、秀家は一瞬手を止めた。いや、震えたのだ。そこには見知った名前がたくさん書いてあった。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、伊達政宗、毛利輝義、石田光成、明智光秀、たくさんの知っている名前、知らない名前、嫌に徳川が多いな・・。疑問を持ちながら秀家は次の名前を見てビクッと手が止まった。宇喜多秀家・・・。自分の名前が書いてある。秀家はゴクッと唾をのむと、ためらいながら、一瞬手に取ろうとした。自分の未来はどうなっているのか純粋に興味があった。太閤さまの天下は続くと確信はしているが、宇喜多家の未来は・・・?もう少しで本を取る所で秀家は、再度手を止めて考えた。

(なぜ、貴子はこの場所を自分に教えなかったのか?歴女の貴子なら宇喜多のことは知っているはず。一番にこの場所を教えるだろうに・・・宇喜多家のことで教えたくない事でもあるのか?ええい、考えても埒はあかない。自分で見ればいいだけの事。)

秀家は思い切って、その本に手を伸ばした。

「ピカッ」

外で大きな雷がなった。続けて雨が降ってきた。秀家は我に返り、窓から外の景色を眺めた。平和なこの時代、自分がつい最近までいた時代は、血で血を洗う戦乱の地。秀吉さまが治めたくれたあの世が永遠に続くとは持ってはいないが、それでも、戦いのない時代にいる自分が何だか逃げ出したようで、妙にちっぽけに見えた。窓に映る自分が、あの時のもう一つの影にかぶさって見える。頬に何か当たった。涙だ・・・。

(どうした秀家、涙なぞ、女子であるまいし・・。)

窓を見ると次に映ったのは、会えなくなった人達の顔だった。

(太閤どの、お豪、家臣や・・阿古・・。阿古、おぬしは元気か達者にしているか、最後に会ったのはいつの頃だったろう、ああ、私が落馬をして城に帰った来た時に、顔を拭いてくれたのが、最後か、会いたいのー、今は何故か、お豪や太閤さまより、おぬしにあいたいぞ、阿古)

窓に映った阿古の顔を秀家は手で拭った。

「順平、いるの?順平」

 瞬時に現代に引き戻された順平(秀家)は

「貴子、僕はここだよ」

「もう、どこに行ったのかと思ったわよ」

「元の時代に戻ったとでも思ったのか?」

「・・いいえ、それは思わなかったわ・・。どうして?」

貴子は、秀家の言い回しに気づきながら平静に返事をした。そして秀家が手にしている本を見て驚愕した。

「秀家さま、それを見たの?」

「ん?いや、雨が降ってきたから、それに気を取られて。」

「そう・・・」

「貴子?僕を呼びに来たんだろう?帰ろう」

秀家は本を棚に返したふりをして、コッソリとポケットに入れた。そして

二人は図書館を後にした。


その頃、秀家の代わりを務める順平は、阿古と共に、誰かを味方をつけようと躍起になっていた。正室のお豪に言うことは出来ない。言ったところでどうなるものでもない。家臣で頼りになる者はいないか思案したが、なかなか難しいと、とうとう音を上げた。

「阿古、僕らの味方になってくれそうな人はいないよ。どうやって秀家の代わりが出来ようか。」

「順平殿、いえ、秀家様、太閤殿のお加減が悪い今、御子の秀頼様をお守りするのが五大老の家康どのや毛利どの、秀家様の御役目。本当の秀家様が帰られるまではどうかご辛抱を」

「いいけど、秀家は帰ってこれるかな?僕だって、まだその方法が分からないに」

「・・それは・・・阿古にも分かりませぬ。しかし今、出来ることはせねば、さあさ」

「ねえ、家康って徳川の?」

「そうでありますが?」

「フーン、家康は秀吉の家臣だったのか。江戸幕府を開く」

いくら順平が勉強嫌いでも、あの有名な家康は忘れない。耳にタコが出来るほど貴子に聞かされたのだから・・・。

(貴子がいたら羨ましがるだろうな、)

そして徳川の時代が始まる、明治になるまで。でもそんなことは阿古はしらない。

「江戸?家康さまが何をされるのですか?」

「んー?ってねー、家康は秀吉の死後、豊臣家に戦いを挑むんだ。関ケ原と戦いって有名な戦いをさ。そして勝つんだよ。家康はそこから200年続く、新しい幕府を作る。豊臣の時代は秀吉で終わりさ。」

言った後、順平は後悔した。阿古は顔を真っ青にして震えている。

「あ.阿古」

「豊臣の時代が終わる。秀頼様は?宇喜多家は、宇喜多家はどうなるのですか、順平どの。」

阿古は興奮のあまり、順平を本名で呼んでしまったがそれどころではなかった。仕えている宇喜多家の一大事。

(父上にお知らせせねば・・。父上。そうだ、父上ならば、味方になってくださる」

「秀家(順平)さま、父上です。阿古の父上ならば味方になってくれるはず。行きましょう」

阿古は秀家(順平)の方を向いて、スタスタと前に歩き出した。

「おーい、阿古。待ってくれよー」

慌てて順平は阿古の後ろ姿を追いかける。見向きもしない阿古の頭の中は、宇喜多家の繁栄の事ばかり

(そして、父上に、今聞いた事を知らせるのだ)

「おーいおーいってば」

秀家(順平)早歩きの阿古に追いつけず、着慣れない和服姿に悪戦苦闘しながら

(昨日まで普通の生活を送っていたはずなのに、どうしてこんなことになっちゃんだろう。あの晩、光を追って川辺に着いて・・・そうだ!あの光のトンネルの中で誰かとすれ違ったな。それが本当の秀家か?だとしたら、今、令和の時代にいるのが秀家でどうしてる?俺みたいにだれか味方がいればいいけど・・。貴子、ソウダ、貴子なら歴女だからきっと、味方になってくれるはず。どうか上手くいっててくれよー)

順平は祈る気持ちで両手を合わせた。


「父上、父上、おりませぬか」

阿古が父親たちがあつまる座敷にたどり着く前、前からきた家臣に

「秀家さま、太閤さまから伝達です。五大老すぐに来られましと」

「太閤、秀吉か。いよいよ面通しか。行こう、阿古」

「五大老、家康殿も来られるということですね、秀家(順平)どの、油断されませんように」

城内に着くと秀吉の所に案内された。勿論、側には阿古を従えている。一旦は止められたが世話人と説明した。案内されたところには、五大老と呼ばれる家康、利家、毛利、景勝がすでに来ていた。何かを囲むように皆、座っている。入ってきた秀家を見、一瞬阿古をじろりと見た家康だが、すぐに笑顔になり、

「おお、秀家どの、参られよ」

家康が秀家を呼ぶ。近づくにつれ、秀家(順平)は心臓がドキドキした。

(下手な事は言えないぞ。それにしても秀吉はどこだ。)

答えはすぐに出た。皆が囲んだ中央に秀吉がいた。が、顔色は悪く素人の順平が見ただけでも死顔である。家康は皆を代表するかのように

「秀吉殿、お加減はいかかでしょうや」

体格のよい家康は、秀吉の手を取って体調を気にしている。側には利家や上杉、毛利が控えている。秀吉は僅かに目を開けて周りを見ると

「各々方、儂はもうだめじゃ。もしもの時は秀頼をどうか頼みますぞ。家康殿」

「分かり申した。この家康、五大老にお任せくだされ。太閤殿は案じることなくお身体を大事になされよ」

(ああ、ここは秀吉が死ぬ場面じゃないか。すごい歴史の立会人だぞ。)

秀家(順平)はごくりと唾をのんで、これから起こる瞬間を見逃さまいとした。沈黙が流れる。その沈黙を破ったのが、同じ五大老の利家だった。利家はおもむろに、秀家の方を向いて

「秀家どの、そのおなごは?」

「お、いや、某の世話人でござる。先だって落馬をした際に頭を打ってからというもの、記憶があいまいでいかんでな、こうして家臣の娘を世話人として近くにつけたのじゃ」

「なるほど・・そち、名は」

「阿古と申します」

「そうか、秀家殿は太閤殿の寵愛を受けておられる方、心して仕えるように」

「承知しました」

(ホー、良かった。この時代、女人禁制で男の中に入ることは禁止されていたはず、秀吉に重宝されていた秀家のおかげで助かった。ヘタをすると首が飛ぶからな)

順平は大きなため息を心の中でついた。そのため息が消されるように

「太閤殿!太閤殿」

そばで毛利が叫ぶ。見ると秀吉は虫の息だ。血走った目で周りを見ると

「秀頼を・どう・・かどうか・・たのむますぞ」

年月豊臣秀吉  死去

(これで時代は家康へ動く。すごい歴史の証人になったな。俺)


寒い冬が来た。順平(秀家)は自宅の机に持ち帰った本を眺めていた。この前、図書室から無断で持ちかえったものだ。秀家は思い切って本を開いた。そこには宇喜多秀家という人物の生涯について、詳細に記録されていた。幼いころ父が亡くなり、秀吉の命により岡山藩の家督を継いだのが10歳。秀吉が太閤になってから五大老と呼ばれ、秀吉が死去した後

 「太閤殿が・・。年と言えば儂があの不思議な光に包まれた年だ。あの後・・。それでは太閤殿の最期は儂の代わりに、彼がその役目を」

秀家は次のページを慌ててめくった。豊臣の時代は?秀頼様は五大老でお守りしているはずだ。だが、順平(秀家)の期待は簡単に破られた。秀吉の死去、五大老の一人、家康はその頭角を現し、力を付けてきた。発言権を得るや否や豊臣に反旗を翻した。家康は関ケ原において、毛利や宇喜多と対峙、勝利した。その後、家康は江戸幕府を開き、200年徳川の時代が続いた。それが今の東京だ。

「家康殿が・・・。豊臣を滅ぼした。そんな馬鹿な・・。秀頼様は?淀さまは?」

本には淀君が秀頼と共に自害したと記録に残っていた。そして敗戦側の宇喜多家のことも書かれていた。破れた宇喜多秀家は八丈島に流刑され、生涯をそこで終えたと。

「これは儂の運命か。もう決まっている未来」

秀家は、本を置くと、窓際に近づき空いっぱいに広がる星を眺めながら

「運命か。歴史は動き、今の平和な時代が来る。家康殿がそれを担っただけのこと、儂は自分の意志に従ったまでだ。仕方ない、受け入れなければ・・」

そう言いながら、頬をつたう涙を秀家はぬぐい

「男子なるもの、涙なぞ・・。はあー」

大きなため息とともに、秀家は1階に降りた。

そこには晩御飯を作る順平の母がいた。

(この者も本来ここに居るはずの子供が居ず、代わりに偽物が居るとは思いもしないだろう。皆、悲しい生き物だ)

「あら、順平、居たの?」

「ああ、手伝おうと思って、母さんも仕事で疲れているだろうから」

「あら、珍しい。でも勉強はいいの?」

母親は言った一瞬、失敗したと思った。勉強勉強とうるさく言うことを、順平は嫌うのだ。しかし、帰ってきた言葉は予想を反していた。

「ああ、一休みといったところかな、とても興味深く、勉強しているよ」

「ああ?そう」

(あんなに勉強を嫌がっていたのに・・・?それによく見ると背も伸びた?顔も何だか順平はとは顔つきが違うような・・。まさか、自分の子でしょう。疑ってどうするの)

真美子は自分自身の考えに首を振ると

「じゃあ、順平、魚に小麦粉つけて・・・」

母親との食事を済ませると、秀家(順平)は自分の部屋に戻った。

(母親とお膳を囲む生活・・・。戦国ではなかったことだ。なんと平和な世の中だ。これも家康殿のおかげか)

ふっ。と、苦笑いをすると、おもむろに机の引き出しから紙を取り出し、何かを書き始めた。外はいつも間にか雨が降っていた。

貴子は、ハタと読んでいた本を閉じた。

(秀家さまの生涯を教えた方がいいのかしら?でもそれでは歴史が変わってしまう。関ケ原で家康が負けることになると、江戸幕府戸幕府がなくなり大政奉還や日本が天皇制になることもなくなる可能性もあるわ。どうしたら・・・)

貴子は机の上に飾ってある、信長のフィギアを見ながら

「信長さま、貴子はどうすればー。歴史が変わることはしてはならない事は分かります。でも順平をいつまでも過去に置いておくわけにもいかないし、このままいけば順平は流刑されてしまう」

貴子は外に目をやり、順平が好きだった満天の星空を見上げたため息をついた。

「フー」

書いていた手紙を書き終わったのか順平(秀家)はペンを置きそれをポケットにしまった。大きく背伸びをすると、外に目をやった、いつの間にか雨は止み、星空一杯の夜だ。秀家はしばらく、星を眺めて心を落ち着かせようとした。(これで良かったのか?儂のしたことは歴史を代えることになるやもしれぬ。だが・・・)

答えは出てこない、だが自分のしたことに後悔は微塵にもなかった。

「ん?」

秀家は、空の異常に気付いた。妙に明るい。いかにこの世が電気というもので明るいとは言え、ここまで明るいのは異常だ。秀家は光の方角に目をやった。

「あれは・・・!」

秀家が見たのは、あの光だ。自分をここに導いた光、その光が向こうの方へ落ちていこうとしている。秀家は取るものも取らず、走った。母親からは

「こんな時間にどこに行くの?」

と、いう心配な声を遠くに聞きながら


 光を追った秀家は林の中を彷徨っていた。いつも通学の脇道が今日は静かで不気味だ。その静寂な中に光はまるで秀家を待っていたようにとどまっていた。秀家は迷うことなく光の方へ進み、それに触れてみた。無機質ながら何だか温かみのある物体。秀家は待っていた。この光があの日のように自分を導いてくれないかと・・・そしてその瞬間は来た。光は秀家の希望に添うようにトンネルのように伸びていった。秀家は、一瞬、ためらったが意を決したように、そこに体を入れた。

「順平、いえ、秀家さま!」

急に名前を呼ばれて驚き振り向いた。そこには貴子が立っていた。目には涙が貯まっている。

「秀家さま、行くのですか?」

「・・・貴子どの、・・世話になり申した。儂は自分の時代に帰るぞ」

「でも、秀家さまの未来は・・・」

「貴子どの、未来は自分で開くもの、例え、どんな未来が待ち受けていても・・・だ」

「秀家さま」

貴子は、ここで秀家が自分の未来をすべて知ったうえで、この選択をしたことを知った。

「・・・秀家さま、どうかご武運を」

「ああ、この平和な世界も楽しかった、ありがとう、貴子どの。貴方や本物の順平どのが達者で暮らせる世を造りにまいるぞ」

「楽しみにしております。どうかお達者で」

秀家は頷くと光のトンネルをくぐった。もう後悔も未練もない。光が秀家の体を包んでいく。


その頃、戦国にいる秀家(順平)は秀吉が死去のあと、頭角を現してきた家康を警戒していた。

(ついに、家康の時代がくるのか)

その言葉どうり、家康は自分の配下をドンドンと増やし、遂に豊臣に反旗を翻す、関ケ原の戦いを1600年に今の岐阜県で起こしたのだ。豊臣側の秀家は西軍として、一部隊を任され、秀家は朝いちばんに決起する手筈になっていた。今はその前夜で皆は幕の中で休んでいる。

(この内、何人が生き残れるか)

秀家(順平)は妙な気持ちだった。短い間とはいえ、自分を慕う家臣や子供達、この戦いは初めから負け戦だ、それを知っている秀家(順平)は何人かでも逃がしてやりたかった、幼子のいる家臣や女、子供。しかしそれでは歴史が変わってしまうことも順平は痛いほど知っていた。本音を言えば逃げたかった。流刑なんて嫌だし、そもそも自分には関係ないことだ。しかし、今の秀家(順平)は違っていた。この時代に来て、いろんな経験をしていくうちに、順平の中に何か熱いものが込み上げてきたのだ。決して平和な令和では味わえない貴重な体験をさせてもらった気がする。唯一、心残りなのは貴子にあえなかったことだ、順平は幼馴染の貴子が好きだった。だから歴女の貴子の話を何時間でも聞いてやることも苦ではなかった。その貴子にもう会えない事が順平には苦しかった。

「ああ、もう一度貴子に会いたかったなー」

阿古には別れを告げてきた。自分に逃げるように説得した阿古。

「順平どの、お逃げくだされ、この戦は貴殿には関係ないこと」

「阿古、ここで俺が逃げたら家臣はどうなる?皆、俺に従ってこの負け戦に臨んでいるのに・・・。それに秀家は流刑されなければならない身。そこに対象である俺が居ないんじゃ歴史が変わってしまうだろう。

「しかし・・・」

「いいんだよ。阿古、俺は秀家の代わりとして流刑され、生涯を終えるよ。ただ、これだけは知ってきてくれ。俺は流刑されてもお豪は無事だ。これからの時代、平和になる。家康が治める太平の世が来るんだ。だから悪いことばかりじゃないだろう」

「順平どの・・・」


実際、この戦いのあと、200年続く、江戸時代は安定した世になる。戦いのない、それが今の令和に続くのだ。そのために、自分が歴史の一部になることを、順平は少し、誇らしかった。

(貴子が見てたら驚くだろうなー、この風景)

何もないこの原っぱで明日、天下一番の大戦があるのだ。順平はもう一度、目の前の光景に目をやった。

「んっ?」

沢山の星の中にひと際輝く光が見える。あの光には順平は見覚えがあった、自分をここに送った光だ。順平は瞬時に走り出していた。

光は林の中で順平が来るのを待っていたかのように静止していた。順平はその光を期待と失望の眼差しで見つめていた。ついにその時が来た。光は球になり前と同じようにトンネル様に広がって行った。順平は、一瞬、後ろを振り返り、躊躇した。

「阿古・・・」

が、順平は光のトンネルの中に足を踏み入れた。


足はドンドン速くなる、最後は走っていた。これがどこに繋がっているかは順平はしっていた。途中、前から来る人影が見えた。以前は一方通行だった道が今は一つに繋がっている。そのせいで前から来る人物が良く見えた。お互いの姿が確認できた所で、お互いに立ち止まった。まるで、鏡をみているかのようだ。服装と髪型は違えども背丈と顔は瓜二つだ。お互いビクッと一瞬したものの、すぐにお互い手を指し、無言で抱き合った。最初に喋ったのは順平だった。

「秀家さま、このまま帰ると貴方さまは・・・」

「何もいうでない。儂の未来のことは本で知っている。だが儂の未来だ。歴史を違えてはいけない、たとえ、どんな未来が待っていようともな・・・。それに向こうではお豪や家臣が儂を待っている。そちは貴子どのが・・・。貴子どのには世話になった。お主を待っておるぞ。早く行ってやれ」

「秀家さま・・・。私も阿古には世話になりました。どうぞ伝えてください」

「阿古に・・・。よし、分かった。お互い、良い世界を作ろうではないか。のう順平どの」

「はい・・、秀家さま。・・・どうぞご自愛くださいませ。」

「あい、承知」

2人は握手をして、おたがいの顔を見合った。もう決して会うことの出来ない歴史のはざまで、こうして会えたことは何かの縁だろう。お互い話したいことは山ほどあったが、光が薄くなりつつあった・

「それでは順平殿、達者で」

「秀家さまもお元気で」

手を放し、お互い行く道の方を向いた、涙が流れる。だが、もう決して後ろは振り向かない。


半年後、順平と貴子は八丈島に来ていた。海が見えるこの島で2人はあるものを探していた。観光案内所で場所を聞くと、その場所に向かった。何もない原っぱでひっそりと立て看板が立っている。

「宇喜多秀家流刑の地か。寂しいものだな。」

順平はそう言うと、その辺のお堂の周りを歩き始めた。貴子は海の方を見て、秀家の顔を思い出していた。

2人がこ子に来たのには訳があった。現代に帰った順平はまず、歴史の本を読み漁った。歴史が変わっていないか調べるためだ。歴史は変わっていなかった。それは順平たちも重々承知していた。久しぶりに帰った我が家で順平は、行った時のように、木にぶら下がり2階に上がると靴を脱ぎ、玄関にそれを置くとリビングを覗いた。

「母さん、ただいま」

くつろいでいた母親に抱きついたのだ。母親は面食らい

「どうしたの?順平・」

「いや、なんだか久しぶりに会う気がして」

「おかしな子ね、さっきご飯を一緒に食べたじゃない」

(それは秀家さまだよ、母さん)

「ううん、何でもない。お腹がまたすいたよ、何かない?」

「さっき、あんなに食べたのに・・。成長期ねー。待ってなさい。おにぎりを作るから」

順平は鼻歌を歌いながらおにぎりを作る母親をみて

(ここは本当に平和な国だ。それを作ってくれたのは過去の武将たち、俺たちはその国をいつまでも平和な国にしなくてはならない。そうでなくては秀家さまに顔向けできない)

「はい、順平」

「ありがとう、母さん」

階段をバタバタと駆け上がる、その後ろ姿を見て、母親は

(あの子、あんなに活発だったかしら?さっきまでの順平となんだか違和感が・・・、いえ、前の順平の方が違和感があったのね。あの子が本当の順平・・。何考えてるのかしら、私)

と、順平の代わりであった秀家の姿を思い出していた。

「気のせいね。」


部屋に戻り、ベッドに寝転ぶ、久しぶりの解放感だ、向こうではいつ寝込みを襲われるか心配で熟睡も出来なかったから。

「んー」

大きな伸びをすると今度は机に向かった。何も変わってない、机に広げられた教科書と本、宇喜多秀家と書かれている。

(秀家さま、ここで読んだんだな)

複雑な表情をした後、順平は本に間に挟まれた紙に気づいた。

(これは・・・秀家さまからの手紙か?)

そこには短い字で

「順平どの、もしそなたの未来、上手く元の時代に戻ることが出来たら、貴子どのと共に八丈島を訪ねてほしい」

順平は声を出しながら、秀家が遺した手紙を読み、流れる涙をぬぐった。

「行くよ、秀家さま、何年かかるか分からないけれど必ず・・・」



そして今に至るのだ。秀家が何故2人をこの島に呼んだのかは分からなかったが、2人とも秀家が生涯を過ごしたこの島にいつかは来たいと思っていた。そしてバイトや小遣いを貯めてやっとこれたのだ。

「秀家さま、来ましたよ、」

順平は誰に言うでもなく風に話しかけてみた。すると、どこからか声が聞こえてきた気がした。

「順平どの、貴子どの、」

順平は声のする方へ向かった、お堂の裏にある支柱の方から自分を呼んでる声がする。順平は支柱の下の地面を掘ってみた。そこには筒に入った何かが出てきた。

「貴子、ちょっと来てくれ」

貴子を呼ぶと、筒を開けた、そこには破れて風化しそうな紙が入っていた。順平は声を出して呼んだ。

「順平、貴子、これを読んでいるということは来てくれたんだな、ありがとう、順平、君とはあの日しか会えなかったが、阿古や貴子を通じて想像していた。君が私の代わりをしてくれたこと、とても感謝している。あの後、阿古に会って詳しい話は聞いた。君はよくしてくれたようだ。最後まで秀吉さまの想いを受け取ってくれたこと感謝している。歴史の通り、関ケ原で私は人質となりこの島に流刑の身となった。生涯をここで過ごすことは知っていたから覚悟はできていた。お豪も最後まで私の身を案じてくれた。阿古は、君から私の未来を聞かされていたから、何も動じることなくただ、君の身を案じていたよ。君たちに時代に行くことは私にとって、とても意義のあることだった。平和な時代が来ることが分かっていたから、私は何の未練や心残りもなく、流刑の地で最期を平穏な気持ちで迎えることが出来そうだ。礼を言う。順平、貴子、君たちは未来ある、いい時代に生まれている。それを当たり前とせず、この国がもっといい国になるようにしてもらいたい。自分の生涯を悔いのないように生き抜いてもらいたい。それが過去の私からの願いだ。いろんな人と出会い、知識を蓄え、自分の人生を豊かなものにしてもらいたい。私が出来なかったいろんな体験や思い出を作ってくれ。最後に、君たちに会えて本当によかった。」


手紙を読み終えると順平は鼻をすすり、貴子は泣き出していた。あんなに過酷な時代に生きて尚、他人のことを思いやれる秀家が、どの武将よりもかっこよく感じた。順平は大きく息を吸うと

「秀家さまー。俺はこの時代を生きていく。決して後ろを見たり人をねたんだりせずに、あんたみたいにかっこよく生きると誓うよー」

側で貴子が頷いている。時代が交錯した2人、運命に導かれてお互い違う時代をいきたからこそ、今の順平はいるんだ。貴子はそう思った。この先、どんな運命や未来が待っていても、自分たちは挫けない。挫けるはずがない。あの人に笑われない人生を送ろう。順平も心に誓った。

「貴子、帰ろう。俺たちの時代に」

目の前に広がる海は順平たちを応援するかのように波しぶきを立てた。2人は未来ある明日に向かって歩き出した。



                        完


 





 




主人公を平凡な高校生に設定したのは、過去の自分もそうだったからです。自分の将来が見えず、何がしたいのか模索しながら、ただ平和な時代を当たり前の様に受け取り感謝しない自分でした。図書館でたまたま手に取った歴史漫画、読んだ後に同じ県民だと知り、そこから宇喜多秀家に興味を持ち、調べていくうちに、豊臣という大きな存在がいた時代の人物だと知りました。それが歴史に残る関ケ原の戦いに繋がると知り、もしも歴史が変わっていたなら、今の自分は存在しただろうかと感じ、自分なりの物語を書きたいと感じ制作しました。書きながら、私は、2人の主人公に感情移入し、自分がそこにいるかのような錯覚を感じました。阿古や貴子の女性からの見方ではなく、秀家と順平の目線から、自分ならどうするとか、順平や秀家ならどうするだろうと想像しながら書いたことは大変楽しくもあり、辛くもありました。過去の歴史で戦ってくれた人たちがいるからこそ、今の平和な時代があるんだということを、もう1度再確認し、平和について考えてくれる人が1人でもいてくれたら幸いと思います。あの本に出会わせてくれた偶然や、平和や歴史について考える一時を与えたくれたことに感謝します。


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