表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/52

第七節 幼魔

明らかに教会ではなかった。古びたその建物には、“保育園”と印されている。


「違うだろ」


薄気味悪いくらいに夜に同化した保育園は、おそらく使われていないのだろう。軽く触れただけの門が、腐食しているのが解る。

俺はぼやきながら門をこじ開ける。


「これを見ろ」


兄貴が言って、LEDライトで示した場所には、『イエロードリーム』と彫られた石碑がある。


「魔女の教会だ」


兄貴はライトを消し、保育園へと歩いて行く。

シンデレラのいた教会にも、『ブルームーン』と印されていた。きっと何かの称号か何かだろう。


「兄貴」


「なんだ」


「まさか、また神父を殺すんじゃないだろうな」


「さあて。………嫌か?」


「当たり前だろ!俺達がやるのは魔女狩りだ!人を殺すのは反対だ!」


正論を耳にした兄貴は立ち止まり、


「魔女を実体化するような輩、生かしておくわけにはいかないんだ」


「だからってだな………!」


「アロウ、私達は正義の味方ではない。果たすべき役割の前で、社会の道徳など捨てるんだな。真神まがみ家と縁を切りたいんだろ?」


そういうもんなのか?神経質な兄貴が、人を殺すことに躊躇いもないなんて、意外な一面だった。


「………俺は殺さない」


「勝手にしろ」


本当なら怒鳴ってやりたいところだが、兄貴は真神まがみに残る者。一々口を出すまい。


「アロウ」


「あん?」


不意に声を掛けた兄貴の顔が真剣だった。


「どうやら今夜は前座は無しらしい」


兄貴は園内にあるジャングルジムの上を見ている。

そこには、月明かりに照らされた幼い少女がいた。


「子供………」


俺の見間違いでなければ、まだ小学校に入学したてくらいの女の子だ。


「何者だ!?お前達!」


腰に手を宛て、ジャングルジムの一番てっぺんに立つ少女は、かわいらしいワンピースを来て、ツインテールはくるくる巻かれて、リボンがある。

兄貴はすたすたとジャングルジムの下まで行き、


「こんなチビが魔女だとは………」


もう魔女だと確信を持ってるらしい。


「チ、チビぃ〜!?ぬぅ〜〜〜〜〜〜。レディーに対してなんて失礼な!」


レディーは関係無いと思うが………それはさておき、仕事をしよう。

俺は革手袋を外すと、


「悪いな、おチビ。俺の自由の為、狩らせてもらうぜ」


右手に意識を集中する。

発光する刻印カルヴを見た少女は、俺達が何者であるか気付いたらしい。


「十字架の刻印………ロザリオカルヴァ!………うわ、ととと〜〜〜ぉ!」


少女は驚きのあまり、足を滑らせ地面に落下した。

こんなんが魔女なのか?俺はまだ魔女の実力って言うか、親父でさえ手を妬くその能力を見ていないからな。


「つつ………んもうっ!カッコ悪い!」


誰に怒ってんだ、誰に。


「神父はどこだ?」


少女の恥態を完全無視して、兄貴は憮然と言う。


「アタチがそんな簡単に言うもんか。園長室で待機してるなんて、絶対言わないもんね!」


「園長室か」


「え?あ、あれ?」


「アロウ、あの魔女はお前に任せた。俺は神父を始末してくる。しくじるなよ」


狩る気を削がれたのか、言うだけ言うと神父を捜しに建物の中へ入って行った。


「しくじるワケねーだろ。………ガキんちょなんかに」


魔女とは言え、相手は子供。おまけにドジっ子さんだ。楽勝だぜ。


「くっ………ロザリオカルヴァめ!このドロシー様を子供扱いした報い、思い知るがいい!」


ドロシーと名乗ったおチビは、その紅葉もみじのような手に鞭を現す。ジョッキーが使うような短い鞭。

その鞭で、空中に何やら指揮者のように振る舞う。


「居出よ!冷徹キコリ!」


振る舞った箇所に魔法陣形が浮かび、ドロシーの命令を受けた艶の無いブリキのロボット?………が現れた。


「召喚………ってヤツか!?」


ブリキのキコリは斧を担ぎ、


「お呼びですかい?」


ドロシーの前にひざまずいた。

ドロシーは、ブリキのキコリのその様子に満足したのか、更にエラソーな口調で、


「あの男を殺せ!」


俺を殺すよう指示した。

ブリキだろうがチタンだろうが、妖かしである以上、刻印カルヴの力は通用する。

ブリキのキコリは俺を見て、


「ドロシーの命令である以上、ワタシは君を殺さねばならない」


ブリキ風情に殺される気は毛頭ない。それを解らせてやるには、力で捩伏せるまで。

斧を構え、こちらの出方を伺ってる。ならば、お望み通り突進してやるさ。


「やれるもんなら………やってみな!」


ブリキの胴体に体当たりを噛ます。

思いの外あっさりと会心の一撃を与えられ、よろめき倒れたブリキの胴体に更に拳を叩き付けた。


「ギエェェェェェーーーーーーーッ!!!!!!」


ブリキは身の毛もよだつ悲鳴を上げると、はいつくばりながらドロシーのもとへ行った。

あまりの気味悪さに、俺はとどめを忘れてしまうほどだった。


「い……痛いよぉ………ドロシー、助けてぇ」


「ええいっ!この役立たずっ!出て来て早々アタチに恥をかかせるなっ!」


「だってアイツ強すぎるよぉ」


「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいっ!!」


ドロシーはブリキを何度も足蹴にして、ハァハァと肩で息をしている。

なんだかよく解らないが、役立たずには違いない。そこんとこだけはおチビに同情しよう。


「こうなったら、次をお見舞いしてやるわ!居出よ!無想カカシ!」


さっきと同じように魔法陣を描く。その手つきだけは、魔女らしく慣れた手つきだ。

そして呼んだ次なる相手は、


「ドロシーちゃん、呼んだあ?」


………………汚いワラの帽子と、汚い服のカカシだった。

カカシは一本足でひょこひょこ落ち着かない。

たまに立ち止まると、まるで突風にでも煽られてるように左右に揺れているのだ。


「“ちゃん”はやめなさいって言ってるでしょ!」


「ごめんね、ドロシーちゃん」


「……………。」


ドロシーは額に手を宛て俯いた。

これは勘だが、多分カカシ(こいつ)も役立たずのような気がする。

言っちゃいけないかもしれないが、頭が悪そうだ。


「ま、まあいいわ。そんなことより、そこの男を始末するのよ!」


またエラソーに命令をしたドロシーに、大人として一言忠告しなければなるまい。


「おチビ!誰が来ても同じだぞ!やめとけやめとけ!」


「く〜〜〜〜っ!またチビって言ったな!何をちてるカカシ!早くやっちゅけろ!」


“チビ”ってのがカンに障るようだ。でもチビなんだからしょうがない。


「諦めの悪いチビだ」


「だからチビって言うな!アチシにはドロシーって名前があるの!」


カカシには“ちゃん”付けするなとイチャモンはつけるし………呼び捨てならいいのか?


「でもチビはチビだ」


だから俺はチビと呼ぶ。


「なんてムカつく男!カカシ!早くやっちゃいなさい!」


カカシは特に返事もせず、ふらふらと俺の前にやって来ると、それまでの緩い動きとは裏腹に、高く跳ね上がり、急降下して来た。


「うわあっ!」


その破壊力は凄まじく、直撃してたら全身の骨は粉砕してだろう。


「危ねー危ねー………」


カカシの野郎は、脅すわけでもなし、嘲笑うわけでもなく、ただふらふらと近寄って来る。

だが、突如見せる機敏な動きは油断ならない。


「なら………!」


こっちから突っ込む。それを読んでいたとは思えないが、当たり前のようにカカシは跳び上がり、また急降下して来る。


「出来れば使いたくなかったが………」


俺は拳銃を抜き、ありったけの弾丸を放った。

急降下を始めたカカシは、自分の落下運動をそれ以外の運動に変える術を知らないらしく、全ての弾丸を喰らってくれた。


「やったか!」


ドサッと落ちたカカシに動かないでくれと願いながら近寄る。


「うおっ!?」


ところが、何事もなかったかのように起き上がると、ドロシーのもとに戻って行った。


「バカな。銀の弾丸を喰らって動いてやがる………」


その謎はあっさり解けた。

わらで出来たカカシの身体は、急降下して来たこともあり、弾丸を貫通させたのだ。盲管にならなくては意味がない。


「ドロシーちゃん、あいつ怖いよう」


「お、お前まで!いいからもっかい行って来なちゃい!」


「やだやだやだ〜!」


「カカシッ!」


「ふぇ〜〜〜。ドロシーちゃんなんか嫌いだあ〜っ!」


「あっ!」


カカシは戦意喪失の為、逃亡した。

ま、ラッキーだな。


「ううぅ〜〜〜。どいつもこいつも!」


「苛立つなよ。部下の質ってのは、主の質に比例するんだ。おチビには人の上に立つってのは、少しばかり荷が重かったみたいだな」


「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさーーーーーいっ!!!」


これだから子供は嫌いなんだ。すぐに癇癪かんしゃくを起こしやがる。


「もう終わりだろ。大丈夫、狩るっつっても、痛いわけじゃねーから」


多分な。狩られたことなんてないから解らんが、刻印カルヴは塵のように消す力。あれが痛いとは思えない。


「行くぞ」


俺が刻印カルヴを使おうとした時だ。


「こうなったら!」


ドロシーは三度目の召喚を始めた。

しかしだ、ここまで来ると三度目の召喚を受けて出て来る妖かしも、そう警戒するようなものじゃないだろ。だったら、最後の悪あがきを見ててやるのも慈悲か。


「来いっ!千獣の獅子!!」


だが、そんな俺の考えは甘いものだった。

魔法陣から現れたのは、ドロシーが口にした通り獅子だ。つまりはライオン。


「ガオオオオーーーッ!!」


大気を揺るがすような咆哮は、衝撃波となって俺を吹き飛ばす。


「ぐあっ!…………くっ、マ、マジかよ………!」


身体を打った痛みなど感じないくらい、それは常識はずれだった。


「終わりなのはお前だ!ロザリオカルヴァ!」


ドロシーが勝ち誇るのも無理はない。そのライオンは、通常のものより三倍はある図体をしているのだ。


「反則だろ………」


切り札は最後まで残すから威力があるのだ。

俺にとっては銀の弾丸がそうだった。でも、その弾丸はもうない。

幼過ぎる少女が、今はしっかりと魔女に見えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ