第七節 幼魔
明らかに教会ではなかった。古びたその建物には、“保育園”と印されている。
「違うだろ」
薄気味悪いくらいに夜に同化した保育園は、おそらく使われていないのだろう。軽く触れただけの門が、腐食しているのが解る。
俺はぼやきながら門をこじ開ける。
「これを見ろ」
兄貴が言って、LEDライトで示した場所には、『イエロードリーム』と彫られた石碑がある。
「魔女の教会だ」
兄貴はライトを消し、保育園へと歩いて行く。
シンデレラのいた教会にも、『ブルームーン』と印されていた。きっと何かの称号か何かだろう。
「兄貴」
「なんだ」
「まさか、また神父を殺すんじゃないだろうな」
「さあて。………嫌か?」
「当たり前だろ!俺達がやるのは魔女狩りだ!人を殺すのは反対だ!」
正論を耳にした兄貴は立ち止まり、
「魔女を実体化するような輩、生かしておくわけにはいかないんだ」
「だからってだな………!」
「アロウ、私達は正義の味方ではない。果たすべき役割の前で、社会の道徳など捨てるんだな。真神家と縁を切りたいんだろ?」
そういうもんなのか?神経質な兄貴が、人を殺すことに躊躇いもないなんて、意外な一面だった。
「………俺は殺さない」
「勝手にしろ」
本当なら怒鳴ってやりたいところだが、兄貴は真神に残る者。一々口を出すまい。
「アロウ」
「あん?」
不意に声を掛けた兄貴の顔が真剣だった。
「どうやら今夜は前座は無しらしい」
兄貴は園内にあるジャングルジムの上を見ている。
そこには、月明かりに照らされた幼い少女がいた。
「子供………」
俺の見間違いでなければ、まだ小学校に入学したてくらいの女の子だ。
「何者だ!?お前達!」
腰に手を宛て、ジャングルジムの一番てっぺんに立つ少女は、かわいらしいワンピースを来て、ツインテールはくるくる巻かれて、リボンがある。
兄貴はすたすたとジャングルジムの下まで行き、
「こんなチビが魔女だとは………」
もう魔女だと確信を持ってるらしい。
「チ、チビぃ〜!?ぬぅ〜〜〜〜〜〜。レディーに対してなんて失礼な!」
レディーは関係無いと思うが………それはさておき、仕事をしよう。
俺は革手袋を外すと、
「悪いな、おチビ。俺の自由の為、狩らせてもらうぜ」
右手に意識を集中する。
発光する刻印を見た少女は、俺達が何者であるか気付いたらしい。
「十字架の刻印………ロザリオカルヴァ!………うわ、ととと〜〜〜ぉ!」
少女は驚きのあまり、足を滑らせ地面に落下した。
こんなんが魔女なのか?俺はまだ魔女の実力って言うか、親父でさえ手を妬くその能力を見ていないからな。
「つつ………んもうっ!カッコ悪い!」
誰に怒ってんだ、誰に。
「神父はどこだ?」
少女の恥態を完全無視して、兄貴は憮然と言う。
「アタチがそんな簡単に言うもんか。園長室で待機してるなんて、絶対言わないもんね!」
「園長室か」
「え?あ、あれ?」
「アロウ、あの魔女はお前に任せた。俺は神父を始末してくる。しくじるなよ」
狩る気を削がれたのか、言うだけ言うと神父を捜しに建物の中へ入って行った。
「しくじるワケねーだろ。………ガキんちょなんかに」
魔女とは言え、相手は子供。おまけにドジっ子さんだ。楽勝だぜ。
「くっ………ロザリオカルヴァめ!このドロシー様を子供扱いした報い、思い知るがいい!」
ドロシーと名乗ったおチビは、その紅葉のような手に鞭を現す。ジョッキーが使うような短い鞭。
その鞭で、空中に何やら指揮者のように振る舞う。
「居出よ!冷徹キコリ!」
振る舞った箇所に魔法陣形が浮かび、ドロシーの命令を受けた艶の無いブリキのロボット?………が現れた。
「召喚………ってヤツか!?」
ブリキのキコリは斧を担ぎ、
「お呼びですかい?」
ドロシーの前にひざまずいた。
ドロシーは、ブリキのキコリのその様子に満足したのか、更にエラソーな口調で、
「あの男を殺せ!」
俺を殺すよう指示した。
ブリキだろうがチタンだろうが、妖かしである以上、刻印の力は通用する。
ブリキのキコリは俺を見て、
「ドロシーの命令である以上、ワタシは君を殺さねばならない」
ブリキ風情に殺される気は毛頭ない。それを解らせてやるには、力で捩伏せるまで。
斧を構え、こちらの出方を伺ってる。ならば、お望み通り突進してやるさ。
「やれるもんなら………やってみな!」
ブリキの胴体に体当たりを噛ます。
思いの外あっさりと会心の一撃を与えられ、よろめき倒れたブリキの胴体に更に拳を叩き付けた。
「ギエェェェェェーーーーーーーッ!!!!!!」
ブリキは身の毛もよだつ悲鳴を上げると、はいつくばりながらドロシーのもとへ行った。
あまりの気味悪さに、俺はとどめを忘れてしまうほどだった。
「い……痛いよぉ………ドロシー、助けてぇ」
「ええいっ!この役立たずっ!出て来て早々アタチに恥をかかせるなっ!」
「だってアイツ強すぎるよぉ」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいっ!!」
ドロシーはブリキを何度も足蹴にして、ハァハァと肩で息をしている。
なんだかよく解らないが、役立たずには違いない。そこんとこだけはおチビに同情しよう。
「こうなったら、次をお見舞いしてやるわ!居出よ!無想カカシ!」
さっきと同じように魔法陣を描く。その手つきだけは、魔女らしく慣れた手つきだ。
そして呼んだ次なる相手は、
「ドロシーちゃん、呼んだあ?」
………………汚いワラの帽子と、汚い服のカカシだった。
カカシは一本足でひょこひょこ落ち着かない。
たまに立ち止まると、まるで突風にでも煽られてるように左右に揺れているのだ。
「“ちゃん”はやめなさいって言ってるでしょ!」
「ごめんね、ドロシーちゃん」
「……………。」
ドロシーは額に手を宛て俯いた。
これは勘だが、多分カカシ(こいつ)も役立たずのような気がする。
言っちゃいけないかもしれないが、頭が悪そうだ。
「ま、まあいいわ。そんなことより、そこの男を始末するのよ!」
またエラソーに命令をしたドロシーに、大人として一言忠告しなければなるまい。
「おチビ!誰が来ても同じだぞ!やめとけやめとけ!」
「く〜〜〜〜っ!またチビって言ったな!何をちてるカカシ!早くやっちゅけろ!」
“チビ”ってのがカンに障るようだ。でもチビなんだからしょうがない。
「諦めの悪いチビだ」
「だからチビって言うな!アチシにはドロシーって名前があるの!」
カカシには“ちゃん”付けするなとイチャモンはつけるし………呼び捨てならいいのか?
「でもチビはチビだ」
だから俺はチビと呼ぶ。
「なんてムカつく男!カカシ!早くやっちゃいなさい!」
カカシは特に返事もせず、ふらふらと俺の前にやって来ると、それまでの緩い動きとは裏腹に、高く跳ね上がり、急降下して来た。
「うわあっ!」
その破壊力は凄まじく、直撃してたら全身の骨は粉砕してだろう。
「危ねー危ねー………」
カカシの野郎は、脅すわけでもなし、嘲笑うわけでもなく、ただふらふらと近寄って来る。
だが、突如見せる機敏な動きは油断ならない。
「なら………!」
こっちから突っ込む。それを読んでいたとは思えないが、当たり前のようにカカシは跳び上がり、また急降下して来る。
「出来れば使いたくなかったが………」
俺は拳銃を抜き、ありったけの弾丸を放った。
急降下を始めたカカシは、自分の落下運動をそれ以外の運動に変える術を知らないらしく、全ての弾丸を喰らってくれた。
「やったか!」
ドサッと落ちたカカシに動かないでくれと願いながら近寄る。
「うおっ!?」
ところが、何事もなかったかのように起き上がると、ドロシーのもとに戻って行った。
「バカな。銀の弾丸を喰らって動いてやがる………」
その謎はあっさり解けた。
藁で出来たカカシの身体は、急降下して来たこともあり、弾丸を貫通させたのだ。盲管にならなくては意味がない。
「ドロシーちゃん、あいつ怖いよう」
「お、お前まで!いいからもっかい行って来なちゃい!」
「やだやだやだ〜!」
「カカシッ!」
「ふぇ〜〜〜。ドロシーちゃんなんか嫌いだあ〜っ!」
「あっ!」
カカシは戦意喪失の為、逃亡した。
ま、ラッキーだな。
「ううぅ〜〜〜。どいつもこいつも!」
「苛立つなよ。部下の質ってのは、主の質に比例するんだ。おチビには人の上に立つってのは、少しばかり荷が重かったみたいだな」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさーーーーーいっ!!!」
これだから子供は嫌いなんだ。すぐに癇癪を起こしやがる。
「もう終わりだろ。大丈夫、狩るっつっても、痛いわけじゃねーから」
多分な。狩られたことなんてないから解らんが、刻印は塵のように消す力。あれが痛いとは思えない。
「行くぞ」
俺が刻印を使おうとした時だ。
「こうなったら!」
ドロシーは三度目の召喚を始めた。
しかしだ、ここまで来ると三度目の召喚を受けて出て来る妖かしも、そう警戒するようなものじゃないだろ。だったら、最後の悪あがきを見ててやるのも慈悲か。
「来いっ!千獣の獅子!!」
だが、そんな俺の考えは甘いものだった。
魔法陣から現れたのは、ドロシーが口にした通り獅子だ。つまりはライオン。
「ガオオオオーーーッ!!」
大気を揺るがすような咆哮は、衝撃波となって俺を吹き飛ばす。
「ぐあっ!…………くっ、マ、マジかよ………!」
身体を打った痛みなど感じないくらい、それは常識はずれだった。
「終わりなのはお前だ!ロザリオカルヴァ!」
ドロシーが勝ち誇るのも無理はない。そのライオンは、通常のものより三倍はある図体をしているのだ。
「反則だろ………」
切り札は最後まで残すから威力があるのだ。
俺にとっては銀の弾丸がそうだった。でも、その弾丸はもうない。
幼過ぎる少女が、今はしっかりと魔女に見えていた。




